451.サミーの護る者
翌日、集落の住人の内、年寄りや子供のいる家庭や、病や怪我ですぐに動けない者などがここから一番近い街へ一時的に保護されることが決まった。
昨日のうちに集落の代表の家に設置されている遠話の魔道具を使用して、王城へ助力を要請したのだ。王城騎士団所属の部隊長が口添えをしたので、その要請はすんなりと受理された。王城の担当から近くの街の責任者に連絡が行き、既に対応策は取られているので問題なく受け入れてもらえるそうだ。そして本来ならば一番近い駐屯部隊から大型馬車の支援が来てから住人が移送になるのだが、幸運にもクロヴァス家で所有しているスレイプニルがいた為、到着を待たずに移送が可能になった。
「ほ、本当に私めがノルド様の馭者を務めさせていただいてもよろしいんですか…?」
「ああ。ノルドは初対面の馭者でもきちんと命令を聞くように教育されている。ただ、甘い物が好きなので、到着したらこれを食べさせてやって欲しい」
「はっ!畏まりました!」
ノルドが引く馬車の馭者を務めるのは、集落から街への行商を担っている商家の息子だった。年を重ねた当主は店の切り盛りを専門にして、ここ数年はこの息子が実際に行商に出向いているそうだ。街に向かう街道には一番慣れているとして、彼が選ばれたのだった。
しかし平民ばかりが暮らす小さな集落の商家の為、彼はスレイプニルを見るのも初めてだった。基本的にスレイプニルを所有しているのは高位貴族や特に裕福な商家くらいなので、緊張のあまりノルドに対しても敬語を使っていた。
レンドルフが持参していた角砂糖の包みを渡すと、真冬なのに額にうっすらと汗が浮かんでいる彼はピョンと全身が棒になったかのような勢いで姿勢を正した。ただでさえ規格外に大柄なレンドルフなのに、更に個人所有のスレイプニルだと聞かされて気の毒なほど緊張していた。平民向けの商売で、貴族と殆ど関わりがないせいだろう。レンドルフとしてはそんなに緊張されるような立場ではないと思っているのだが、却って指摘すればするほど恐縮されそうなので黙っていることにした。
「レンの旦那」
大型馬車に移動中に必要な最低限の荷物を積み込み、後は住人達の支度が済み次第出発なので一息吐いていると、人目を憚るような様子でサミーが近付いて来た。レンドルフが顔を向けると、サミーは手招きをして人気のない方に誘って来た。
「何か積み荷にあったか?」
「いや、そのことじゃなくてですね…その、魔獣討伐の際、俺も同行させてもらえませんか」
「待ってくれ、サミーさん。それはいくら何でも」
サラリと無茶なことを言い出したサミーに、レンドルフは思わず目を剥く。確かにサミーは腕の立つ護衛であることはこれまでの旅路でよく分かっている。しかし正式な依頼もないのに騎士団の任務に同行させることは出来ないし、そもそも規律違反だ。
「大っぴらじゃなくていいんで、ちょいと後ろをこっそり着けさせてもらえりゃいいんです」
「それでも無理だ。貴方は騎士じゃない」
「俺はレンの旦那の護衛なんで」
妙に芝居がかった仕草で恭しく胸に手を当ててサミーがお辞儀をする。レンドルフはそれを見て何とも複雑な表情になった。
「あのお嬢さんが悲しまないように旦那を守る。それがあのお方に命じられた俺の務めです」
「アレクサンダーさんが…」
「旦那からすれば俺の力なんぞ借りずとも大抵のことは片付けられると思いますけどね。けど、今回のは相手が悪いんでしょう?俺の能力の出番じゃないですか」
「…それをどこから」
「まあ、色々と。如何です?お役に立つのはご存知でしょう?」
サミーの扱う魔法は毒魔法という稀少なもので、魔動銃という魔力を銃弾に変換して撃つものを武器にしている。その魔力には毒が含まれているので、銃弾を受けた魔獣は魔石が溶けて即死してしまうそうだ。たまに溶けない個体もいるらしいが、体内に毒を撃ち込まれるので銃弾に当たればほぼ魔獣は死亡する。たとえ掠めただけで致命傷にはならずとも、戦闘は有利になる。
「どんな魔獣でも、目を狙えばイチコロですよ」
「しかし…」
「勿論、俺の属性は内密でお願いします。俺が目玉を撃ち抜いたところを、レンの旦那はヤツの顔に火魔法でも撃ち込んでくれれば…」
「それなら最初からサミーさんに協力してもらうことを隊長に報告すべきだ」
「俺は自分の属性を言う気はありませんぜ」
「それでいい。ただ、遠距離で援護出来る武器を持っていると報告させて欲しい」
「……承知しました」
レンドルフが譲りそうになかったので、サミーは大分渋々、といった感情が顔に出ていたが静かに頷いたのだった。
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一部の住人を乗せた馬車が出発した後、レンドルフはオスカーに後方支援でサミーが協力を申し出てくれたと報告した。一応、アスクレティ大公家が所有している商家所属の護衛専門であることと、遠距離攻撃に有用な武器使いであることだけをサミー自身が説明し、レンドルフもこれまでのクロヴァス領への同行で腕に間違いはないことを言い添えた。
「協力の申し出、心より感謝する」
「いえ、わたくしはせいぜい後方で足留め程度の協力です」
「それでも十分ありがたい。一時的な協力者ということで私の指揮下に入ってもらうことになるが、了承いただけるだろうか」
「勿論です」
「それではこれを」
オスカーは懐から片側が金、もう片側が銀のコインを懐から取り出してサミーに手渡した。一瞬、流通しているものではないコインにサミーは怪訝な顔をしたが、コインにはオベリス王国の国旗にも描かれている紋様が刻まれていたので、丁寧に両手で受け取った。
