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475.面影を追う


「そちらは、上書きをしているが『エルフの瞳』でしょう?その芯に緑色を有している独特の色合いの石は、この世に三種類しかない」

「それなら…」

「姫君に贈るのなら、『エルフの瞳』以外は安物過ぎますよ」


マサキは安物と言ったが、情報を上書きをしてもらった似たような石もそれなりに高価なものだった。以前に付与をしてもらった宝石商でユリは上書きをする予定の石を見せてもらったが、並べてみると明らかに色の深みが違うが、単体のみで見たならば専門家でなければ見分けが付かないと思われた。しかしさすがにミズホ国を代表するような貿易商を務めているマサキの目は誤摩化せなかったようだ。


確かに大公家唯一の姫相手に贈るのならばかなりの品を用意する気概が必要かもしれないが、そもそもレンドルフには自分の身分を明かしていない。それにレンドルフは、瞳の色に似ていたからという理由だけで露天商で一律の屑石の中から選んだのだ。そこまで重いものではなく、ただ気楽に着けてもらいたかっただけなのに、何故か激重と取られかねない稀少な石を引き当てた。


ユリとしては金額ではなくレンドルフの瞳にそっくりな石であることが重要でなのだが、価値を知る者にはどう見ても本気(ガチ)の求婚にしか思えないだろう。何せコレクターに売れば言い値で、王家に献上すれば叙爵を約束されてもおかしくない程の国宝級の石なのだ。


「幾ら金貨を積んでも、余程の強運と伝手を得る人柄も持っていなければ手に入れられる物ではない。それに、それを自分のために使わず姫君に贈るところを見ると、身分も資産も申し分ないお相手なのでしょうね」


(すごく誤解されてるけど…でも、そこまで間違ってる訳じゃない…のよね)


地方でたまたま立ち寄った露店で目に付いたので購入した石なので、レンドルフが強運なのは間違いない。それに石に関係なく人柄の良さはユリも知っている。継ぐものはないが生まれは辺境伯家で、聞いたことはないが王城騎士団に所属していて正式の資格も持っていればそれなりに高給な筈だ。マサキの評価は半分以上は合っているのだ。


ただ大きく違っているのは、ユリとレンドルフの仲は全く進展していないというところだろう。それこそ婚約の「こ」の字も気配がない。せいぜい友人や仲間枠止まりだ。そしてその関係のまま留まっているのは、ユリ自身だということは自分でも分かっていた。


「それに何より、姫君が以前お会いしたときより遥かに美しさに磨きがかかった。前はほころぶ前の蕾のようでしたが、今はもうすぐ完全に開く大輪の花だ」

「あ、ありがとうございます…」

「姫君には長らく不快な思いをさせてしまったことでしょうね。せめてものお詫びに、祝いの品は望みのものを何でもご用意いたしますよ」

「不快…ですか?」


マサキの言葉に、ユリは不思議そうな顔をして目を瞬かせた。五年前から年に数回顔を合わせているが、その度に口説くような甘い言葉を掛けて来るのは少しばかり気恥ずかしく、戸惑うようなことはあったが不思議と不快に思ったことはなかった。今はまだ許可されていないが、以前マサキに会う時にもユリに疾しい不純な気持ちで接しようとした場合に反撃する装身具を装着していた。けれどマサキは挨拶程度に手を取るだけで必要以上に触れて来ることはなかったし、触れたとしても装身具が反応することはなかった。

マサキのユリを見る目は確かに甘かったが、それは恋愛感情と言うよりも友愛か家族への愛情に近いような気がしていた。それに口説くような言葉の数々も、ユリを越えてどこか違う人物に向けられているような印象だったのだ。だからこそユリはお互いに口説き口説かれている「ごっこ遊び」の範疇として、軽い社交辞令のようなものだと思っていた。


それはレンザもそう思っていたのか、渋い顔はするもののマサキがユリに近付くのを積極的に阻止はしていなかった。


「私のような年の離れた男に言い寄られては断るのも難しかったでしょう。分かっていながら、申し訳ないことをしました」

「大丈夫です。私はそこまでか弱い訳ではございません。嫌でしたらはっきりとそう申します」

「寛大なお心に感謝します」

「それに、小父さまは少しおじい様に似ていますし」

「多少血の繋がりはありますからね。とは言え、そこは『兄のよう』と言って欲しかったところですが」


年齢的には父親世代に近いのだが、ミズホ国の人間は若く見えるし、舐められないようにとたくわえている髭を落とせば兄と言っても差し支えない見目になるだろう。


「しかし、やはり姫君には悪いことをしました。つい、かつての婚約者候補だった令嬢と面影を重ねておりました。いや、これは言い訳に過ぎませんね」

「…それは、何となくは」

「ははは、さすが女性の勘は侮れません。きっと今まで出会った女性達も、呆れていたことでしょうね」


やはり間違いではなかったのだとユリが返すと、マサキは目尻を下げて愉快そうに声を立てて笑った。若く見えるマサキだが、笑うと少しだけ目尻に皺が出来た。けれど表情はいつもよりも随分と子供っぽくユリの目には映った。


