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464.アナカナ・オヴェリウスの縁談


「本来『娶る』とは女性を妻に迎える際に使う言葉だったように思うのですが」

「細けぇこ…んんっ、細かいことはいいのじゃ!」


言葉を失っているレンドルフに替わって、レナードが実に冷静にツッコミを入れた。


「この国は夫でも妻でも伴侶に選べるではないか。それに彼奴(あやつ)は愛らしい顔をしているじゃろ?」

「殿下、そこは否定しませんが、いずれ成長しますよ」

「レンドルフは成長しても愛らしい顔立ちをしておるぞ」

「アナ様、俺は関係ないでしょう」


いきなり飛び火して来たのでレンドルフはようやく我に返る。


「そ、それに先程のお話は一体…団長はご存知だったのですか」

「俺は初耳だが…まあ、何となく予想は、な」

「ウォルター、つまらんのじゃ」


ウォルターはガリガリと頭を掻きむしりながら、全く動揺した様子のないレナードをギロリと睨んだ。レナードは涼しい顔をしてはいたが、さすがに気まずいのか視線を逸らしていた。


「レナード、説明してもらおうか」

「殿下、よろしくお願いします」

「丸投げた!…仕方ないのう。少々恩義のある御仁から、あの煩いはむ…ハリ殿をどうにか出来ないか、と相談を受けたのじゃ。そこでわらわが娶るのが手っ取り早いと思い付いたんじゃ!」

「意味が分かりません、殿下」

「察せよ、ウォルター」

「無理です。おい、レナード」


アナカナが得意気になって顔を上げたが、端折り過ぎているのか彼女の中では繋がっているのか、レンドルフとウォルターにはさっぱり理解出来なかった。取り敢えずウォルターにはハリのことを「煩い羽虫」と言いかけたのだけは分かったが、それがどうして娶るという思考に辿り着くのか。眉間に皺を寄せてウォルターがレナードに更に詰め寄る。レナードもアナカナの説明では埒が開かないと諦めて、長い溜息を吐いた後に自分の椅子にドカリと腰を下ろした。


「ハリ殿が縁談を持ちかけた女性…もう薬師見習いのユリ嬢と言っても構わんか。そのお身内から相談、を受けてな」

「アレクサンダーさんがですか」


ユリの祖父の名を「アレクサンダー」という偽名でしか知らないのはレンドルフだけだ。アナカナはその偽名の方を知らなかったので、戸惑ったようにレナードの顔を見た。その視線を受けながら、レナードは少しだけ片眉を下げて片方の口角を上げた。中身は大人なアナカナは何となく黙っておいた方がいいことを察して、そのままそれ以上のことは口を噤むことにした。


「今関わっている事業に王族も神殿も深入りはさせないように、とのお達しが上の方からあったそうだ。集めたあの施設内の職員は優秀なだけでなく、伴侶や親族に怪しい者はいないかも徹底的に調査されて選ばれている」

「だから王家の血筋で、神殿に紐づいているような者とのご縁はお断りしたい、と言う訳か」

「ああ」


レナードは「上の方」とは言ったが、実際には副所長を務めるレンザ直々の命だ。ハリの生まれつき有している加護の「真実の目」でどこまで情報を読み込めるかは分からないが、縁談を断っても不用意に近付かせればどんな情報を掠めとられるか定かではない。ハリ自身が意味が分からなくても、単語の羅列だけでも重要な機密を予想出来る専門家は幾らでもいるのだ。

それに、大公家の掌中の珠である大公女は、病弱のため別邸から出ることはなく真綿と絹で包むように大切に保護されているといわれる伝説の姫君なのだ。それが実際は元気一杯で、姿を変えて王城の敷地内の一角に勤めているなどとは絶対に知られてはならない。


