36.【過去編】タイキの行方
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現在の時間軸から五年前のエピソードになります。
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「母さん、今日も」
一日中あちこちを歩き回って店に飛び込んだミスキは、カウンターの側に立っている母親の隣に、見慣れない男が座っているのを見て動きを止めた。とうに閉店の時間を過ぎていたので、誰もいないものだと思い込んでいたのだ。
男はミスキに背を向けて座っていたが、ゆっくりと椅子を回転させて彼の方を振り返った。随分と髪の薄い中年の男で、人の良さそうな笑顔なのにその目はあまりにもべったりとした気味の悪さを感じさせてミスキの背中にゾワリと嫌なものが走る。
「カツハ様、失礼致しました」
「いやいや。元気があってよろしい」
母のミキタが恭しく男に頭を下げた。男、カツハは余裕のある態度で軽く片手を上げてみせたか、ミスキの目にはやけに芝居がかって白々しくさえ思えた。
「…失礼致しました」
「ま、今日はここで帰るとするよ」
ミスキも空気を読んで深々と頭を下げる。しかしカツハはそれが一切目に入っていないかのように無視をして、ミキタにそう告げて立ち上がった。
「お代は如何ほどかね」
「いえ、結構でございます」
「そうはいかんだろう。それでは私がまるで薄汚いタカリのようではないか」
「とんでもございません。このようなむさ苦しい店にまで来ていただいている感謝の気持ちでございます」
「ほうほう。そこまで言うのなら気持ちは受け取っておくよ」
カツハは一切財布を出す仕草すら見せなかったが、ミキタの言葉に仕方ない、と言わんばかりに首を振った。そして形だけは優しげに見えるのにどこか下卑た笑みを浮かべて、一歩ミキタに近付いた。立ち上がった男は印象よりもずっと背が高く、ミキタの頭上からのしかかるようにかがみ込んだ。
「随分安い感謝だがね。次は、期待しているよ」
「……はい」
低く呟くような声でカツハがミキタの耳元に口を寄せる。ミキタは耳に生暖かいカツハの息遣いを受けて思わず顔が引きつりそうになったが、グッと腹に力を入れて口角を上げた。視界の端にはまだ頭を下げ続けているミスキの姿が映って、思わず強く拳を握りしめてしまった。
「では、失礼する」
カツハは頭を下げ続けているミスキの側を通る際に少しだけ足を止め、フッと聞こえるように鼻でせせら笑ってそのまま店を出て行ったのだった。
カツハが出て行った後もしばらく店内は静まり返っていたが、やがてミキタが動き出すのと、ミスキが頭を上げるのはほぼ同時だった。
「母さん、塩!」
「塩撒いて来る、塩!」
二人して同じようなことを言い出し、顔を見合わせた。そして同時に頷くと、ミキタはキッチンに入って塩の入った壷を抱えて蓋を取り、ドン、とカウンターの上に乗せる。そこにすかさずミスキが手を突っ込んで塩を鷲掴みにする。ミスキが手を抜くと、続けてミキタも同じ行動をし、二人はまるで打ち合わせたようにツカツカと足並みを揃えて店のドアを開けると、外に向かって叩き付けるように塩を投げた。
「あー!腹立つあのうっすら毛男!!」
「何だよ、あのうっすらニヤけハゲ!」
手に付いた塩を外で払って、パタリとドアを閉めた後に二人は同時に叫んだ。一応防音が施されているドアなので、外には漏れない筈だ。多分。
普段はあまり似ているとは言われない親子であったが、思考パターンはよく似ているようだった。
腹の立つ客が帰った後に去った方向に塩を撒いておくと相手が高血圧になって寿命が縮む、というミズホ国の伝統的な呪法らしい。ミキタの元夫ステノスがミズホ国出身だったので、あちらの変わった風習は幾つも聞いていた。
夜に酒を提供する店である以上、どうしても腹の立つことはある。その度にミキタがオーガも逃げ出すような形相で塩を撒いていたのを昔から見ていたミスキにも、その風習はしっかり引き継がれていた。
