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381.家族のカタチ


レンドルフは自室で白い伝書鳥を受け取って、何の飾り気もない白い封筒を机の上に置いた。


その手紙の送り主は、現クロヴァス辺境伯の長兄ダイスからだった。年齢が親子ほど離れているので、まるで息子のような扱いだったが兄弟仲は良好だ。そう頻繁ではないが、こうして時折手紙を送ってくるし、レンドルフが以前よりもタウンハウスに顔を出すようになってからはレンドルフの好物だった故郷の食材を届けてくれる。父親似というよりも時折父よりも不器用なところのある兄だが、レンドルフを含めて義姉や甥達にも必要以上に愛情を注いでくれる優しく尊敬できる当主だ。


今回の手紙は、先日王都内の市場でノルドの為に大量に箱買いした蜜芋の一部をクロヴァス領にも送ったので、その礼が綴られていた。蜜芋は収穫後に温度の低めのところで保存、熟成させれば数ヶ月は保つ上に甘みが強くなるらしく、これから寒い季節になるクロヴァス領まで送れば、到着する頃には自然に熟成が進んで甘い状態で届くと聞いたからだった。

大量と言っても個人が送るものなので限度はあるが、それでも領都内で領主が直接運営している複数の孤児院には行き渡ったそうだ。それがあまりにも評判が良かったので、蜜芋を産業にしている領と定期的な取り引きが出来ないかと話を持ちかけたと書かれていた。どうやら蜜芋は気温の高い土地で育つのに適しているが、熟成には気温の低い場所の方がより甘みが増す特性があるそうなので、そこで熟成をクロヴァス領で担当する共同事業化が出来るのではないかとあちらから提案があったらしい。


蜜芋の産地では、熟成中でも十分に甘い蜜芋を目当てに群れをなして殺到する魔獣の駆除に苦労しているという話だ。もともと領民全体が魔獣討伐の専門家集団と化しているようなクロヴァス領で熟成を実現できれば、味と全体の出荷量が上がるのではないかと期待されているらしく、話し合いは順調だそうだ。

クロヴァス領も冬場の食糧確保は最重要課題の一つなので、長期保存が利いて栄養価も高い蜜芋を確実に入手できるならありがたいことだ。それに栄養価に限らず、楽しみの少ない冬場に菓子並みに甘い芋があるというだけで多くの領民に喜ばれる筈だ。今のところ一番のネックは産地から辺境、辺境から販売相手への運送費用だけらしい。

これはその領地とクロヴァス領との間に故郷の主産業の一つである騎乗可能なワイバーンでの空輸が実現すれば、陸路よりも早い輸送が可能になる。ワイバーンの餌代は馬よりも高額で運搬量も大型の馬車よりは少なくなるが、竜種のワイバーンを襲う魔獣は僅かなので安全性も非常に高い。費用を上回る対価を出すのはそう難しいことではないだろう。ただその間にある他領の上空を飛ぶ許可を得るのが少々手間がかかるので、その問題が解決すれば今年の収穫分からでも実験的な取り引きが出来そうだと書かれていた。


こればかりはレンドルフが手伝えることはないが、自分が少しだけ切っ掛けを作れて故郷への一助になれていたのなら嬉しいと素直に思うのだった。



「これは…心配だな…」


蜜芋のことについての明るい話題の後に、今年は例年よりも雪が降るのが早く、序盤でかなりの積雪量だった為に冬眠準備が間に合わなかった獣や魔獣が頻繁に人里に降りて来ているとの話も書かれていた。もっと厳しくなる真冬に備えてたっぷりと秋のうちに体に栄養を蓄えなくてはならないので、彼らも焦っているのかもしれない。そして少しずつ降り積もって根雪になるところが一気に積もったせいで、小規模な雪崩も頻発しているらしい。

ただクロヴァス領は長年厳しい季節に対処するだけの蓄えと先人の知恵があるので、この程度なら心配する必要ない、と続いていたのでレンドルフは胸を撫で下ろした。しかし兄ダイスは、辺境までは行かずとも北方の領地でも似たような状況である為に、もしかしたらレンドルフのいる王城騎士団に助力の依頼があるかもしれない、と心配している文章が添えられていた。


