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426.【過去編】石の花


レンドルフが顔を上げると、日傘に小さな人影が映った。少し日傘を傾けるようにすると、目の前には亜麻色の髪に晴れた空のような青い瞳をした少女が立っていた。レンドルフよりずっと年下のような彼女は、水色のワンピースに真っ白なつば広の帽子を被ってニコニコと笑っている。


「あ、こ、こんにちは」


長く柔らかなウェーブの髪を靡かせている少女は、こんな曇天の中で光り輝いているかのようだった。大きな青い目はキラキラと見開かれて、レンドルフを真っ直ぐに見つめている。一瞬、レンドルフは目の前に精霊でも現れたのではないかと錯覚した。


「おねえしゃまはおひとりなの?」


少女はコテリと首を傾げてレンドルフの顔を覗き込んで来た。どうやら髪を下ろしてケープを羽織っていたので令嬢と思ったようだ。初対面で女の子に間違われるのは日常茶飯事なので、レンドルフはさして気にはならないが、それよりも見るからに高貴な出としか思えない小さな子が一人でここにいることの方が気に掛かった。


「い、いいえ。わたくしは兄と一緒に」

「あに?」

「お、お兄様?で分かりますか?」

「おにーしゃま!」


少女は分かったことを自慢したいのかムン、と胸を張った。が、少し斜めになっている岩の上だった為にバランスを崩して後ろに倒れそうになったので、レンドルフは慌てて抱き止めた。一瞬ヒヤリとしたが、少女は全く気にも留めない様子で「おねえしゃますごーい」と無邪気に笑っていた。

少女がどうしてここにいるのか、レンドルフは岩から少し離れた場所に控えている護衛に視線を送ったが、彼も戸惑ったような顔で軽く首を横に振った。


「あの、ご令嬢はどこからいらしたのですか?」

「あっちのほうよ!ほら、サリーが走ってるわ」


少女が指し示した方を見ると、砂浜から街道に出る緩やかな坂の上に、白い大型の馬車が停まっていた。馬の様子からすると、たった今急いで駆け付けたような状況だ。そしてその馬車から一人のメイド姿の女性がすごい勢いで飛び出して来て、更にすごい形相でこちらに向かって駆け下りて来ていた。


「とってもいいにおいがしたから、先にとんできたの」

「いい匂い?」

「あれですわ!」


少女は自分からレンドルフに抱きついて離れようとしないので、仕方なくそのまま日傘を置いて抱き上げるように持ち上げた。レンドルフからすると少しだけ重く感じるが、抱えられない程ではない。自分の目のよりも少しだけ高くなった少女は、全く嫌がっている素振りもなかったのでレンドルフは少しだけ安堵する。そして少女は抱きかかえられたまま、傍に置かれていたバスケットを指差した。そのバスケットには休憩で食べる為の飲み物や軽食、お菓子などが詰められている。レンドルフには分からないが、少女がスンスンと小さく鼻を鳴らしているので、彼女には中に何が入っているのか分かるのだろう。


レンドルフよりもずっと小さな少女だが、もしかしたら魔法を行使してここまで来たのだろうか、と思いながら、明らかに高位貴族に仕えている品の良いお仕着せが捲れ上がりそうな勢いで「お嬢さまぁぁぁぁぁ!」と叫びながら近付いて来るメイドに目をやった。彼女に話を聞けば何か分かるかもしれない。


ふと違う方向に目をやると、両手にカップを持ったバルザックも走って来るのが見えた。よく分からないが、レンドルフに向かって爆走しているメイドがいるので阻止しようとしているらしい。このまま走り込めば、バルザックの方が先にレンドルフのいる岩に到達しそうだ。


「っ!?」


不意に、レンドルフの足元の薄い影が濃くなった。おかしい、と思う間もなくその影は生き物のように足元からブワリと広がって、触手に似た形態になってレンドルフと少女に向かって襲いかかって来た。


「レンドルフ!!」


一瞬にして周囲を影に包まれて真っ暗になった。完全に視界を奪われたレンドルフは、腕の中の小さな温かい存在だけ守らなければと反射的に腕に力を込めて覆い被さるようにしゃがみ込んだのだった。



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バルザックが温かい飲み物を持って帰ると、レンドルフが見知らぬ少女を抱え上げていた。年の頃は三歳くらいだろうか。丹念に手入れされた長い亜麻色の髪に、傷一つない陶器のような手足を見れば、明らかに高位貴族の令嬢だ。何故そんな令嬢が一人で、と周囲を見回すと、すごい勢いで走って来るメイドの姿が目に入った。

おそらくその令嬢付きのメイドだろうと予想はつくが、それで油断を誘ってレンドルフに危害を加えないとも限らない。バルザックもメイドよりも早くレンドルフの元に行こうと走り出したその時だった。


ゾワリ、とバルザックの背を言い知れない気色の悪い感触が走った。これは何か敵意のある魔力だと本能的に察知して更に足に力を入れた瞬間、レンドルフの足元から黒い触手のような禍々しい魔力が出現して、あっという間に岩の上の二人を包み込んでしまった。岩の近くに控えていた護衛もすぐさま剣を抜いたが、それよりも早く黒い触手はレンドルフ達を飲み込んでいた。