「何だよ、あのハゲ!それよりも、タイキは!」
「ちょっと落ち着きな。それにアレはハゲじゃない。薄毛男だ」
「訂正するとこそこかよ!」
「アレは駐屯部隊の部隊長、カツハだよ」
「駐屯部隊…じゃ、タイキのことで…?」
ミキタがゆっくりと息を吐きながら首を縦に振る。そして視線だけでカウンターに座るように促すと、カウンター内の保冷庫から氷を出し、新しく用意した二つのグラスに氷をカラカラと入れた。
「リクエストは?」
「いつもの」
「はいよ」
ミスキの答えは分かってはいたが、敢えて尋ねる。ミキタは少しだけ笑って、カウンターの下の見えないところの木箱の中に必ず入れてある瓶を出して来て、グラスの片方にたっぷりと注いだ。木箱にも保冷の付与がしてあるが、凍らせる程の強いものではない。その液体との温度差で、透明な氷にピシリとヒビが入る。
「はい、いつものオレンジジュース」
「いつも俺の好きな産地の用意してくれてるけどさ、たまにしか帰らないんだから他のでもいいのに」
「あたしの酔い覚ましにもちょうどいいから買ってるの。いいからありがたく飲みなさい」
「ありがとうございます」
ミスキは、酒は弱くはないがそれほど好きでもない。それを知っているミキタは、彼が幼い頃から好きだったオレンジジュースを常備していた。
ミスキが幼い頃は、まだ店の経営に余裕がなかったので熱を出した時にしか買ってもらえなかった思い出の味だが、今はそれを常備する程度の余裕が出来た証拠でもあった。ミスキは本当のところ今は幼い時ほど好物と言う訳ではないのだが、それを用意してくれる親心に感謝しながらありがたく口にする。
絞り立ての風味に拘る産地で、少しとろみが付く程に濃いので、氷で少々薄めて丁度いいくらいだ。甘みよりも酸味の強い風味が舌の奥に染み渡るようだった。
ミキタは底が抜けていると評されるくらいの酒豪なので、何本か並んでいる火酒の中でも最も度数の高いものをダバリと注いだ。
「で、あの薄いのは何だって?タイキの件だろ?」
「……ああ。でもすぐには難しいってさ」
「それだけかよ!なーにが『薄汚いタカリのようではないか』だよ!薄くて汚いタカリじゃねーか!」
「全くだ」
「まだ御前には連絡付かないのかよ。御前が出てくればあんなヤツ…」
怒りの感情を表に出してミスキが言ったが、ミキタは難しい顔のまま両手でグラスを包むようにして黙っていた。手の熱で氷が溶け出して、ユラユラと中の液体が靄が掛かったように揺れている。
「御前は領地に戻ってるみたいだ。いつもの繋ぎのヤツにも連絡が取れない。今、バートンが直接向かってくれてるけど、まだ数日は掛かる」
「じゃあタイキは今も…」
「そうだね…あいつに金は握らせたけど、ちゃんと対応するかどうか…」
「くそっ!」
ミスキは思わずカウンターの上に拳を叩き付けてしまった。半分程飲んだ自分のグラスの氷が崩れて、カラリと場違いなくらい澄んだ音が響いた。
「…タイキ、ちゃんと約束守ってるかな…」
「あの子は、あんたの言うことなら守るさ。きっと大丈夫…大丈夫だよ…」
ミキタの最後の言葉は小さく、殆ど声になっていなかった。
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王都の領内でありながらも王城からは最も離れた場所にあるエイスの街。この街は先日まで、憂慮に満ちた状況になっていた。
今から数年前、オベリス王国内で神の住まう峰と言われている山岳地帯で大きな噴火が起こった。その被害は甚大で、山岳地帯に隣接している領地だけでなく広い範囲で影響があった。隣接している領地では大小の噴石が降り注ぎ、風下であった場所は火山ガスにより多くの領民が亡くなった。離れた領地にも火山灰が降り、噴煙により日光が遮られた為に農作物にも大きな影響が及んだ。
国や、影響のなかった周辺の領地では可能な限りの支援を行ったが、それでもなかなか間に合わない状況でしばらくは混乱が続いた。
