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406.家族愛


「レンドルフ、ちょっとそこに立ってくれ」

「はい」


別荘の倉庫になっている中を、巨体が二人ゴソゴソと動き回っていた。倉庫と言っても、この別荘の主寝室よりも広いのだが、大柄な二人がいるだけで子供部屋かのような錯覚を起こす。


その中から「外套」と表に書かれた木箱を開けて、バルザックは中から一着を引き出しながらレンドルフを呼んだ。魔石の箱を並べていたレンドルフは、バルザックに呼ばれてすぐに手を止めると、言われるままに示された彼の正面に立った。バルザックも平均的な成人男性の二回り以上は大柄な体躯なのだが、レンドルフは更にそれより一回り大きい。正面に立って向かい合うと、バルザックの赤い髪の生え際辺りが目の前に来る。


「やはり丈が少し足りないな。身幅も…胸回りが足りんか」

「ちょうど良さそうに思いますが」

「今のシャツだけならともかく、この下にも冬用の服を着込むだろう。明日には間に合わなくても、ダイス兄上に冬用の外套をこちらに送ってもらおう」


バルザックが正面のレンドルフに、手にした外套を肩に合わせて体に当てて大きさの確認をした。本来ならば膝丈くらいまで欲しいところだが、レンドルフの体に当てると太腿の半ばよりもやや上、といった長さだった。箱に保管されていた中では一番大きなサイズのものだったが、やはりレンドルフには少々小さかったようだ。クロヴァス家の三兄弟は全員見上げるような長身に分厚い体躯をしているが、その中でも三男のレンドルフが最も身長も体格も大きい。長男のダイスは並んで比べればレンドルフよりも小さいが、それでも大差はない。ダイスのものは領主城に保管されているので、伝書鳥を飛ばせば送ってくれるだろう。

その外套は白ムジナと呼ばれる魔獣の革で出来ていて、断熱性が高く保温力もある北方用の素材だ。白ムジナは毛は灰色なのだが皮はその名の通り白く、雪の山中で視力のあまり良くない魔獣からの不意打ちを避ける為に使用されている。それに白ムジナの肉は大変不味いので、洗ってなめしても人間には分からないが匂いが残っているらしく、肉食の魔獣避けにかなり有効なのだ。


「冬用のものなら持参していますよ。そこまでお手を煩わせなくても」

「いや、目立たぬように動くならばこちらの方が良い」


レンドルフが王都から持参して来た外套は、雪山を想定していたので耐寒保温の付与を強く掛けてあるが、色は茶色のものだった。魔獣の目を誤摩化すだけでなく、秘密裏に動くには確かにバルザックの言う通り白い外套の方がいいだろう。


「明日は間に合わせで、外套の上に夏用の反射材のマントを纏って行くといいだろうな。多少動きにくくはなるが、幸い天気は良さそうだ」


夏も涼しいクロヴァス領でも日差しは強いので、夏場に討伐に行く時には日除けのマントを身に着けて行く。光に白く反射するので、雪の中なら多少は見えにくくなる。

バルザックは夏物と書かれた箱を開いて、やはり一番大きなサイズのマントを取り出して、今度はレンドルフに後ろを向かせてマントを当てた。


「これでも多少短いが、山の中なら木の影に紛れればそう目立たないだろう」

「ありがとうございます、兄上」

「…すっかり大きくなったなあ」


背中にマントを当てたまま、バルザックは感慨深げにレンドルフの肩に手を置いた。レンドルフが生まれた時には既にバルザックは隣国に婿入りしていたので、実際顔を合わせた機会はとても少ない。一歳差のダイスとは双子かと思う程によく似ているので、レンドルフからするとあまり久しぶりという感覚は薄いが、バルザックからするとレンドルフが成人してから直接会うのは初めてだ。レンドルフは成人の一年前くらいから急激に体が大きくなったので、感慨深くもなるのだろう。


「ええ。俺もクロヴァス家の血を引いていますから」


少しだけ嬉しそうに頬を緩めたレンドルフに対して、ほんの一瞬バルザックの表情に影が差した。しかし彼に背を向けていたレンドルフは、その顔に気付かなかった。



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「幾つか火の魔石に魔力を充填しておこう。明日はそれを持って行ってくれ」

「明日持って行く分くらいなら十分にありますよ」

「俺の気持ちをたっぷり込めてやるから、お守り替わりに持って行け」

「ありがとうございます」


同じことをレンドルフより一歳上の自分の長男に言おうものなら「気持ち悪いです」と拒否されるのだが、素直に微笑んで礼を言う末弟はやはり可愛い。バルザックはついレンドルフの頭を幼い子供にするように撫で回してしまった。レンドルフは「子供じゃないですから」と少しだけ避けたが、本気で嫌がられていないのはすぐに分かったので、バルザックはしばらく強引にレンドルフの柔らかな髪をクシャクシャにしていた。やがてバルザックの手が止まったが、頭に置いたまま真剣な顔になった。


