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462.ショーキの復帰


過日起こった大きな地面の揺れは王都の一部だけで局地的に起こったもので、小火を含む数軒の火事と十数名の軽傷者という被害が報告された。一番被害があったのはエイスの街で、そこから筋状に幾つかの街で揺れが確認された。そして怪我よりも多かったのは、魔法士などを主として魔力が強い、または魔力量の多い者が昏倒や貧血のような症状を発症したことだった。


この報告を受けて王城の魔法士や研究者などが調査をしているが、一週間ほど経った今も原因は分かっていない。ただ魔法士の多くが「足元を巨大な何かが通過して行った」と証言をしたので、王都の防御をすり抜けるほどの強大な魔力を持つ生物の存在を様々な文献から検索しているそうだ。


もし何らかの敵意を持つものや攻撃を仕掛けようとしていたのであれば、おそらく王都の魔法陣が反応したと思われるので、その謎の物体は敵意はなかったとして、生物なのか自然現象なのかは定かではないがそこまで警戒対象ではないと発表はされていた。が、それは表向きにであって、王城内はどこかピリピリした空気が漂っていた。



「色々とご迷惑おかけしましたー!」

「何言ってんだ!よく戻って来た!」

「復帰おめでとう!」


この日は、怪我の療養をしていたショーキが部隊に復帰して来た。まだ多少のリハビリは必要なので本格的な任務には就かないが、補佐と言う形で再び騎士団に返って来たのだ。朝に副団長に挨拶をして、隊長のオスカーと共に談話室に顔を出したのだった。


ショーキの負傷した傷はすっかり消えていたが、まだ神経の動きが戻っていないらしく、左手の中指と薬指に革製のカバーのようなものを装着していた。


「これですか?少しだけ指の筋力を補佐する魔道具だそうですよ。でも極力魔力を薄くしてあるんで、僕が装着してても大丈夫に作ってもらってます」


どうしても皆の視線がそちらに向いてしまうことに気付いたのか、ショーキはヘラリと笑って左手を広げて見せた。


ショーキはリス系獣人で、魔力の流れなどに非常に敏感なのだ。だからこそ斥候などで繊細な魔力の流れを読む為に、通常でも最低限の付与の装身具しか身に付けていない。


「それは…」

「多分今後もずっと着けてることになると思います。ちょっと筋が完全に戻るのは難しいそうです。ほら、日常生活には問題ないですから」


レンドルフが少し言い淀んだところを、ショーキが先に察して軽い調子で答えた。


完治という話ではあったが、それは完璧に前の状態に戻るということを差すのではなく、日常生活に支障がないということであるのはレンドルフも分かっていた。任務中の負傷であっても、騎士団から補償されるのもそこまでだ。その後騎士を続けられるかどうかは当人と上司の判断になり、引退する場合は通常の退職金に多少上乗せされる形になる。

もし元に戻るまでの治療を望むのならばそこからは個人の負担になり、莫大な資金が必要となる。それは余程の資産家でないと無理な金額なので、再度怪我をしたり周囲に迷惑をかけるくらいならば、とスッパリと騎士を辞する者も多かった。魔道具や魔動義肢などを利用して続ける者もいるし、別の部署に異動して騎士団に関わり続けることを望む者もいる。


「あの魔獣、食べた獲物の能力を自分のものにして使う変異種だったって聞きましたよ。何か毒蛇も食べてたからそれで毒が回ったんだろうってことで。結構な猛毒の蛇だったらしいから、僕はこの程度で済んで運が良かったですよ」

「そ…うか」


解体されて研究者などに素材を回された混血魔獣は、体内から複数の魔獣に死体が出て来たとレンドルフ達も聞いていた。そして特性から完全に消化していたら補食した相手の能力を全て使うことが可能だったろうとあって、報告書を読んでいて背筋が冷えるような思いだった。幸いにもハーピーはまだ大半が未消化だったので、幻覚魔法も中途半端にしか発動していなかったということだった。もし完全に消化されていたならば、倒せたかどうか怪しいところだった。


しかしショーキの言葉を聞きながら、レンドルフはツキリと胸が痛んだ。ショーキが受けた毒は、あの混血魔獣のものだったのか、サミーの毒魔法を受けたものだったのか分からなかったからだ。もしサミーの毒魔法だったとしても、あの時は彼が弾丸を撃ち込んでいなければショーキはもっと重傷になっていただろう。それどころか、部隊全滅も有り得たのだ。だからこそレンドルフはサミーの属性魔法を内密にしたいという頼みをききたい。それに毒のことがなくても、ショーキに大怪我を負わせたのは自分が作った温石が原因だ。

