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433.【過去編】レンドルフの縁談回避


非公式であれ、王族が直々に訪ねて来てまで強引に話を進めようとして来たレンドルフの縁談だったが、ギリギリのところでアトリーシャが回避させることに成功した。後方で文官見習いとして立ち合っていたディーンは、話の半分くらいしか裏を読めなかったが、それでも正直言って丸腰で魔狼に立ち向かっているよりも恐ろしいと感じていた。その中で全く平然としていたディルダートの鈍感力もすごかったが、そちらはあまり見習わない方がいいのだろうな、と本能的に理解した。



結果的に、レンドルフと王女はまだ幼いということと、二国間の国交が正式に再開していないことを理由に、あくまでも候補として内々に、と口約束だけに留めた。正式な書簡も、魔法の誓約も一切交わさず、互いに成人を迎えた時点で再度正式に話し合うというところに落とし込んだのだ。ここまで持ち込めば、ほぼクロヴァス家側が逃げ切ったも同然だった。


貴族の成人は、国によってその年齢が異なっている。ガリヤネ国は男性が15歳、女性は13歳と決まっていて、婚姻可能年齢も同じだ。対してオベリス王国は、男女とも18歳を成人、婚姻可能年齢と定める。これは世界的に見ても遅めではあるが、建国王に仕えた五英雄の一人が医療に精通した大賢者で、低年齢の妊娠、出産の危険性を説いて制定したと伝えられている。その為、オベリス王国では未成年の妊娠、出産に関わった場合、男女とも厳しい罰則が設けられているのだ。

つまりレンドルフの成人を待てば、ガリヤネ国では王女は嫁き遅れの年齢に差し掛かっている。それでも、と待っていたとしても、縁談が成立しなければ国内に釣り合いの取れる好条件の令息はほぼいないだろう。一国の王女がそれでは立場的によろしくないので、おそらくレンドルフが成人前に別の縁談を纏めることになる筈だ。


その条件にガリヤネ国王はひどく悔しそうな顔を一瞬だけ覗かせたが、幸いにも同席した王妃がそこまで乗り気ではなかったのも幸いした。レンドルフとの縁談は政治的にはあまり旨味はなく、更に()()()()が強く望んでいることに思うところがあったのかもしれない。


将来的に爵位も持たずに家を出る末の令息ならば、養子縁組等で別の家門の籍を得て強引に婿に引き抜く手段もあったかもしれないが、レンドルフは魔力量の大きさで国に登録されていて、将来有望な人材をオベリス王国がみすみす手放すこともないだろう。これ以上の話し合いは互いの国同士のやり取りになって、オベリス王国としてはレンドルフではない別派閥の令息を推薦するのは目に見えているので、正規の申し込みでもレンドルフを婿に連れて行く手段は無いに等しい。もしこれで強引に誘拐紛いのことをして攫おうものなら、ガリヤネ国は真っ先に疑われる立場になった。ひとまず可能な限りガリヤネ国側の手は封じた形になって、レンドルフの縁談は一旦幕を閉じたのだった。



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「そろそろレンドルフも魔獣討伐に出そうと思っているが、調子はどうなのだろう」

「最近では拘りもなく小型の武器の扱いも上手くなって来たな。中型の魔獣相手なら問題なく対処出来るのではないだろうか」


明日の朝一番に文官に渡す書類へのサインを終えて、ダイスはようやく私室のソファで半ば寝そべるような恰好で寛いでいた。それを労うように、妻のジャンヌがワインとナッツをテーブルの上に並べてくれる。それを見てダイスはすぐに姿勢を整えると、ソファの空いた場所を叩いてジャンヌを隣に誘うのが大体の日課だ。


ワイングラスを傾けながら、ダイスは末弟の様子をジャンヌに尋ねた。当主夫人としての政務の合間に、ジャンヌはなるべくレンドルフの剣術の面倒をみてくれていた。ジャンヌは息子達の指南役も務めていたが、最近では彼らも体が大きくなって得意とする分野に差が出て来た為、専属騎士団内でそれぞれの特性に合わせた騎士に師事を仰ぐようになっていた。その中でまだ体も細く力も弱いレンドルフだけは、それを補うことに長けているジャンヌに付いていたのだった。


「武器か…今はどんなものを使わせているんだ?」

「何でもだ。それこそ手持ちがなくなれば石ころでも。とは言え、今のところスモールソードが主だが、マンゴーシュの腕前もなかなかだ。しかし器用なので投擲用の短剣やショートボウも扱えるな」

「ほう。ウチでは珍しい戦闘スタイルだな」

「まだ体が出来上がっていないから、色々と試させている。もう少し腕力か体力が付けば変わるだろうが」


どうやらレンドルフは思いの外万能型のようだった。バルザックの元に行く前は、他の甥達と同じように長くて重めの剣を扱いたがった。やはり年が近いだけにどこか対抗心があったのかもしれないが、レンドルフの体ではそれは不利に傾くばかりだったのだ。しかし、属性魔法が発現して帰国してから、レンドルフの様子がガラリと変化したのだ。まだ自分の中で色々と模索している様子ではあったが、何でも素直に取り入れてみるような柔軟さを身に付けつつあった。かつての張り詰めたような危うさは影を潜めている。それは随分良い傾向のことのように家族は思っていた。


