表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
468/626

415.家族会議


ディルダートが二人を連れて別荘に戻ると、その場は騒然となった。


これまでは人目に付かないように離れから出入りしていたのだが、その道だとかなり遠回りになるのだ。もう薬草を見付けたし、今日はダイスが各方面に向けてディルダートが生還したと急使を送る手筈になっている。もうディルダートの無事な姿を見られても問題はない為、最短のルートを使って帰還したのだ。

別荘の使用人達はディルダートが生きていることを知っていたが、明日の葬儀に向けて準備の為に別荘には多くの事情を知らない者が出入りしていた。その為大騒ぎになってしまったのだ。

もっとも、その騒ぎの原因はディルダートの生還と言うよりも、毛むくじゃらの熊のような巨大な生物が屋敷に侵入したと手伝いに来ていた商家の娘が勘違いをしてけたたましい悲鳴を上げたせいだった。


更にどうにか執事長に話を通してすぐに医師と治癒士の手配を申し付けたところに、バルザックが別荘に帰還した。そして邸内に入るなり白ムジナの防寒服を真っ赤に染めてグッタリしているレンドルフが彼の目に入ってしまい、弟を溺愛しているバルザックの咆哮のような悲鳴が響き渡って数名の手伝いに来ていた女性が気を失って混乱を極めた。


ようやく落ち着きを取り戻したのは、使用人の一人が命じられて離れに知らせに行き、慌ててアトリーシャが打ち合わせに来ていたダイスと共に駆け付けてからだった。



------------------------------------------------------------------------------------



「後は坊ちゃんが目を覚まされてから細かい聞き取りの上、治療をして行きます」

「ありがとうございました」

「何か異常がありましたら、真夜中でも構いませんので鳥を飛ばしてくださいませね」

「ええ、お言葉に甘えますわ」


クロヴァス家の先代主治医夫妻がレンドルフの治療を終え、アトリーシャに伝書鳥を手渡した。彼らはディルダート達が引退すると、専属主治医を娘夫婦に引き継いで一緒に領都からこの別荘のある保養地に越して来たのだ。ディルダートよりも少しだけ年上の優しい顔をした老夫婦は、夫が医師、妻が治癒士で未だにこの地で現役で活躍している。アトリーシャの三回の出産の時も診てもらっていたので、レンドルフのこともよく知っていた。


ベッドの上では、レンドルフが安らかな寝息を立てて眠っている。傷の方はほぼ治っているが、骨や筋を再生させた部分が問題なくきちんと繋がっているかは今は確認できない。アトリーシャは、皮膚の再生を促す薬を塗られて顔の半分が包帯に覆われている自分によく似た息子の顔をそっと覗き込んで、起こさないように軽く指先で毛先に触れるだけに留めた。大量の出血をしたそうなので、今はゆっくり休んで回復に努めてもらわなくてはならない。


レンドルフの顔は成人すればもっとクロヴァス家の血筋が表に出て来るかと思っていたが、顔立ちだけはアトリーシャのデュライ家の血統が色濃いままだった。王都で暮らすアトリーシャの家族のように線の細い体格であったら、騎士ではなく文官の道に進んでいただろう。そうなればこんなふうに傷だらけになったり、しなくてもいい苦労をせずに済んだのではないか、とついそんな想いが頭をよぎる。

辺境伯家に嫁いで、息子は騎士の道を選んだのだから覚悟はしているのだが、やはり母としては幾つになっても夫や子が傷付かない道を願ってしまうのだ。


部屋の隅に控えている侍従に軽く頷いて、後は任せてアトリーシャは部屋を出た。医師の見立てでは今夜は熱が出るかもしれないということで、交代でずっと侍従にはレンドルフの部屋に控えてもらうことにした。バルザックもやりたいと手を挙げたがるのが目に見えるようだったが、彼には装備を解かずにそのまま騎士達と山中に戻って捕らえて置いて来た襲撃者の回収を頼んである。それにその後、家族会議で色々決めなくてはならないことが山積みなのでそんな暇はないだろう。



------------------------------------------------------------------------------------



別荘で一番大きな部屋で、今集まれるクロヴァス家の者が一同に介していた。


前当主のディルダートと現当主ダイス、次期当主夫妻のディーンとエミリアの揃っているところに、遅れてアトリーシャが入って来る。部屋の中の光景を見て、見事に赤熊一族が揃っている中にちょこんとエミリアが紛れているのが何とも可愛らしい光景だった。


「母上、レンドルフの容態は」

「先生は今はゆっくり体を休めるように、と仰っていたわ。もう大丈夫よ」


アトリーシャの顔を見るなりダイスが立ち上がって真っ先に尋ねて来たが、他の面々も同じ表情をしていた。皆、レンドルフのことが心配で堪らなかったようだった。


「まず、あまり時間がないからきちんと共有できているかの再確認をするわね。アスクレティ大公家からの名代のアレクサンダー様は、この地で秘密裏に薬草を採取するために来ているのは分かっていますね」


