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371.舞い踊る芋達


「もし差し支えなければ、土魔法での収穫をお願いできませんでしょうか」

「それは構いませんが…よろしいのですか?」

「こちらの畑の一面でしたら問題ありません。魔獣は出ませんが、辺境領式の収穫方法を是非勉強させてください」


責任者のソウヤにこう言われて、レンドルフは快諾をした。そのレンドルフの隣で明らかにワクワクしているユリに多少気を遣ったのもあるが、単純に辺境領仕込みの魔法を見てみたいと大公家護衛の心が一つになっていた。


「あまり地中深くで育つ品種ではないと聞きましたので手加減はしますが、初めですので上手く行くか分かりません」

「今年は豊作ですから、この一面の収穫が上手く行かなくても影響はありませんです。その時は皆で美味しくいただいてしまいましょう」

「そういわれると気が楽です」


レンドルフは示された畑の広さを目視して、感覚的に流す魔力を予測する。故郷ではこの三倍くらいの面積の畑を使っていたので、この程度なら余裕だ。それに浅いところにある芋ならば、更に弱くしておいた方がいいかもしれない。レンドルフは火魔法の制御は得意ではないが、主属性の土魔法ならばかなり繊細な制御も可能なのだ。幼い頃から土魔法の修練を魔力が枯渇する寸前まで隠れて繰り返していたので、もしレンドルフの体格がここまで良くならないままだったら、騎士よりも魔法士の道を勧められたかもしれない。


「ユリさんはもう少し下がってて」

「これくらい?」

「クロウさんの隣くらいまで、かな」

「…もうちょっと近くじゃダメ?」


レンドルフのすぐ隣でユリがワクワクした目で眺めていたので、レンドルフは少しだけ苦笑して離れるように頼む。ユリは出来るだけ近くで見たかったのか、懇願するかのような表情で見上げて来る。極めて大柄なレンドルフからすればユリに限らず誰からも上目遣いをされるので慣れている筈なのだが、どうにもユリにそんな顔で見上げられると胸の奥がソワソワするような気持ちにさせられてしまう。


「じゃあ、その半分くらいで」

「…分かった」


本当はすぐ隣で見ていたかったのだが、レンドルフをあまり困らせても良くないとユリは妥協案を受け入れた。とは言っても、こっそり半分よりも数歩はレンドルフに近い場所で立ち止まったのだが。一応ユリに万一のことがないように、クロウの方が歩み寄って来てユリの隣に立った。



クロウはライナバ伯爵の嫡男だったが、範囲は人二人分程度と小規模ながら強力な結界魔法を使えることで大公家の護衛に引き抜かれたのだ。

ライナバ伯爵家はそこそこの領地を治めていた特に良くも悪くもない平凡な地方貴族だったのだが、大規模な蝗害(こうがい)に見舞われてから立て直すことが出来ず爵位返上目前にまで追い込まれていた。そんな折にクロウの力を知ったレンザが、大公家の為に力を使うことを条件に寄子に名を連ねることを許可して援助を授けたのだ。嫡男ではあったがクロウには妹がいたので、彼女に後継を譲る形で家を出て大公家に仕えることになった。

家族や領民と引き替えに自分を身売りしたような状況になったクロウであったが、いざ大公家に仕えてみると存外水が合っていた。勿論護衛であるので厳しい訓練や細かい誓約などで縛られるところはあるが、領政や領地経営などを学ぶ為に生きて来たこれまでよりもはるかに充実していることに気付いてしまったのだ。クロウは自分が思うよりもどうやら脳筋だったらしい。


時折、故郷の両親と顔を合わせると罪悪感があるのか憐れみの目を向けられることはあるが、妹はクロウがのびのびと暮らしていることをきちんと察していて、婿に来る予定の婚約者と無邪気に王都土産をねだって来る。クロウも容赦なく高いものや手に入りにくいものを希望する妹達に苦笑しつつ、色々と手配するのは嫌ではなかった。



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「では、始めます」


レンドルフが背後に立つ人々に振り返って合図を送ると、畑の傍らにしゃがみ込んで両手を地面に着けた。


「アースクエイク」


今日は栗色に変えているレンドルフの柔らかい髪が微かに揺れる。前方に魔力が流れるように意識はしているが、それでも周囲にレンドルフの魔力が一瞬だが走る。ユリは一番近い場所に立っていたせいか、地面に接している足の裏をザワリと撫でるような感覚が走って思わず声を上げそうになってしまった。


レンドルフの目の前の畑の方から、一瞬だけズシン、と地鳴りのような音が響いて、次の瞬間には畑の上に伸びていた芋の葉と共に、大量の芋が地面の中から一斉に空中に放り出された。


「わ…!」


まるで地面の中から生き物のように飛び出した芋が宙に舞う光景に、誰かが驚いたような声を上げた。よく晴れた青空の下、紫色の皮をした大小の芋がユリの頭よりも高い場所に投げ上げられたのだ。何とも奇妙で圧巻の景色に、ユリはポカンと口を開けて上を見上げてしまった。


空中に放り出された蜜芋は、ゆったりと弧を描いて柔らかな土の上に降り注いだ。地面は柔らかくなっていたが落ちた芋の上に芋が落ちたりして、幾つかは皮を傷付けてしまっていた。