「だからこそユリ嬢に近寄らせたくない、と言われてな。何とか引き離す方法はないものかと考えていたのだが…」


レナードとアナカナは、大公家当主レンザから「あの煩い羽虫をそちらで引き取れ」と直接圧を掛けられていた。何せアナカナを狙った毒をユリが受けた上に、犯人追求の為にそれを秘匿して、一時的ではあるがアナカナを保護して安全を確保してくれていたのだ。その借りを返せと言われればどうにかする姿勢は見せなければならない。

それだけでなく、どう見ても純粋な好意からの縁談の打診とは思えないハリを、これ以上接近させたくないと思うのは身内ならば仕方のないことだろう。その命を直接聞いた二人は「引き取れ」と言われながらも「潰せ」という空耳が聞こえたのは気のせいではないと思っていた。


「そ・こ・で!わらわが引き取ることにしたのじゃ!まだわらわには婚約者もおらぬし、身分も申し分なしじゃ。それにちょっと毒殺されても聖人なら婚約者のよしみでちょちょいと解毒してもらえるし、加護で最初から怪しいものを退けられるし…ウィンウィンじゃと気が付いたのじゃ!」

「ういん…?」


うっかりアナカナから前世の言語が出て来て、聞き慣れない言葉にレンドルフが首を傾げた。


「まだこれはここだけの話じゃからな!他言は無用じゃぞ!」

「いえ、あの!そんな重大なお話を勝手にお決めになるのは」

「別に王族に産まれたのじゃし、政略結婚なぞ望むところじゃ。第一、中身の程は知らぬが傍系王族の公爵家の出自で聖人という好物件じゃろ?陛下に申し出ても、そうそう反対されるとは思えぬ」


アナカナは王太子の長子で、国をあげて男女問わず長子相続を推奨している近年に於いて初の女王候補なのだ。しかしこの国では歴史的に女性が王位に就いたのは中継ぎで数名いるだけで、女性が当主になることに難色を示す貴族も多い為に、女王反対派も相当数いる。しかも数ヶ月差の異母弟もいるので、現在の王太子の後継者選びは近い将来紛糾することは目に見えている。

その中でアナカナの婚約者がハリになったならば、女王への道が大きく前進すると言っても過言ではないだろう。


「しかしアナ様はそれでよろしいのですか」

「ユリよりは歳も近いし、一時期はレンドルフが婚約者候補に挙がっていたくらいじゃから、ハリの方が余程真っ当であろう?」


王国最年少で認定された聖人であり、天才少年と名高いハリならば、女王の王配として立つのに何ら過不足のない人物ではある。それにアナカナは五歳、ハリは11歳だ。年齢差も貴族の政略であればむしろちょうど良く、二人とも見目良いので並べば絵になると評判を呼ぶだろう。


「だから、お主は安心してユリを口説くがよいぞ」

「なっ…アナ様!彼女はそのつもりは当分ないと…だ、第一、俺と彼女はそのような関係では」

「今更じゃぞ。もうこの場にいる者はお主らが仲の良いことは知っておる」

「うっ…」


今更ではあるが、レンドルフもようやく自分が全く隠し切れていないことを自覚して続きの言葉が紡げなかった。その様子をアナカナは少し呆れたような眼差して眺めていた。


「殿下、あまり揶揄われますな」

「揶揄うと言うか…」


ウォルターに嗜められて「呆れている」と言いかけたが、アナカナはさすがにそれは言い過ぎかと言葉を濁した。


「と、とにかく、もしユリに再び縁談を持ちかけることがあっても、わらわの方で止めてみせるから、安心せよと伝えるがよい」

「ありがとうございます?」

「何で疑問系なのじゃ」


こうしてレンドルフはよく分からないままに報賞と重大な秘匿情報を持たされて、何とも言えない表情のままレナードの執務室を後にしたのだった。



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「…殿下、本気で陛下の許可が下りるとお思いですか」

「割と五分五分の確率…いや、七割くらいで下りるのではないか?」

「まさか」

「宰相の出方次第じゃが…何を取捨選択するかによるの。ただ、一番多く()()にはわらわとハリをくっつけてしまった方が手っ取り早い」

「また身も蓋もないことを。殿下は本当に五歳ですか」

「頭脳は大人じゃ!」

「その台詞は二歳の頃から聞き飽きております」


レンドルフが退室した後、ウォルターは苦瓜とレモンを同時に口にしたような険しい顔になった。そして地を這うような低い声でアナカナに問いかけたが、すっかり慣れている彼女にはそれはもはや通用しない。もっと幼い頃からウォルターの不敬で咎められることを覚悟の叱責を山程浴びて来たので、今更怖がることは無くなっている。

