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404.面会と撮影会


特別室の中には天井から薄いカーテンが吊り下げられていて、中央に置かれているベッドが僅かに透けてそこに誰かが横たわっているのが辛うじて認識出来る程度だった。これは入院中の患者、特に未婚の若い女性の姿を直接見せないように配慮したものだ。この治癒院では、特別室でなくても該当の女性や希望する入院患者には設置するようにしている。このカーテンの中に入れるのは、治療を担当する者か身内、そして当人の許可を受けた者だけになる。


レイと抱えられているハリは当然身内でもなければ当人からの許可も受けていないので、カーテン越しの対面となる。護衛達もいざとなればすぐに手の届く範囲で二人の後に続く。


「彼を座らせたいのですが」


レイの声に護衛の一人がすぐに部屋を出て、どこからか木の椅子を運んで来た。一応肘掛けがついているのは、上手く体に力の入らないハリが倒れないようにとの配慮だろう。


「…どうぞ」

「恐れ入ります」


そっとレイが抱きかかえていたハリを椅子の上に座らせた。それでも体が支え切れずに斜めに傾いてしまったので、他の護衛が部屋の隅に置いてあるソファからクッションを持って来て椅子とハリの体の隙間に詰め込むように置いた。おかげでどうにかハリは椅子に腰掛けているような体勢になった。


「さあ、こちらのご令嬢の容態を確認なさい。ただし、毒に侵されて健康状態の悪いところまでですよ。それ以上は踏み込まないよう…まあ、多少痛い目を見るのも学びのうちですから、そうなりたければどうぞ」

「そ、んな…出来ません…」

「おや?『加護』は魔力とは関係ないものですよ。魔力が使えなくとも『加護』の行使は可能です」

「無理、です」

「出来ます。…ご不満ですか?私が貴方と同じ『加護』を賜っているのに?」


サラリと重大なことを口にしたレイに、一瞬部屋の中のユリ以外の人間が硬直した。体が思うように動かないハリも、目を零れ落ちんばかりに見開いている。



レイ神官長は、本名はレイモンド・テラと言ったが、その名を知るものは今は殆どいない。

彼は身内の近しいところにエルフがいて、外見は受け継いでいないものの膨大な魔力と不老長寿の特性を有している。そして既に出自が分からない程長い時を生きていて、世界中を渡り歩いていたというのは公表されていた。このオベリス王国に来たのは、国が神の怒りを買って滅びかける一因になった流行病が広まりつつあったおよそ100年前で、当時国民の治療に尽力してくれたのだ。その時は一時的に流行病も収束したかのような状況になったので、一度彼は惜しまれつつ国を出たのだが、その後再び大流行して国民の半分以上を失った為に戻って来て、そのままこの国の神官長として暮らしている。


「私は生まれがキュプレウス王国なのですよ。彼の国の民は、凡そ八割以上が『ギフト』…この国で言うところの『加護』を持って生まれます。ですから私も、ね?」


そう言いながらレイは軽く笑ったが、周囲は未だに凍り付いたままで誰も声一つ上げなかった。


「ああ、加護は主神キュロスの元では証が出る、ですか?それ、数の多いキュプレウス王国では半々くらいなのですよ。私は出ないタイプです」


加護を持つ者は、日の光の中で瞳の色が変化する。その色の差が大きければ大きい程、加護の力も強いと言われる。主神キュロスは太陽神でもあるのでその変化を神からの祝福の証と思われているのだが、まさか瞳の色が変化しない加護持ちがいるとは思われていなかったのだ。


キュプレウス王国は、始祖皇帝が神と約定を結んだことにより大いなる祝福を得たと建国史に残されている。その為、キュプレウス王国の国民は大半が「ギフト」と呼ばれる異能を有している。それは魔法とは異なり、様々な種類や効果を発揮する。むしろ魔法では手出しの出来ない領域の能力であることも多いので、種類によっては国に囲われることもある。

そしてその「ギフト」はキュプレウス王国以外では「加護」と呼ばれ、非常に稀少な能力として扱われる。それこそ「加護」を持つのは数千に一人と言われ、更に役立つ能力に至っては数万に一人いるかいないかとされている。


「その…よろしいんです、か…?」

「さて?何のことでしょう?」

「ああ…はい、そうですね」


レイ神官長は非常に優秀な神官だと知られているが、加護持ちだという話は聞いたことがない。聞いてしまっていいものかセイナが戸惑った顔のまま尋ねたが、レイはすぐに涼しげな顔をして煙に巻いた。それだけでセイナをはじめこの場にいる者は、たとえこれを知られても加護持ちの証である瞳に色の変化がない以上、他言したところで証明の手段がないのだと悟った。


