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387.助けたい者達


「それでその…アナ様が毒を受けたということにして保護するとして…俺がここに呼ばれた理由は何でしょうか」


名前こそ出していないが、アナカナの代わりに毒を受けたのはユリで間違いないだろう。レンドルフはすぐにでも駆け付けたい衝動が沸き上がるが、話を聞かなくては会うこともままならない。


「解毒薬の素材を、探してもらいたいのです」

「分かりました」

「おい、レンド…」

「団長、すぐに休暇申請を出します。上限まで取れるのは何日かはご存知でしょうか」

「待て、そんなに即答するな」


レンザの言葉に、レンドルフは即座に返答した。この解毒薬はユリに使われるものだと確信したレンドルフに、迷いなどある筈もなかった。その躊躇のなさと内容に、さすがにレナードも目を見開いた。そして困ったようにレンザに視線を向ける。


「この先何年でも休み無しで働きますから、休暇の前借りをお願いします」

「だから私の話を聞け。それに、そこまで休暇の前借りは制度として出来ん」

「では…」

「早まるな!すぐに対策を考えるから、こちらの、アレクサンダー殿からもう少し話を聞きなさい」


声にこそ出していなかったが、レンドルフの口の形が「辞職」と言い出しそうになっていたのをいち早く察知して、レナードは半ばレンドルフの口を押さえるように手を広げた。



これまでクロヴァス家から王城騎士団に所属した者は少ないので詳しい訳ではないが、レナードが伝え聞いているのはクロヴァス家の男は誰も彼も呆れるほど一途に伴侶を溺愛する傾向にあるという話だ。実際のところ、後継が生まれなくても決して第二夫人や愛人などを頑に作らなかった為に過去に幾度となく血統が途切れかけたそうなので、血統よりも伴侶を重視する家風らしい。

その中でレンドルフは家門の中で少々毛色が違っていたせいか、圧倒的にモテていたのに浮いた話が全くない学生だったのだ。それは騎士になっても変わらなかったので、血が繋がっていても違う人間であるのでタイプが違うのは当然だとレナードは思っていたが、今のレンドルフを見て「やはり血は争えない」と改めて思ったのだった。


そして、偽名を素直に信じている様子からレンドルフは知らない可能性が高いが、彼の想い人がこの国の唯一の大公家でたった一人の直系の大公女ユリシーズ・アスクレティであることがほぼ確定して、レナードは少々冷や汗をかいていた。一時はレンドルフは懐かれたという理由で、第一王女アナカナの婚約者候補に名が挙がっていたくらいだ。つまりレンドルフは、現在国内で身分の高い未婚女性の上位二人に近しい立場にいるのだ。当人に全く自覚がないのはさておき、これが周囲に知られればレンドルフに政治的な思惑が絡んで来るのは目に見えていたからだ。

以前、副団長解任の後のレンドルフの去就がはっきりしていなかった頃、彼の行動を心配してレナードと元上司の近衛騎士団長ウォルターがそれぞれ家が有している諜報員を使って周囲を見張らせていたことがあった。そこで親しくしている女性の存在は分かったが、色々な情報が錯綜してハッキリと正体が掴めなかったのだ。今ならば、大公家の鉄壁の守りに阻まれていたのだということは嫌でも分かる。



「その素材というのはどこにあるものでしょうか」


レナードが心の中で頭を抱えている間に、レンドルフはレンザとの話を進めていた。一件落ち着いているように見えるが、入団した頃からレンドルフを見ているレナードには、彼の焦りが確実に垣間見えた。


「それは『カザハナノハナヨメ』という雪の中で咲く花です。白いレース状の花で、雪のため大変見付けにくい素材なのです」

「雪の中…レース状…それは『女王のヴェール』とは違うのでしょうか」

「同じものです。土地によって呼び名が違いますが、間違いありません。それはもしかして故郷で?」

「はい。幼い頃に老練の猟師に教えてもらいましたが」


その薬草は花も茎も真っ白なもので、雪深い山奥に自生している。花の時期は雪の積もる真冬で、レースのような網状の花が裾を引くような形になる。その様がヴェールのような形状であるのと、ほっそりとした茎がたおやかな女性に見えるのでクロヴァス領では「女王のヴェール」と呼ばれていた。

レンドルフは父に連れられて冬の森に討伐に連れて行かれた時に、同行していた猟師に教えてもらったのだ。浄化能力のある薬草の為、周囲の雪はそのまま食べても問題がないほど清められているので覚えておくといいと教えてもらった。