ジャンヌもダイスの隣で蒸留酒の入ったグラスを傾けながら、いつもは鋭い金茶の目がレンドルフのことを語るときは柔らかな蜂蜜色になる。これが可愛い弟相手でなければ、ダイスは間違いなく手袋を投げ付けていただろう。


「魔法の方は…どうだろうか?教師役を請け負ってくれたカナリー女史からも真面目に取り組んでいると報告が来ているが、実戦では通用しそうだろうか」

「土の壁を出すのはかなり早いと思う。強度は分からないが、あれならば直線で突っ込んで来る敵への牽制にはなりそうだ」

「そうか。土属性の者が戦闘に出るのは滅多にないからな。レンドルフと同行するものが決まったら手合わせは何度かさせておいた方が良さそうだな」


レンドルフの初討伐に向けて、色々と気を回して考え込んでいるダイスの横顔に、ジャンヌはフワリと微笑んでこめかみの辺りの前髪に触れた。もう結婚して10年以上は経っているが、妻にベタ惚れのダイスは今でもこうして不意に触れられると嬉しくなって相好を崩してしまう。


「ダイ、貴方はレンドルフが可愛いのだな」

「それはもう。勿論ディーン、ザルク、タイラーもな」

「分かっているよ」

「一番は君だが」

「…それも分かっている」


ダイスは自分に触れたジャンヌの手を握り締めると、その指先に軽く唇を落とす。初めて出会った時はまだ舌足らずな幼子で、ツルツルでプニプニの頬をした可愛らしい小熊だったダイスは、すっかり年齢を重ねた熊になったが、ジャンヌを見つめる目に宿る熱量は変わらない。ジャンヌは子供の頃から領主夫妻に憧れて護衛騎士を目指したが、まさか自分が領主夫妻になる未来があるとは思いもよらなかった。

最初は困惑したダイスの自分に向ける好意が、今はすっかり慣れて心地好かった。


「レンドルフの初陣は俺が付き添いたいのだが…ジャンヌも協力してくれないだろうか」

「それは出来ないな。私はアトリーシャ様の側だ」

「…やはり駄目か」


あっさりと断られたダイスは、分かっていてもがっくりと肩を落とした。


レンドルフの初陣とも言うべき初討伐には、安全を考えてベテランの精鋭を同行させる。これはレンドルフに限らず、領主一族の初討伐を安全に成功させる為には必ずすることだ。そして精鋭の中にはダイスやディルダートも含まれている。

今も辺境領最強の名を冠しているのはディルダートだが、純粋に力や体力だけで言えばダイスの方が上だ。しかしディルダートは多くの戦闘をくぐり抜けて来た経験値がある。そのどちらがレンドルフの初陣に付き添うか、水面下で色々とぶつかり合いがあったのだ。何とか参加したいダイスは、レンドルフの師匠を務めるジャンヌに味方になって欲しいと要請したが、ジャンヌはアトリーシャの元専属護衛で、彼女のことを未だ心酔している。そしてアトリーシャは夫のディルダートの味方なので、ダイスとしてはかなり不利であった。


すっかり勝ち目がなくなってしまって項垂れるダイスを、ジャンヌは苦笑混じりに、それでも優しく彼の後頭部を撫でたのだった。



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「アースウォール!」


レンドルフは誰もいない校庭に向かって、一度に複数も魔力を分岐させて一気に壁を乱立させた。訓練の甲斐があって、レンドルフの出す土の壁は一定の厚みと高さを安定して作れるようになっていた。


「まあ完璧に操れるようになりましたね。素晴らしいわ」

「ありがとうございます」

「お片付けの方も出来るかしら」

「はい」


整然と並んだ壁に向かってレンドルフが再び魔法を発動すると、今度は次々と壁が崩れて幾つもの土山が出来上がる。そして少しだけ慎重にレンドルフが地面に手を当ててもう一度「アースウォール」と口に出すと、一気に土の山が均されて何事もなかったかのような校庭に戻った。最後は土の壁を横方向に作るようにして薄く校庭を覆ったのだった。


「ちょっと確認させてちょうだいね」


魔法を行使するレンドルフの背後で、カナリーがニコニコと見守っていたが、全てが終わるとヒョイヒョイと軽やかに歩いて行って指先でレンドルフが地ならしした校庭に触れた。その彼女の行動を、レンドルフは緊張した面持ちで見つめていた。


「固くて綺麗な状態になっているわね」

「あ、ありがとうございます」

「でも、校庭にはちょっと固すぎるから、少しだけ直しておくわね」


カナリーはそう言って両手を地面につけると、校庭全体に薄く魔力を流した。見た目には全く変わらないが、先程までレンガのように冷たく固くなっていた地面が、ほんの少し暖かみのある柔らかさを手の平に返して来た。