「さあ、聖人ハリ。彼女の容態を確認するのです」

「…分かり、ました」


かなり辛そうではあったが、ハリはベッドのある方に顔を向けてジッと見据えた。変装の魔道具で変えてあるらしい濃い緑の瞳が、スッと赤くなる。元々ハリの瞳は赤い色をしていて、日の光の元では少し紫がかった薔薇色に変化する。加護を使ったことで魔道具が一部無効化したのかもしれない。


「こ、れは…」

「見えましたか?」


ハリの顔色が悪くなって、額にじんわりと汗が滲んでいる。


「全身が、体の形が分かる程、赤く見えます。この色は、命に関わる程の毒の反応、です。何故、こんな状態で放置など」

「お前は馬鹿か」

「阿呆なこと言わんといて」


見えた結果を口にして、その状態のまま治療も行っていないように見えたことを言外に責めかけたハリだったが、それに被せるように吐き捨てるような勢いで二人の女性から口々に反論を受けた。そう反論したのは勿論セイナとアキハだ。


「今のお嬢様の状態は、本来体を守る機能が暴走してご自身を攻撃しているようなものだ。通常であれば何と言うことのない血液、髄液、内蔵、魔力の全てが体を防御していると錯覚して毒を精製している。だがそれを一気に解毒しようとすれば、お嬢様の体の機能全てが消失してしまう。毒を出しているのがご自身なのだからな。だから治療は全体を少しずつ薄めながら慎重に対処しなければならない」

「それ、は…では、解毒と再生魔法を同時に…」

「ねえ、再生魔法って言えば治癒っぽく思われとるけど、突き詰めれば()()()()やないの。いい?人の体はな、人一人分の臓物しか入らんの。いきなり倍にしたら一瞬でも爆ぜるわ」

「それに、暴走を解消してないものを複製されたところで…」

「あと、再生魔法でも不可侵の部分はどないするん?なあ、そこんとこ習ってへんの、聖人サマ?」


彼女達の逆鱗に触れたらしく、たとえ子供であっても容赦なくハリの左右からセイナとアキハが詰め寄って捲し立てた。


ユリの全身に及んでいる毒素を除去する為には、繊細な治療が必要とされる。一気に治療をすれば一瞬で死に至るし、あまり急いては体力と生命力を削って体が保たない。解毒と修復のバランスを見ながら、ユリの体力のギリギリ耐えうるラインを見極めることが必須だ。そしてとにかく今は効果の高い専用の解毒薬を待つ間に、少しでも体力を削らないように、そして苦しみを感じさせないように深く眠らせる対処療法しか出来ないのだ。

彼女達とて出来るならば全力で手を尽くしたいのだ。しかし今出来ることは、レンザが解毒薬を手に入れるまで現状を維持のみなのは嫌という程分かっている。全ての可能性を潰した上での現状なので、まるで放置したことを責められるようなことを部外者に言われる筋合いはない。


「貴方は浄化も治癒も、そして再生も全て出来るのだから、人を治療するのは簡単だと思っていませんでしたか?しかしそれは、万能ではないのです」


ぐうの音も出ない様子のハリに、レイはそっと両肩に手を添えて幼子を諭すように言った。ハリはすっかり顔から表情が抜け落ちて、ただ床を見つめていた。しかし目だけは忙しなく小刻みに揺れているので、何かしらの感情は動いているようだ。


「ユリちゃんを教材にみたいに扱わんでいただけます?」

「申し訳ございません」


レイは詫びとして、自身の聖魔法を魔石に込めて10個寄贈することを約束した。聖属性の魔石は稀少であり、治癒などに使用出来る為に需要も高い。それを10個分魔力を充填させて寄贈という申し出は、結果として何も起こらなかったことを考えると破格の条件ではある。特にレイがしでかしたことではないのだが、彼曰く「後見人のようなものですから」とハリの代わりにせめてもの償いということだった。その申し出に、セイナはいつものように淡々とした態度で受け入れ、アキハは不満がそのまま顔に出ていたが承諾した。



レイは少しハリに説教をしたいとセイナに頼むとかなり渋い顔をされたが、魔力を封じる魔道具を外さないことと護衛は必ず同席させることを条件に特別室とは違う棟の一室を手配してくれた。


護衛の案内と共に通された部屋は病室ではなく応接室のようで、簡素ながらもソファやローテーブルが置かれていた。


「こちらでの会話は報告させていただきます」

「はい、承知の上です」


他の人間に聞かれないようにドアを閉めて欲しいとレイが頼むと、護衛の中でリーダー格の者が既に命じられていたのか懐から音声を記録する魔道具を取り出した。レイは即座に承諾して、ソファに座らせたハリの首に嵌めている魔道具に手を触れた。