これは一部の冒険者などにはよく知られているが、王城騎士団に所属していない外部の者に任務の助力を請う場合や、現地でたまたま共闘することになった冒険者などに渡すもので、一時的に騎士団に帰属してもらっていることを保証するコインだ。これがあれば、任務終了後に国から報酬が出ることになっている。国の制度なのでそう高額ではないが、過去の経歴として国に奉仕したと記録される。護衛などを専門に引き受ける冒険者などは、報酬よりもこれに付随する信用の方に価値があるとしてこのコインを手にしたいと思っている者は多い。
「これは国からの依頼を正式に受けたとして認められるものだ。これを持って王城か役所に持って行けば、報酬と引き替えてくれるので無くさぬようにな」
「はい、頂戴します」
このコインを所持しているのは、騎士団の中でも役職者だけに限られている。もしコインを渡した者が悪意を持って任務を妨害したと判断されれば、その任命者が一定の責を負わされる。そこまで厳しいものになることは滅多にないが、そこは役職者としてそれに見合った報酬と共に課せられる責務のようなものだ。
「今回は駐屯部隊がこちらに合流するまでの下調べのようなものだ。決して無茶はしないように」
「はい。肝に銘じます」
「ありがとうございます、オスカー隊長」
「レンドルフ、お前もだぞ」
「は、はい」
レンドルフにもオスカーの注意が飛んで来てしまい、恐縮してサミーと一緒に頭を下げたのだった。
「この国に来てそこそこ年数はありやすが、こういった制度があるのは知りませんでしたよ。勉強不足でした」
「あまり広く知らしめていないからな。それに渡すのはどうしても人となりを知っている顔見知りなどを優先しがちだ」
あまり多くの人間に知られてしまうと、コインを盗んで不正に報酬を得ようとする者や、偽造コインが作られないとも限らない。秘密にしている訳ではないが、大っぴらに喧伝している訳でもないのだ。それに渡す相手次第では自身が責任を取ることに繋がるので、どうしても同じ者に依頼が偏りがちになる。いきなり新規の者に渡されることは滅多になく、その殆どがベテランからの紹介か、初回はコインは渡さずに様子見されるようになっている。
「へえ。じゃ俺はレンの旦那のおかげで報酬を約束してもらえた、ってことですね。ありがとうございます」
「オスカー隊長の人を見る目のおかげだよ」
「旦那…謙虚が過ぎますぜ」
レンドルフも長い期間ではないが、部隊長を経験して副団長も務めていたのでコインを所持する立場になったことがある。ただ近衛騎士という職務上、外部の者に依頼することはなかったので実際使用したことはなかったが、それでもそのコインの重みは分かっている。それを数日行動を共にはしていたが一定の距離を置いていたサミーにコインを渡すオスカーの判断力に、レンドルフは素直に感心していた。
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「…隊長、大丈夫なんですか?」
「レンドルフがいれば問題ないだろう」
「ですが…それにあの目の色。見ましたか?」
「…生まれは異国だと言っていたがな」
オスカーとのやり取りをしっかり耳にしていたらしく、レンドルフ達が準備の為に離れるのを見計らってオルトが近付いて耳打ちをした。
サミーの目の色は、この国では王族の血筋に出やすいと言われている淡い紫色をしている。サミー自身もそれを分かっているのか前髪を長めに下ろして眇めがちにしていた。それでもオスカーもオルトも気が付いていたのだ。
「まあレンドルフも認めているようだから、そう問題はないだろうよ」
「それはそうかもしれないですが…」
「それに一応大公家に紐付いてるらしいからな」
「大公家…ねえ。一体いつの間にレンドルフと大公家が繋がったんですね」
「さあな。ひょっとしたら縁談でもあったのではないか?」
「ああ、そういえばあいつは辺境伯令息でしたね」
レンドルフの所作や魔力量の多さから言えばどう見ても貴族令息なのだが、実際近くで接してみるとそんなことも忘れてしまうほど隔てを感じさせない。身分に関わらず目上の人間に対しては礼儀を忘れないし、食事も平民の多い食堂でも抵抗なくペロリと平らげる。当人は実家を出てしまえば平民と大差ないと思っているらしく、平民出身の多い第四騎士団でも屈託なく過ごしている。もしレンドルフと距離があるとしたら、相手が彼を貴族と認識してよそよそしくしているだけなことが多い。ただレンドルフはそんな相手でも気遣ってか自分から距離を詰めるようなことをしないので、周囲のレンドルフの評価は割合極端に分かれていた。
そんなレンドルフでも貴族教育は一通り受けているので、貴族としての振る舞いを求められたら応えるだけの教養は身に付けている。その為、貴族から縁談を打診されても全くおかしな話ではない。
「もし彼が何か不穏な動きをしたら私を盾にすればいい」
「止めてくださいよ、縁起でもない」
「冗談だ。それにそんなことはレンドルフが許さんだろうさ。私は彼よりも、部下を全面的に信頼しているからね」
「隊長が納得しているのでしたら…」
「心配を掛けたな。感謝するよ」
オルトの警戒は、ひとえにオスカーの身を慮っての気持ちから来ていることを理解しているので、オスカーは目元を緩ませてポンポンと軽くオルトの背中を叩いたのだった。
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