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453.討伐の後始末

まだ怪我の表現が続きます。ご注意ください。


オスカーに頭部を落とされた魔獣はそれでも恐るべき生命力でしばらくはもがいていたが、レンドルフは爪の届かない背後に回るように移動して剣で地面に縫い止めるように全力で押さえ付けたのでそれ以上の攻撃は受けなかった。さすがにそんな状態では長く動ける筈もなく、すぐに力も動きも弱まって動かなくなった。


レンドルフはゼエゼエと肩で息をしながら、用心深く様子を見ていたが、やがて完全に絶命したと確信したところでようやく剣を魔獣の体の上から退けた。レンドルフがあれだけ全力で剣で押さえ付けたのに、毛皮には傷一つ付いていなかったのはさすがに背筋が冷える思いだった。


「レンドルフ…すまないが…」

「オスカー隊長!?」


事切れた魔獣の体の検分をしようとレンドルフがかがみ込んだとき、背後から息も絶え絶えといったオスカーの呼びかけに弾かれたように顔を上げた。見ると少し離れたところでオスカーが地面に座り込み、肩で息をしている。そして真冬の時期にも関わらず、まるで頭から水でも被ったかのように汗だくになって、崩れた前髪から雫が垂れていた。


「これを、開けてくれないか」

「はい!」


顔色も蒼白になったオスカーが、震える手でレンドルフに向かって回復薬の瓶を差し出す。レンドルフは慌てて駆け寄ると、封を切ってオスカーの背中に手を添えながら瓶を口に当てるのを手伝った。オスカーの飲んでいるのは魔力回復薬で、その顔色や様子から察するに魔力枯渇の症状に間違いない。

レンドルフの手を借りて魔力回復薬を一本飲み切ったオスカーは、すぐに効果があったのか少しだけ顔色が良くなっていた。


「オスカー隊長、お見事でした」

「いやあ、あれは条件が揃っていないと出来ない最後の手段だからな。私の魔力量では、付与を付けた剣に上乗せして一回が限度でな。あれで仕留められなければ私がお荷物になるところだった」


魔力量が多くないオスカーは戦闘時でも身体強化のみで、付与などで底上げをした剣の技術で任をこなしていた。レンドルフが彼の元に付いてからそう長い期間ではないが、周囲からもオスカーが属性魔法を扱えるというのは耳にしたことはなかった。


「それでも、アレを斬ったのはすごいことです」

「ははは、優秀な部下がまだ動けるから頼るつもりで久しぶりに無茶をしたよ。それよりもレンドルフも怪我をしているだろう。早く手当てをしなさい」

「ありがとうございます」


レンドルフは自分のポーチから回復薬を取り出して一気に呷った。あまり美味しいものではないが、普通のものなので飲み慣れているせいもあって顔を顰めるほどではない。


「そっちは大丈夫そうですか」

「オルト、ショーキの怪我の具合はどうだ?」

「出血が多かったので貧血気味ですが、命に別状はありません」


ショーキの応急手当てを終えて、オルトがショーキを軽々と横抱きにしたままレンドルフとオスカーの側にやって来る。抱きかかえられたショーキの顔色は白に近かったが、それでも意識はあるようだ。噛まれた左腕は、オルトの上着を巻き付けるようにして目に入らないようにしているところから見ると、かなり酷い傷が残っているのかもしれない。今は興奮状態で傷の状態が分からないのかもしれないが、視界に入って怪我を脳が認識すると急速に具合が悪くなることがある。たとえ死ぬような怪我でないとと言われても、脳が大量出血したと誤認して死に至ることもあるのだ。


「ショーキ、よくやった。一番の活躍だったな」

「ありがとう、ございます。隊長達のお怪我は」

「私は殆ど怪我は受けていない。レンドルフは…こんなナリだがもう回復薬で治癒は済んでいる」

「良かったです…」


血が足りていないせいなのかショーキの口調は弱くフワフワしていたが、オスカーの言葉に安堵したのか肩の力が抜けたようだった。

オスカーに指摘されて、レンドルフは自分の姿が血まみれになっていたことにやっと気付いた。怪我をしたショーキを抱きかかえて、オスカーが魔獣の頭を落とした際に最も近くで魔獣の体を押さえ付けていたのだ。肩や太腿に怪我もしたが、主に魔獣の血を頭から浴びて、重傷者か殺人鬼のような出で立ちになっていた。