「私は…その方に似ているのですか?」

「ええ、とても。初めてお会いした瞬間、彼女が生まれ変わったのかと思いました」

「生まれ変わった…」

「ええ。彼女は若くして亡くなりました。ですからつい女性を前にすると、彼女にしてやれなかったことを考えてしまうのです」



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幼い頃に両親を事故で失って、マサキの両親が引き取ったのが彼女だった。両親は彼女の両親が存命の頃からマサキと将来的に婚姻させることも視野に入れていたらしいが、最初の出会いで「今日からお前の妹だよ」と紹介してしまったことがマサキに刷り込みをしてしまった。

成長してもマサキは彼女を妹のようにしか思えず、両親も無理強いは出来ないと思い始めた頃、彼女が他国の王族に見初められた。そして望まれるままに嫁いで行ったのだが、まもなくその国で起こった政変に巻き込まれて還らぬ人となった。


それから数年、どこをどう巡って来たのかは分からないが、彼女が密かに書いていた手紙がマサキの手元に届いた。その中身は、彼女がマサキのことを一人の男性として慕っていたことが綴られていた。おそらくこれは書いただけで送るつもりのない手紙だったのだろう。けれど若くして異国の政変で命を落とした彼女のことを憐れんだ者がいたのか、中味を知りながらもほとぼりが冷めた頃にひっそりと送って来たようだった。


それを読んでもマサキは彼女への気持ちは身内に対するものでしかなかったが、それでももし自分と婚姻していれば今頃隣で笑っていたかもしれない。長く夫婦として過ごしていれば、また違った感情に変化したかもしれない。そんな後悔ばかりが胸の中に去来した。


その頃にはマサキにも婚約目前の相手がいた。しかしこの手紙を貰って以降、女性を前にすると彼女の面影を探し、少しでも似たところを見付けては彼女が掛けて欲しかったであろう意識して言葉を告げるようになっていた。それは早世した妹のような彼女に対する罪悪感で、少しでも罪滅ぼしをしたい気持ちから来ていたのだろう。

しかし相手の女性は明らかに自分ではない「誰か」に向ける言葉を察して、自ら去って行ってしまった。その時にようやく悪癖とも言える自分の行いに気付いたが、まるで呪いのように身に染み付いてしまって、気が付くとこの年まで特定の相手がいないままあちこちで浮名を流す男が出来上がっていた。



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「彼女は姫君と同じ髪を持っていましたし、それにその…寂しげな目が特に似ていました」

「寂しげ…でしたか?全く自覚がありませんでしたが」

「底に見えない亀裂の入った花瓶のようでした。注いでも注いでも満たされないような」

「そう…でしたの」


ユリはマサキと初めて出会った時のことを思い出していた。


確かその頃は別邸を拠点に暮らすようになっていて、何かしてみたいことはないかとレンザに問いかけられていた。完璧な箱庭のように整えられて守られた屋敷から出なくても不自由だと思うことはなかったが、ユリもこのままではいけないと理解はしていた。当主のレンザはまだ健康でしばらくは何ら問題はないかもしれないが、それでもいつかは当主の座を退く時が来る。そうなった時に、ユリが今のような状況でいられる保証はない。むしろ次期当主の権限によって、最も有用な相手に政略で嫁がされるのは予測が付く。

だから少しでも自身の力でやりたいことを見付けて、それを叶える手助けが出来るうちに、とレンザに言われて、色々と思い悩んでいた時期だった。もしかしたらその悩みが、マサキには満たされない花瓶のように見えたのかもしれないとユリは考える。


「しかし今の姫君は全く似ても似つかない。私ごときがお側に寄るのは憚られる程に輝いておられる。今後は適切な距離を置きまして、遠くから姫君の幸福を祈りたいと思います」

「…もう、小父さまはこちらに来ることはありませんの?」

「その指輪の贈り主に手袋を投げ付けられたくはございませんから」

「ふふ…そんな短気な方ではないわ」


思わずユリは笑ってしまったが、ふと「そう言えばレンさん、私に失礼な態度を取った令息に手袋を叩き付けていたっけ」と思い出した。

以前変装して参加したパーティーで、別人に成り代わっていたレンドルフがユリに迫っていた相手に勢い良く手袋を叩き付けて決闘を申し込んだのだ。本来は成り代わった人物として別の人との決闘を引き受ける依頼だったのだが、レンドルフは感情に任せてその場で決闘参加者を増やしてしまったのだ。当然一介の貴族令息が束になってもレンドルフに敵う筈もなく、レンドルフの圧勝だったのではあるが。

