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400.クロヴァス領一歩手前

いつもありがとうございます。


閑話、番外編を除いた本編が400話目を迎えました。こんなに長く続けられていることに自分でも驚きです。自分の好きなものを好きなように書いているだけですが、それでも読んでくださる皆様、評価、ブクマ、いいね、誤字報告など反応を返してくださる皆様のおかげで続けられました。


まだ物語は続きます。この先もお付き合いいただけたら幸いです。



「三日後の夕刻にはレンドルフが到着するそうよ」

「思ったより早いですね」


領都から馬車で半日程の先代夫妻の暮らす別荘から少し離れた湖畔に建つ離れで、アトリーシャとディルダートに加えて、次男のバルザックが夕餉を共にしていた。

現当主夫妻とその息子夫妻は領都の領主城に戻っているので、組み合わせとしてはなかなかに珍しい。それこそ兄ダイスが学園に通う為に王都に行ってしまって、翌年バルザックが入学するまでの一年間以来ではないだろうか。


バルザックは塔のように肉を盛りつけられた父の皿を見て「昔と変わらない量でいいのだろうか」と思ったが、見る間に肉の塔が低くなって行くので納得することにした。もっともバルザックの皿も似たような塔が出来ていたが。


「同行してくださる方がスレイプニルで馬車を準備してくれたから、かなり順調だったようね」

「同行、ですか。その方はまさか父上の葬儀に参列するつもりで…?」

「大丈夫よ。表向きはそうだけど、実際は別のご用向きでおいでになるの。だからその方もレンドルフも旦那様のご無事はもう知っているわ」

「それなら良いですが…でも父上のお姿を見て泣くレンドルフを見たかったですね」

「弟が泣くのはいいのか?」

「レンドルフなら泣いても可愛いからいいのです」


末弟を可愛がっているバルザックなのではあるが、どうもその方向性は父のディルダートには理解し難いものがあった。ディルダートは少しだけ首を捻ったが、そこは敢えて触れないようにすることにした。



「ところで父上の復活劇はどのようにするおつもりでしたか?」

「一応、バルザックかレンドルフに、葬儀前に旦那様の最期の地へ献花をして来るということで供の中に紛れてもらうつもりだったの。勿論連れて行くのは全員旦那様のご無事を知っている騎士ばかりよ」

「なるほど。それで帰り道は変装を解いた父上と戻って来るのですね。それで父上はお髭を伸ばしておられるのですか」


アトリーシャは夫の毛深さをこよなく愛しているので、それに応えるべくディルダートは常に髭をたくわえている。さすがに人前に出るのに支障がない程度には整えていたが、今はかなり放置してあるのか大分と熊化していた。バルザックも今は髭をたくわえてはいるが、生やしている方が手入れが面倒なので全部剃ってしまう派だ。髭を生やすのは、遠征や旅先などでしょっちゅう手入れを出来ない場合くらいだ。今は万一ディルダートの姿が誰かに見られても、息子だったと誤摩化せるように髭を伸ばしている。父の方がより熊に近いが、一瞬だけならどうにかなるだろう。


「うふふ、まるでわたくしと婚約した直後の時のようですわね」

「あの時はもう少し髭の量も多かった気がするのだが」

「まあ、そんなことありませんわ。御髪の方は少々へたりましたが、お髭は相変わらずです」


笑うと多少目尻に皺は出来るが、もう成人した孫がいるとは思えない程若々しく美しいアトリーシャは、まるで少女の方に頬を染めても未だに様になっている。バルザックだけでなく、息子達は全員両親のなれそめを子守唄替わりに聞かされていたので、バルザックは特に表情を変えずに黙々と肉を咀嚼していた。


「それではあの棺に入っていたのは誰なのです?ほぼ赤熊のようですが、人のものも混じっていましたでしょう」


淡々と聞き返すバルザックにアトリーシャは「食事中にする会話ではないわよ」と嗜めたが、そう言いながらも長年辺境伯の妻を務めているだけに彼女は動じる気配もなく説明を始めた。あまり慣れてしまうのも良くはないが、いちいち気にして嘆いていては身が持たない程度には辺境は厳しい土地柄なのだ。



アトリーシャの説明では、新人騎士と思った若者が隣国の間者だったということだった。


彼は二年程前に旅の途中で両親を失った孤児と身分を偽って、領都の孤児院に引き取られた。その時点で既に成人していたのだが、童顔だったのと身分証を偽って入国していたので発覚しなかったらしい。そうやって領内に馴染み情報を集め、新人の騎士としてディルダートの魔獣討伐に参加させてもらう運びになった。そしてその時を狙って、慣れない新人が魔獣に襲われているところを助けに来たディルダートの隙を突いて暗殺を目論んでいたのだ。