「…!これは…」

「このソファで囲んだ中から出ないように。…聞かれては困る話をしますからね」


ハリは手を触れられた瞬間、自分を拘束していた絡み付くような魔力が一瞬で軽くなったことに目を丸くした。自分の魔力で自身を拘束するように設定された対患者用の魔道具だが、それがレイの手で停止されたのだと一瞬だけ遅れてハリは理解した。


「しかし…」

「この我々のいる僅かな空間だけ、時魔法で制御して外界と切り離しました。彼らには私達の会話は聞こえませんし、記録も出来ません」

「何故、神官長様はそのような…?」

「言いましたでしょう?貴方を説教する為です」


レイは美しい顔に全く笑っているとは言えない空気を醸しつつ形だけの笑顔を作るという器用なことをして、ハリの正面のソファに腰を降ろした。

ハリからすればここは謂わば敵地のようなもので、それに協力しているレイも同じ神殿に仕える身だが味方ではない。それが分かっているのに何故自分と密談をしようとしているのか、ハリは全く予想がつかずに、ただ疑いの眼差して正面のレイを見つめたのだった。


「さて、聖人ハリ・シオシャ。この一件は、どこからが()()()()()()ですか?」


レイの口調は静かなものではあったが、有無を言わさぬ圧力を感じて、ハリは思わずゴクリと喉を鳴らしていたのだった。



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「…あの…そろそろ本題に入りませんか」

「レンドルフ!今度はもう少し俯いて…そうだ、その位置だ!」

「こうして見ると、もう少し腰の辺りを詰めたものを仕立てても良さそうね」

「それならばこちらに滞在中に全身採寸し直しましょう」

「あの…」


あれから馬車はスムーズに進んで、ずっと馭者台にいたレンドルフは唇を紫にしながらクロヴァス家の別荘に辿り着いた。そこから荷下ろしやレンザの身支度を整える間に、既に正装状態だったレンドルフは父の突然の訃報に体調を崩した母を見舞うという態で一足先に離れに連れて来られていた。


そこで学園を卒業して以来、騎士になってから初めて両親と再会したのだった。そしてそこに滞在していた次兄のバルザックに至っては、レンドルフが学園に入学する前に祝いの品を渡す為に直接来た時が最後だったので、更に久しぶりの再会になる。バルザックは母アトリーシャや長兄ダイスから、レンドルフが以前とは似ても似つかぬ巨漢に仕上がっているとこまめに報告を貰っていたので、成長後のレンドルフを見ても全く驚いた様子はなかった。それどころか、まだ華奢な時代と変わらず弟にデレデレと相好を崩している。バルザックは以前にチラリと、年子で頑固な兄のフォローに苦労していた分、歳が離れて素直な弟がとにかく可愛くて仕方ないと漏らしていた。それは成人しても変わらないらしい。



バルザックは、正騎士の正装で現れたレンドルフを記録に残そうと、そのままの景色などを紙に写し取る写真という最新の魔道具でせっせと撮影に励んでいた。


「レンドルフ、お連れのお客様が来てからでもいいでしょう?それに、正装に黒のマント姿を旦那様と揃って見られる機会なんてないかもしれないわ」

「は、はい…」


正騎士の正装は黒の生地で作られていて、その色は特別な黒、或いは真の黒と呼ばれる特殊な染色技術が使用されている。これは選ばれた職人のみが染めることを許されていて、この生地を纏うことが許されるのは正騎士だけと定められている。近衛騎士団の制服も黒を使用しているが、並ぶとハッキリと質が違うのが分かる。

王城やどこかの領地の騎士団に所属していれば、その団の規定に準じた騎士服が支給される。レンドルフも第四騎士団の騎士服を支給されているので、王城の式典などにはそちらを着用する。


正騎士は、国から実力も人格も相応しいと認められた資格であって、それがあれば国内どこの騎士団でも所属することが可能になる。勿論資格を有していなくても騎士団に入ることは出来るが、正騎士の方が騎士としての格は上であると認識される。だからこそ、団員として参加していない行事などには格上の正騎士の正装を着るべきであると言われている。その為、今回は正騎士の正装を身に付けているのだ。


アトリーシャがウキウキとレンドルフを眺めているのは、本来であれば誰かの葬儀でしか見られない姿であり、年齢的な順番で行けば夫か自分になる可能性が高いのだ。何の憂いもなく末息子の正装を堪能出来る機会はもうないだろうし、レンドルフもそれを察しているので強く拒否出来なかった。


「今度はそのソファに座った姿で!」

「兄上…」


すっかりはしゃいでいるバルザックに、レンドルフはさすがに苦笑してしまったのだが、彼はその表情も大喜びですかさず写真機にその顔も記録していたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマ、いいね、誤字報告などいつも感謝です!本当にありがたいことです…


医療とか治療関連は魔法もあるファンタジーな物語なので、そういうものだとふんわり納得していただければ。よろしくお願いします。

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