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399.雪原での戦闘

戦闘あります。ご注意ください。


ドサリ、と真っ白な雪の中に体を半分埋めるように倒れた黒い塊に、少し遅れて身体の下からジワジワと赤い染みが白い雪を染めた。


「お見事」


レンドルフが大剣を片手で振るうと、刃にこびり付いていた血がサッと雪の上に払われて赤い弧を描く。そして刃は再び白い輝きを取り戻した。

片手でその大剣を軽々と扱っていることだけでなく、狙いを違わず魔獣の心臓に一撃を加えているレンドルフにサミーは思わず呟いてしまった。


「まだいるか」

「旦那!あの林のヤツは俺が」

「任せる!」



------------------------------------------------------------------------------------



大分雪深くなって街道も林の中を行くようになって来た頃、馬車は魔獣の襲撃を受けた。すっかり日が暮れていたが、雪のせいで夜道でも明るい。おかげでその中を真っ黒なナイトウルフが群れを成して近寄って来るのが早い段階で確認出来たのだった。


このままスレイプニルの足があれば逃げ切ることも出来なくはないが、レンドルフがナイトウルフの動きを見て、迎え撃った方がいいと判断した。彼らの動きは、何かに追われているようだったのだ。この先は峠道になっていることを鑑みれば、ナイトウルフ達とその後ろにいる「何か」を排除した方が危険が少ない。


レンドルフは馬車に乗せてあった自分の大剣を片手に外に出て、サミーと共にナイトウルフを殲滅に掛かっていた。



------------------------------------------------------------------------------------



馬車を操っている馭者も腕が立つようで、馬車の守りは任せてレンドルフが前に出て襲って来るナイトウルフを次々と斬り伏せて行った。そしてサミーは片手に装着していた魔道具を使った遠距離攻撃を得意としていたので、距離のあるナイトウルフは彼が次々と仕留めていた。


「…それは、銃、ではなさそうだな」

「俺は魔動銃と言ってますけどね。鉛の玉の代わりに、魔力を固めたものが射出される仕組みなんで」

「なるほど」

「俺は属性が毒なんで、効果が高いんですよ」


以前、サミーに護衛をしてもらった際に、どうやったのかは分からないが大きな鹿系魔獣を一撃で仕留めていた。胸の辺りに小さな穴が開いていただけで他に外傷も見られなかったのを思うに、あれもこの魔動銃で倒したものだったのだろう。


「ただ、魔石を溶かしちまうんで金にはならんのが玉に瑕ですがね」

「それでも大したものだな」

「普段は秘密にしてる属性なんで、コレ、でお願いしますぜ」

「ああ、分かってる」


サミーは片方の口角だけを上げて悪い笑顔を作ってから、唇の前に人差し指を立てた。


毒属性は他者から恐れられ、偏見の目で見られやすい属性だ。確かに悪用されやすいものではあるが、それはどの属性魔法でも使い手次第と言えることだ。それに毒と薬は表裏一体でもあるので、用途と量さえ間違わなければ病を癒すことにも使えるのだ。しかしやはり危険性は高いとして、闇属性と同じく国で登録、管理される属性ではある。

それに生活に影響が出るので、自分から毒属性であることを公言する者は殆どいない。



「…ところで、それはどのくらいの魔力を使う?」

「さほどは」

「連続使用は」

「百程度なら」

「じゃあ安心だな」


そんな話をしながら、レンドルフは林の向こうの雪原を凝視したままだった。手にした大剣もそのまま構えていて、油断なく身体強化を掛けたままだ。サミーもレンドルフが見つめている方向に目をやると、ほんの微かだが雪原の表面が蠢いているのを確認した。サミーも滅多には見たことはないが、そこには雪の中に潜む魔獣がいるのは分かった。しかしレンドルフがそこを注視していなければ気付けなかっただろう。


「…結構な数なようで」

()()()()


その蠢きは微かに、しかし確実にこちらに向かって来ていた。


レンドルフがその場にしゃがみ込んだかと思うと、雪の中に剣を持っていない手を突っ込んだ。


「アースクエイク」


地面に向かってレンドルフが魔法を放つと、目の前の雪原が一瞬揺れ、次の瞬間水柱のように雪が空に向かって一気に噴出した。


「こりゃ凄え」


夜空に向かって吹雪のように巻き上げられた雪の中から、雪と同じ真っ白な色をした魚が宙を飛んだ。その魚は人の片腕程の大きさがあって、鋭い刺のように尖ったヒレを幾つも体に持っていた。そして大きく開いた口には鋭い牙がズラリと並んでいる。


これは雪雷魚(せつらいぎょ)と呼ばれる魔魚で、雪の中を水のように泳ぎ回る。これは肉食で、群れをなして雪に隠れて動物を襲う。襲われたものは血の一滴、骨の一片も残さずに食い尽くされる恐ろしい生物だ。ただ視力が殆どなく獲物は匂いで判別するため、雪が積もる街道などには雪雷魚が苦手とする匂いの付いた縁石を置いて対策している。先程のナイトウルフの群れは、この雪雷魚に追われて逃げているところにレンドルフ達の馬車が遭遇してしまったようだ。