レンドルフはどうにか罪悪感を呑み込んだが、その分上手く声を出せずに呻くような返答しか出来なかった。


「あの、レンドルフ先輩?僕、先輩のおかげで助かったんですからね?最初に一撃喰らった時、腹に温石巻いてたおかげで浅く済んだし、その後に反撃出来たのはあれがあったからですよ。僕の力じゃ美味しく喰われて終わりでした」


レンドルフの様子に、ショーキは珍しく眉を吊り上げて起こったような表情でレンドルフの顔を覗き込んで来た。


「むしろ僕の手柄になっちゃって、レンドルフ先輩にはケーキ食べ放題でもご馳走しなきゃ、って思ってるくらいですよ」

「それは、気持ちだけで」

「それに、実はこの魔道具、第五騎士団で開発中のものらしくて、使い勝手を報告するだけでこの先無料で調整とか交換をしてくれるんですよ!ちょっと補強してくれるだけ、って言いながら、この指二本だけで体が支えられるくらいのパワーがあるんです」


そう自慢げに手を広げてみせるショーキに、レンドルフは却って自分が落ち込んでいては良くないと思い当たり、あまり自信はなかったが精一杯笑顔で頷いたのだった。



第五騎士団とは通称であって正式な騎士団ではないが、裏方で騎士達を支える部署なので敬意を込めてそう呼ばれている。武器や防具の付与や手入れなどから、怪我を負った騎士への細やかなフォローなども行っていて、今回のショーキの身に着けているような魔道具などを作ることもしている。そして騎士を引退せざるを得なかったがやはりまだ騎士団に関わっていたい者などの受け皿ともなっていて、騎士目線ならではのアドバイスなどもしている。


ショーキが使用している弱った筋力を補佐する魔道具は、実は医療用に開発されていたものだった。事故や加齢などで膝や腰に痛みを感じて動きが鈍くなった者が利用することを目的に作られていた。

その設計図が、ごく最近王城騎士団へ無償で提供された。怪我の多い騎士団で使用してもらい情報を提供することを条件にしていたので、ちょうど指への後遺症が残ってしまったことが判明したばかりのショーキにその話が回って来たのだ。


提供者はあくまでも純粋に今後の医療へ役立てたいと主張し、加えて製作に充てて欲しいと相当な寄付金まで付けて来た。開発者の名も徹底して伏せられていたので何か理由があるのだろうとは聡い者は察していたが、王城もそれ以上は追求せずにありがたくショーキを含む該当の騎士数名にその魔道具を報告と引き替えに与えることにしたのだった。


「医療用」と聞けばこの国では有名な家門が思い浮かぶのだが、そこはあくまでも暗黙の了解として秘されていたのだった。



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ショーキの体慣らしも兼ねて訓練場で相手をしていると、レンドルフに統括騎士団長が呼んでいると声が掛かった。騎士団の殆どを束ねる責任者ではあるが、レンドルフに随分目を掛けてくれているので他の団員よりは近しい間柄だ。しかしこうして勤務中に呼ばれるということは、何かの任務を言い渡される可能性が高い。しかも団長代理の副団長を通していないので、厄介ごとの予感しかしない。

とは言っても一介の平騎士のレンドルフに断る理由もなく、軽く身支度を整えて統括騎士団長レナードの執務室のある管理棟へと向かった。


「失礼します」


レナード付きの補佐官に案内されて見知った執務室の中に入ると、これまた見知った顔が揃っていた。ソファに座っているだけでも部屋が狭く感じる分厚い体躯を誇る近衛騎士団長ウォルター、そしてその隣には金の髪に淡い紫の瞳というこの国では最も尊い血筋の証を持つ第一王女アナカナが並んでいた。そしてその後ろに控える小柄な侍女が二人いるが、紫色の髪をした一人は見覚えがあるがもう一人は初めて見る顔だった。しかしどちらも佇まいに隙がないところを見ると、侍女兼護衛だろうと予測が付いた。小柄な女性を選んでいるということは、数年後にアナカナの影武者を務めることを想定しているのだろう。


「王女で…アナ様には久しく」

「そんな他人行儀はよい。さっさと座るのじゃ」


一応レンドルフの上司と元上司がいる前なので控えたのだが、「王女殿下」と呼びかけた際に大変不機嫌そうにアナカナに睨まれてしまったので、レンドルフは許可された彼女の名を言い直した。更に挨拶も途中で遮られて、手にしていた扇子で自分の正面のソファを指し示されてまった。

困ったようにレンドルフがチラリとレナードに視線を向けると、レナードも少々苦笑を浮かべながら軽く頭を傾けてレンドルフに座るように促して来た。


仕方なくレンドルフは小さく「失礼します」と呟いてソファに腰を下ろす。


久方振りに顔を見たアナカナは、血色も良く以前よりもふっくらしたように思えた。元が華奢で儚げな美幼女だったので、今は白く丸い頬が愛くるしい美幼女になっただけだ。しかしそのレンドルフの視線に気付いたのか、アナカナは口をモニョリと歪めて眉を吊り上げた。


