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452.混血魔獣との死闘

戦闘、流血、怪我の表現があります。ご注意ください。


「五時の方向…うわっ…!?」


ショーキが叫んだのとほぼ同時に、大きな影が斜面を滑空するような速度で一気に距離を詰めて来た。その影はショーキが上に立っている木に激突して、立っていた枝から放り出されてしまった。が、それでもショーキは身の軽さで間一髪他の木にしがみつき、辛うじて落下は免れた。


レンドルフ達は、昨日遭遇した混血魔獣の足取りを調査する為に山の中に入っていた。ムーンベアやハーピーならば多少苦戦はするだろうが、応援を呼ばなくても対処は出来ただろう。しかしムーンベア以上の能力を有して魔力を喰らい、剣も弾き返す被毛に覆われた混血魔獣では分が悪い。しかも主戦力のレンドルフの属性魔法を喰うとなると、やはりどうしても不利になる。

そこで昨日のうちに王城へ報告をして、一番近くにある駐屯地から応援を出してもらうことになったのだ。その場所は騎馬で駆けても丸一日以上は掛かる。応援を要請してすぐに出発してくれたとしても合流出来るのは今日の夜であろうし、街道の積雪状況も鑑みれば合同で討伐に出られるのは明日からになるだろう。


その前に少しでも魔獣の通り道やねぐらなどを把握する為にレンドルフ達は直接戦闘はしない方向で調査に出たのだが、まさか全く予期しなかった方向から向こうが襲いかかって来たのだった。


「ショーキ!もう一つ隣へ!」

「はいっ!」

「ファイアーウォール!」


レンドルフが下からそう叫ぶと、ショーキは一切の躊躇なくそこから別の木に飛び移る。魔獣も顔を上げてショーキの方向に鼻先を向けた瞬間、ゴウッと音を立てて立木ごと火柱が立ち上った。周囲に拡散するのを防く為に真上に向けて魔力が放出するように引き絞ったので、レンドルフの魔法は高い木の倍近い火柱となって曇天の空を僅かに赤く染めた。


生きている立木なので完全に炭化することはなかったが、それでも咄嗟に火力調整せずに放ったレンドルフの火魔法で、表面は真っ黒になってパラパラと表面が零れ落ちて来る。しかし木にしがみ付いている魔獣には一切効いていないようだった。ただ不快そうに頭を軽く振っている。


「ファイアーボール!」


立て続けにレンドルフの攻撃魔法が飛んだが、確かに着弾しているのだが相手の魔獣の毛皮には焦げ一つ付いていなかった。その様子にオルトが思わず呻く。


(かて)ぇな!あの火力でも通らねえか」

「魔力は喰われてはいないので、あの毛皮のないところを狙えれば…!」


火球がぶつかって爆ぜているので吸収されていないのは分かったが、毛皮のないところと言えば鼻先と目、それから口内くらいだろう。しかしそこを狙うにはかなり接近しないと避けられてしまう。土魔法に比べて制御が得意ではない火魔法では、正確に狙うことはレンドルフには少々厳しい。この場に土属性ではない弓士がいればかなり有効なのだろうが、遠距離攻撃が出来るのは今はサミーだけである。そのサミーはかなり後方に配しているが、魔動銃を使用していないところをみると射程外か位置取りが悪いのだろう。あるいはサミーでもあの毛皮の固さの前には、むやみに攻撃出来ないのかもしれない。


「何です、あれ!?」


枝の燃え落ちた立木にしがみ付いている魔獣が、急に背を丸めてブルブルと震え出した。目線の高さが同じくらいの位置にいるショーキが真っ先に気付いて、魔獣を指差した。


「なっ…!?」


突然、魔獣の赤茶色の背が裂けて血が噴き出した。背中の二カ所が盛り上がって、何かが背を裂いて出現している。痛みなのか興奮なのかは分からなかったが、魔獣の咆哮が一帯に響き渡り、離れたところから幾つもの鳥の群れが一斉に飛び立った。


「は、羽根…?」


信じ難い光景ではあったが、目の前の赤茶色の熊に似た姿の魔獣の背から、血に塗れた灰色の翼が出現したのだった。レンドルフも国境の森で様々な魔獣を見て来たが、こんな姿は見たことがなかった。


ギィンッ!!


