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473.定期的な訪問者


レンドルフから届いた手紙を読んでから、ユリはずっと楽しげだった。レンドルフの手紙には、急遽式典に参加することになって、知らされていたよりもずっと大きな褒章をもらってしまったということが書かれていた。

王城で開催される式典で授与される褒賞は、一般的にも公表されている。大抵の新聞にその授与された人物名と褒章の種類が掲載されるので、ユリはあらゆる伝手を使って王都内で売られている新聞全てを取り寄せたのだ。社風によって受賞者の扱いが違うが、少なくとも必ずレンドルフの名は掲載されている。


特に王家寄りだったり、騎士団に張り付いている記者のいる新聞社の発行した記事には、レンドルフについての記事が掲載されていた。中にはインタビューも載っていたが、明らかにレンドルフが言いそうにないことが書かれていたので、おそらく対記者向けの文官などが代理で答えたものだろう。それでもユリは、概ねレンドルフが褒められているもので占められていたので非常に上機嫌だった。


「すごいのねえ。王国史上最年少だって」

「そうでございますね」

「ミリー、塩対応が過ぎない?」

「ソウデゴザイマショウカ」

「もっと塩になった!」


これから来客を迎える晩餐に出る為に身支度を整えているユリの髪を丁寧に梳りながら、ミリーは無表情を貫いていた。さすがにユリも何度も同じことを言い過ぎた自覚があったので、ションボリと眉を下げて手にした新聞に目を落とした。その様子に、ミリーも多少罪悪感が刺激されたのか、少し考え込んだ後に一瞬気合いを入れて鏡越しにユリに微笑みかけた。


「…そんなに、すごいことでございますか?その、永年正騎士とは」

「そう、そうよ!だって、正騎士って、それこそ剣の腕が立つだけじゃなく、『人品卑しからず、清廉な心を持って、且つ弱き者を助ける為に日夜努力を惜しまない選ばれし者』だけがなれるもので、更に永年ってことは、その人物がずっとそうであることが国に認められたっていう最高の栄誉で…」

「ユリシーズお嬢様?」


ユリは待ってましたとばかりに新聞の記事に書かれていた「正騎士たる者の心得」を諳んじながら滔々と続けたが、すぐに失速してそのまま言葉が消えてしまった。ご機嫌にユリの「騎士語り」が始まると思っていたミリーは、思わぬ反応に急に具合でも悪くなったのかと慌てて手を止めてユリの顔を覗き込んだ。


「ん…レンさんってそういう騎士様だなって思うんだけど…でも、こうして言葉にすると大変そうだな、って」

「そうですね…」

「しかも永年はそれをずっと維持することを課せられてるようなものでしょ?重くないのかな」

「どうなのでしょうね。あの方ならそれも背負うおつもりなのでは」

「そうね、レンさんならきっと…でも…」


ユリはそのまま言葉を濁して手にした新聞を切なげな顔で眺めた。


ミリーは敢えて声は掛けずに作業を再開した。再び丁寧にユリの白い髪を梳いて、耳の脇辺りから複雑に編み込んで行く。途中で小さな紅貝真珠の付いたピンをあしらって行く。淡いピンク色のグラデーションの付いた人工真珠で、ミズホ国から特別に取り寄せたものだ。

天然真珠ならばビーズのような小さな粒でも、ごく一般的な平民家族の一年程度の生活費になることもあるが、人工真珠ならば高位貴族か裕福な商家であれば手が届く範囲だ。しかしそれでもワンポイントで目立たせるように使用するくらいで、今のユリのようにふんだんに髪飾りとして散らすような使い方はミズホ国と唯一の国交を開いているアスクレティ大公家だからこそ出来ることだ。


繊細な色合いのピンク色の真珠はユリの白い髪によく映えた。不規則に編み込んだ髪の中に散るピンク色の上品な輝きは、雪の中の花のように可憐な印象になる。そのまま編み込みの毛先を結い上げるようにして、一際大きな珊瑚玉で留める。この珊瑚玉もミズホ国産のもので、産出量は少ないが世界的に最高峰と評価の高い珊瑚の細工物だ。残りの髪はそのまま緩く巻いて背中に流した。通常ならば貴族女性にしてはまだ短い髪なので誤摩化す為に公式の場では全て結い上げた方がいいのだが、これから会う予定の人物はミズホ国の馴染みの貿易商なので、この国のルールは関係ない。むしろ髪に挿した飾りを引き立たせる為に、華やかな見た目を優先してもらった。