「…申し訳ありません」

「あらまあ、失敗ではなくてよ。馬車が通るような道なら素晴らしい出来映えだもの。ただ、ここは校庭だから、子供達が走り回るには少し固かっただけよ」


少し眉を下げた表情になってしまったレンドルフを、カナリーはパタパタと手の土を払ってからそっと両手で肩を包み込みように触れた。同じ属性魔法の影響なのか、それとも彼女の人柄なのか、シャツ越しに伝わる体温がレンドルフの心を落ち着かせてくれるようだった。


「速度と強度はもう十分制御出来るようになったわね。じゃあ今度は」

「今度は」

「厚みと弱さを自在に出来るように練習しなくてはね」

「…厚みと弱さ…」


レンドルフは幾度も鍛錬を重ねて、カナリーから完璧という言葉をもらったので、ようやく次の魔法を使わせてもらえるようになると思っていたのだが、思っていたのとは違う課題を告げられて明らかに落胆した顔になった。



レンドルフは今のところ土魔法の基本である下位魔法の「アースウォール」しか使用許可を出してもらっていない。属性魔法を習う際は、大抵教師と生徒の間に一時的な誓約魔法を結ぶ。どこでも良くあることだが、魔法を発現したての子供は、つい自分の力を試したくなって色々とやらかしてしまうことが多いのだ。そこまで制御出来る訳ではないので大半が失敗して終わるのだが、何か重大な事故が起こってからでは遅いので、ある程度制御が出来るようになるまで教師から許可をされた魔法以外を発動しないように誓約が交わされるのだ。

その誓約書はごく一般的に入手出来るもので、各属性ごとに使用される魔法が一覧になっていて、それを購入して教師と生徒がそれぞれ誓約を交わす。誓約書には予め誓約魔法が籠められているので、それを済ませることで教師側が生徒が無茶をしないように安全管理の助けとなっているのだ。


誓約書に記されている魔法は、当人の魔力量に関係なく上位魔法まで網羅されて印刷されている。しかしまさか魔法を発現したてで教師から習うレベルの子供が、最上位魔法の召喚魔法に挑戦し、更に発動させることは想定していなかったのだろう。レンドルフはその穴に気付いて、密かに召喚魔法を成功させて、他属性の発現の鍛錬を行っていたのだ。



「えい」

「わっ!?」


少し気落ちして俯いたレンドルフの頭を、カナリーが手の平でペチリと叩いた。小さな老女の平手など全くダメージにはならないのだが、全く予想もしなかった固い物が頭に当たる感触がして、レンドルフは思わず声を上げてしまった。大した痛みはなかったのだが、とにかく驚いたのだ。


「うふふ、痛かったかしら」

「い、いいえ…でも、ビックリしました」


レンドルフが顔を上げると、何とも悪戯に成功した子供のような無邪気な顔でカナリーがニコニコしていた。


「え!?せ、先生!手が!」


目の前に翳されたカナリーの片手が灰色になっていて、レンドルフは思わず大きな声を上げてしまった。そんなレンドルフを見て、カナリーはクスクスと笑い声を漏らした。


「これも、アースウォールの応用よ」

「え…?これが、ですか」

「そう。土の壁を薄くして身に纏わせるの。まるで鎧のようでしょう?」


カナリーの許可を取ってレンドルフがそっと手に触れると、ザラリとした皮膚とは違う感触に固い表面は確かに土の壁そのものだ。カナリーはレンドルフが触れている最中に魔法を解除すると、その手からザラリと砂状になって地面に落ちた。


「ちょっとザラザラになってしまうのが困りものですけれどね」

「すごいです…!僕にも出来るようになりますか?」

「レンドルフさんなら出来ますよ。騎士様を目指すのでしたらきっとお役に立つことでしょう」

「頑張ります!」


他にも、泥の中から土だけを塊にして透き通った水に分離する技法や、粘土質の壁を作って衝撃を和らげる防壁の作り方を教わって、レンドルフはすっかり気を取り直して目をキラキラさせながら新しい技に挑戦していた。



お読みいただきありがとうございます!


幸いコロナは軽症で済んだので、更新は変わらず続けられそうです!


しかし書きたいものを全部詰め込んで、思い付くままにエピソードが増えて行くスタイルで綴っている物語ですが、今回のことでいつ何時書けなくなるかもしれない、と実感したのもありまして…目指す最終地点は(ざっくり)決めてありますので、そろそろその方向に向かうことも考えるべきかな…などと思いつつあります。とは言え、そこに行くまでにかなり大きいエピソードが三本と、回収する話が最低二本はあるので、多分あと200話くらい書かないと終わらない(笑)

広げた風呂敷が畳めるように、健康に気を付けて頑張ります。今後もお付き合いいただければ幸いです。

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