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44.【過去編】何よりも大切なモノ


「ねーえ、ステノスが生きてたこと、二人とも知ってたのぉ?あたし一人知らなかった感じ?」


ステノスが出て行った後、まだランチの時間ではあったが誰もいないのでクリューとミスキは店に残っていた。特に何をするでもないが、ステノスが真っ先に情報をもたらすのがここであるので、つい離れがたくなってしまっていた。


クリューは少しだけ拗ねたようにカウンターに頬杖をついて、何となく目を合わせようとしない態度がそっくりな親子を少々恨みがましい目で見上げた。


「まあ、あたしは、あの頑丈だけが取り柄のヤツが死んだとは思えなかったからね」

「ふ〜ん。…ミスキは?」


グラスを拭きながら答えたミキタは、そうすることでクリューと目を合わせない免罪符にしているように見えて、クリューはジト目で顔を覗き込んだ。それでも頑なに目線を合わせようとしないミキタを一旦諦めて、クリューは今度はミスキに話を振った。


「……」

「無視かーい」

「……前に一度、似た男を見た気がするから」

「え、いつ。どこで?」


ミスキはしばらく固まったように動きを止めていたが、クリューも諦めた様子もなくひたすらジッと彼を凝視していたので、とうとう居心地が悪くなったのか根を上げたのはミスキの方だった。


「10…年、前。()()()()()()()()()

「え…それ…」


その言葉を聞いてクリューの顔色が変わった。そして思わずミキタの方を振り返ってしまった。それはミキタも知らなかったのか、本当に驚いた様子でミスキの方を見ていた。彼女にしては珍しく動揺しているのか、グラスを拭く手が完全に止まっていた。



10年前は、ちょうどランガがタイキを拾って来た年であり、そして亡くなった年でもあった。更に千年樹のダンジョンと言えば、その最奥でランガの遺体が発見された場所だった。



「…ダンジョンの、どこだい?」


言葉を紡げずにいたクリューに変わって、ミキタが質問をした。その声は少しだけ掠れているように聞こえた。


「入口の辺りだった。中から出て来たところで、その時は『どこかで見たことある』くらいにしか思ってなかった」

「そうかい…」

「ただ、手に父さんの武器を持ってた」

「まさか…!」


ミスキが「父さん」と呼ぶのはランガのことだろう。ステノスがいなくなったのは彼が五歳くらいだったので、うっすらとした記憶しかなかった筈だ。


「今になってみれば、見間違いかもしれないし、アイツにちょっと似ていただけかもしれない。あの頃のことは…ちょっと曖昧だからさ」


そう言って片方だけ口角を上げた表情になったミスキの口調は、少々苦いような刺があるような印象だった。当時のミスキは、間違いなく一人でダンジョンの中に入って瀕死のランガを見つけたと主張していた。しかし、周囲は強い衝撃を受けて記憶が混乱しているのだろうと片付けたのだ。まるで時を越えてその時のことを皮肉げに笑っているかのようだった。


「父さんはAランクの冒険者だった。武器を取られるなんてことは絶対無い。だから、あれは俺の見間違いだったんだ。あれはアイツなんかじゃない」

「…そう」


初めて聞いたミスキの話に、ミキタもクリューもそれ以上は聞くことは出来なかった。


クリューは、先日話した時にユウキはランガのことを「アイツ」と呼び、今はミスキがステノスのことを「アイツ」と呼んでいた。それぞれの自分の父親を他人のように呼んでいることが酷く皮肉に思えて、思わずミキタの顔をそっと伺ってしまった。


ミキタは、既に驚きから立ち直っているようで、いつもの様子で再びグラスを拭きはじめていた。


「ねぇ、ミキティ。何か甘ーいカクテル作ってぇ」

「昼間から飲むのかい」

「いいじゃない。一杯だけ〜」

「はいよ」


クリューは何となくこれ以上はこの話題に触れてはいけないような気がして、我ながら強引とは思いつつ、甘えたような口調でミキタにリクエストした。


ミキタが作ってくれたカクテルは、ベリーのリキュールをベースにした真っ赤な色をしていて、香りも味も非常に甘かったが、何故か喉の奥では苦いようにクリューは感じたのだった。