「さあ、急いで集落へ戻るぞ。そろそろ先行隊が到着しているかもしれん。万一に備えて治癒士か医師を真っ先に同行させている筈だ」

「この魔獣はどうしますか?」

「このままにしておいて他の魔獣を呼び寄せるのも困るが…さりとて変異種らしき個体を埋めて処理するのもな。レンドルフ、頼めるか」

「問題ありません」


遭遇した魔獣が変異種だった場合、国やギルドなどに屍骸を引き渡して解体を頼むことが望ましいとなっている。変異種は数が少ない上に、これまでに見たこともないような能力を有していることがある。それこそ世界にたった一つの個体なこともあるのだ。そしてその体は貴重な素材の為、かなり高額で引き取られて研究者や然るべき機関に回されて入念な調査がされるのだ。勿論、あまりにも巨大なものであったり、怪我人が多く持ち帰ることが困難だった場合は通常の魔獣と同じ処置をしても問題はない。けれどやはり持ち帰ることが出来れば冒険者はかなりの高額報酬を貰えるので、多少の無理をしてでも持ち帰るものが大半だ。

レンドルフ達のような国に属する騎士は、民間とは違ってそこまで高額ではないが持ち帰ればそれなりに報賞も出るし、手柄として記録に残されるので後々出世などの判断材料に上乗せされたりする。


「ショーキは私が運ぼう。オルトは魔獣の襲撃があった時の対処を頼む」

「そんな…隊長に…」

「魔力回復薬は飲んだが、まだ本調子ではないからな。正直言って戦闘にはまだ厳しい。オルトに任せるのが隊長判断だ」


隊長手ずから運ばれると聞いて、ショーキの視線がウロウロと泳ぐ。本当は自力で歩くと言いたいところであるが、ショーキ自身がまだそこまで回復していないことが分かっているのだろう。


「俺が運ぼうか?アイツとまとめてになるが」


ショーキの気配を読んでレンドルフが完全な親切心から申し出たが、レンドルフには死んだ混血魔獣を運ぶ役目がある。上顎からそのままスライスしたように頭を落とされて血まみれの熊とまとめて運ばれるのはあまりありがたくなかったのか、ショーキは思わず返答に困ってしまった。


「ショーキは私が引き受けるよ。そのくらいならば可能だから、少しは仕事をさせてくれ」

「は…い。よろしくお願いします」


迷った末に、ショーキはさすがに魔獣とひとまとめに運ばれるのは選ばなかった。


「隊長殿、わたくしにもお手伝い出来ることはございますか」

「ああ、先程は援護を感謝する。サミー殿もお怪我はありませんでしたか」

「はい。十分距離を置いておりましたので。しかしあまりお役に立てませんで、お恥ずかしい限りです」

「いや、見事な腕前だった。もし魔獣の襲撃があれば、また援護していただけるとありがたい」

「畏まりました」


王族が持つ瞳の色と同じせいか、サミーの丁寧な態度を見ていると、ひとかどの貴族を相手にしているような錯覚を起こしてオスカーは奇妙な感覚になった。しかし大公家から派遣されるような護衛ならば、貴族出身の次男以下か、礼法の教育を厳しく受けさせているのだろうと思うことにした。やはりレンドルフと合流するまで大公家の専属護衛騎士達と共に北上し、彼らと入れ替るように残ったサミーなので、身元の詮索はしないでも大丈夫だと判断したのはオスカーである。



「うわっ!?何だこりゃ」

「頭は、埋めた方が良さそうですね」


運びやすいように魔獣をロープで縛ろうとレンドルフとオルトが屍骸に近付くと、オルトが切り落とされた頭部を見付けて思わず声を上げた。


上顎から切り離された頭部は、紫色の粘り気のある液体になってドロドロに溶けて原形を保っていなかったのだ。もう既に毛皮は無くなり、白い頭蓋が覗いている。しかしその骨も少しずつではあるが形が崩れつつあった。