それでもどうにか数年で救済は進み、事態は無事に収束し始めたかのように思えた。しかし、被害が少ないと思われた場所から周囲が手を引き始めた頃、別の問題が水面下で広がっていた。
一見するとほとんど被害がなかったと思われた土地も、噴火の影響で水質や地質などが変わり収穫が激減していた。救済の為に国からの補助金と税の免除はされていたが、被害が少ないと判断された場所からその援助はなくなって行った。まだ復興も出来ずに土地は荒れ、住む場所もない領民を優先的に救済することは間違った施策ではないが、そこからあぶれた者達が次々と土地を捨てだしたのだ。
国からの援助がなくなれば、領主は税を徴収するしかない。しかし、以前のように収穫が見込めない。税収がなければ農地改善の為の施策も取れない。仕方なくなけなしの収穫物でも税で徴収しなければならない。そうやって悪循環に陥った場所から、静かに、しかし確実に人々が逃げ出したのだった。
逃げ出した人々は別の領地に入り、運が良ければそこで仕事などを見つけて定住先を確保出来た。しかしそこからもあぶれた者や、働き手にはならない幼い子供達が路頭に迷い、仕方なく物乞いや盗みなどが横行し始めた。街の隅では行き場のない人々が廃材などを集め、道端で支え合うように生活し始めた。幾度となく彼らは追われたが、結局行き場のないまま同じような人間達が次第に集まり、簡単に追われないような規模になった頃には、すっかり街の隅にスラム街があることが日常の風景になっていたのだった。
そのような経緯でここ数年、各地で発生したスラム街の対処に国も各地方の領主も苦慮していた。
このエイスの街も例外でなく、王都内でありながら中央の目が届き難い場所だけに、近隣では最大規模と言われる程のスラム街が作られ治安を著しく低下させていた。何か騒動が起こっても、本来それを鎮圧する中央から任命されている警邏隊はエイスの街を含んだ広い地区を担当しており、通報してもすぐに駆け付けてくれなかった。
その警邏隊の代わりに、主に魔獣から人々を守る為に派遣されている騎士団の駐屯部隊が騒動を押さえたりしてはいた。が、人々を守ることを名目に手荒い対応が多く、被害を受けている筈の住民でさえも眉を顰めるような行為も多く見られた。明らかに騒ぎを増長させ、被害を大きくしてるのは駐屯部隊側ではないかと問題視されることもあった。
しかし最近、ようやくエイスの街のスラム街解体の作戦が立てられた。さすがに王都領内でこれ以上治安の悪化を放置しておくことは、国の威信にも関わると上層部が重い腰を上げたのだろう。
ただ物理的にスラム街を解体するのではまたすぐに人は集まり元に戻ってしまう為、そこに暮らす人々の身柄を一旦捕縛、警邏隊と駐屯部隊の収容施設で確保して、それぞれに適切な対処を行うことになった。犯罪に手を染めた者には相応の罰を。土地を捨てて来た者は領地への帰還の手続きを。土地も住処も失った者は新たな行き先や職の斡旋を。そして親のいない子供達は受け入れ可能な孤児院への移送を。
その解体の為の作戦は王族を後ろ盾にした貴族が号令を出し、色々な利権が裏では絡んだと噂されてはいるが、大元はどうであれ以前のような平穏が取り戻せるならば、と住民からの期待は高かった。
直接現場で指揮を執ったのは、騎士団駐屯部隊と警邏隊双方から選抜された実行部隊だった。そして作戦は秘密裏に、且つ各所に点在していたスラム街に対して一斉に行われた。そうでないと、作戦が伝わり別の場所に逃げてしまわないとも限らない。
その為、元からの住民にも決行日は知らされていなかった。それほど慎重に行われた作戦はほぼ成功を収め、数カ所で抵抗をされたものの大半はその暇もなく捕らえられ、無秩序に建てられた違法な住居は即日撤去されたのだった。
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そんな中で、不運にもミキタの末の息子タイキがその作戦に巻き込まれてしまった。