大きく背伸びでもするかのように巨大な翼を広げた魔獣が、不意に体を捻った。それと同時に鈍い金属音が響く。


「銃弾も弾くか…!」


どうやら後方からサミーが体よりは柔らかそうな出現したての羽根を狙って撃ったらしい。しかし一瞬早く魔獣は体を捻って銃弾を弾いてしまった。

レンドルフはすぐに我に返って、今ならばサミーの狙いのように羽根に攻撃が通るのではないかと火魔法を放とうと手を翳した。が、次の瞬間魔獣は羽根を広げて、張り付いていた立木を蹴って空へと飛び立った。


「ファイアーボール!」


その後を追うようにレンドルフが火球を放ったが、直線に飛ぶ攻撃なので魔獣が旋回してそれを避ける。威力を気にせずに大量に追撃を放ったが、たった今羽根を出現させて初飛行であろう魔獣はその攻撃を難なく躱す。サミーも援護で数発追加で撃った音がしたが、それも避けられてしまった。


「うわっ…!」

「ショーキ!!」


攻撃を全て避け切った魔獣が、急な旋回をしてまだ木の上にいるショーキに向かって狙いを定めたのか突っ込んで行った。それを阻止しようとレンドルフは立て続けに火球を飛ばしたが、今度は避けると言うよりも毛皮で弾いて霧散させるという方法で、ショーキに一直線に滑空して迫っていた。


ショーキは真っ青な顔になって、これまでに見たことのない素早さで木々の間を駆け抜けた。あの鋭い爪ならば掠めただけでも致命傷になりかねない。魔獣の体では通過出来ないような狭い場所をショーキは縫うように飛び移って逃げているが、相手の丸太のような太い腕を一閃させればいとも簡単にポキリと折れてしまう。


レンドルフはショーキの逃走経路を塞がないように魔獣に向かって火球を打ち出し続けたが、容易く避けられてしまう。それでも一直線にショーキに向かうのだけは阻止しようと奮闘する。レンドルフ達は地上から追いかけているが、頭上から落ちて来る木の枝を避けながらなのでジリジリと距離が開き始めた。


「ぅわっ…」


追って来る魔獣の様子を伺おうと肩越しにチラリと振り返ったショーキが、思ったよりも接近していたことに焦ったのか僅かに上体を崩した。地上ならともかく、木から木へと飛び移っている最中だったので着地の位置を誤り、次の場所へ飛び移るタイミングが一拍遅れた。魔獣はそれを見逃さず、一気にショーキに襲いかかる。


「アースウォール!」


最も発動の早い土魔法をレンドルフは空に向かって繰り出した。吸収する為に触れても、ただ回避するだけでも僅かに時間が稼げるならばショーキなら回避出来る筈だ。


ほんの少しだけレンドルフの妨害を避けた為に魔獣の爪の軌道がズレて、切っ先がショーキの腹の辺りを掠めた。掠めただけでも革と金属を合わせた防具がいともあっさりと切り裂かれ、その下の服も引き裂かれてパッと血が飛ぶ。しかしもしそのまま回避し切れず狙い通りであったら、ショーキは腹から上下二つにされていただろう。


「ショーキ!!」


レンドルフは立て続けに地面から勢いを付けて土の壁を出して、前に解毒薬を運ぶ伝書鳥を守る為に取った行動と同じように、それを足場にして自分の体を空中に射出させた。あの時は広い場所だったのでもっと自在に体をコントロール出来たが、今回は木が多くて何本か横に張り出した枝が顔や体を直撃した。だが、かなり太めの枝でも勢いの付いたレンドルフの巨体が次々とへし折って、あっという間にショーキと魔獣のいる上空まで後一歩のところまで到達する。