「ヤツは冬眠直前の魔獣を侮っていたのか、魔獣寄せの香を焚こうとしてな」

「ああ…それは自殺行為ですね」


肉を食べ尽くしたので、アトリーシャに代わって当事者であったディルダートが話を引き継ぐ。


長い冬の辺境では、冬眠直前の獣や魔獣はとにかく栄養を蓄えることを最優先にする。特に魔獣は、常に群れで動くような種族でも共食いを避ける為にこの季節は単独行動をする程だ。そこに魔獣寄せの香などを焚けば、寄って来た魔獣同士が手当たり次第襲いかかって手が付けられなくなる。そして使用した当人が魔獣を避ける為の対策をしていたとしても、強い捕食の本能の前には気休めにもならない。


「この季節でなければ、香を置いて移動するくらいの時間があっただろうが。点火の前に匂いを嗅ぎ付けられたらしく、気が付いた時には手遅れだった」

「まあ悪行を実行する為に人目を避けて行動したでしょうからね」


既に数頭の赤熊に襲われていて、生きていたとしても到底助からないであろう状況だった。そこで討伐隊の中で最も身分が高かったディルダートが火魔法で魔獣ごと焼き尽くしたのだが、例年よりも一気に降り積もった雪で足元が悪かったことに気付くのが遅れた。強力な火魔法で弱くなっていた足場が大きく崩れ、赤熊と一緒にディルダートも急な斜面を滑落してしまった。

これまでに幾度も同じようなことに遭遇していたので、ディルダートは魔力を身体強化に集中して衝撃を軽減させていた。そして幸か不幸か巻き込まれた赤熊の上に落ちた為、ディルダートはほぼ無傷で済んだのだ。だがディルダートの真下に悲惨な状態になった赤熊が広がっていたせいで、上から覗き込んだ部下達が誤解をしてしまった。


前当主ディルダートが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。



「まあ俺も半分雪に埋もれた状態だったし、手足の位置がよく見えなかったんだろう」


そこで部下の中で足の速い者がアトリーシャの元に知らせに走り、そこからダイスの住む領都へとすぐに使いを出した。知らせを聞いたアトリーシャは気丈にも取り乱すことはなく、屋敷の女主人として、前当主夫人として次々と各方面に指示を出した。アトリーシャとて動揺していない訳ではなかったが、この地ではいつ何が起こるか分からないのですぐに対処出来るように入念に準備しているのだ。それは気持ちの上でも覚悟をしているということだった。


しかしそれから数時間後。その日の日暮れ頃になって、前当主の遺体を回収する為に残っていた部下達と共に、無傷のディルダートが帰還したのだった。

足場が悪くて残ったものの回収する方法がなくて手をこまねいていたところ、ディルダートが自力でよじ登ったらしい。


「その時は部下達も使用人達はまるで幽霊でも見たような顔をしてたが、リーシャだけが『お帰りなさいませ』と優しく出迎えてくれてな…」


その時のことを思い出したのか、ディルダートは途端に相好を崩した。それも飽きる程見慣れていたので、バルザックは敢えて指摘をすることはなかった。


実のところ、彼女が平然としていたのは隣国の密偵が潜んでいるかもしれない状況で取り乱す姿は絶対に見せてはならないと気を張っていたからであって、本心では悲鳴を上げる程に驚いていたのだった。そしてその日の夫婦の寝室で二人きりになってから大粒の涙を流すアトリーシャに土下座をしたり抱きしめて慰めたりと、非常に慌ただしくも甘い夜を過ごすことになったのは、何でも惚気たがるディルダートであっても絶対に言うつもりはなかったのだった。


「ちょうどその頃にある方から、秘密裏にクロヴァス領に来たいという話が来ていたんだ。間者のことも含めてお前やレンドルフに来てもらう話もあったから、いっそ一気にやっちまおうとリーシャと策を立ててな」