「ミズホ国の生地は美しいけどちょっと重いのよね」

「その分張りがあるのでパニエは必要ないですけど」

「デザイン的にもコルセットもいらないし、そこは助かるからいいんだけど」


ユリの着ているドレスも、ミズホ国産の絹で作られたものだ。ミントグリーンのドレス自体は柔らかいが、腰の辺りにリボンのように金糸銀糸でふんだんに刺繍を施した別布を巻き付けて、腰から足元に掛けてドレープを幾重にも重ねて華やかに後方に長く裾を引くような形をしている。ドレスは裾に向けて濃い色になり、別布は濃い緑から端の方は黒に変わる。全体的に足元が暗めの色になっているが、その分華やかな刺繍がよく映えている。その刺繍糸も含めて生地が硬く重いので、小柄なユリは少し前のめりに重心を傾けないと後ろにひっくり返りそうになるのだ。ただそのドレープのおかげでコルセットをしなくても腰が細く見えるので、トータル的には楽な装いになっている。


これはドレスの形自体はオベリス王国風にはしているが、背中を華やかに飾るのはどちらかと言うとミズホ国風だ。ミズホ国は表向きは簡素に装い、裏側や内向きを飾り立てる文化が根強い。男性用の服も、表地よりも裏地に凝ることが身分の高い証と言われている。これを踏まえていないと目に見える部分の装いで相手を侮った態度を取ってしまい、ミズホ国とのやり取りは初手で失敗する人間が多いのだ。



「この指輪、おかしくない?」

「全体で見れば少々合っていませんが、お嬢様のお年頃ならば一つくらい例外の宝飾品があっても察していただけるのでは?」

「そ、そうかな」

「コクダン閣下のことですから、あまり詳しく問われることはございませんでしょう」


今日のユリは全ての身に付けているものがミズホ国産ではあるが、レンドルフに貰った「エルフの瞳」という石の付いた指輪だけは違う。手袋の上から無難なデザインの状態にして嵌めているが、やはりオベリス王国で作った品なので異彩を放っていた。けれどユリも年齢的に誰か特別な相手がいてもおかしくないので、そういった者から贈られたものだと理解を示してくれるだろう。



これから別邸を訪ねて来るのは、先月アスクレティ領に到着したミズホ国の定期交易船の船長を務めている馴染みの貿易商だ。マサキ・コクダンといい、ミズホ国では遠いながらも皇族の血を引き、手広く他国との貿易を営んでいる貴族だ。そしてもはや他人と言って差し支えない程度ではあるが、薄くアスクレティ家とも縁戚でもある。


彼の家門は、アスクレティ家始祖の孫の一人が交易船に乗ってミズホ国に辿り着いた際に、当時の皇妹に見初められてそのままミズホ国に残ったことで興った家だ。その頃のミズホ国との交易は命懸けで、船舶技術も安全な海路も成立していなかった為に、片道でも到達しただけで成功も同然だったのだ。だからこそ助かった命を粗末にすることはないと、あちらの国に移住する者も当時は珍しくはなかった。

その後、縁戚になったということで、過去に数度アスクレティ家もミズホ国も更なる縁の強化の為に互いに娘を嫁がせていたこともあった。そういった努力の結果、今も続く友好的な交易相手としてオベリス王国内で唯一ミズホ国との交易を許されているのだ。



いつもよりも鮮やかな色の紅を目尻と唇に引いたユリは、異国風のドレスと相まっていつも以上に大人びて高貴な雰囲気になっている。その仕上がりに、ミリーは満足げにユリを眺めていると、部屋の扉がノックされた。


「ああ、ユリは日々美しくなって行くね」

「ありがとうございます、おじい様」

彼奴(あやつ)の贈ったドレスがこれほど似合うのは業腹だが、よく似合っているよ」


きっちりと髪を固めて、生地は上質だが光沢の少ない黒の正装に身を包んだレンザがユリを迎えに来た。これもミズホ国の文化に則って、裏地は華やかな刺繍を施したものを使用している。ミリーが扉を開けて支度の終わったユリの姿を一目見ると、たちまち相好を崩してユリの手を取って指先に軽く唇と落とす仕草をする。その取った手にエルフの瞳の指輪が光っているのを確認して、一瞬だけユリに分からないように自身の指で塞ぐようにしていた。


