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430.【過去編】魔力の器


帰国したレンドルフは、魔力が回復するのを待って当主ダイス立ち会いのもと、魔力量の鑑定を行ってもらった。


オベリス王国に限らず大半の国は、危険と見なされる属性魔法の使い手や一定以上の魔力量を持つ者は国に届けを出し登録しなければならないと定められている。そうやって国が把握することで、力を悪用することの抑止力になっている。


レンドルフもバルザックの見立て通り、国に届けを出すレベルを軽く超える魔力量を有していた。レンドルフの周辺では、父ディルダートと長兄ダイス、ダイスの長男ディーンが登録されている。その中でも最も魔力量が多いのはディーンだが、レンドルフは並ぶか、或いはそれを上回っているのではないかという結果だった。そのことに家族は大いに喜んでいたが、周囲には土属性だったことを惜しむ声も少なからずあった。そのことはある程度予測が付いたので予めレンドルフの耳に入らないように手を回してはいたが、それでも完全に防ぐことは出来なかった。


しかしレンドルフはそう言われるのを最初から分かっていたように、ただ少しだけ困ったような顔をして笑うだけだった。



「兄上、僕は義姉(あね)上のような騎士になりたいのです。だから、きっとこれは僕に相応しい属性です」

「そ、そうか…そうだな!ジャンヌのような護衛騎士にはうってつけだな!」

「はい、それでお願いなのですが、義姉上に護衛の心得をご指導いただけないでしょうか」

「おう!そんなことか!きっとジャンヌも喜んで…あ…いや、その、ちょっと確認を、だな」


ダイスは気軽にレンドルフの願いを快諾しかけて、彼の隣に立っている補佐官にジロリと睨まれて目を泳がせた。まだ新当主に就任して一年にも満たない。不慣れな政務は山程あるし、その妻ジャンヌとて同じことだ。それにクロヴァス家は魔獣討伐に当主自ら先陣切って対処する家風の為、することは普通の当主よりも多いのだ。いくら弟とは言っても、この先のスケジュールを把握している補佐官の許可無しに勝手に安請け合いすることは出来ないのだ。


「はい、義姉上のご負担にならぬようお願いしていただければと思います」

「そうか。なるべく時間が取れるように…調整する」

「ありがとうございます」


チラリと補佐官にダイスが視線を送ると、彼も眉間の皺がいつのも二割増しになってはいたが小さく頷いた。ダイスも政務が全く出来ない訳ではないのだが、根が大雑把なせいか細かい調整は壊滅的なのだ。それを補佐官がフォローしてくれているのだが、魔獣はスケジュールを気にしてくれないので基本的に予定はその通り進まないのが辺境領の宿命のようなものだ。だからこそ毎回補佐官には負担を掛けているので、ダイスとしても頭が上がらないところがあるのだ。


「そうだこれから…」

「レンドルフ様はこれから講師を引き受けてくださった魔法士殿との顔合わせがございます」

「そ、うか…レンドルフ、頑張るのだぞ」

「はい、行って参ります」


せめてこれから食事でもとダイスは誘おうと思ったのだが、補佐官が先回りをしてキッチリと釘を刺されてしまった。ダイスは見るからにしょぼくれた熊のような顔になってしまったが、それに慣れているのか補佐官の塩対応に揺らぎはない。


レンドルフは隣国から戻って来ると、すぐに伸びていた髪を短く整えていた。白く細い項が丸見えになったので華奢さがより強調されてしまったが、そこまで短くすればまず最初に少女に間違われることはなくなった。まだ手持ちの服は柔らかい淡い色のものが多いが、新たに買い足したものは濃い色のかっちりとしたものを選んでいるとダイスは聞いている。

これまではレンドルフは周囲のことを慮ってか自分の望みをあまり口にしていなかったが、ハッキリと「騎士になりたい」と主張するようになった。その頼もしい変化がまだ細いながらも背中から滲み出ているような気がして、ダイスは退室して行く弟の姿を心底嬉しげに目を細めて送り出したのだった。



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レンドルフは領都から二つ離れた街にある学校に向かって、護衛付の馬車に揺られていた。そこで教鞭をとっている魔法士に土魔法の使い方を学ぶ為だ。


もともとクロヴァス領の周辺はこの土地を最初に治めた領主が火の神の眷属から加護を受けたという伝承があり、火属性の魔力を持つ者が生まれやすい。そしてまだオベリス王国が辺境を完全に掌握出来ていなかった曖昧な過渡期に、己の力一つでのし上がって一攫千金を狙った腕自慢達が集った為、攻撃力の高い属性魔法を有する者が多く生まれるようになった。


