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413.黒と白と

まだ戦闘が続いております。怪我、流血の表現多めですのでご注意ください。


レンザの放った伝書鳥は、通常のものよりも大型で早く飛ぶことの出来る大公家特注の物で、回復薬などの瓶も五本程度なら問題なく運ぶことが出来る。それに索敵魔法や鑑定魔法などを悪用して他者の手紙などを奪おうとする者には、カラスにしか見えないように幻影魔法が作動するようになっていた。受け取る者がカラスと誤認しないように片足が白くなっているが、動きが速いので飛んでいる姿では見破られることはまずない。


「逃がすか!」


まだ動ける二人のうちの一人が、袖から動きの速い何かを空に向けて放った。それは銀色をした流線型の魚の形をしていたが、魔道具の一種なのか微かに金属の匂いがした。それが10余も目にも留まらない速度で飛び交って、黒の伝書鳥に向かって行った。


「ヤトノクチナワ!」

「ファイアーボール!」


調薬が終了した今は魔法を使用しても問題はない。レンザが魔法を放つと一瞬遅れてディルダートもすぐに反応して攻撃魔法を放った。


雪の中から真っ黒な蛇のような蔦のような細長いものが出現し、次々と飛ぶ魚の魔道具を追いかけた。直線的に上に向かって行く魚は、黒い魔力の蛇に追いつかれる寸前にヒラリと軌道を変えて速度を落とさないままに躱した。しかし蛇の方もそれに劣らぬ動きで次々と追尾して絡み付こうとする。魚の幾つかは避けようとして雪の中に突っ込んだが、その中をも泳ぐように自在に動き回る。


ディルダートの放った魔法は、まだ残っていた襲撃者二人を制圧する為に飛ばされたようで、一人にはまともに当たり悲鳴を上げながら全身火に包まれていた。しかしすぐに雪の中に倒れ込んで消火したようで、まだ動けそうだった。その男の一番近くにいたレンドルフは、すぐさま駆け寄って当て身を喰らわせて完全に動けなくする。


あと一人、と思った瞬間、頭上で大きな破裂音が響いた。


「!?」


慌ててレンドルフが顔を上げると、黒い煙の固まりが空に広がるところだった。そして細かい金属片がバラバラと飛び散る。


「あれは…!」


男の放った魔道具の魚が爆発したようだ。かなり上空で爆発したのに、顔を上げるとすぐに焦げ臭い匂いが地上にも届いた。多数あるうちの一つをレンザの魔法が撃墜したらしいが、まだ魚は残っている。その魚は、明らかに黒い伝書鳥を追いかけていた。本来伝書鳥はそこまで複雑な動きは出来ないのだが、特注のカラス型伝書鳥は襲撃を受けた際もそれを回避するように動ける。しかし相手の数が多く、目的地に向かおうにも阻まれてしまってまだ上空を逃げ回って旋回している状態だった。しかも完全には避け切れず、僅かに羽根などが毟られているのか黒い欠片が宙を舞っていた。


炎隼(フレイムファルコン)!」

「ストーンバレット!」


ディルダートとレンドルフもそれぞれ火と土の遠距離攻撃の魔法で追撃したが、小さな魚型の魔道具を捉えられるだけの小回りが利かない。むしろレンザが展開している黒い蛇の動きの邪魔になってしまう。すぐにディルダートは切り替えて、炎の鳥の形をした魔法を最後に残った襲撃者の方に向けた。もし男の魔力を連動させるタイプの魔道具ならば、魔力を断ってしまえば動きを止める筈だ。しかし中途半端に意識を狩るだけでは魔道具に細工をされかねないと、そのまま魔力を一切加減せずにディルダートは攻撃魔法を叩き込んだ。