「そなたもわらわが太ったと言いたいのであろう!」

「い、いえ!滅相もございません!ただ健やかに成長なさったと思っただけです!」

「王女殿下、気にし過ぎです」

「ぐぬぬ…」


レンドルフが慌てて言い募ると。アナカナの隣に座っていたウォルターがヒョイと彼女をソファから軽々と持ち上げて自分の膝の上に乗せてしまった。そしてポンポンと頭を軽く宥めるように叩いていた。それはまるで自分の幼い子にするかのような行動で、レンドルフは目を丸くしてしまった。レンドルフが知る限りアナカナはウォルターに懐いていたが、こんな風に親子のような態度で接することはなかった筈だ。


「この前から、ウォルターはわらわをやたら構うのじゃ」

「そうですか…」

「ところで本題に入っていいか?」

「は、はい」


レナードは面白そうなのでそのまま見ていようかとも思ったのだが、あまりレンドルフを引き留めるのもよろしくないと強引に話を切り替えた。


「先日のお父君の訃報の誤報の件は、多少上で論議にはなったが当人には責はないということで、誤報と判明するまでの期間は特別休暇扱いになった」

「ありがとうございます」

「まあ、帰りの任務に合流するまでの間は休暇扱いになったので残数は少なくなっているが、余程のことがない限り不足になることはないだろう」


レンドルフとしては取得出来る休暇を全て消費するつもりでの帰郷だったので、途中から任務に切り替えてもらったおかげで間に合っただけでもありがたかったのだ。


「そしてその里帰り中に()()殿()()の解毒に役立つ薬草を()()見付け、弔問に訪れていた大公家の代理人である薬師殿とともに解毒薬を作り献上したことへの報賞を決めよ、と陛下からのお言葉を頂戴している」

「え…!?」


レナードの言葉に、レンドルフは一瞬で岩のように固まってしまった。



表向きはアナカナが自信の不注意で毒に触れて、その解毒が済むまで研究施設で治療を受けていたと公表されている。しかし実際はアナカナのハンカチの刺繍糸に毒が仕込まれ、身代わりになったユリが毒で意識不明の重体になった。

その場所が大国キュプレウス王国との共同研究施設であり、治外法権も認められた場所な上に、被害に遭ったのは王家と双璧を為す程の力を持つアスクレティ大公家の唯一の直系という、一歩間違えばオベリス王国が根底から瓦解しかねない大事件だった。

レンドルフにはユリが大公家の息女であることは知らされていないが、政治的な思惑もあってアナカナが倒れたことにしているのは知っていた。そしてレンドルフはユリの為に、騎士団を辞することも躊躇わない覚悟で故郷にまで薬草を採取しに行ったのだった。



レナードもその辺りのことは全て分かっていながら、レンドルフが騎士団に残れるように色々と心を砕いてくれた。そのレナードから、報賞の話が出ると思ってもみなかったのだ。そもそもレンドルフは、ユリを助ける為に無茶を承知で故郷に戻って薬草を探しに行ったので、報賞をもらうことなど頭の中に欠片も存在していなかったのだ。


「ええと…その、そのようなつもりでは…」

「そんなことわらわも知っておる。しかし()()とは言え王族の命を救った者に何の褒美を与えないとあっては、示しが付かぬのじゃ。それに、此度の件でも其方を疎略に扱おうものなら、北の地より赤熊が攻めて来てかっ浚われるわ」

「これまで粗略に扱われた覚えはございませんが」

「あんまり無自覚なのも恐ろしいの」


王家も騎士団もレンドルフを疎略に扱うつもりは皆目ないが、どういう運周りなのか客観的に見れば不遇の扱いをされていると見られてもおかしくないのだ。

ただでさえ先の近衛騎士団副団長の解任の件で、レンドルフの家族達は本人の予想以上にお怒りだったのだ。今回の偽の訃報も、バレて問題になったとしても遠い辺境でレンドルフの身柄を押さられてしまえば王城から手出しは出来ない。仮に強引に連れ戻そうとしても、現地に到着する前に次兄と共に国境を越えられた可能性もあったのだ。


未だに人手が著しく不足している中で、レンドルフ程の実力と忠誠を持っている騎士に抜けられるのは大きな痛手だ。レナードとしても、戦力が抜けた上に辺境伯との関係が悪化するのも避けたいのだ。


「とにかく、レンドルフに拒否権はない。この目録の中から選んでくれ」

「光栄です?」

「疑問系で答えるな」


一応恭しく両手で目録を受け取ったレンドルフは、レナードに「まだ話があるから後で確認するように」と言われて丁寧に懐にしまい込んだのだった。



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