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397.探り合い


「『加護無しの死に戻り』…ああ、王都では忌避されるのでしたね」

「辺境領では違うと?」

「ええ。どちらかと言うと『強運の者』として縁起が良いと扱われる感じです」

「加護が無くても、ですか」

「はい。あっても無くても。辺境…クロヴァス領では、生き残ることが重要、という考えですから」


ごく稀に、病や怪我などで死の縁から生還した者が髪の色が抜け真っ白になることがある。それを「死に戻り」と呼び、その際に一定の確率で特殊能力の「加護」を身に宿すことがある。加護は魔法とも違う能力で、生まれつき有している者もいれば、死に戻って後天的に得る者もいる。その基準は未だに分かっていないが、かつては加護を得た者は「神に愛されし者」として尊ばれていた。そして逆に、死に戻っても加護を持たなかった者を「神に見捨てられた者」として蔑まれていたのだ。

今は様々な研究者の多くが、加護は全くの偶然で得る能力であり、そこに神の意志は介在していないと語っている。しかし長年に渡って信じられていた意識をすぐに変えることは難しく、未だに加護の無い死に戻りは忌避される傾向にあるのだ。


「安全な王都では珍しいからなのでしょうけれど、クロヴァス領では死に戻りの存在はそこまで珍しくはないです。加護は、あればより便利かもしれませんが、なくても構わないというか…その、『生きていることが正しい』が全てなので」

「生きていることが正しい…」


クロヴァス領は豊かな土地ではあるが、それは魔獣にも等しく恩恵が行き渡っているということで、どの土地よりも大型で強い魔獣が年中出没する。それに冬が長く雪深いので、人が生きるには厳しい環境ではある。それだけに王都よりも人の命は軽く、呆気無い程に潰えて行く。人が減れば守りが薄くなり、更なる死を招く。そうならないように、クロヴァス領に住む者達は生きることを最優先に考えるのだ。戦う力があるに越したことはないが、力のない者も支えて協力してこそ互いに拾える命なのだ。領民達は、外見や出自など関係なく、ただ生きる為に手を取り合うことを優先する。

そしてクロヴァス家はその人々を守る為の盾となり、先陣を切る武器にもなるからこそ領主として上に立っている。強さが正義という分かりやすい家訓がクロヴァス家の根幹なのだ。


時折、安全な場所しか知らない者が書面や数字だけを見て、そんなに大変な土地ならば捨てて安全な場所へ移り住めばいい、と言い出すこともあるが、そうなれば防衛ラインが下がるだけで別の土地が辺境になるだけなのだ。それに、厳しい土地であっても辺境領の産業は国を潤し、他国からの侵略を防いでいる重要な場所だ。


「アレクサンダーさんも領都を見れば驚くかもしれません。多分思ったよりも白い髪の人はいるし、獣寄りの外見の獣人も多いですから」


かつてオベリス王国は獣人への偏見が強く、一時は国内から獣人がいなくなった程だった。今はそのようなことはないが、それでも獣人の暮らしやすい国ではないので全体的に数は多くない。それに王都周辺の気候は夏場は気温よりも湿度が高いので、特に獣の外見が強く出ている者はあまり住みたがらないのもあった。その点クロヴァス領は年間の気温が低い為、そういった獣人が多数暮らしているのだ。更に熊系獣人どころか熊そのものと間違われる領主がいるので、より住みやすいと思われているのかもしれない。


「余裕があれば、領都も訪ねてみたいと思いますが、おそらくまたの機会になるでしょう」

「そうですよね…まずは薬草探しを最優先しなくてはですね」

「ですがいつか、レン殿の育った地をゆっくりと見てみたいと思います。出来ることならば、ユリと共に…」

「それでしたら、喜んでご案内します!必ず!」

「その時はよろしくお願いします」


特殊魔力を抑える為の魔道具を常用しているユリは、体への負担を最小限にする為に王都の外に出ることは出来ない。もし王都の外に出たならば僅か一日で悪影響が出る。生まれ持った特殊魔力は消えることがないので、レンドルフの故郷に行くことなど夢のまた夢だ。けれどいつか、加護があろうとなかろうと、死に戻りであろうと偏見もなく暮らして行ける場所をユリに見せることが出来たら、とレンザは柄にもなく非現実的な希望を口に出してしまった。