早速本題に入ったアトリーシャの言葉に、全員が首肯する。


「ちょうどその依頼が我が家に届いたのは、領内に入り込んでいる間諜を炙り出すのと、レンドルフを王都から引き離す策を立てていた時と同じでした。ですから、わたくしは旦那様を亡くなったことにして、弔問客としてアレクサンダー様と共にレンドルフがこちらに来るのに不自然ではない理由を作ったのです。皆には…特にダイスには随分と心労を掛けてしまいましたね。ごめんなさい」

「いいえ、母上。父上はご無事でしたし、レンドルフに会うことも出来たのです。俺では間者を捕らえることは出来てもレンドルフを王都から呼び寄せることは出来ませんでした」



ディルダートが亡くなった、という話はなかなか周囲には信じられないことも考慮して、わざとアトリーシャは息子達にも真実はしばらく知らせていなかった。目端の利くバルザックは狂言だと薄々気付いていながら召集に応じて国境を越えて来たが、根が真っ直ぐなダイスはそれを信じて各方面に知らせを出した。アトリーシャとしても騙すのは気が引けたが、かなりの人間が偽の訃報を信じてくれたのはダイスの人柄が大きく貢献したおかげもあるだろう。


アトリーシャも当初はディルダートが重傷を負ったとする予定だった。いくら中央にいる貴族よりも死に近い場所にいることの多いクロヴァス家の者でも、軽々しく死を扱ってはならないと思っている。しかし王都にいるアトリーシャの兄デュライ伯爵に密かに相談したところ、それでレンドルフが帰郷出来るかは望み薄、といった見解が戻って来た。アトリーシャは五分(ごぶ)くらいだと思っていたのだが、王都で暮らしている兄の方がそういった空気感をより詳細に察している。アトリーシャはさすがに身内が瀕死の重傷だと聞けば短くとも帰郷の許可は出ると踏んでいたのだが、しかし兄の見解としては、特別に遠話の魔道具を貸し出して声を聞かせてやればいい、と王都から出してもらえない可能性は高いと書簡には綴られていた。

アトリーシャは見通しが甘かったと方針を転換し、親が亡くなり遺言書は息子が揃ったところで公表する、と知らせが来ればさすがに反対は出来ないだろうと偽の訃報の策を取ったのだった。



レンドルフが近衛騎士団副団長を解任になった件は、当人は自分にも責があると思っているので仕方ないと受け入れているのだが、周囲のそう考えていない者は思いの外多い。もし自分が同じような目に遭ったら、少なくとも副団長に就任する際に一年後と約束された爵位と領地を貰い受けるのは当然ながら、更に慰謝料としての上乗せを要求するだろうと考えたのだ。しかしレンドルフは公的な記録に残されなかっただけの対応で特に何も望むこともなく受け入れた。

そのせいで、本当はレンドルフは国家間の問題になるような失態を本当に犯したのに上層部のコネで揉み消したとか、逆に莫大な見返りを貰って黙るように取り引きをしたなど想像豊かな妄想が広がり、レンドルフの人柄を直接知らない者達の間では色眼鏡で見られている。


幸い騎士団の中では団長職に就いている者達が事実ではないことを分かっているので、必要以上に広まらずにレンドルフの耳にも入っていない。


しかし騎士団以外の場所で、更にレンドルフが納得して受け入れた事実を知っている者ほど危険視しているのだ。彼らもまた、レンドルフには理不尽を強いたと理解している。それだけに大人しく見返りも求めずに受け入れたレンドルフが、報復を企んでいるのではないかと警戒していた。権謀術数の中央で国を動かす者達は、単純にレンドルフが納得したとは信じられなかったのだ。


レンドルフの処遇に身内が一斉に王城に抗議をしたこともあって、もし迂闊にレンドルフの身柄が辺境領に移ってしまえば、辺境伯を敵に回すのではないかとすら思われている。ほぼ建国の時代から忠誠を誓っている古い家門であるのでそこまでに至るとは本気で思われていないだろうが、それでも警戒はされているのだ。


アトリーシャからしてみれば、息子もクロヴァス家もそのような逆心など一切ないのは分かるが、王子妃教育の中で身に付けた客観視で見れば彼らの不安も分からないでもない。



「でも…こうしてここに来なければ、怪我を負わなかったのではないかと思うと…」

「リーシャ。あいつは立派に戦ったのだ。()()()()()を守ることは、クロヴァス家では最高の栄誉に値するぞ」

「「「えっ!?」」」

「旦那様」


憂いを含んだ表情で柳眉を下げるアトリーシャに、ディルダートは勢いよくフォローをした…つもりだった。


ディルダートの発言に、アトリーシャ以外の三人が一斉に声を上げた。両親や当主の兄に送られて来る手紙にそれらしき存在のことは見受けられたが、まだはっきりした訳ではないのだから見守るようにとアトリーシャは何度も言い聞かせていたのに、つい漏らしてしまったディルダートに彼女は静かな微笑みを向けた。ディルダートも失言だったと気付いて急にアワアワとしだしたが、もう手遅れである。過去に幾度となく失言をしては母に微笑みながらギッチリ絞められていたことをダイスは思い出し、少々残念な目を父に向けたのだった。