「さあ、マサキ殿を出迎えよう」

「はい」


レンザの手を取ってユリが歩き始めると、背中に長く裾を引く美しく豪奢なドレープが揺れて、室内でもキラキラと細かい光を反射している。その布の広がった形が、羽根を広げた蝶のようにも見えた。



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「ご無沙汰しております、大公閣下。やあ、これは麗しい姫君とのお出迎えとは。最大の歓迎をありがとうございます」

「マサキ殿もご健勝で何よりだ」

「マサキ小父さま、お久しゅうございます」

「ああ、やはりそのドレスを贈って正解だった。あまりにも美しくてそのまま天に昇って行ってしまいそうだ」


応接室で寛いでいたマサキは、レンザとユリが入室すると即座に立ち上がって満面の笑みでユリの近くまで大股で歩み寄って来た。そしてユリの空いている手を取って、手の甲に唇を落とす。勿論フリだけなのだが手袋越しでも吐息を感じる程近いので、一瞬で隣に立つレンザのこめかみに青スジが浮かんで殺気を叩き付ける。が、マサキは素知らぬ顔でユリを甘さを含んだ目で見詰めて来る。むしろマサキの後ろで控えている護衛の方が流れ弾に当たって顔色が悪くなっているので、ユリとしては彼らのことを毎回気の毒に思うのだった。

しかし当のマサキは、それを知っていても尚改める気配がないのはいつものことであった。



マサキは長身で細身に見えるが、自身で船団を率いて各国に直接商談に赴くだけあってかなり鍛え上げられている。真っ黒で艶やかな癖のない髪に光の具合によっては金色にも見える黄色い瞳をしていて、日に焼けた浅黒い肌に非常に整った顔立ちをしていた。真顔だと近寄り難い雰囲気だが、笑うと途端に垂れる目尻のせいで随分幼く見えることがある。だから船乗り達に舐められない為に、少しでも悪く見せるように髭をたくわえているとは当人の言だ。

年齢は40代に手が届くといった男盛りで、低めの声や色気のある仕草に加えて笑うと可愛らしさもある彼は、決まった伴侶もいない為どの国でも大変良くモテた。マサキ自身もそれを分かっていて、女性と見ると褒め讃えて口説かずにいられないという性分だった、それこそ各港に愛人がいるという噂があるほどだが、当人もそれを否定はしない。しかし一度も表立ってトラブルになったという話を聞いたことがないので、真実の程は分からない。


それでもオベリス王国に来てアスクレティ大公家と商談をする度にユリを口説くので、レンザにはいつも絶対零度の視線を向けられているのは確かだった。



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「これは五年前に伺った時にいただいたワインと同じものですね。より熟成されて豊かな味わいになっているようだ。瑞々しい少女から美しい淑女になったかのようで」

「よく覚えておいでだ」


晩餐が始まると、まずサーブされた赤ワインを味わうとマサキが蕩けるような微笑みを浮かべながらうっとりと呟いた。


五年前は、ちょうど彼をこの別邸に招いてユリと初めて顔を合わせていた。初対面の頃からユリを見ると口説くマサキではあるが、それは表面的なことで、ただの彼独特の挨拶か儀式のようなものだと分かっている。本気ではないことは何となく察することが出来るのだ。だが、それでもレンザとしては毎回渋い顔をさせられている。


「姫君との初めての晩餐でしたからね。全てが私のココ、に刻まれて忘れられませんよ」


そう言いながらマサキは自身の胸の辺りを押さえて、ユリに流し目を送った。ユリとしては、半分苦笑のような笑みを浮かべて返すだけに留めた。基本的にミズホ国の人間はあまり感情は表に出さずに手紙などで密やかなやり取りを好む民族性だと言われているが、どの国にも例外的な人間はいる。特にマサキは世界各国との交易を成功させている貿易商でもあるので、彼なりに意味があっての言動なのだろうと思っていた。