「兄上…?」

「……今、辛くはないか?」

「はい?え、ええ、大丈夫です」

「王城の、この国の騎士団にいて、お前はいいのか」

「…兄上」


バルザックの言いたいことが分かって、レンドルフはヘニョリと眉を下げた。



レンドルフは学園卒業後すぐに騎士団に入った。本来ならばそこで約二年見習いの期間をもうけてから正式に配属が決まるのだが、既に実力は申し分無しと認められてその期間を飛ばしていきなり近衛騎士団に配属された。その後も順当に正騎士の資格を得て異例の出世を果たし、王族の覚えもめでたく史上最年少で副団長にまで抜擢された。

慣例であれば、近衛騎士団内で役職に就いたものには叙爵や陞爵が同時に行われる。だがレンドルフの場合は出世が早過ぎた為に、爵位も領地も相応しいだけのものの準備が追いつかなかった。何せ手続きをしている間に上の役職に任じられてしまうのだ。その為に、埋め合わせとして領地を上乗せするので一年待って欲しいと打診があった。特に出世にも領政にも拘りのなかったレンドルフはそれを承諾し、異例ずくめの無爵位の近衛騎士副団長を務めていた。真面目なレンドルフならば一年後に叙爵するのも問題ないと、その時は誰もが思っていた。


しかし、就任から僅か半年後、レンドルフには何の落ち度もないのに責任を取らされるような形で近衛騎士を解任になってしまったのだった。


そのことが辺境に伝わると、家族達は烈火の如く怒った。少し遅れて国境を越えてバルザックにも届いた時にも、全く同じ反応だった。それにバルザックの妻の辺境伯当主や息子、娘も全員が自分のとっておきのワインなどの瓶を持ち寄り、他国であるのをいいことに人には聞かせられないくらいオベリス王国の重鎮達にくだを巻いていた。勿論その先鋒がバルザックだったのは言うまでもない。

そして怒りのまま、王城騎士団に抗議とレンドルフの引き抜きを要求する書簡をしたためた。いつもならバルザックの妻が添削してくれるのだが、酔いで目の回りを赤く染めた彼女は瓶から直にワインを飲みながら読み直し「無問題!」と宣言していた。



「クビにこそならなかったが、今の処遇は納得行かないのではないか?もしお前が望むなら、このまま王都に帰らずここで暮らしてもいいし、王城が煩わしいようなら俺がお前を攫って帰る。妻も子供達もお前なら大歓迎だ」

「兄上…もしかして今回呼び出されたのはそれもあったのですか?」

「ああ。辺境周辺がキナ臭くなっているから、そいつらを一気に炙り出す計画も勿論だが、一番の目的はレンドルフを手元に戻して守ることだ」

「俺を、守る…」

「ああ見えて一番怒っているのは母上だからな。とにかくお前を王都から無事に出して、好きなようにさせてやろうとこの策を立てたんだろうさ。間諜だのをおびき出すのはもののついでだ」


辺境伯も高位貴族であるので、色々とレンドルフを援助することは出来る。しかしレンドルフの暮らす王都と辺境はあまりにも距離があるし、北の防衛の要である辺境伯は軍事面はともかく中央ではそこまでの影響力はない。その王都で理不尽な目に遭わされても、抗議の手紙か金銭的なことで支援するくらいしか出来ないのだ。


「このまま規定に反して戻らなければ抗議も来るだろうが、突っぱねてしまえば奴らはこの地までは手を出せない。そもそも最初にお前を粗略に扱ったのはあちらだ。何なら俺のエウリュ辺境伯に仕えればいい」

「……ありがとうございます。ですが、俺は目的を果たしたら王都に戻ります」

「本当にいいのか?お前は昔から我慢強い子だった。もうそんな我慢をせず、もっと思うままに生きていいんだぞ」

「本当です。異動先の騎士団では、いい仲間に恵まれて楽しく過ごしていますよ。それに、あちらでは騎士ではない良い、友人もいます」

「そうか…()()か」


「友人」という言葉を口にした際、レンドルフの顔色がほんのりと淡く染まったのをバルザックは当然見逃さなかった。貴族教育であまり感情を表に出さないようにと教わっているが、レンドルフは三男なのでそこまで厳しく指導されていない。一応表情を取り繕うことくらいは出来るのだが、肌が白い分すぐに赤くなっているのが分かってしまうのは避けられなかった。



貴族としてはレンドルフは妻や子がいてもおかしくない年齢だが、嫡男でなければ男性の適齢期の幅は広い。それに両親や兄二人は貴族にしては珍しい恋愛結婚だ。特に貴族の立場や義務などの縛りのないレンドルフには、自由に選べばいいという考えがクロヴァス家の総意だ。それこそ婚姻を選ばず独身を通しても、相手が同性や異種族でも、レンドルフの意思を尊重する構えだ。