「それって…」

「うん、()()は違うからね、エミリア」


何やら頬を染めて小さく呟いているエミリアに、隣にいたディーンが即座に否定していた。そのやり取りは一番近くにいたダイスにしか聞こえなかったが、まだ新婚なのに多くを語らずに分かりあえるとは良い夫婦関係なのだな、と見当違いな方向で密かに感心していた。



------------------------------------------------------------------------------------



そんなやり取りの中、不意に扉がノックされた。


一番近い場所にいたエミリアが応対すると、捕らえた襲撃者達の回収に行ったバルザックの帰還をしらせるものだった。


「このような恰好で失礼します」


荷物だけ下ろして、外套も脱がないままのバルザックがズカズカと部屋に入って来た。冷えきった体を温めることもなく真っ直ぐにこちらに来たのか全身が冷気を纏っているようで、彼が部屋に入っただけで温度が下がった気がした。


「どうであった」

「駄目でした」

「全員か」

「はい。跡形も無く。足跡から12名がその場にいたようですが、立ち去ったのは二、三名ではないかと」

「…そうか」


バルザックの報告に、ディルダートは予測していたとは言え眉根を寄せた。毛に覆われた顔面の変化は分かりにくいが、眉は毛の内なので動きが分かりやすく慣れればそこから感情も読みやすい。



あの時の襲撃者は八名だった。内一名は死んでいたが残りは生きていた。中には重傷な者もいたので回収に来るまでに保つかは分からなかったが、あのままであれば半数くらいは生け捕りに出来ただろう。しかしバルザックが指定の位置に到着した時には、そこには誰もいなかった。戦闘で荒れた雪や血の跡は見られたが、幾ら周辺を見て回っても拘束しておいた筈の七名と、布に包んだという一体の遺体は跡形も無くなっていた。

同行していた騎士が弱いながらも鑑定魔法を使えたので、周囲を探ってもらったところ、複数名の足跡が見つかった。襲撃者の者と合わせてここに来たのは12名というところまでは判明したが、ここから立ち去った足跡は痕跡を隠す細工をしてあったのでハッキリとした人数は分からなかった。だが、ここに来た人数に比べて、立ち去った人間の数は極端に少ないことだけは分かった。


「おそらく、後から来た者が全員何らかの形で処分して行ったのではないかと」

「叔父上、転移の魔道具などを使用したとは?」

「それならば帰りの足跡を残すことはないだろう。自分達もそのまま転移すればよいのだから」

「確かに…では彼らは…」

「方法は分からないが、もう奴らから情報を引き出すの無理だということだな」


ディーンの言葉に、バルザックは首を横に振った。その可能性も含めて周囲を慎重に探って来たが、それらしき形跡はなかった。暗殺などを請け負う者は、失敗すれば死が対価になるのは承知の上で引き受ける。おそらく捕らえた彼らはもうこの世には居ないだろう。


「ただ、回収し損ねたのか魔道具と思われる僅かな破片は持ち帰りました。期待はあまり出来ませんが、全て魔法士団に回しています。何か分かればダイス兄上に報告が行くでしょう」

「そうか。バルザック、ご苦労だったな」


バルザックは渋い表情のまま外套を脱ぐと、無造作に空いている椅子の背に掛けてドカリと座った。いくら体力があると言っても、さすがに遠くない距離を雪の中二往復もしたのだ。顔にはくっきりと疲労が浮かんでいる。


「ところで、レンドルフはどうなりました」

「先生の治療が終わって、今は眠っているわ。治療の続きは目が覚めて聞き取りをしながら行うそうよ」

「そうですか。後で顔を見に行きます」

「起こさないようにね」


やはりバルザックの一番の懸念はレンドルフの容態だったらしく、アトリーシャの話を聞いてようやく表情が緩んだ。そして体が温まって来たのか、更に着込んでいた上着を脱いでシャツ一枚の軽装になった。脱いだ服は全て背もたれに引っ掛けたので、積み上がった服が小山のようにこんもりとして座ったバルザックの頭の上にまで高くなっている。あれではバルザックが立ち上がったら椅子が重みで後ろにひっくり返ってしまいそうだ。


一度着替えて来なさい、とアトリーシャが口に出そうとした時、再び扉をノックする音がした。


エミリアが再び扉を開けて応対していたが、少し困惑した顔で部屋の中に戻って来た。


「あの…アレクサンダー様がお見えです…」


部屋の中は一瞬静まり返って、戸惑ったように互いに視線が交わされたのだった。


エミリアは、レンドルフがアレクサンダーと同行したのは知っているので、レンドルフが守ったのはアレクサンダーだと誤解しました。そしてディーンはちゃんとその誤解を察しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