「その薬草は、ほぼ毎年近い場所に生えるのです。場所は分かりますか」

「その辺りは教えてもらった数年後に大幅な地滑りがあって地形が変わりましたから…当時の大体の場所は分かりますが、今もそこに自生しているかは不明です」

「他の場所で見たことは」

「残念ながら、その、あまり意識して探したことはありませんでしたので」

「では、その猟師の方に聞けば分かるでしょうか」

「件の猟師は数年前に亡くなりました。他の猟師は…聞いてみないことには分かりません。すぐに当主に確認を」

「いや、それには及びません」


レンドルフは自分でも出来ることがあるのだと勢い込んで提案をしたが、レンザはすぐに首を振る。


「出来る限り、解毒薬作成には他者の手を介したくないのです」


一瞬レンザの目の奥に宿る鋭い魔力に、レンドルフは思わず気圧されるようにたじろいだのだった。



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「一応『カザハナノハナヨメ』を始めとする、必要な素材の在庫は揃っています」

「え…?」

「一番重要な素材の『カザハナ…いや、レン殿の故郷風に言うなら『女王のヴェール』は、昨年採取したものがあるのです」


雪の中で咲く白い花を探すのは大変困難ではあるが、一度咲いた場所から近くに翌年は株分かれした花が咲くことは分かっていた。人の手で栽培の難しい花であるが、自生している場所を記録しておけば翌年も同じような場所で採取することが出来るため、確実に入手することが可能な素材だ。そして多少は効能は落ちるものの、乾燥させて保存し、年中安定して解毒薬を作れるようにしているのだ。


「王女殿下が持ち込んだ毒を解毒することは今の在庫でも可能かもしれませんが、やはり鮮度の良い状態で調薬したものには及びません。それに…」


レンザは一旦言葉を切って、意味ありげにレナードに視線を送った。


「少なくとも今の国が管理する在庫が完全に安全であるとは言い切れないでしょう」


表向きはアナカナの解毒の為に準備することになっているが、それを実際投与されるのはユリなのだ。毒を仕掛けた相手がアナカナを再び狙って、解毒薬に何か仕掛けられては堪らないとレンザは考えていた。


「…そこまで信頼していただけない…いや、信じろという方が無理でしたな」

「相手は、確率は低くとも随分と周到に準備していました。それに毒物に精通した者…薬師(同業)がいるでしょう。お恥ずかしい話ですが薬師ギルドも一枚岩ではありません」


視線を向けられたレナードは騎士団寄りの感情として否定をしかけたが、これまでのことを思えば既に信頼はないも同然だったので、肩を落として溜息を吐いた。それにレンザは国から切り離されている筈のギルドでも同じような状況であると慰めにもならないことを付け加える。そもそも各ギルドの成り立ちは、国などの権力者に左右されて、人々に必要なものを提供することがままならなくなることを防ぐ為に確立した組織だ。しかし人が多く集えばそれぞれの思惑は生じる。


薬草の中には、単体では無害であっても組み合わせによって毒性を発するものも珍しくはない。粉状にして混ぜられてしまえば、見た目の判別は殆どつかない。それでも調薬の時点で気付くかもしれないが、全ての素材から鑑定が必要となって来る。一つずつの確認はそこまで時間が掛からなくても、積み重ねれば手間も時間も掛かってしまう。それにあちらに薬師がいれば、同じ薬師の目をかいくぐって毒を混入させる方法も熟知しているだろう。


「王女殿下の解毒薬は、より効き目の良い、鮮度の優れたものを必要とするという名目で、素材集めを騎士団に依頼することにはなっています。しかし、それでも確実に安全とは言い切れないでしょう」

「はい…」


レンドルフもそれについては全く否定が出来ず、俯いて小さく同意することしか出来なかった。



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かつてレンドルフもアナカナの護衛をしていた際に、同じ任務に就いていた護衛騎士が彼女の暗殺を目論んだ場にいた。


視察の際にその護衛騎士の妻子が挨拶に訪れて、団長のウォルターと顔を合わせていた隙に彼の幼い娘がアナカナに近付いた。まだ歩き始めて間もない、といった風の可愛らしい様子だったせいで周囲も大して警戒をしていなかったし、アナカナも近寄ることを許してしまった。しかしそれが大きな間違いだった。