ユリはそのつもりはなくても、うっかり嘘を吐いてしまったと瞬時に冷や汗をかいていた。


「勿論大公家との交易は引き続き私が続けますし、魔法陣の確認は閣下と相談をして信頼の置ける者を遣わせます」

「小父さまの異国の話を聞けなくなるのは残念だわ…」

「おや、姫君は麗しいレディになったかと思ったら、あっという間に通り越して魅惑的な悪女になってしまったようですね」

「もう!そんなことはないです!」


王都から出ることの出来ないユリは、レンザが同席している時にマサキから異国の話を聞くのは楽しかった。書物などでは分からない、実際にその場を訪ねた人間から伝えてもらう話は興味深く、彼の軽妙な語り口調と細やかな視点は、ユリに様々な景色を見せてくれるようだった。それが聞けなくなってしまうのは、純粋に残念だと思ったのだ。


「それではいつか、姫君の大切な方からのお許しが出た時にご挨拶に伺いますよ」

「…本当に、そんな方ではありませんのよ」


ユリはそう答えながらも「そんな方」とは自分にとってどれを指しているのだろうか、と頭の片隅で考えていた。

マサキが誤解しているような婚約間近で将来を約束したような相手ではないことへの否定なのか、男性と話すことに許可を取らなければならないような性格ではないことへの否定なのか、ユリにはよく分からなかった。


けれど、確実にマサキと会う機会がなくなってしまうのは少し寂しいと思っていることは分かったのだった。



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遅くなったので別邸での宿泊を勧めたが、マサキは既に夜通し移動して翌日の予定を組んでいると言って、そのまま別邸を辞去した。



「…まだこの先も彼との縁は続く。全く会えなくなる訳ではないよ」

「はい…そうですね」


別邸の門を抜けて暗闇の中に消えて行く馬車を見送るユリの後ろ姿はどこか寂しげで、レンザはそっとその肩に手を置いた。


(それにまだ互いに利がある以上、今は距離を置くだけだろうからな)


夜の闇で鏡のようになった窓に映った表情でユリには気付かれないように、レンザは孫を思う穏やかな笑みを崩さないまま内心マサキの行動を読み解く。

何年にも渡り多数の国を相手に国を代表して交易を行うだけの才能も力も持っているマサキなので、ユリの前では人畜無害を装っているが、その中身はかなり腹黒いのはレンザは気付いている。明らかに同類だという認識で、ユリが似ていると評したのもどこか感覚的に察していたのかもしれない。



レンザは自分に何かあった時の為の代わりのユリの後ろ盾として、マサキを候補に見ていた。この国に籍はなくともミズホ国では皇族の一員として扱われる身分だ。多少の差異はあるが、オベリス王国で考えれば侯爵位で外務大臣を務めているような地位と見ていい。アスクレティ家とは遠縁であるし、ミズホ国との貿易の筆頭窓口なので一族としても粗略には扱えないし発言権もある。


レンザ自身まだ退く気はないが、万一の時は形だけでもマサキにユリと婚姻を結ばせて守らせるのも一つの手段として考えていたのだ。ユリの深く傷付いた魂はまだ不完全だ。何かの衝撃があれば簡単に砕けてしまい、最悪魔力暴発を起こして王都壊滅を招きかねない。それを防ぐ為にレンザは身内同士では違法とされている「魂の婚姻」を結んでいる。それをマサキに継承させるのは、かなり遠縁であるので違法ではないのだ。


その候補になりうるかどうかは、五年以上掛けて様子を見守って来た。幸いにもユリも口説かれるのは少々困惑していたが嫌っている訳でもなく、身内のような感覚でそれなりに懐いていたので、幾重にも用意したユリの為の防波堤の一つとしてレンザは認めていた。


マサキもおそらくレンザが掌中の珠であるユリに近付くことを許している意図に気付いていただろうが、彼の方も大公家とより強固に繋がることの利点を分かっていた。ただ今は自分よりも優位な防波堤が一つ増えたことを悟って、少し距離を置いたのだろう。しかしその防波堤が崩れれば再び内側に入り込んで来る位置を保ってはいる筈だ。


「彼は気まぐれだからね。また何事もなかったかのようにひょっこりと会いに来るかもしれないよ」

「ふふ…そうですね。マサキ小父さまですからね」


ユリの髪に付いた飾りを丁寧に避けてレンザがそっと頭を撫でると、ユリはその寂しさを振り払うようにクスリと小さく笑った。


その口元に添えた手に光る淡褐色から中心に向かって柔らかな緑色に変化する美しい石に、レンザは少しだけ眩しげに目を細めたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


マサキはこの先でも登場予定ですが、結構先のことになりそうなので今回はご挨拶がてらちょっとだけの顔見せ的なお話です。再登場の際に思い出していただけたら嬉しいです。


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