勿論街道には雪雷魚避けは施されているが、ここまで近くに来てしまうと捕食の本能の方が優位に立つので、こちらに向かって突っ込んで来たのだ。


サミーは宙を舞う30は下らない雪雷魚に向けて、魔道具に充填していた毒の銃弾を立て続けに撃った。サミーの腕前は確かなもので、空中で動きが鈍くなった雪雷魚を次々と仕留めて行った。彼らの真っ白な体が小さな毒の銃弾を受けると、その体から紫色の体液を飛び散らせて雪の上に次々と落ちて行った。

最初に飛び上がった群れをサミー一人でほぼ仕留めたかと思うと同時に、再び雪が舞い上がって同じくらいの数の雪雷魚が宙を舞った。

それでも半分以上はサミーが撃ち落としたが、さすがに数が多く一部は仕留め損なった。しかしその場所にレンドルフが素早く雪を蹴散らして駆け付けると、残った雪ごと大剣を一閃させ、一振りで10匹以上の雪雷魚を真っ二つにした。その動きは、雪の影響を一切受けていないように見えた。それですら躱した個体が数匹レンドルフに向かって体をくねらせて牙を向けたが、今度はサミーが離れたところから撃ち落とすのに間に合った。


「もう一度!アースクエイク!」


レンドルフの魔法が放たれると、三度目の雪雷魚が宙を舞う。だがさすがに今度は数が半分以下になっていた。その程度ならサミーが余裕を持って全て仕留めた。


「ボスは俺が仕留める」


一面身動きをしなくなって雪原に散らばる雪雷魚の屍骸の下が大きく盛り上がって、そこからスレイプニル三頭立ての大型馬車よりも大きな雪雷魚が巨大な口を開けて飛び出して来た。


「アースランス!」


下から出現した無数の土の槍が巨大雪雷魚の腹に突き刺さる。背中の部分は固く鋭いヒレで防御されやすいが、腹は柔らかく弱点になる。そこを突かれたのだから、堪らず雪雷魚は鳥に似た悲鳴を上げて巨体をくねらせた。レンドルフは雪の下から土壁を勢い良く足の下に突出させて、それを足場に高く飛び上がった。レンドルフの大きな体が、軽々と数メートル上空まで飛び上がると、落下の速度と自身の体重を乗せて大剣を雪雷魚の頭に深々と突き立てた。ちょうど目の間、眉間に当たるような場所にレンドルフの大剣が根元近くまで突き刺さった。


さすがにこれには為す術もなく、群れのボスであろう巨大雪雷魚はそれ以上暴れることなく雪に埋もれるように倒れて絶命したのだった。



------------------------------------------------------------------------------------



「アレクサンダーさん。少々解体のお時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「構いません。あれだけ大きな雪雷魚を手ずから仕留めに行ったのは、魔石と肝油の採取が目的ですね」

「はい。さすが薬師殿はご存知でしたか」


周囲に生き残りがいないのを確認してから、レンドルフは馬車の中で待機しているレンザに声を掛けた。


雪雷魚の魔石は水属性で、魔石に充填可能な魔力の保有量が他の魔獣の倍近くあるのだ。水属性の魔石はそれなりに採取出来るが、需要も多いので幾らあっても困るものではない。特に雪雷魚の魔石は一つあるだけで遠征が随分楽になる。そして肝を煮溶かしてから冷やした上澄みの肝油は、耐冷効果があるのだ。それをクリームのように薄く皮膚に塗るだけで、かなりの寒さの中でも凍傷になるのを防ぐ効果がある。ただ鮮度が落ちやすく数日で効果が消失するので、北の地に住む者は簡易な罠を使って雪雷魚を捕らえて肝油を現地調達している。

レンドルフも単身で故郷に向かうつもりだったので、途中で雪雷魚を仕留めるつもりだったのだ。まさかあれほどの群れと大物に遭遇するとは思いもよらなかったが。


「道具は」

「馬車に積み込み済みです」

「お手伝いは必要でしょうか」

「まだ生き残りがいないとも限りませんし、馬車で待機していてくださいますか」

「分かりました」


レンドルフはノルドが引く馬車の中に積み込んでおいた、解体用のナイフと鍋を取り出した。



「俺は他の獲物を集めて埋めとくんで」

「じゃあ穴は俺が掘っておこう」


レンドルフは大きめの穴を魔法で掘って、サミーが魔石を毒で溶かして仕留めたナイトウルフと小さな雪雷魚の後始末を任せた。他の馭者からも手伝うことがないかと声を掛けられたが、サミーは自分が仕留めたものはあまり他の人が触らない方がいいということで辞退していた。レンドルフも一人で解体した方が早いので、彼らには周囲に魔獣がいないかを見張ってもらうのを頼んだ。