確かに兄の言う通り、例年の積雪の少ない地域は少し多く降っただけで街道が麻痺してしまうことが多い。そうなると第四騎士団が駆り出されるだろう。その中でも特に北の辺境出身のレンドルフは、より厄介な地域へ派遣されるかもしれない。騎士である以上、命令が出ればそれに従うのはダイスとて承知しているだろう。それでも心配してくれる手紙に、レンドルフは丁寧な礼を綴って返信したのだった。



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「お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます…父上」

「ああ、立派な挨拶が出来るのだね、アナカナは。これならかの大国の先生方ともやって行けるだろうね」

「お褒めの言葉、恐れ入ります」

「さあアナ。ウォルターが迎えに来ていますよ。しっかり学んでいらっしゃい」

「はい、母上。行って参ります」


淡いすみれ色のシフォンを幾重にも重ねたドレスを纏ったアナカナは、それこそ花の精霊ではないかと見紛うばかりに愛らしい姿だった。柔らかな金の髪も顔の脇を細かく編み込んで残りは緩く巻いて背中に下ろしてある。これならば下を向いても顔に掛からず、勉強するのに相応しい上に華やかな印象もしっかりとある、侍女パンジー渾身の作品だった。


アナカナは今日から月に二日程、大国キュプレウス王国の事を学ぶ為に共同研究施設の一部に入ることを許可された。細かく取り決められた条件で、施設までの送り迎えは近衛騎士が担当するが、施設内に入れるのはアナカナのみとなっている。世話をする侍女はあちらで準備した者になるのは、施設の関係者以外を入れて怪しい動きなどがないかを見張る人員をこれ以上割きたくないと露骨な要望があった為だ。他にも取り決められた条件はオベリス王国の王族に対して不敬であると憤る者も多かったが、「それならば来なければいい」と一歩も譲らない姿勢を見せたので、頼む立場のオベリス王国側がほぼ譲歩した形になった。


これから施設に向かう初日ということで、励ましの言葉を両親である王太子夫妻から賜る為にアナカナは王太子ラザフォードの私室を訪ねていた。


父ラザフォードはアナカナと同じ金の髪に淡い紫の瞳で、顔立ちもよく似ている。ここ数代では最も王族の象徴とも言われる色の特徴がハッキリと出ている親子だ。


ラザフォードは穏やかで理知的、そして誰にでも慈悲深いことで有名な王太子だ。アナカナもそれはその通りだと思っているし、理想的な国王になるだろうと期待されているのも分かっている。しかし父親としてはどうなのだろうとアナカナは冷静に評価していた。


アナカナの前世はただの一般人であったので、王族の親子関係がどういったものかは分からない。しかし祖父である国王や、他の高位貴族の親子を垣間見るに、自分と父親の関係性はずっと希薄だ。別に蔑ろにされている訳ではないし、愛情を持って接してくれていることは分かるが、それは誰に対してもそうなのだ。アナカナが可愛がられているように見えるのならば、たまたま娘という立場上手の届く範囲にいるので他の者よりも頭を撫でられる機会が多いだけ、という感覚だ。もし誰か他の者がアナカナの立ち位置に来て、交代で遠ざかったとしても、アナカナを追いかけることはなく同じ位置にいる者の頭を撫でるだけだろう。


昔アナカナの乳母をしてくれた者が、まさかアナカナが理解できるとは思わずに零したことがあった。ラザフォードには最愛の正妃がいたが、アナカナが生まれた日に事故で儚くなった、と。その元正妃は身分が低く子を成すことが困難だった為に、当時の第二側妃から生まれた第一子の誕生は国を上げての祝いになった。お飾り同然だった正妃の死は、待ち望んだ後継者の誕生に沸く声に押しやられた。数日に渡り続く祭のような騒ぎの中、ラザフォードは当事者でもあったので最愛の女性の死を悼むことも嘆くことも許されず、全てが終わった時には今の「誰にでも平等に慈悲深い」王太子が出来上がっていたそうだ。