男は声一つ上げずに一瞬で人型の炭の塊になると、雪の中にどう、と倒れた。


だが、頭上を飛び回る魚の魔道具の動きは止まらない。どうやら魔力内蔵の自律式魔道具だったようだ。



「見ているしか、ないのか…」


魔道具の魚に追われている黒の伝書鳥は、ユリの為の大切な解毒薬が託されている。ようやく見付けた最後の薬草で調薬された、たった一つの命綱だ。

レンザの駆使する黒い蛇は恐ろしい速度と精度で次々と魚を追っている。伝書鳥も魚を避け続けているのでまだ拮抗しているが、魔道具を動かしている動力源がどの程度で停止するのか分からない。ジリジリとレンザの魔法が魚の数を減らしてはいるが、一体を破壊するのにかなりの時間が掛かっている。魔道具と違って人間には疲労もあれば魔力の限界も来る。それに大量の蛇をバラバラに制御しているので、集中力も並大抵ではない。


レンドルフはギリギリと手を握り締めながら、何か自分に出来ることはないかと必死に思考を巡らせながら頭上を眺めていた。自分の土魔法では遠距離攻撃の方法は石礫を打ち出すことくらいだ。それは手元を離れてしまうと直線に飛ぶだけで精密な制御は出来ない。それに下手に手を出すと却って邪魔になりかねないので、どうすることも出来ずに手をこまねいているだけだった。

自分よりも攻撃力の高い魔法を多彩に使いこなす父のディルダートでさえ加勢できずにいるのだ。レンドルフの主属性である土魔法は、基本的に防御に特化したものが多い。それを使い方を工夫したり、他の属性魔法と組み合わせて攻撃にも使えるように幼い頃から鍛錬を重ねて来たが、それでも越えられない壁をこんな時に痛感して、レンドルフは奥歯を噛み締めた。


「まずいな…」


逃げ回っている伝書鳥は、逃れるうちに次第に高度を上げていた。しかしレンザの繰る黒い蛇は、さすがに魔力が減って来たのか集中力が持たなくなって来たのか高い場所へ届かなくなって来ていた。十数体あった魚は随分と数を減らして、三体にまでなっていたが、その分狙いが定め辛くなっている。レンザはどうにか自分の魔法の届く高さを超えられないように魚の軌道を逸らせて高度を上げないようにしていたが、遂に一体がその包囲網を越えた。


「しまっ…」

「アースウォール!!」


レンドルフは考えるよりも早く、自分の足元から勢い良く巨大な土の柱を出現させた。その勢いは、レンドルフの巨体を射出するような勢いで空中へと押し出していた。



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一直線に空に飛び上がったレンドルフだが、魚は素早く旋回してレンドルフの飛んで来る軌道から外れる。が、最初にレンドルフが出した土の柱から枝が伸びるように壁が出現する。その壁に押し出されるようにして魚を追うようにレンドルフの軌道が強引に変わる。


そこからは、次々と土の壁が出現してまるでレンドルフが空中を自在に走っているかのように足場になって行った。通常ならばありえない速度と精度で生成される足場の壁を蹴って、レンドルフは真っ直ぐに飛び回る魚に向かって肉薄した。


「おおおぉぉっ!!」


レンドルフは雄叫びを上げながら、短剣を魚に突き立てた。


小さな魚はガチリと音を立てて真っ二つになり、レンドルフの短剣ごと破裂した。壊れると爆発するのは先程のレンザの攻撃で分かっていたので、レンドルフは即座に自分を守る為に魚の間に壁を作った。しかし空中にいたこともあって強度が間に合わずに短剣を握り締めていた右手に衝撃が走る。

興奮状態にあって幸い痛みは感じなかったが、短剣を手放してしまう程のダメージを負った右手から血が飛び散り、白ムジナの外套の片袖が半分真っ赤に染まった。


「まだだ!」


視界の端に、自分の下の方から銀色の魚が二体迫って来るのが見えた。そして、何故かレンドルフにはちょうど自分の真後ろにいる筈の黒い伝書鳥が見えていた。



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何故か、そこからのことはレンドルフには随分ゆっくりなように感じられた。