魔獣とは言ってもムーンベアやレッドベアが熊と似たような生態なのは知っている。効果があるかどうかは分からないが、鎧のような毛皮に覆われていない鼻先を殴りつければ多少なりとも怯むかもしれない、とレンドルフは拳を握りしめてショーキとの間を目掛けて土の壁を蹴った。



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ショーキは腹に小さくない衝撃を感じながらも、傷は腹の表皮を僅かに裂いただけに留まったことに安堵していた。だが、魔獣は翼を持って空中を自在に方向を変える。一瞬だけ魔獣はショーキから離れたが、すぐに旋回してギラギラした赤い目を向けて来る。


その目は決して大きくないのに、ショーキの視界一杯に血のような赤い色が広がった。それは刹那なことであるのに、ショーキからは随分と長くゆっくりしたように感じられた。視界の端で必死の形相のレンドルフが木の上目掛けて飛んで来る。そしてその視界の中に、破れたハンカチの残骸の中からまだ温度を保っていたので腹の中に入れていたレンドルフ作の温石がくるくると回りながら宙を舞っていた。


(これ、もしかして僕、死ぬヤツじゃ…)


頭の片隅で妙に冷静な自分がそんなことを考えていた。その時のショーキは、自分が何を考えて行動したのかは分からない。けれどまるで他人事のように動く自分の手を見ていた。


ショーキは目の前をゆっくりと回っている温石を左手で掴んだ。それを手の中に握り込んだ時、もう目と鼻の先に魔獣の真っ赤な目と大きく開いた口が迫っていた。世界の動きがゆっくり見えている筈なのに、魔獣の動きはその中でも極端に早かった。大きく開けた口の中にズラリと並んだ牙がやけに真っ白く、開いた口から糸を引く涎が妙に悼ましかった。


魔獣とレンドルフの距離は圧倒的に魔獣の方が近く、ショーキの体に届くのは確実に魔獣の方が先だ。ショーキは咄嗟としか言いようがなかったが、その握り締めた温石ごと自分の手を開いた魔獣の口の中に突っ込んだのだった。



------------------------------------------------------------------------------------



「ショーキッ!!」


宙を飛んで魔獣に追いつこうとしたレンドルフだったが、一瞬早くショーキの左腕が肘の辺りまでバクリと喰われた。鋭い牙がショーキの腕に刺さり、牙の隙間から血が噴き出す。腕を銜えたまま、魔獣が前脚を大きく振りかぶってショーキの頭に振り下ろそうとした瞬間、レンドルフの髪を掠めるようにして頭の脇を何かが空気を切り裂くようにすり抜けて行った。そして次の瞬間、鈍い破裂音がして魔獣の上顎から鼻面の一部が爆ぜた。


『ギャンッ!!』


これにはさすがに耐えられなかったのか、魔獣が悲鳴を上げて大きく口を開いた。そこから銜えられていたショーキの腕が抜けて、体がグラリと揺らいだ。噛まれた左腕は骨ごと砕かれたのか不自然な箇所で幾つにも曲がって、牙の貫通した穴だらけになっていたが、それでも千切れずに残っていた。


レンドルフは咄嗟の判断で足場の角度を変更し、魔獣の方ではなく力を失って落下しかけているショーキの方に向かった。そして痛みに空中で暴れている魔獣の攻撃をすり抜けて、そのままショーキを抱きかかえてその場から離脱した。


少しだけ掠めた爪はレンドルフの肩口に薄い傷を付けたが、微かにチリリと表面が痛んだだけで大したことはない。とにかくショーキを救出する為に、半ば落下するような勢いで急いで地上に向かう。ショーキはレンドルフに抱きかかえられてグッタリしているが、意識はあるようで薄く目を開いている。おそらく大きな血管が傷付いたのか腕からの出血は夥しく、あっという間にレンドルフの胸元が赤く染まる。