「本体は溶けてないな」

「…魔石の有無でしょうか。これでは持ち運び出来ないですね」

「そうだな。それにこの匂いは毒っぽいな。念入りに埋めた方がいいだろう」


そんな会話をしながら、レンドルフは一瞬だけサミーに視線を向けた。少し離れた場所にいるサミーは、相変わらず目元を隠しているのでこちらを見ているのは分からなかったが、レンドルフは何となく目が合ったような気がしていた。



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ショーキが左手を魔獣に噛まれた瞬間、レンドルフの髪を掠めるように何かが風を切って通り抜けて行った。身体強化魔法を最大にまで上げていたレンドルフには、その微かな匂いもしっかりと嗅ぎ分けていた。その通り抜けたものは、サミーの毒の魔力だとレンドルフは確信していた。そしてその毒の弾丸は、ショーキの腕を噛み砕く寸前で僅かに開いていた魔獣の牙の隙間を見事に捉えて、口腔内に撃ち込まれたのだ。

噛み付かれる直前、ショーキは昨日レンドルフが魔法を使って作った温石が握られていた。もしかしたらショーキは、温石の中のまだ熱を保つ芯の部分を魔獣に喰わせようとしたのではないかとレンドルフは推察した。周辺を固めた石は土魔法で作ったので、微かにレンドルフの魔力が残っている。それを魔力喰いの魔獣に吸収させて火魔法で作った溶岩のような芯を露出させることで、毛皮のない口内で有用な攻撃になると判断したのだろう。

ほぼ一日経った温石は随分温度が低くなっていた筈だ。しかしそこにサミーが撃ち込んだ毒の弾丸が更に効果を上げたのかもしれない。


その後はオスカーが一閃で首を落としたので、全身に毒が回らなかったのだろう。



本来ならば、このことは部隊長のオスカーに報告すべきなのだろうが、自身の属性魔法を知らせたがらないサミーの願いをレンドルフは尊重することに決めた。もしあの時のサミーの援護がなければ、ショーキの腕は今頃魔獣の腹に収まっていたかもしれなかったのだ。それどころか、有効な攻撃が通らないままであったら、全員がかなり危機的状況になっていたであろうことは簡単に予測が付く。だから仲間の恩人であるサミーが自身で申告しない限り、レンドルフは口を噤むことにしたのだ。

毒で溶けた魔獣の頭を埋めながら、レンドルフはこのまま「おそらく変異種だから」ということで通そうと固く心に誓ったのだった。



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集落に戻ると、オスカーの言った通り先行隊が到着して荷下ろしをしていた。いつ魔獣の襲撃があって集落に残った者が負傷しないとも限らないので、先行隊には治癒士が一人加わっていた。どちらかと言うとこの治癒士の護衛の為に先行隊が編成されたようなものだ。


オスカーは状況を手短に説明すると、そのまま仮で用意された治癒院代わりの建物の中にショーキを抱えて入って行った。まだこれから本格的な治療になるが、それでもレンドルフは少しだけ胸を撫で下ろしてオスカーの背中を見送った。


「レンドルフ」


不意に、オルトの低い声がレンドルフの小さな安堵を一瞬で掻き消した。振り返ってオルトの顔を見ると、これまでに見たことがないくらいに険しい顔をしていた。もともと顔の傷の影響で表情が出にくいオルトは、声の感情が豊かな質だ。その彼が底冷えするような重い声を発している。レンドルフは嫌な予感に胸の辺りがザワリとさざめくような感覚に支配される。


「あいつの左手、かなりヤバいぞ」

「そんな…」

「ギリギリ指の形は残っていたが、口の奥に入れられたせいか骨が砕けてた」

「それに火傷も酷かった、でしょう?」

「あ…ああ。しかし、それはショーキの判断であって、お前が気に…」


いくら温石の温度が低くなっていたと言っても、おそらく芯の方は素手で触って無事に済む筈のない温度だったろう。確かにオルトの言う通り、その温石を使って毛皮に覆われていない場所に攻撃をする手段を取ったのはショーキの判断だ。しかし分かっていながらもレンドルフは色々な気持ちが去来して、思わず唇を噛み締めてしまった。


オルトはレンドルフの気持ちを察したのか、それ以上何も言わず、ただ少しだけ強めにレンドルフの背中をバシリと叩いたのだった。



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