極限までに集中したからなのか、死の予感を勝手に脳が判断したのかはレンドルフには分からない。ただ、自分の後ろにいる大切なものを守ろうと、レンドルフは迫って来る魚に向かって大きく両手を広げた。


次の瞬間、自分の左側の鎖骨の上と、左上腕に固いものが突き刺さる感覚がした。そしてそれと同時に、背後から頬を掠めるようにフワリと柔らかいものが触れた。黒い、柔らかな感触のそれは、グラリと傾いて視界が曇天だけになったレンドルフから遠ざかって飛んで行くのが見えた。


(あの香り…どこかで)


通り過ぎた黒いものから漂う微かなハーブのような懐かしい香りを思い出そうとしたのを最後に、レンドルフの意識はそこで途切れた。



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「レンドルフ!!」


最後の魚二体を躊躇うことなく体で止めて、そのまま血をまき散らしながらレンドルフの体が落下して来る。ディルダートはその落下地点に駆け込んで、地面に落ちる前に外套が半分以上真っ赤に染まっている息子の体を抱き止めた。


「息は!?」

「まだある!」


駆け寄って来たレンザにディルダートがすぐに答えたが、辛うじて虫の息、といった状態だった。ただ単に突き刺さっただけならばともかく、着弾すると破裂する厄介な魔道具だったのだ。鎖骨の上に刺さった部分を中心に大きく肉が抉れていて、影響は顔の方まで及んでいる。それに腕も鍛え上げて常人よりも太いからこそ千切れずに済んではいるが、それでも僅かな筋と皮膚だけでギリギリ繋がっている程度だった。

最初に仕留めた時に負った右手の怪我も、手の平全体が火傷を負ったように真っ赤になっていて、指も数本ありえない方向に歪んでいた。それこそレンドルフ程の体躯でなければ即死していただろう。


「閣下!レンドルフを!」

「分かっています」


必死の形相で叫ぶディルダートに、レンザは素早く自分のマントを脱いで地面に広げて、その上に横たえるように指示を出す。先程まで長時間無茶な魔法の使い方をしていたので汗ばんでいた体から一気に体温を奪われるような感覚がしたが、何が何でもこの恩人を助けなければならないと気力で押し返す。


レンザは自身の時魔法を使って、レンドルフの状態を極端に時の流れを遅くした空間に封じ込めようかとも思ったが、自分の中にそれだけの大魔法を使うだけの魔力が残っていなかったので諦めざるを得なかった。レンザは主属性が闇属性なので、無属性の時魔法を発動するだけの魔力量はそこまで多くないのだ。そして今は王都を離れている間もユリに時魔法を掛け続けられるように、ほぼ時魔法の魔力が空になるギリギリまで魔石に充填して来たのだ。主属性ではない魔力は基本的に回復が遅い。それに魔力回復薬を摂取しても闇属性の魔力は戻るが、時魔法の魔力は殆ど戻らないので、今のレンドルフには使うことが出来なかった。


「先程投げた彼の大剣を持って来てください」

「は、はい!」


レンザの言葉にディルダートは意味が分からなかったのか一瞬だけ眉根を寄せたが、疑問を挟むことなくすぐに行動に移した。その判断の早さはさすがに日々危険と隣り合わせで生きて来た経験値を物語っていて、一刻を争う今はその割り切りがありがたかった。


「貴方は、どうして…」


背嚢の中から応急処置に必要な道具を引き出しながら、レンザはそう呟かずにはいられなかった。



お読みいただきありがとうございます!


レンザの使用している魔法は漢字で書くと「夜刀の蛇」です。レンザの近しい血縁にミズホ国から嫁いで来た姫がいたので、ミズホ国人一子相伝の固有魔法を一部使うことが出来ます。闇属性なのでユリは継ぐことが出来ません。

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