その異変に気付いたのは周辺にいた近しい者達だけであったし、王太子としては何ら問題行動は起こしていない。それに入れ替るようにして生まれて来たアナカナに対しても他の者と同じように接していたので、このままで様子を見ようということになったのだった。


もしアナカナが逆恨みを受けたり、溺愛されていたのに急に距離を取られたりしたなどということでもあれば思うところはあっただろう。しかし常に態度が変わらずに一定の距離で接して来る為「たまに会う親戚のおじさん」という感覚なのだ。幸い精神的には大人の感覚が残っていたアナカナには、それならそれでいいかと達観していた。



どちらかと言うと、アナカナからすると父よりも母の方がどう接していいか分からない人物であった。


アナカナの母は当初は第二側妃として、第一側妃が子を生んだ後にスペアをもうけ、将来的に王妃の補佐をする立場として嫁いだ令嬢だった。当人もそれを承知していたのだが、ラザフォードが元正妃を最優先とし、あくまでも側妃には上下を付けずに平等に接する、と決めた為に運命が変わってしまった。


二人の側妃はほぼ同時期に懐妊して、第二側妃がアナカナを、そして僅か数ヶ月後に第一側妃が王子を生んだ。身分や実家の後ろ盾からすれば第一側妃を正妃にすると思われたが、あくまでも「平等な」王太子は第一子を生んだ第二側妃の方を正妃に召し上げてしまった。

たださすがに祖父の現国王が、数ヶ月の差ならばより才のある方を後継に選ぶべきと待ったをかけて現在に至っている。何せ選ばれなかった第一側妃は現王妃の姪にあたるのだ。政治的な面を色々と考慮した結果だろう。


アナカナの実母の王太子正妃は養育は乳母に任せきりだったが、それは貴族にはよくあることだ。ただ、アナカナの記憶にある限りだと、まだ身動きの取れない赤子の頃は普通の母親のように接してくれていた。しかしアナカナが話し始めて才能の片鱗を見せるようになると、露骨に距離を置かれたのは気のせいではないと思っている。前世の記憶が影響していることもあって、精神的には随分早熟なアナカナをどこか不気味に思ったのかもしれない、とアナカナ自身反省している点ではある。


アナカナにしてみれば前世的に慣れないところもあるが、それでも貴族としては珍しくもないのは理解しているので、決して悪い親とは思っていない。



「殿下、くれぐれも失礼のないようにしてください」

「それくらい分かっておる」

「食べ過ぎは気を付けてください」

「大丈夫じゃ」

「腹が痛くなったらちゃんと言うのですよ」

「ウォルターはしつこいのじゃ!言われなくても初日じゃから、ちゃんとしてみせるくらい心得ておるわ!」

「初日じゃなくてもちゃんとしてください」

「ぐ…」


施設のある敷地は、王族の居住のある最奥とはほぼ正反対の場所にある。アナカナの足だと時間が掛かり過ぎるので、許可を取ってウォルターが抱きかかえて向かっていた。その後ろにも、二人の近衛騎士が控えていて、片手が塞がるウォルターの代わりに周囲を警戒している。王城内であるのでそう危険はないが、だからと言って絶対はない。


後ろの二人には聞こえないように、ウォルターは小声でアナカナに細かく注意を繰り返していた。アナカナも耳打ちするように言い返すので、後ろから見ていると微笑ましい様子に見えるかもしれない。実際は苦情であるのだが。しかしそれでも、そうやってウォルターに言われるのは内心アナカナは嫌ではなかった。


ただ前世に引っ張られているだけだとは分かっていつつ、アナカナはウォルターの愛のある小言に、もううっすらとした感覚しか覚えていないかつての家族の面影を見ていたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


レンドルフが両親よりも長兄の方を話題に出すのは、両親は引退して領主城を長兄夫婦に譲って少し離れた場所で暮らしていて、レンドルフは長兄の三男と同い年だったので教育をするならまとめて面倒を見た方がいい、ということで生活拠点が領主城だった為です。なので感覚的には兄夫婦が親も同然なのです。


ラザフォードの亡き王太子妃のエピソードは短編「真冬の花園」(https://ncode.syosetu.com/n4456iy/)にあります。

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