その為領都には火魔法や風魔法を扱う魔法士が多くいるのだが、レンドルフの有する土魔法を教えられるような者がいなかったのだ。レンドルフがこれから師事することになる土属性の魔法士は元貴族ではあるが今は平民で、平民向けの学校で基礎的な生活魔法などを教えている人物だ。レンドルフの立場は領主の弟に当たるので教師に来てもらうことが筋ではあるが、領主城の書庫にも土魔法の関連書が少なく平民向けの学校の図書室の方が参考書も多いということもあって、レンドルフの方が向かうことになったのだ。



「初めまして、レンドルフ・クロヴァスです」

「お初にお目にかかります。カナリーと申します。此の度名誉なお役目を賜りましたこと、光栄に存じます」

「あ、その、こちらが教えていただくので、ただの生徒としていただけたら…その、嬉しいです」



オベリス王国では、この国に暮らす者はある一定の年齢になれば必ず学校に通わなければならないとされている。貴族は15歳になる年に王都の学園に入学することが義務付けられている。学園では領地経営や政治学など、貴族として必要な高度な学問を学ぶ。貴族は学園に入学する前に家庭教師などから基礎的なものを学ぶことが普通なので、余程のことがない限り基礎は分かっている前提のカリキュラムが組まれている。

そして家庭教師を付けられない子供は、俗にいう「平民向け」と呼ばれる学校に通う。そちらは国と領主が補助金を出して、無償で読み書きや計算などの生活に必要な基礎的なことを教えている。これは国の施策で、極端に減った人口をすぐに回復することは無理だが、今残っている国民達の学力を底上げすることで国力を補強しようという計画の為だ。


大抵の一般的な学校は、午前中に基礎授業を行い、授業を受けた者に給食を出して解散になる。その後は午後にもう少し基礎よりも幅広い内容の授業を日替わりで行って、もっと学ぶ意思のある者はそれに参加する。その辺りの方針は、とにかく国民全ての基礎知識の底上げが目的なので、授業形態は各領主に任せている。学校の建設が難しい領地は領主が館を一部開放していたり、晴れた日に外で青空教室を行っている地域もあるくらいだ。

クロヴァス領では、年齢を問わずもう一度学びたい者の為に週に一度、夜にも基礎授業を行っていることと、農閑期に当たる冬の時期に学舎に併設している宿舎で子供達を預かって、短期集中合宿のような授業を行うのが最大の特徴だ。場合によっては家族全員冬場は学校で過ごすことも珍しくない。その代わり、冬季以外の繁忙期はあまり人が集まらないため週に三回程度しか授業は使われていない。



レンドルフが学校に向かった日は、ちょうど授業が行われていない日だったので校内は静まり返っていた。指定された準備室に向かうと、そこにはクリーム色のローブを纏った真っ白な髪をした上品な老婦人が既に待ってくれていた。


「では他の生徒さんのように『レンドルフさん』とお呼びしてもよろしいかしら?」

「はい、よろしくお願いします。カナリー先生」

「よろしくね」


この準備室は、生活魔法を実際に使う際に必要な道具が揃っている部屋だった。他にも魔法が使えない者の為に基礎的な理科実験を行ったりもするので、ガラス製の実験器具やランプ、蝋燭なども取り揃えられている。レンドルフはそういった器具が珍しくて思わず見入ってしまって、気が付くとカナリーがクスクスと笑っていた。


「あ…すみません」

「構いませんよ。どんなことでも興味を持つのは良いことです」


レンドルフは、カナリーが元貴族という話だけは聞いていた。所作や言動が上品で、聞いていなければ「元」とは思えなかった。実際彼女は少々やんちゃな傾向の子供にもおっとりとした態度で接していて、皆からは「貴婦人先生」と呼ばれていた。貴族に反発心を持つ反抗的な態度の子がいても、一切変わらない態度を貫くのでやがて毒気を抜かれて大人しくなるのだそうだ。


「そうねえ、今日は最初ですから、魔力の説明を致しましょうか。少々お手を拝借しますね」

「はい」


机を挟んで座るような形に向かい合うと、カナリーはレンドルフ向けて両手の平を上に向けるように差し出して来たので、レンドルフはその上にそっと重ねるように自分の手を乗せた。レンドルフの手もあまり大きい方ではないが、彼女の手はもっと小さく少しカサついていた。けれど不思議と温かさが心地好い。すると何やらレンドルフの指先に何かが流れるような感覚がして、カナリーの手首に嵌まっている細いバングルがほんのりと白い光を帯びた。