基本的に元からの住民とスラム街に住む人々とは折り合いが悪く、交流する者は殆どいなかった。だがタイキは、そこに暮らしていた同年代の兄妹と親しくしていたのだ。そして作戦決行日、何も知らずにタイキは彼らにおやつを届けにスラム街の外れまで出掛けていたのだった。
その際にタイキもスラム街の住人と思われて共に捕らえられ、そのまま連れて行かれてしまったのだ。
きちんと見れば、タイキの服や全身の状態でスラム街の人間ではないことくらいすぐに分かっただろう。
だがスラム街の住人の一部は、実行部隊の動きに気付いていた。どこから情報が漏れたのかは分からないが予想以上の反撃に遭い、その現場は混乱を極めた。武器や装備が充実していた実行部隊が優勢でどうにか鎮圧はしたものの、双方共にかなりの数の重軽傷者が出た。
その為によく確認もしないままとにかくそこにいた子供ということで、タイキも連れて行かれてしまったのだった。
現在捕縛されたスラム街の住人達は、収容先で取り調べを受けて処遇ごとに分けられている最中で、子供達はひとまず後回しにされてエイスとは違う街にある騎士団が管理する収容施設にいるとのことだった。
ミキタとミスキはすぐに収容施設まで赴いてタイキはスラム街の者ではないと訴えたのだが、その証明をしなければ出せないと突っぱねられた。その証明の書類を取り寄せるには役所に申請を出すのだが、大規模に行われたスラム街解体作戦の処理に追われて役所は通常業務が滞っていた。直接受付に申請書類を提出しに行ったミスキは、疲れ切って土気色の顔色をしていた受付担当の女性に、いつになるかお約束は出来ません、と頭を下げられてしまった。
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非公式ではあるが、ミキタ達が「御前」と呼んでいるアスクレティ大公家当主レンザがタイキの後見についているので、その伝手で解決出来ないか頼もうと思ったのだが、それもタイミングが悪く連絡が付かなかった。遠い領地のことなので詳細までは分からないが、アスクレティ領で重大な問題が起こり、レンザはそちらの対応に追われているらしい。
さすがに領民でもなんでもない人間が、あまり無理を言う訳にもいかないだろう。ミキタ達は自分達でどうにか出来ないか、あちこちに奔走していた。
そんな中、駐屯部隊と警邏隊の上層部が手を組んで賄賂を受け取って、一部のスラム街住人を秘密裏に売っているという噂が入った。非合法な奴隷商人や、他国の貴族などが上層部から見目よい者を高額で買い取っているというのだ。今のところ噂の域を出てはいないが、異種族の混血であることが見た目で分かるタイキが目を付けられないとも限らない。孤児だと思われているのなら、尚更その扱いは軽い。
ミキタは仕方なく駐屯部隊部隊長のカツハに繋ぎを取って、多少金銭の負担が掛かってでもどうにかタイキをそこから出せないかと交渉してみたのだった。だが、カツハはミキタの予想を越える下衆だったようで、弱みを握ったとばかりに頻繁に店に訪れては金銭や食事などをタカリに来ていたのだった。
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「…タイキ、ちゃんと食えてるかな…」
ミキタの店からの帰り道、空に浮かんだ月をぼんやりと見上げながらミスキはポツリと呟いた。その声がやけに大きく聞こえて、ミスキは奇妙な違和感を覚える。
日が落ちて暗くなると、スラム街から人が出て来て夜の街をうろつくことが多かった。主にゴミ箱から食べる物や使えるものの入手が目的なようだったが、中には酔客の懐を狙う者や、女性や老人の持ち物を狙う輩もいた。
だが、一斉に人々が摘発されスラム街も解体されたことで、久々に夜の街は静寂を取り戻していたのだ。
数年前まではそれが普通だったのに、慣れとは怖いものだな、とミスキは軽く苦笑しながら、暮らしているアパートに戻った。