「では父上の棺に入っているのはその時に死んだ赤熊と間者ですか」

「ああ。俺が生きてると公表した後、一応ウチの騎士として葬儀は出すつもりだ」

「随分甘い措置ですね」

「何年も前から周到に領内に間者が入り込んでいた、と領民にバレるよりはいい」


クロヴァス領は領民同士の信頼に重きを置く気風だ。そこに一石を投じるような真似はしない方がいいと判断したのだ。


「本当はね、旦那様は大怪我をしたってことにするつもりだったの。でも流れ的に討死になったのよねえ」

「まあ大怪我よりも死亡の方がレンドルフはこっちに来やすくなったでしょうね。私としては嬉しいですけど」

「子供達三人が揃うなんて何年ぶりかしらね」

「レンドルフが学園に入学する前にバルザックが祝いを届けに来て以来じゃないか?」

「あの頃のレンドルフは髪も長くて愛らしかったですね」


三人はそのまま食事を終えてから談話室に移動して、夜が更けるまでレンドルフの思い出話に花を咲かせたのであった。



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「あとはこの先の山を越えればクロヴァス領に入ります」

「レン殿のおかげでここまで無事に来られました」

「俺の役割は薬草を見付けてアレクサンダーさんにお渡しすることです。まだ道半ばです」

「…そうでしたね。この先もよろしくお願いします」

「はい、必ず」


レンドルフとレンザが頷きあったところで、タイミング良く馬車が大きく揺らいで動きを止めた。



また夕刻になる少し前だったが、今日は領境にある小さな宿場街で一夜を明かすことになっている。このまま先に進むと、山中の最も狭い峠の付近で日没になる。更にその先は一段も二段も積雪の深い地域だ。夜になると魔獣も活発になるものが多いので、安全を考えて早めに宿で休んで明日は日の出と同時に発つ予定なのだ。


宿に入る時は一番広い部屋をレンドルフに使わせてくれるので、いつも済まないと思いつつありがたく体を休められていた。レンドルフとしては、元は野営するつもりで馬車一台の単身向かう予定だったのだ。この雪の積もり具合ならば10日弱で到着しただろうが、相当無茶な行程になるのは覚悟していた。今は王都を出発して二週間が経過している。ここから指定された両親の暮らす別荘地まではあと二、三日程度の筈なので、日程は倍近く掛かっているが、それでもこの規模で向かうとすれば破格の速度だ。急遽用意したといえ、複数のスレイプニルと必要な装備を設えてくれた大公家の力はやはりさすがとしか言いようがなかった。レンドルフからすれば感謝しかない状況だ。


ユリのことを思えば一刻も早く到着したいという逸る気持ちはあるが、それで途中で遭難や負傷で動けなくなってしまっては本末転倒だ。それに、効果の高い解毒薬を作るには現地で新鮮な素材で調薬をしてもらった方がいいということなのだ。レンドルフが採取して送るより、一緒に薬師に来てもらった方が最終的には早い筈だ。



まだ時間も早かったのでレンドルフは夕食前に湯浴みをしようと、宿の主人に聞いて大衆向けの浴場に向かうことにした。小さな宿場町ではあるが、これからクロヴァス領に向かう商隊などが定期的に利用するので、必要な設備はきちんと揃っているといった印象だ。


街の目抜き通りには幾つもの飲食店が並んでいて、店先で屋台のように持ち帰りが出来るカウンターがあるのが主流のようだ。レンドルフはまだ本格的に準備していない店先を眺めながら、帰りに幾つか買ってみようかと目星を付けながら歩いて行く。


(ん…?あれは)


ふと何気なく目をやった先に、サミーが誰かと話しているのが見えた。相手は黒っぽい服を着ていて、顔を隠すようにマフラーを巻き付けていて目元くらいしか見えなかった。その相手の立ち姿の姿勢の良さと腰に下げている細身の剣から、警邏隊か騎士のように思えた。黒っぽい服は外套のようなので、どちらかは分からない。外套の上から付ける襟章が見えればどこの所属が分かるが、防寒の為かマフラーの下になっているようだ。本来ならば注意を受ける着方なのでレンドルフは少々眉を顰めたが、この辺りではあまり煩く言われないのかもしれないと思い直した。


「サミーさん」

「ああ、これはレンの旦那」


何となく漂う雰囲気に剣呑なものを感じたので、レンドルフは比較的気安い感じで少し離れたところから声を掛けた。それでも相手は見上げるような巨体のレンドルフが近付いて来たので、半ば反射的に腰の剣に手が行っていた。


「貴方は?この者の連れか?」

「レンドルフ・クロヴァス。この先の領地で身内に不幸があり、彼には葬儀への参列者の護衛をしてもらっている」

「クロヴァス…辺境伯様のお身内でございましたか。失礼いたしました!」

「この旦那とは王都からずっと一緒だ。何なら宿に泊まっている雇い主に確認してくれてもいいぜ。目立つ馬車の持ち主だから聞けばすぐに分かる」


レンドルフに向かってすぐに頭を下げた相手に、サミーが少し煽るような挑発的な口調で笑いながら答える。相手は明らかに眉根を寄せて不機嫌そうな顔になったが、側にレンドルフもいることでどうにか飲み込んだようだった。


「…後程確認に行くかもしれません」

「承知した」


渋々といった態度で遠ざかって行く相手に、レンドルフは面倒なことにならなければいいがと思いながらその背中を見送った。



「すいやせん。ちょっと宿に身分証を忘れて来たもんで。すぐに取りに戻ると言っても聞いてくれなくて。助かりましたぜ」

「運が悪かったな。宿に取りに戻るなら同行しようか」

「いやいやそれには及びません。と言うか、旦那、風呂ですか」

「宿の風呂は狭いからな」

「じゃあご一緒しても?」

「ああ、いいよ」


思いもよらずサミーと並んで、レンドルフは道の先にある大浴場へと連れ立って向かったのだった。



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