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「やっぱおかしいよなあ…」


ステノスは警邏隊の自分の部屋に戻って、書類の山を引っくり返してバラまいていた。欲しい情報だけを抜き出しているので、他の書類は崩れて層の入れ替わりが起こっている。この状態では後で間違いなく作業が大変なことになるのは分かっているのだが、確実に期限を刻んでいるに装着された魔道具のことを思えばそれどころではない。


まずステノスは、ビーストテイマーが潜んでいた地区の捕縛者を確認した。しかし該当者は一向に見つからず、次は年齢に関係なく、とにかく赤い髪と思しき者を探した。現在まだ勾留されているのか、既に罪状が確定して別の場所にいるのか。ひたすらに探していた。だが、そちらも赤い髪の者はいたが、目の色まで合わせると一致する者が全く見当たらない。もしミキタ達の言うように成長していたとして、その段階で何らかの変容が起こって髪の色や目の色が変わってしまったとしたら完全にお手上げである。


「もし移送されたとして、一番怪しいのはここなんだがな…」


カツハを締め上げて吐かせた犯罪奴隷を斡旋していた貴族の領地の付近に運ばれた者達の中で、やけに若い者が偏っている場所があった。勿論本当にその罪状が正しいのであればいいのだが、見ると例の罪状の内容がほぼ似たり寄ったりの疑わしい者ばかりである。


「ノーザレ子爵領、か」


その若者達の運ばれた場所は、以前にステノスが怪しいと幾つか候補に挙げていた中の、件の子爵家の領地であった。


「どう考えても真っ黒だな。ちったぁ反省はしないのかね」


侯爵家からいきなり二つも爵位を落とす程のことをやらかした家門である。しかも何代も前のことではなく、やらかしたのは現当主の息子達だった筈なので、割と最近のことだ。確か、王家から直々の縁を取り持った婚約を一方的に破棄して騒動を起こしていた筈だ。しかも長男、次男と立て続けに。


他にもカツハが売り渡していた犯罪奴隷達の行方は別ルートもあるようだが、今はとにかくタイキが最優先だった。もしミキタの言う通り、いきなり成長したにしてもそうそう年寄りにまではならないだろう。外見だけ若い男に見えるのなら、ノーザレ子爵の領地に運ばれた確率は高そうだった。



「あとはこれ、か…」


当時その地区を担当していた実行部隊と、捕縛した住人の証言が幾つか報告書に記載されているのだが、あちこちに「赤い色」「化物」という単語が浮かび上がっている。しかし捕縛者リストの中に、赤い髪をした人物は存在していない。


ステノスはしばらく考え込んでいたが、郵便物を届けに来て室内の惨状に目を丸くしていた事務方の男性に、ヨシメを呼ぶように言伝たのだった。



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「お呼びと伺いました…が」


ヨシメが部屋に入って来るなり、ステノスは手にしていた愛刀を抜いてその切っ先をヨシメの喉元に突き付けていた。いきなりそのようなことをされても、ヨシメは少し驚いたような顔をしただけで、さほど慌てているようには見えなかった。


「大体何で呼ばれたか分かってるみてぇだな」

「一体何のことでしょう」

「すっとぼけんじゃねぇよ!てめえが応援に向かったあの地区に出たって言う『赤い色』の『化物』のことだよ」


更に切っ先が肌に触れる寸前までにステノスが踏み込んだが、ヨシメは妙にとぼけた顔で首を傾げる。その表情がステノスの焦りを分かっていてわざとやっているようで、酷く苛つかせた。