マサキを別邸に呼び寄せた切っ掛けは、ユリの為に屋敷に敷かれた魔力制御の魔法陣の張り直しを依頼する為だった。


ユリの生まれ持った特殊魔力は、人に悪影響を与える為に常時制御の魔道具を身に着けていなければならなかった。まだ幼いうちは体調に合わせてこまめに着脱することで体の負担を軽減させていたが、成長と共に魔力も強くなり魔道具を外している時間が短くなっていた。そのままの状態が続くと、ユリの健康だけでなく寿命を削ることにもなりかねなかったのだ。

その為中心街にある本邸と、エイスの街の近くにある別邸では、ユリが魔道具を外しても外に影響が出ないようにする魔法陣を屋敷内に敷いて、少しでも体への負担を減らすようにしていた。しかし五年前、あらゆる不運が重なって別邸の魔法陣が壊れてしまった事件があった。


しかしその魔法陣を設置した魔法士は高齢のために既に亡くなっていて、その技術を継いだ筈の弟子は修復することも再現することも出来なかった。そこでレンザはどんなに金が掛かっても構わないので、魔法陣を修復、或いは再設定出来る者を必死で探した。


そしてその魔法陣を設定可能な技術者と取り引きがあったのが、マサキであったのだ。


もともとアスクレティ領との交易でレンザとはそれなりに長い付き合いで信頼もあったし、一応は縁戚関係でもある。その伝手もあって、技術者とのやり取りはマサキに全面的に任せることでどうにか魔法陣を再設定することが出来たのだった。どんなに金を積み上げても信頼を築けていない相手との仕事は一切受けないという技術者だったので、もしマサキが仲介を買って出なければ数年は待たされただろう。


本邸の魔法陣は無事であったが、中心街の屋敷は周囲からの目が多い為、ユリがそこを拠点に過ごすとなると相当な行動制限がされてしまう。それに万一そちらの魔法陣も壊れてしまった時の為に、やはり修復や設定が出来る伝手は必須だ。


レンザは仲介してくれたマサキに高額の報酬を支払おうとしたのだが、彼は通常の仲介料で構わない代わりにオベリス王国来訪の折りにユリと会うことを条件に出して来た。それについてはレンザは拒否の姿勢を見せたのだが、今後の技術者との仲介の続行をチラつかせて、「ユリ本人が拒否したら会わせない」という条件で別邸への訪問を許可したのだった。

そして今のところ、マサキは年に二、三度ユリの顔を見る為に訪問して来て口説くような素振りを見せてはあっさりと帰ることを繰り返していた。マサキ自身も多忙なので、短い時はユリに異国の土産を手渡しただけで滞在五分もないことも何度もあった。



ユリとしても、顔を合わせる度に軽く口説くような甘い言葉を掛けて来るのは少々困りものだが、レンザが同席している時だけ手に触れるが、それ以外では絶対に距離を詰めて来ないマサキのことはむしろ嫌いではなかったのだった。



お読みいただきありがとうございます!


色々と小心者なので感想は閉じておりますが、反応があるのは日々嬉しく眺めております。ありがとうございます。



閑話にする程でもない裏話。

大公家の屋敷に敷いている魔法陣を開発した魔法士の弟子は二人いて、本来は妹弟子の方が才がありましたが、魔力量の多い兄弟子が手柄を横取りして師匠にないことないこと吹き込んだので、騙されて兄弟子に技術を継承。が、その後見限った妹弟子がいなくなってから師匠も兄弟子も間違いに気付いたけれど時既に遅し。師匠の技術は誰にも継承されないまま寿命の限界が来て失意のうちに他界。兄弟子は多額の賠償金を抱えて犯罪奴隷に。

実は逃げた妹弟子がマサキが仲介した技術者。理論は分かっているから構築は出来るけれど魔力量が足りなくて発動出来ない設計専門なので、マサキの伝手で魔力を提供してもらってどうにか生き延びていたが、大公家からの仕事の依頼で生活が向上した。マサキには足を向けて寝られない。


マサキが大公家には気難しい技術者と思わせているのは、妹弟子は師匠と兄弟子が貴族だったこともあって、極度の貴族アレルギーの為。マサキのことは平民相手の商人だと思っているので、依頼を受けてくれています。

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