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457.感謝と祈り


冬の遅い朝日が解体場を照らす頃、ようやく全ての解体を終えた職人達が死屍累々と言った風情であちこちに無造作に転がっていた。いや、その中で一番活躍していたであろうテッカンだけが喜々として皮ハギと呼ばれる片刃のナイフを研いでいた。


「よし!こいつは両刃にして…てっ!」

「他のヤツの指を落とす気か!」


片刃だと思っていたものをいきなり両刃にされたら怪我人が続出してしまう。テッカンはよく思い付きで道具を改造するので、当然のように師匠の男性の拳骨が飛んだ。テッカンは過去にナイフの持ち手すら研いでしまって、それを忘れてうっかり自分で握り締めて大騒動になった経歴がある。危うく解体師の商売道具でもある指を落とすところで大変なことになったのだ。主に周囲が、ではあったが。

それもあって全力でツッコミを入れた師匠の男性は徹夜明けでフラフラになっているのに、無駄に体力を使わされて肩で息をしていた。


そんな彼らのやり取りで、周辺で死体のように眠りこけていた職人達が次々と目を覚ました。


「あー…昨日のアレ、夢じゃなかったんだ…」

「だな。途中どうなるかと思ったけどな」

「あんなの、一生に一度あるかないかの機会だったよなあ」


彼らはぼんやりとしながらも、口々にほぼ徹夜で行った混血魔獣の解体のことを語った。その言葉には、どこか大仕事を終えた誇らしさが滲み出ていた。


テッカンが毛穴の隙間を縫うようにしてどうにか切り開いた固い毛皮を剥ぐと、やはり伝説級の変異種だとも評される混血魔獣の体の構造は想像すら出来ない異質なものだった。一番特徴的だったのは、熊系魔獣にも関わらず、胃袋が四つもあったことだろう。しかも全ての胃袋には補食した魔獣が何体も未消化で残っていたのだ。それらも解体したので、実質約八体の魔獣を同時に解体したようなものだったのだ。しかも原形のない状態ものを含めればその倍近くまであったので、慎重にならざるを得なかった。何せほぼ溶けた毒蛇が含まれていて、それに気付かずに残った牙が強化付与を施した手袋さえ貫通して、そのまま治癒院に直行した者もいたくらいだ。


分かっただけでも、ロックバードと猛毒の虎尾(タイガーテイル)(ヴァイパー)が数体、ムーンベアが一体、そして巨大なハーピーが一体だと判明した。当初は大きさから羽根の色が違うロックバードかと思われたが、羽根を引き出したら人によく似た頭が出て来て、慣れていた筈の職人も思わず悲鳴を上げていた。


しかし魔獣の生態には詳しい解体師達なので、一緒に補食されていたロックバードに托卵して、親に擬態したハーピーなのだろうとすぐに理解した。このハーピーだけでもなかなか珍しい個体ではあったので、彼らは一部がかなり消化されてしまっていたのを随分嘆いたのだった。


「あのハーピーの魔石、惜しかったな」

「丸のまま残ってたら今年一番の大物だったろうな」


魔石は魔獣の魔力と生命力の大元であり、心臓よりも重要な器官とも言われている。生命力の強い魔獣などは、一撃で心臓を貫いたとしてもしばらく動き回ることがある。だが魔石を砕かれると、その場で即死するのだ。魔石は魔獣が死ぬとすぐに魔力が抜けて空の状態になり、そのまま放置していると砕けるか溶けるかして消滅してしまう。しかし魔獣を解体して魔石を取り出し、その属性に合った魔力を充填すると魔力を溜め込んで様々なものに利用が可能になるのだ。それを魔道具などの動力源にして、魔力が空になれば再び充填して繰り返し利用出来る。とは言っても永久に使用出来るものではなく、何度か充填すると劣化してやがて砕けてしまう。


混血魔獣の胃袋に入っていたハーピーの魔石は、托卵したロックバードに合わせて巨大化していたので通常よりもはるかに大きなサイズだったのだ。しかし解体して取り出した時には、補食された際に割られたのか半分くらいの大きさになっていたのだった。ハーピーは闇属性の幻覚魔法を使う魔獣なので、魔石自体がとても稀少なのだ。


「またお前はっ!!」

「いてっ!」


頭を覚醒させる為に並んで顔を洗っていた職人達は、背後の解体場からお馴染みの怒声が飛んで来て、半ば悪夢のような昨夜の解体の思い出から一気に現実に引き戻されたのだった。



解体されて細かく部位に分けられた魔獣は、保存の容器に入れて王城の研究棟に運び入れられた。そこには魔獣研究を生業としている学者達が集い、更に魔法士や薬師などが参加して魔獣の素材をよりよく使うための調査、実験が行われている。


そこで混血魔獣の分析の結果、やはり「魔喰い」と呼ばれる魔力を吸収する特性を持ち、しかも複数属性を喰らうことが判明した。この魔獣と戦った者からは土属性を喰うと報告があったが、それは相性が良かったのか自身の防御力を上げる為に好んで吸収していたかのどちらかではないか、という結果が導き出された。そして補食した魔獣の特性も自分の体に吸収して利用していたとの結論も出た。実際のところはどうしたらそのようなことが可能なのかは分からないままだったが、ハーピーの羽根を背中に生やして空を飛び、幻覚魔法を駆使していた痕跡があったのだ。


最初にレンドルフが捉えようとして失敗したのも、すぐ側まで接近していたのにショーキが気付けなかったのも、おそらくその幻覚魔法が原因だろう。


その報告書をレンドルフ達は王城に戻ってから目にして、怪我人は出たものの誰も死なずに済んだことがどれだけ幸運だったかを知って、改めて背筋が冷えたのだった。



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「こんばんは、ユリさん。体調は大丈夫?」


レンドルフは約束の時間の少し前から、テーブルの上に温かなミルクティーを準備して座っていた。そして時間になると同時に、ギルドカードのメッセージに声を吹き込んで送信する。