アナカナはヒョイとソファを移動して、ウォルターの正面によじ登った。その位置移動で、何となくレナードとアナカナ、対するウォルターのような状態になった。それはアナカナがハリとの婚約を結ぶことを主導した者と今知らされた者に分かれた構図だった。


「レナード、まさか殿下はハリ殿の」

「知っておるぞ。知っていて婚約者候補への推挙じゃ」

「知っていたのならそれは暴挙です!」

「誰が上手いことを言えと」

「殿下!!」


さすがにウォルターの特大の雷が落ちて、アナカナもヒュッと肩を竦めた。これが王の私室並みと言われる程に盗聴防止の魔道具が使用されている統括騎士団長の執務室でなければ、誰かが駆け付けて来たであろう怒りの圧力に魔力まで乗った怒声だった。普段はここまで感情を出すことのないウォルターだが、アナカナの身を本気で心配するあまりに感情のタガが外れたのであろうことはアナカナも理解していた。



ハリは表向きは傍系王族の血を引くシオシャ公爵家の者で、王族では初の聖人とされているが、実のところシオシャ家の血を引いていない。多くの人間が注目する中で聖人認定に必須の再生魔法を発現させた為に、そのままなし崩しに世間が聖人と認知してしまったのがそもそもの不運だったのだ。聖人や聖女に認定される前には、その血筋を鑑定することが行われる。数こそ多くないが同じ血統から聖人、聖女が輩出されることがあるので、数少ない才を持つ者を一人でも多く神殿に迎えたいということから行われる慣習だが、ハリの場合はそれが逆になってしまった。そして異例の聖人認定の後に、彼はシオシャ家の血統ではなかったことが判明したのだ。


しかし既に王族から聖人が出たとあまりにも広まり過ぎていた。まだハリが幼かったことと、王家と神殿の思惑もあって、そのことは一部の関係者以外には秘匿とされたのだった。


そして更なる問題が、生存しているハリの唯一の血縁者だと確定したのがホシノ子爵家の当主で、ハリの伯父とされる人物だったのだ。ホシノ家は現当主の父がアスクレティ家の分家から婿養子に入っていた。つまりハリは、王家の血と混じることを拒否する始祖の呪いを受けたアスクレティ家の血を引いていることになるのだ。


「わらわが女王になった際に、聖人(ハリ)が王配に据えられていれば民からウケも良いであろうし、勇み足で大きな秘密を抱えた神殿を後ろ盾に使える。そして子は()せないであろうことを知っておれば、第二王配に己の血縁を送り込めば確実に玉座が取れる。目端の利く貴族ならば、女王に反発するよりもわらわの機嫌を取った方が良いと思うのではないか?」


アナカナの五歳らしからぬ発言にウォルターは口を挟みたそうにしていたが、しかし言っていることは間違ってはいないのだ。むしろ諸々の感情を考慮しなければ、アナカナが女王になった際の反発は表立ったものにはならないだろうし、民と神殿を味方に付けた女王の目に適えば次期国王の外戚が約束されたも同然なのだ。それどころか、もっと早く義実家の立場で中枢の実権を握れるかもしれないという旨味がある。

ハリも天才少年と評されてはいるが、やはり神殿で聖人という国政からは離れた立場である以上、お飾り王配になるのは確実だ。女王になったアナカナが実質の王配を選び損ねなければ、上手く貴族も味方に付けることは出来るだろう。