それで当人が望めば幾らでも良い縁談を準備するし、相手に身分の差があっても、辺境伯令息ならば王族と縁付くことも可能範囲だ。逆に平民だったとしてもレンドルフの籍を抜いて婿入りさせるなり、相手を貴族の養子に入れてしまえば問題はない。実際、現当主ダイスの妻も、次期当主ディーンの妻もどちらも元平民で、貴族の養子になってから婚姻している。それに関して身内からの反対は一切ない。



「その友人は、大切か?」

「はい、勿論です!」

「…そうか」


明快なレンドルフの答えに、バルザックは満足げに微笑んだ。顔の作りはまるで違うが、そのレンドルフの表情はかつて今の妻に一目惚れしたときの長兄ダイスにそっくりだった。一番近くで兄が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしたバルザックなので、そこは自信を持って断言出来る。

ただレンドルフの様子を見るに、まだ自覚しているのかも怪しい上に、おそらく相手には何も伝えていないのだろうとすぐに察した。一目惚れをした瞬間に結婚を申し込んだダイスとはかなりの差だが、それでも浮いた話一つなかったレンドルフにそういった相手がいるのをバルザックは嬉しく、そしてほんの少しだけ寂しく思っていたのだった。


「お前の幸せの為なら、俺は、俺達は全力で協力する。困ったことがあったら必ず頼れよ」

「はい!」


破顔したレンドルフの顔にまだ幼く華奢だった頃の面影を見て、バルザックはその頃のように抱きしめて頬擦りしたくなってしまったが、今はレンドルフの方が大きいしバルザックも髭を伸ばしている。そんなことをすればさすがに嫌がられてしまうと、バルザックはレンドルフに気付かれないところでグッと拳を握り締めたのだった。



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レンドルフは別荘の客間の一室で、手紙を書いていた。それはすっかり習慣化してしまったユリへの手紙だった。今のユリは意識のないまま眠っているので手紙を送ることは出来ないが、レンドルフは彼女が目覚めた時に希望されれば日記のように日常のことを綴った手紙を渡そうと思っていた。しかしさすがにレンドルフも毎日増えて行く手紙に、全部送ったら気持ちが悪いかもしれない、と思い始めているので、実際に送るときは厳選して幾つか送るだけにしておこうと考えている。


手紙を書き終えて封筒に入れると、不意に窓をコツンと軽く叩くような音がした。それは伝書鳥がレンドルフに届いた合図だ。いつもユリと手紙をやり取りしている時間に近かったので思わずドキリと心臓が跳ねたが、そんな筈はないとレンドルフは窓に向けて手を翳す。

すると窓の隙間から白い伝書鳥が入って来て、レンドルフの手の上で封筒に変わってただの紙の鳥になる。ユリから送られて来るのは青い鳥の形をしたものなので、レンドルフは分かっていながらも微かに心の奥で落胆をする。


「アレクサンダーさん?」


宛名を見てレンドルフは眉根を寄せた。今はもう夜であるしレンザは離れに泊まっているので、何か緊急の事態が起こったのではないかと不安に駆られ、レンドルフは少々乱暴に封筒を手で毟るように開いた。


中にはコインくらいの大きさの石のようなものが入っていて、音声を記録する魔道具だという説明書が添えられていた。そして同封されていた手紙には、まだユリの意識は戻らないが、以前預かったレンドルフの香水を布に染み込ませて部屋に置いておくと容態が安定するそうなので、今度は声を聞かせてみるのはどうかと治療に携わっている医師から提案があったと書かれていた。


「声、か…」


騎士団の教えでは、死に向かいかけている者が最後まで残る感覚が嗅覚と聴覚だと学んでいる。だから意識はなくても仲間のすぐ側で宴のように皆で大いに食べ、飲み交わし、賑やかに語らうのだと。そしてそれに釣られて戻って来るようにと皆で祈るのだ。それが本当かどうかはレンドルフには分からないが、もしそれでユリが戻って来る一助になれれば協力を惜しむ気はない。


レンドルフはすぐに試してみようと魔道具を摘まみ上げたが、やがてそっと机の上に置くと、引き出しの中からメモ帳を取り出して猛然と何かを書き付け始めた。


「…これじゃ長すぎるか…これじゃ言い回しが固すぎる…かと言ってこの言い方は…」


ぶつぶつと呟きながら何度も何度も書き直しをして、あっと今に屑篭の中に丸めた書き損じのメモが溜まって行った。レンドルフはユリへ送る声だということで、ちゃんとしたものを吹き込もうと必死になって台本を書いていたのだった。しかし色々な想いが去来してしまって、全く纏まりがない。


明日は早い出発であるにもかかわらず、レンドルフの部屋の明かりは日付を越えてもしばらくは消えないままだったのだった。



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後日、レンザからユリに聞かせるようにと送られて来た魔道具を、治癒院でセイナとアキハが先に内容確認したのだが、レンドルフは「ユリさん、戻って来るのをずっと待ってます」と実に短くシンプルだったのに対して、レンザは録音時間上限一杯にユリへの愛情を語っていて、意識はないといってもユリにどう聞かせるべきか二人で頭を抱えて悩んだのだった。



何なら多分レンザの方は最後が途中で切れてる(笑)

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