「レンドルフ!!」


バルザックは手にしていたカップを放り出して全力で駆け寄り、岩の上に飛び乗ろうとした。


「…っな!?」


しかしまさに足を掛けようとした刹那、大きな岩の上に一瞬で花が咲いた。


まるでそれは補食するかのようにレンドルフ達を包んだ黒い触手の中から突き破る形で出現した。それこそ内側から爆ぜるように黒い触手が霧散する。


「石の、花…!」


岩の上には、下の岩よりも巨大な石の花弁が次々と湧き出して、大輪の花が咲いたかのようだった。正確には花弁ではなく、薄い石の壁が幾重にも折り重なって生えてくるので花のように見えるだけだ。先に出現した黒い触手も同じように次々と絡み付こうとしているが、内側からどんどんと石の花弁が押し退けて湧き出すので粉々に霧散して溶けて消える。それを繰り返して、外側に押し出された壁がボロボロと崩れて岩の下に落ちる。あまり厚みはないと言えかなり大きな石壁が落ちて来るので、近くにいた護衛も近寄ることが出来ない。


「この魔力…レンドルフか…!」


さすがにバルザックも容易に近付けず、崩れて足元まで飛んできた石の欠片を手にして顔色を変えた。


バルザックは父ディルダートと同じように索敵魔法も使え、特に魔力感知に長けている。それによって見通しの悪いところに潜む魔獣や暗殺者などの位置と数を把握できるのだ。その能力で拾い上げた石に、レンドルフの気配を強く感知したのだった。



レンドルフはまだ属性魔法を発現させていない。潜在的な属性は生まれてすぐに鑑定してもらい、風火水土の基本的な属性を全て有しているという結果が出ていた。しかしそれが魔法として外部に出力できるとは限らない。

魔力持ちが潜在属性を複数持っているのはそれなりに多い。しかし全員が実際に発現するだけの魔力量がある訳ではないのだ。大半の者は一つの属性魔法を発現させ、それを集中的に使用して魔法を使いこなすことが一般的だ。複数の属性魔法を駆使することも出来なくはないが、体内の魔力をそれぞれに割り振る形になるので却って使い勝手が悪くなる為、一つに絞ることが推奨されている。


属性魔法が発現するのには個人差がある。幼い子供にはまだ体への負担が大きいので、無理な魔力の制御は行わないようにすることが法で決められている。ただそれでも何かが切っ掛けになって小さい頃に発現してしまった場合は、国から認められている教師が付けられる。

そうでなければ、大体体への影響が少なくなる七歳前後から魔力制御を習うようになる。ただ七歳くらいではまだ属性魔法が発現していない者の方が多いので、身体強化などの負担のあまりない無属性魔法の基礎から始め、いざ属性魔法が発現した際に上手くコントロール出来るように学ばせておくのだ。


だからレンドルフも、身体強化の中でもまだ基礎的なものしか学んでいない筈だった。



「これは土魔法だな。しかし、何て魔力だ…」


小さな欠片を持っているだけなのに、バルザックは指が痺れるような強力な魔力を感知していた。もともとクロヴァス家に限らず、高位貴族は魔力量が多い。バルザックもかなり魔力量が多い方だが、レンドルフはそれを軽く越えているのはすぐに分かった。


「暴走しているのか…?」


初めて属性魔法を発現した者は、たとえ習っていても制御が出来ずに思うように操れない場合が大半だ。しかしどちらかと言うと本能的に身を守るのか、不発に終わることが殆どだった。ただごく稀に暴走してしまう者もいて、制御出来ないまま魔力枯渇に陥ってしまう。完全に魔力が枯渇してしまうと、命に関わることもあるのだ。


「お前ら、下がれ!」


バルザックは護衛達に引くように指示を出すと、咲き続けているように見える石の花に向かって炎の蛇を巻き付かせた。姿は見えないが中にレンドルフがいるのは分かっている。その為に大きな攻撃魔法を使うことは絶対に出来ない。炎の蛇は石の花に絡み付くように周囲に巻き付くと、締め上げるように外側の壁にひびを入れた。だが、内側から湧き出して来る石の花弁の勢いを殺すことは出来ず、千切れるように霧散してしまった。


「チッ…!エウリュ辺境伯当主ミューズの伴侶、バルザック・エウリュの名に於いて命ずる!あのテントの中にいる三名を捕らえよ!」

「はっ!」


石の花を発生させているのはレンドルフの魔力だが、勢いはなくなったもののまだ出現している黒い触手は別のところから発生している魔力だ。バルザックは素早く周囲に魔力を走らせて、その魔力が離れたところに設置されていたテントの中にいる人間から発せられていることを察知する。こちらから誰が来ているか見えないように天幕などが張られていたので海水浴に来たお忍びの貴族だと思っていたが、索敵の結果は明らかに人数が少ない。

魔力の様子だと暗殺などではなさそうだが、明らかにレンドルフを狙っている。バルザックが指示を飛ばすと、すぐに護衛達が砂浜を走って向かって行った。


「そこのメイド、離れていろ!」


先程レンドルフが抱えていた少女のメイドらしき女性が、いつの間にか手に短剣を携えてどうにかしようと近付こうとしていた。どうやらメイド兼護衛のようだ。彼女の魔力はそこそこあるようだが、この目の前の石の花を突破するだけの魔力量はないのはバルザックの目には明らかだった。



バルザックは腕に身体強化魔法を最大に掛けて、岩の上に飛び乗った。


「うおおおおぉぉぉっ!」


得意の火の攻撃魔法で吹き飛ばすことは可能だろうが、万一中にいるレンドルフに被害が及んではならない。バルザックは身体強化を掛けた自身の肉体だけで現状を突破することを選んだ。


腹の底に響き渡るような咆哮を上げて、バルザックは石の花を躊躇無く殴りつけて発生するよりも早く次々に砕いて行ったのだった。



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