「もしくは、わらわをハリごとシオシャ家に降嫁させることもアリじゃな。もともとシオシャ家には王家から養子を出す約定であったから破ったことにはならぬし、一応ハリはシオシャ家の生まれとなっておるので体裁は整う」


そう言いながらも、アナカナは「じゃが」と軽く首を振った。


「宰相殿はシオシャ公爵家も、国王の外戚もどちらも欲するであろうな」


僅かに苦笑したアナカナの表情は、ウォルターの目にはまるで疲れ切った大人のようにしか見えず、改めてアナカナの早熟ぶりに微かに背に冷たいものを感じたのだった。そして今は同僚であり友人を名乗るくらいは許されるであろうレナードにも視線を送る。一瞬だけ彼の冷えた灰色の瞳と目が合う。その奥に潜んでいる長命なものだけが持つ独特の諦観は、アナカナの薄紫の目の中にあるそれとよく似ていると感じた。



レナードは近しい血縁にエルフがいた為に不老長寿の特性を持つ男だ。彼の統括騎士団長という地位は、設立されて以来レナード以外が務めたことはない。人族のウォルターからすると、レナードは憧れの騎士であり、やがて先輩になり同僚、友人へと変化した関係だと思っている。

アナカナはウォルターは生まれた時から知っているので間違いなく僅か五年しか生きていない筈なのだが、この二人が並ぶと、人族では理解し得ない何かを前にしているような気持ちにさせられる時があった。



「宰相殿は有能で国政にはなくてはならぬ御仁ではあるが、欲も深いからの。『革新派』…と言うか『懐古廚(かいこちゅう)』でなければ玉座など丸投げしたいところじゃ」

蚕虫(カイコチュウ)?」

「ん、多分意味が違うが、まあよい」


過去に神の怒りを買って滅びかけたオベリス王国は、その直前は王侯貴族以外は民はいくらでも湧いて来る資源と同等だった。だから多くの民を使い捨てるように扱っていたところ、流行病で一気に人口が減った時に労働力も失い、国が立ち行かなくなったのだ。その後国政は大きく方向を転換し、民は宝であり資産であるとした。人を育て、技術力を上げることによって労働力の換わりを作り上げた。そうやってようやく立ち直って来た国内で、力のある者が強く先導することで民を導き国力を上げることこそが正しい姿だと主張する者が増えて来た。

それらを主張する者を「革新派」と呼んでいるが、その大半はかつての貴族が敬われて栄光を得ていた時代を復刻させようとしているに過ぎない。少なくともアナカナの目には過去の栄光にしがみ付いているとしか映らなかった。


「一番手っ取り早いのは、一旦婚約させて民と神殿の人気取りをさせた後、譲位直前に始末することかの。『悲劇の王太女』とか何とか盛り上げて、異母弟達が王位とシオシャ家当主を手に入れて丸く治める、といったところか。ま、ハリは使い道があると判断されれば、適当な分家の娘などを後妻に宛てがわれてそこそこ長生き出来るかも、じゃな」

「殿下」

「何じゃ、レナード」

「『もう少し自分に興味を持て』『自身を後回しにするな』私とウォルターがレンドルフに散々告げて来た言葉ですが、慎んで王女殿下にも奏上いたしましょう」

「わらわはあの脳筋とは違うぞ」

「では『筋』がないだけの脳味噌王女ですか」

「言い方!」


アナカナは言っている内容とは裏腹に大変可愛らしく口を尖らせたが、それを微笑ましく見る者はこの場には誰もいない。


「一番あり得る可能性を述べただけじゃ」

「だからこそ困るんですよ」


騎士団を纏め上げるトップの二人からしても、なかなかに否定材料のないアナカナの言い分にただ眉を下げるしかなかったのだった。



お読みいただきありがとうございます!


アナカナの前世は生没年は記憶にありませんが、アラフォーからアラフィフまで生きてた記憶あり。ネットミームとかがポロリとしちゃうお年頃。

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