「証言によっては、赤い髪の男、または赤い化物に分かれる。そいつも捕縛されたようだが、捕縛者リストにはそれらしき人物はいねえ。どこにやった?」

「化物ならば、人間ではありませんので」

「どっちでもいい!そいつはどこにいるか答えろ!」


ステノスの目が剣呑なものになり、尖った切っ先がヨシメの喉に僅かに食い込んだ。プツリと皮膚の切れる感触がして、そこから一筋の血が流れる。いつものように素肌に上着を着用して前を開けているスタイルなので、その流れた血は鎖骨を経由して、筋肉で並の女性よりも盛り上がった胸の曲線を伝う。


「さっさと行方を吐け!俺の()()()の危機なんだよ!」


ヨシメはずっと無表情を貫いていたが、ステノスの渾身の魂の叫びに目を瞬かせた。


「…貴方の()()?いやまさかそんな筈は」

「俺の()()()だっつってんだろ!!正真正銘俺の()()()の生きるか死ぬかのピンチなんだ!なりふり構ってられっか!」

「そこまで…」


その根底には大いなる誤解があるのだが、ヨシメは何故かステノスの叫びに真実を感じ取ったようだ。いや、間違いなく真実ではあるのだが。


「確かに…私も()()は大事です…」

「当たり前だ!()()()以上に大事なモンがあるかよ!!」

「まさか貴方がそこまでとは…」


ヨシメはたちまち目を潤ませて、ステノスに尊敬するような眼差しを向けた。


もしここにカナメがいたのならもう少し会話の齟齬に気付けたであろうが、彼女は本日有休を取得していた。その為、すっかりステノスに感銘を受けてしまったヨシメが、正直に事の顛末を話してしまうことを止める者はどこにもいなかった。

ツッコミ不在と言うやつである。



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ヨシメは、ステノスから命じられて応援に駆け付けた地区で暴れ回っていた人間とは思えない異形の者を発見し、万一魔法士がいた場合に備えて用意しておいた魔力を封印して拘束するを使用して捕縛に成功した。

人間のようにも見えるが、何を聞いても口を利かずに黙ったままで、他の捕縛した住人に聞いても誰も見覚えがないと言った。もしかしたらビーストテイマーが使役していた魔獣の一種が人間に擬態しているのではないかと思い、他の捕縛者とは違う魔法士などを閉じ込めておく特殊な牢に監禁していた。


そしてそのことは自分の雇い主には報告していたのだが、雇い主も扱いに迷ったのか、特に指示はなく放置されていた。しかしさすがにこのままにしておく訳にもいかず、警邏隊か騎士団のどちらに報告しなければならないと考えていた頃、「とある貴族が珍しい奴隷を買い求めに来たのだが、手違いで奴隷が死んでしまった。そちらで捕らえたという化物を替わりに買い取りたい」と極秘裏に接触があった。

念の為雇い主に確認をしたところ、厄介な化物なら引き取ってもらえばいい、と返答があった。ただでさえ解体作戦の後処理に追われていたヨシメは、結局警邏隊にも騎士団にも報告を上げずに仲介を引き受けたのだった。



そしてそのヨシメに声を掛けた者が部隊長カツハであり、仲介した相手こそがノーザレ子爵夫人であったのだ。



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因みに、朝方カナメ宛に本部に送り届けられたカツハは、受取人不在の為困った馭者にカナメ宛の配達便が届く倉庫にそのまま転がされて置いて行かれた。

翌朝受け取りに来たカナメに発見された時には、縛られていたせいで()()()大変なことになっていた為に彼女に思い切り悲鳴を上げられた。その悲鳴を聞きつけて別部署から人々が駆け付けたので、カツハは悪事が暴かれて社会的地位を失うより前に、ある意味尊厳的な諸々を失うことになったのだった。



ヨシメは、昔ヒョロガリ体型で、その時に出会った女性と結婚しているのですが、マッチョ化したヨシメを「生理的にムリ」と息子(女性の連れ子)を連れて家出。現在別居中。離婚はしていないし、性格的には嫌われていないので妻とは文通をしている仲です。息子とはよく会っていて、関係は良好。


息子は、そんな変わった家族形態でも「ま、いっか」とあまり深刻には考えていません。

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