レンドルフが魔法で掘った大きな穴の中に、サミーが次々と魔獣の屍骸を放り込んでいる間に、レンドルフは雪を避けるように簡易竃を手早く作り上げる。


巨大な雪雷魚は大まかに大剣で切り分けてから、魔石のある心臓付近をナイフで捌く。雪の中を泳ぐとは言っても魚であるので、骨も肉質も獣よりずっと捌きやすい。ツルリと体の中から傷のない魔石を取り出すと、レンドルフの片手の拳大くらいの大きさがあった。魔石にすればかなりの大物だ。検分するとほんの少し端の方に濁りが見られたがそれでも大きさも質も悪くなく、ランクとしては上の下、と言ったところだろう。この魔石一つで、一個小隊の飲用水三日分を確保出来るだけの魔力が充填出来る筈だ。

レンドルフは手に付着した血ごと持っている魔石で浄化し、採取した魔石を入れる専用の袋に入れる。それから今度は腹の方に回って、肝を取り出す為に滑り止めの付いた手袋に差し替えて、解体用ナイフを強く握り締めた。肝や周辺の部位は脂が強く、過去に幾度となく脂で手を滑らせて指を落としそうになったことがあるからだ。


慎重に腹の中にナイフを入れると、その切り口からドロリと脂が垂れて来る。仕留めたばかりなのでそこまでではないが、この寒さの中でも小一時間もすれば生臭さが際立って来るので早く処理するに越したことはない。一度熱を通してしまえばその臭みは抑えられる。


レンドルフは両腕を肘の辺りまで腹の中に突っ込んで、手探りで肝を掴んで引っ張った。が、あまりにも大き過ぎて上手く引き出せないので、改めてナイフを差し込んで手頃の大きさに切って取り出す。ズルリと乳白色の半透明なゼリー状のものをレンドルフが掴み出して、足元に置いておいた鍋の中に放り込む。それを三度程繰り返すと大きめの鍋一杯にゼリー状のものが溜まったので、すぐに竈に火を熾して鍋を掛ける。肝の融点はあまり高くないので、すぐにグズグズに溶けて鍋一杯の透明な液体に変わった。

全てが溶けるのを見計らって、レンドルフは火から下ろした鍋ごとすぐに雪の中に突っ込んだ。一瞬だけ鍋はジュッと音を立てて触れた雪を溶かしたが、熱伝導の高い素材で出来ている鍋なのであっという間に冷えて中の肝油が白く固まる。底の方の不純物が混じっているものは白い蝋状に固まり、上澄みの透明な脂は完全に固まらずにトロリとしたクリーム状になった。


「レンの旦那。これを詰めるのは俺が。なんで、申し訳ないですが、穴、塞いでもらえます?」

「分かった。任せるよ」


かなりの数があった筈だが、もう屍骸を穴に放り込み終えたサミーが戻って来て肝油の瓶詰めを申し出てくれたので、レンドルフはその穴を埋めに向かった。持ち帰る訳でもない屍骸は埋めておかないと、他の魔獣が匂いに釣られて呼び寄せられてしまうので、必ずしなければならない作業だ。穴を掘れない時は焼いてしまうのも有効ではあるが、雪の中では埋める一択だ。通常ならばなかなかに大変な作業ではあるが、この時ばかりはレンドルフは自分が土属性だったことを感謝するばかりだ。


その後はサミーと手分けをして肝油を瓶に詰めて、同行している人数分の量は十分に採れた。



「人によって代謝力が違うので、最初に塗ってから次に冷たさや痛みを感じた時の時間を測っておけば、次からはその時間の少し前に塗り直しが出来るので凍傷は防げます。まだ予備もありますので、遠慮せずに使ってください」

「ありがとうございます。頂戴いたします」


馭者の中には今いる辺りよりも北方は体験していない者もいたので、肝油を渡す際に使い方のコツを伝授しておく。感覚が戻ってから塗り直しでも効果はあるが、寒さに慣れて来てついまだ大丈夫だと思っていると後々ひどいことになっていることもある。慣れていない人間には自身の感覚よりも客観的な指標があった方が判断しやすいので、クロヴァス領では子供にはそうやって教えているのだ。さすがに子供向けのアドバイスとは言えないが。



「アレクサンダーさんも、使ってください」

「ありがとうございます。私はほぼ馬車の中ですから、あまり使う機会もないかもしれませんが」

「それでも王都周辺よりも馬車の中も冷えます。この先は雪雷魚の棲息地域なので補充も容易ですから、どんどん使ってください」

「では遠慮なく。…レン殿はどちらに?」


素早く馬車に乗り込んで来たレンドルフは、瓶に詰めた肝油をレンザに手渡した。それから外套を脱ぐ様子はなく、すぐに馬車を出て行こうと扉に手を掛ける。不思議に思ったレンザがその背中に問いかけると、レンドルフは少しだけ困ったような笑みを浮かべて振り返った。


「その…解体したばかりなので少々生臭いかと…一応香水は付けたのですが、しばらくはどちらの匂いもキツいかと思いますので」


少々恥ずかしげな表情で軽く頭を下げてそそくさと出て行くレンドルフを見送って、レンザは彼の鍛え上げられた巨体と、妙な乙女仕草が同時に存在しているところを目の当たりにしてしまい、ポカンとした顔で一人馬車の中でしばし固まっていたのだった。



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