『こんばんは、レンさん。私は大丈夫。レンさんの方は?』

「俺も元気だよ。昨日はお茶を送ってくれてありがとう。すごく温まるし、美味しいよ」

『そう、良かった。もしかして今も飲んでる?』

「うん。大切に飲んでる」

『私も飲んでるよ。気に入ってくれたなら、また送るね』


レンドルフ達は王都まで後二日程の街まで戻って来ていた。部隊のメンバーがひとり欠けているので、急なものでなければ任務が命じられることはない。ただそのまま真っ直ぐに帰還するだけなので、予定通り王都に入れるだろう。


今は駐屯部隊の敷地内にある宿泊施設を借りて泊まっている。いつもならばショーキと同室になるのだが、彼がいないのでレンドルフは独り部屋だ。その為、こうしてユリとギルドカードでやり取りをする時間も取れた。


レンドルフが今飲んでいるのは、昨日ユリから送られて来た粉末紅茶だった。そこには粉ミルクも混ぜられていて、他にもスパイスが数種類入っていると説明が添えられていた。


『何か気になるところはなかった?それとももっとこんな感じの味が欲しいとか。スパイスで調整出来るから、レンさんの好きな味に出来るよ』

「このままでも十分美味しいよ」

『そう?私はレンさんに送ったのより少しシナモンを追加してる』

「それも美味しそうだね」

『じゃあ今度送るね。他にも少し調整したのも作って送るよ』

「まだユリさんは療養中なんだから、無理しないで」

『でも今はもうかなり回復したら、結構暇を持て余しちゃって。だから大丈夫よ』


ユリとしては別邸内ならもう自由に歩き回れるようになっているのだが、レンドルフにはまだ退院したことは告げていない。レンドルフの見舞いは別邸で行うわけにはいかないので、一度エイスの治癒院にユリが戻ってから見舞いに来てもらうように調整している最中だった。


『…ねえ、レンさん』


しばらく他愛のない話を続けていたが、不意に少しの間の後ユリからのメッセージが入る。文字だけであるが、レンドルフは何となくユリの口調が固くなったような気配を察して、少し姿勢を正して次の言葉を待った。


『昨日おじい様に、レンさんが大怪我した話、聞いたよ』

「あ…あれはもう、ちゃんと治ったから。ユリさんがくれたお守りのおかげで、助かったよ」

『怒ってないの?』

「怒る?ないない!絶対にない!感謝してるし、申し訳ないとは思ってるけど、怒ることなんてないから!」


思いがけない言葉が返って来て、レンドルフは声が届く訳ではないのが分かっていながら声を大きくなってしまった。


「あ、俺がすぐにお礼も言わなかったから!ごめん!あんまり心配かけるのも良くないと思ったから、戻ってから知らせようと…いや、言い訳だな。本当にごめん」

『黙って勝手なことしたのに?』

「それだけ俺がユリさんに気を遣わせることばかりしてきたことだから…それも含めて、本当にあり難いし、申し訳ないなと…」

『そうじゃなくて!そうじゃないんだけど…ええと、これはちゃんと会って話そう』


殆ど時差がない状態で会話に似たやり取りが出来ると言っても、やはり表情や声の僅かなニュアンスで伝わる内容は大きく変わって来る。この件は文字だけではきっと伝わらないと思い、レンドルフもユリの提案にすぐに同意した。


「うん、そうだね。でも、俺は怒ってないし、いくら礼を言っても足りないくらい感謝してる。それだけは絶対分かって欲しい」

『うん。レンさんが助かって良かった』


少しだけ妙な空気になりそうだったが、このまま文字だけではすれ違いが大きくなるとお互いに判断してこの話題は一旦切り上げることにした。


その後しばらくは再びお互いに差し障りのない程度の日常の話を報告し合い、夜遅くなる前に話を切り上げたのだった。



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レンドルフはカップの底の方に残っていた冷めたミルクティーを飲み干すと、気持ちを落ち着かせようともう一つ残っていた薬包を手に取った。魔道具のポットに残っていた湯を注いでサラリと粉を溶くと、フワリとミルクとスパイスの優しい香りが広がる。

レンドルフはカップを両手で包み込んで、その熱と香りを体に染み込ませるように軽く目を閉じて顔に近付けた。そのままそっと一口啜って、甘い味を口の中で堪能する。これはきっとユリが甘い物が好きなレンドルフに合わせて甘めにしてあるのだろう。その気配りを感じる度に、優しく胃の中だけでなく胸の奥も温めてくれるようだった。


「俺がどれだけ感謝しているか、どうすれば伝わるかな…」


机の脇に立てかけておいた自分の大剣に手を伸ばし、その柄に取り付けているタッセルにそっと触れた。繊細な彫金細工の金具はヒヤリと冷たかったが、温まっていたレンドルフの手の中ですぐに同じ温度になった。少し手の中で撫でるように触れていると、やはり先程の紅茶のように胸に温かさが溢れて来るようだった。


こんなに小さな中に薬瓶が入る空間魔法と保管が出来るような時間停止の付与を付けるのに、一体どれだけの凄腕の付与師に依頼したのだろう。金額もさることながら、優秀な付与師に依頼をすること自体が難しい。


「いつか、君に返すよ。何度も命を救われた感謝を」


レンドルフは静かにそう呟くと、まるで祈りを捧げるようにタッセルを握り締めた手を額に押し当てたのだった。



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