それに仮にユリがクロヴァス領を訪ねることが出来ても、レンドルフが案内の為に同行するだけの休暇は取れないのは先日のやり取りで分かっている。そのことに全く思い当たっていなさそうなレンドルフの顔を見て、レンザは実現しなくて良かったのか悪かったのか複雑な気持ちになったのだった。



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「該当の患者はおりませんし、いたとしても身内ではない方とは面会は出来ません」

「困りましたね…僕の以前の患者の方なのです。体調が悪くなっていないか経過観察をしないといけないのに…」

「申し訳ございません。規則ですので…」

「……これでも?」

「っ!?」


治癒院の受付で、一人の少年が担当の女性に向かって困った顔で話していた。黒髪で緑の目をした端正な顔立ちをして、服は神官服を纏っている。これは見習いではなく、正式に神官として認められたものだ。なかなか未成年が正式な神官になることは多くなく、それだけ彼が優秀なことは一目で分かる。

その彼が面会の申請をしていたのだが、受付担当はそれでも規則を破るわけにはいかないと丁重に断りの言葉を述べていた。


しかし、誰にも見えないように受付の女性にだけ見せた彼の手の中にある銀色のブローチを見て、彼女は顔色を変えた。そして口を開こうとした彼女に、彼は軽く人差し指を自分の唇に当てて軽く続く言葉を制した。


「責任者を呼んでもらえる?」


彼の手に乗せられていたブローチは、一般人にはあまり目にする機会はないが、医療関係者ならば教本で必ず目にする意匠のものだった。それは二匹の蛇がそれぞれに片羽を持ち、螺旋状に絡み合うことで一対の翼を表現している。その意匠の装飾品を持つ者は、神官長、或いは聖人や聖女のような神殿で位の高い者のみが持つことを許されているのだ。


彼女は慌てて深く頭を下げると、急いで奥の部屋に向かって責任者を呼び出すべく遠話の魔道具に飛びついたのだった。


「隠れてても、見えるからね」


彼は手の中のブローチを弄ぶように扱うと、グルリと視線をゆっくりと巡らせるように周囲を見回した。そしてすぐに彼の立っている場所から斜め上方に視線が固定される。通常の人間では天井しか見えないが、彼はそれをジッと凝視してほんの少しだけ笑った。



「白の聖人が来とる!?」


昼食のバゲットを豪快に丸かじりしていたアキハは、報告に来た女性事務員に歯形のくっきり付いた食べかけを押し付けて、口をモグモグさせながら急いで浄化の魔法を自身に掛けて白衣を羽織った。


どうやら受付にハッキリと名乗った訳ではないが、白の聖人ハリと思しき人物が訪ねて来たと報告が来たのだ。詳細までは分からないが、髪色などは違っているが10歳前後の正規の神官服を着た少年が高位の証である装飾品を見せて来たとのことだった。そのくらいの年齢の正規神官は何人かはいるが、高位の証を所持しているのはハリしか該当者がいないのだ。


(何しに来とる!?)


大公家に仕える中でもユリに直接関わる地位にいるアキハや一部の者達の間では「白の聖人ハリ」は要注意人物として周知されている。彼は加護持ちで、鑑定魔法の上位とも言われる「真実の目」という能力を持っている。どの程度まで見えるのかは不明だが、あらゆるものは彼の前では誤摩化しが効かないと伝わっている。


そしてどういった思惑があるかは分からないが、ユリの縁談の打診をして来ていた。当然のようにレンザが断っていたが、それでも諦めずに申し込みを繰り返し、最近ではユリと直接接触しようと動いている。そしてハリとの血縁上の繋がりはないが、戸籍上祖父となっているコールイ・シオシャ公爵とは、先日レンザがハッキリと敵認定と宣言していた。今のところ当主同士で水面下のやり取りを交わしただけのようで、表立った対立は今のところ見られない。

しかしそう遠くない将来、この二つの家はぶつかり合うことになるだろう。



「どこ行った!?」

「あ、あのさっきまでそこに…」

「ちっ…!ああ、アンタが悪い訳やないよ。相手が悪かっただけや」


アキハが受付に駆け付けた時には、既に少年の姿はなかった。思わず舌打ちをしてしまったアキハは、ビクリと肩を震わせた受付担当の背中を軽くポンと叩いて慰める。


「…多分、特別室やね」


アキハはそう呟くと、カツリと靴先を床に叩き付けるように勢い良く特別室に向かって足を向けた。



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