「ひとまず意識のあるうちにこれを飲め!」


レンドルフが着地する位置を予測してオルトが全力で駆け寄って来た。その片手には中級の回復薬が握られている。外傷の場合は回復薬を振り掛けるだけでも効果は得られるが、最も真価を発揮するのはやはり内服なのだ。内服をした上で振り掛ければ更なる相乗効果が出る。ただ意識がなくなってしまうと飲ませることが困難になるので、まだショーキが意識を保っているうちに飲ませなくてはならない。


ショーキの怪我の状態は中級よりは上級を使用した方が良さそうだったが、どう見ても上位の変異種である魔獣の咬傷なので、怪我の状態の見極めに慣れている者でも正しい判断は難しい。それにショーキは獣人であるので、あまり人族用の強い回復薬を使用して何かあった場合の方が命に関わることもある。基本的にショーキは人族用の薬を使用しても問題ないと言われているが、この場には専門家がいないので敢えて一段効力の弱いものを選んだのだ。


「まっずぅ…」


強引に封を切った回復薬の瓶を口に突っ込まれて、半分ほど飲んだショーキは眉間に皺を寄せて弱々しく呟いた。あまりの不味さに目尻に涙が浮かんでいたが、傷を負った腕から回復を表わす白い煙のようなものが立ち上る。



『グルルァァッ!!』


頭上から空気を震わせるような咆哮が降って来て、顔に大きな傷を負った魔獣がもがいて暴れていた。顔の一部が大きく抉れて閉じられなくなった口元から血泡をまき散らしながら闇雲に翼を羽ばたかせているせいか、あちこちの立木にぶつかっている。


「レンドルフ!一瞬でいい、止められるか」

「お任せください!」


今は痛みと怒りのせいかもがき暴れているが、地上に逃れたレンドルフ達に気付けば間違いなく襲撃して来るだろう。ショーキを抱きかかえたまま膝を付いているレンドルフの背後に、オスカーが駆け付けて剣を構えた。オスカーにしては珍しく片手一本の剣だが、片方が土属性のものを使用していた為に魔獣に魔力を喰われて昨日折られてしまった。予備は帯剣しているが、使用は避けているようだ。


ショーキの治療の続きをオルトに任せて、レンドルフはスラリと大剣の鞘を払った。オルトはすぐにショーキを横抱きにして、上からの直接の襲撃を避ける為に枝葉を多く残している木の下に避難する。


「来るぞ!」


オスカーの声に、レンドルフは自身の身体強化魔法を握った手から延長させるように大剣にも流す。これは自分の体以外には使えない身体強化だが、コツさえ掴めば手にした武器も一緒に強化出来る技だ。これは身体強化魔法さえ使えれば魔力量は関係ないのだが、感覚的なものなので実際出来る者はそこまで多くない。しかしレンドルフは父ディルダートから直接教わって、幼い頃から扱うことが出来る得意技だ。


魔獣は落下する勢いだけでなく、下方に向かって翼で加速して向かって来る。


レンドルフは魔獣の動きを止めようと剣を構えたが、それを見切ったのか大剣の切っ先が届く寸前の距離でヒラリと旋回をして、真横からレンドルフに襲いかかる。が、レンドルフもその動きを予想して、地面が抉れて軸足が沈み込むほどの力を込めて体を半回転し、その勢いに体重を乗せて地面に突き立てるように魔獣の背中に向かって剣を振り下ろした。


ギィンッ!!


身体強化を最大まで掛けたレンドルフ渾身の一撃でも毛皮に攻撃は通らなかったが、それでも勢いに押されて魔獣は地面にうつ伏せになるように押し付けられた。しかし至近距離なので鋭い爪がレンドルフの太腿に刺さる。防具を付けているので貫通こそ避けられたが、それでも皮膚に届いて血が滲む。


風刃(ウインドカッター)!」


全力で押さえ込むレンドルフの腕の下をオスカーがすり抜けるようにくぐり、次の瞬間にはオスカーの風属性を付与してあった剣が魔獣の顔の傷に的確に食い込み、そのまま魔獣の上顎から頭部を内側から斬り落としたのだった。



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