その光はすぐに消えて、カナリーは小さく息を吐いてそっとレンドルフから手を離す。


「レンドルフさんの魔力はとても大きなものなのですね。お話には聞いておりましたが、それでも驚いてしまいましたわ」


そう言いながらも全く驚いている様子には見えなかったので、レンドルフは戸惑ったように目を瞬かせた。そんなレンドルフを横目に、カナリーは二つのビーカーを選び出して机の上に並べた。同じ大きさのものではなく、片方は二回りくらい小さいものだった。カナリーはレンドルフの見守る中、大きなものに水をなみなみと注いだ。


「このお水が入っているものはレンドルフさんの魔力の器、お水が魔力量だと思ってちょうだいね」

「はい」

「そしてこちらが属性魔法の器。レンドルフさんだと土属性ね」


彼女は水を土属性と示したビーカーの中に注ぐ。それを七分目くらいまで注ぐと、魔力量を示す水は半分程度になる。


「レンドルフさんだけでなく、魔法を発現した人間はこういった状態なのですよ」

「属性魔法に全部入るのではないのですか?」

「うふふ、そう思われがちなのですけれどね、貴方は身体強化のような無属性魔法も使うでしょう?」

「あ…確かにそうです」

「無属性の魔法は、こういった属性魔法のような器のないものだとイメージすれば分かりやすいかしら。この魔力の器から直接使うの」


カナリーは魔力量に見立てた大きなビーカーの水を少しだけ流しに垂らした。生活魔法なども無属性魔法だが、殆ど魔力を消費しない。水を魔力とすればほんの一滴、或いは霧吹きのように僅かな量で事足りるので、却って魔力量の少ない者ほど生活魔法の扱いは簡単になるのだ。レンドルフのような大きな器に膨大な魔力ではその調整が難しいため、ある程度魔力量が多くなると生活魔法が使えなくなるのだ、とカナリーは説明する。

それに魔力を持って生まれた人間は、魔力が完全に枯渇すると命を落とすこともある。そういった生命維持の本能から、どの属性魔法にも転換されない魔力を自然に体内に溜めているのだそうだ。


「この器はね、生まれてから死ぬまで大きさは変わらないの。ごく稀に…たとえば『死に戻り』のような体験をした人の中には変質する場合もあるけれど、まず変わらないし、意図的に変えることは神様の領分なので人には許されていないのよ」

「でも魔法は鍛えると大きいものが使えると聞きました」

「それはね、魔力効率を良くしているからそう思えるだけ。実際の総量は同じなのよ」


レンドルフの疑問に、カナリーは想定内だとばかりにすぐに土属性に見立てたビーカーを手に取った。そして小さな紙片を流しの上に置く。その上からビーカーの縁にある注ぎ口とは反対方向から水を流して、紙片を排水溝へと押し流すようにした。当然のようにバシャリと水が溢れて流しに大きく跳ね返るように落ちて、紙片よりもはるかに幅の広い水流が排水溝に押し流して行く。


「これがまだ慣れていない時の魔法の使い方よ。でも、色々工夫をして鍛えて行くと…」


カナリーは改めて紙片を置いて、今度は注ぎ口から細く水を流す。今度は細い水流だがきちんと狙いを定めて紙片を押し流した。


「こうやって自身で工夫…貴方の言うところの鍛えれば、水の量、つまり使用する魔力は少なくても効率良く同じ結果を得られることになるの。何となく分かったかしら?」

「はい!すごく分かりやすいです!」

「良かったわ。魔力の制御は感覚的なものだから、どう教えたら良いかこの歳になっても悩みますの。レンドルフさんの言葉で安堵したわ」


素直な反応を示すレンドルフに、カナリーはフワリと目を細めて柔らかな笑みを浮かべた。


その後レンドルフは、おそらくまだ発現したてで体が慣れていないので、レンドルフの現在の属性魔法の器は四割から五割程度しか埋まっていないだろうと指摘された。魔法の訓練も必要だが、体の成長に伴って十分な伸びしろがあるとカナリーに言われて、レンドルフは魔法だけでなく今以上に体も鍛えなくては、と固く心に誓ったのだった。




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