その娘は誰が用意したのか小さな花束をアナカナに渡そうとしていた。だが、その中に毒を塗った小さな刃物が仕掛けられていたのだ。普通の人間よりもはるかに高い位置からの視線だったレンドルフが寸前で気付き、アナカナに凶刃が届く直前に抱き上げた為にその刃はレンドルフの脛に刺さった。幸い防具で防がれて事無きを得たが、少しでも皮膚に届いていたら防毒の装身具を付けていても只では済まなかったであろう猛毒が仕掛けられていた。

その直後、娘は自ら刃物に触れたのかその場に倒れ、物言わぬ物体と化した。


後に分かったことだが、その子供は本当の娘ではなく、似た背格好の子を孤児院から連れて来て薬で言うことを聞かせるようにして暗殺者に仕立てられていた。彼らの本当の子は妻の実家に人質に取られて、護衛騎士は言うことを聞かざるを得ない状況だったことが判明した。しかし罪は罪として、関わった家は取り潰されて彼らは今も犯罪奴隷としてどこかで重労働を課せられているそうだ。



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「今回、騎士団で解毒薬の素材を採取することを大々的に喧伝して、その隙に裏で『影』達に殿下に毒を仕掛けた犯人を捜させる予定だ。だからこそ王女殿下には敢えて仕掛けられた毒ではなく、自らの軽率な行動で毒を被った、という汚名を着てもらうことになった」

「アナ様もそれはご承知なのですね」

「ああ。さすがに彼の御方はご理解が早くていらっしゃる」


感心したようにレナードは頷いたが、最初にその話を聞いた時はアナカナの理解力に脅威すら感じていた。


アナカナは自身に仕掛けられた毒がバレたと分かれば、仕掛けた者が繋がりを断ち切るように動くだろう、といち早く理解したのだ。その毒の仕掛けは非常に手が込んでいて、幾人もの人の手を介している。そこを辿って真犯人に辿り着く前に繋がりを断ち切って、彼らは悠々と逃げてしまうだろう。それを防ぐ為に、アナカナが仕掛けられた毒ではなく別の理由で動けなくなったと大々的に知られておかなくてはならない。自分の不名誉よりも、今後犯人が地中に潜って動向が見えなくなることの方が余程危険だと悟り、愚か者の誹りを受けることも厭わずに作戦に乗ったのだ。


そしてレナードは彼女はこの国に絶対に繋ぎ止めておかねばならない至宝であり、同時に敵対してはならない爆弾でもあると理解した。もしアナカナがこの国を見限って別の国に亡命でもしようものなら、将来どれほどの脅威になるかは想像も付かない。

今、アナカナは国の中枢から最も遠いと言われるアスクレティ大公家の庇護下にある。大公家唯一の姫であり当主レンザが溺愛している孫娘を傷付けた立場でもあるので、アナカナの存在は大変危うい状況にあるだろう。しかし大公家の懐に入っている以上、暗殺の手はそう簡単には届かない。アナカナにとって、どちらに付くのが安全であるのか難しい状況だった。


レナードとしては出来ればこちら側に戻って来て欲しいが、その為の最低条件が身代わりに毒を受けた大公女が助かることだろう。


「レン殿には、共に内密に『女王のヴェール』の採取を行ってもらいたいのです。そして発見し次第、私が直接調薬をして解毒薬を鳥に運ばせます」

「なっ…!?まさか閣…んんっ、アレクサンダー殿が直接辺境領に赴くというのですか!?」

「そうです。それが一番妙な手出しをされなくて済みます」


まさか大公家当主が直々に動くという予想外の答えに、レナードは半ば腰を浮かせるような姿勢になった。レンドルフも驚いた顔をしていたが、さすがにレンザの正体を知らないのでレナードほどではなかった。


「あの、俺が言うのもなんですが、クロヴァス領は厳しい土地です。まだ真冬になってはいませんが、今の時期でも相当雪が深くなっている筈です。慣れていない方には辛いかと」

「これでも薬草採取の為にあちこちに出向いた経験はあります。それに…助けたいのです」


レンザの最後の呟きは低く殆ど聞き取れないくらい小さいものだったが、滲み出る想いがレンドルフの胸を突き刺すような感覚に陥らせた。


「…分かりました。全力でお守りして、必ずその場所までお連れします」


レンドルフは強く手を握り締めて、レンザの目を真っ直ぐに見つめ返したのだった。



お読みいただきありがとうございます!


薬草「カザハナノハナヨメ」は「風花の花嫁」です。ミズホ国の呼び名なので片仮名表記です。花のイメージはカラスウリの花です。

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