外から自分の部屋を見上げたとき、当然のように明かりが点いていないことを確認してしまって、ミスキの胸はツキリと痛んだ。
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タイキは物心つく前から忙しいミキタに代わって兄のミスキが世話をしていたことから、ミスキに特に懐いていた。ミスキが成人を迎えて家を出る時もタイキが意地でもミスキから離れようとしなかった為に、結果的に実家の店から近い場所の部屋を借りてタイキと一緒に暮らしていた。ただ昼間はミスキも仕事に出るので、その間はミキタの店で食事などの面倒を見てもらうという生活をしていた。
しかし自由奔放でひとところにじっとしているのが苦手なタイキは、食事時以外はしょっちゅう店の外に出て勝手に遊び回っていた。ミスキはとにかく命に関わるような危険な真似はしないことと、母のミキタと昔から親身に世話をしてくれたクリューとバートン以外の大人には近付かないこと、口も利かないようにすることを厳命して、それ以外は自由にさせていた。タイキも、よく色々な騒動を起こしたが、ミスキの言いつけだけはきちんと守っていた。
タイキが竜種の血統であることは、周辺にも知られていた。タイキの見た目から異種族の血が入っていることは一目瞭然であったし、変に隠し立てすることでこっそりと貴族などに攫われてしまう危険を、公にすることで回避出来る利点があるとレンザからの忠告があったのだ。
ただ、タイキが感覚的に嘘や悪意を感知する能力があることはひた隠しにされていた。それが知られてしまうと、その能力を悪用される未来しか考えつかなかったからだ。まだ言葉が上手く話せなかった頃はどんな嘘も、自分以外に向けられる悪意にも過剰反応を起こして、癇癪を起こしていることが多かった。
しかしこのままではタイキは家族ですら暮らすのが難しくなるとミキタがレンザに相談して、タイキに近しい人間だけでも嘘と悪意の感知を鈍らせる魔道具を開発してもらった。完全に遮断することは不可能だったが、それをタイキは常に身につけるようにした。どんなにタイキを大切に思っていても、嘘を吐かずに、悪意も持たずに生きて行くことは不可能だ。タイキの嘘や悪意に対する癇癪はまだ体が小さいうちは何とか周囲が止められているが、そのうち取り返しのつかない事態にならないとも限らない。
その特殊な魔道具はタイキの精神的な成長に多少の影響を与えてしまう諸刃の剣ではあったが、タイキがある程度人の心の複雑さを理解し、感知能力を自分で制御出来るようになるまでの一時凌ぎとしての措置だった。魔道具が必要なくなれば自然と精神面も追いつくだろうとレンザには言われているので、そこまでの心配はしていなかった。
それを装着していても癇癪を起こすことはしばらく無くならなかったが、ミスキが懇々と粘り強く言い聞かせ続け、ここ二年ばかりはほぼ過剰反応はなくなっていた。だがまだ子供であるので、つい大人の前で迂闊なことを口走らないとも限らない。将来的に理解が追いついたら解禁するにしても、現在はタイキの能力を知る者以外の大人とは口を利かないように、と言い含めていたのだ。
いつもミスキが帰宅すると、眠くて限界に近くても必ずタイキは起きて待っていて、今日一日あったことをひたすらミスキに話して聞かせて来た。昼間はあまり他者と口を利く機会が殆どない反動からかもしれない。時折、それを大変だと思うことはあったが、それはミスキにとっても大切な日課だった。
飲んだのはオレンジジュースだった筈なのだが、不思議と涙脆くなっているようだ。視界の月がジワリと滲む。
「母さん、こっそり酒、混ぜたな…」
そんなことはある筈がないとは分かっていても、ミスキはそう呟かずにはいられなかったのだった。
塩を撒くのは本当でも、遠回しの呪法云々はステノスの冗談。
でも、いまだにミキタが続けているのを知ったら事実は言えない。