「あー、すみません…これでも魔力が強かったみたいです…」


立ち上がって軽く手に着いた土を払ったレンドルフは、すまなさそうに眉を下げてユリ達の方を振り返ったのだった。



「すごいね!蜜芋がポーンて!ポーンって!!」


興奮した様子でユリがレンドルフに駆け寄ってギュッと腕にしがみつく。見たことがない光景にすっかりテンションが上がっているのかユリは完全に自覚なくレンドルフの腕に体を密着させているので、遠目でもたちまちレンドルフの耳まで真っ赤になっている。振り払う訳にも行かないが、さすがにこのままにしておくのもよろしくない状況だ。


「ユリちゃん、レン殿が動けませんぞ」

「あ、そっか。ごめん、つい」

「い、いや…その、大丈夫」


ソウヤに声を掛けられてユリはヒョイ、とレンドルフから腕を離す。どうやら自分が何をしていたのかは自覚がないようだったのでレンドルフは内心ホッとしていたが、腕に絡み付く柔らかな感触をほんの少しだけ惜しいと思ってしまった気持ちも沸き上がって来て、慌ててそれを心の奥に押し込んだ。


「しかし、お見事でした」

「少々力を見誤りました。本当は土の上に湧き出すようになるんですが」

「なかなか壮観でしたよ。良いものを見られました」


ソウヤとクロウにそれぞれ声を掛けられて、レンドルフは半分恥ずかしそうな、もう半分は嬉しそうな顔になった。


「この魔法、初めて見たわ。レンさんてすごい色んな魔法使えるのね」

「これはあんまり使い勝手が良くないから、使い手は少ないと思うよ。俺も故郷で収穫祭の時に使うくらいで」

「そうなの?」

「昔は敵の進軍の足止めとかに使われてたみたいだけど、味方の足元も悪くなるから」


この魔法は、地中の土に振動を与えて足元を柔らかくして敵の行軍を鈍らせる為に使われていたことが多かった。だが作戦によっては自軍の動きも鈍くなる。それにその程度の足場の悪さでは、人間はともかく魔獣にはそこまでの脅威ではないのだ。今は国同士で戦争を起こすことは殆どなくなったし、あったとしても国境で各領地の小競り合い程度なので、人間に有効な攻撃魔法は大分廃れているのだ。


「それに足止めなら落とし穴を作った方が早いし、俺は水魔法との複合も出来るからね」

「あ、それなら前に見せてもらったね。でもこの魔法も何かもっと有効活用できそうなのに」

「昔、畑の開墾は手伝ったことはあるよ。だけど俺は農業は全く分からないから、どの程度の深さでどこまで柔らかくしていいかが全然掴めなくて。結局岩を地表に出しただけで、後は手作業だったし」

「難しいのね」


準備してあった籠を手渡されて、レンドルフとユリは芋掘りならぬ芋拾いをする為に畑の中に足を踏み入れる。魔法で柔らかくなっているせいで、体重の重いレンドルフの足はふくらはぎくらいまで埋まってしまった。ユリもそこまでではないが、足首くらいまで土に埋まるので拾うよりも移動の方が大変だった。


それでも手分けして皆で芋を拾い、傷のあるものとないもので分けたところで頭上に太陽が差し掛かった。


「レンさん、お昼にしよう!」

「うん。あ、この折れてしまった芋を少しいただいてもいいですか?」

「構いませんよ。しかし持ち帰るならもっと良いものを」

「あの、あそこにいるスレイプニルに食べさせたいので」

「ああ…そういやさっきからこっちを見ておりましたな」

「食い意地の張ってるヤツで…お恥ずかしい」


畑から少し離れた場所の木に、騎乗して来たノルドを繋いでいた。多少自由に動けるように長めのロープで繋いでいたので、最初は物珍しげに届く範囲で草を食んでみたり、木陰で寝そべってみたりしていたのだが、芋拾いを始めた辺りからやたらとこちらを凝視していたのだ。


手伝いに来ていた数名の女性が最初に形の良さそうな芋を回収して、携帯用の竃を設置して蒸かし芋を作っていた。他にも熾火でじっくりと焼いたりして、昼食に合わせて出来上がるように調理してくれていたのだ。そちらの湯気が風向きで少しノルドの方に向くと、上を向いて鼻の穴を最大限にまで膨らませて香りを吸い込んでいた。飼い主に似たのか大の甘い物好きなので、蜜芋の匂いに反応したのかもしれない。


ユリが昼食の支度をしてくれると言うので任せることにして、レンドルフは折れてしまった蜜芋をザルに乗せてノルドのところへと運んだ。皆が快くどんどんザルに乗せてくれたので、随分と山盛りになっていた。もうノルドはそれを察していて、既に口の端から涎が垂れている。生の芋なので人間のレンドルフには分からないが、折れた箇所からたっぷりと内包した蜜が染み出していているので、その魅力は存分にノルドに届いているのだろう。


「ノルド、蜜芋だぞ。なかなか食べられる物じゃないから、よく味わえよ」


レンドルフが少し大きめの欠片を手に取ってノルドの鼻先に差し出した。ノルドは初めて食べるものだが、すぐさま口の中に蜜芋が消えて行く。そこには全くの躊躇はない。むしろレンドルフの指まで勢いで吸い込まれそうになった。そして最初はゆっくりとモシャリ、モシャリと咀嚼していたが、ゴクリと喉元の毛並みの艶が移動したことで飲み込んだことが分かった。

次の瞬間、ノルドはカッと目を見開いて、レンドルフに差し出されるよりも先に抱えていたザルの中に顔を突っ込んだ。まるで獲物を逃さんと言わんばかりの鬼気迫る勢いでガツガツと口の中に放り込む。その勢いに押されて思わずレンドルフは両手でザルを抑えた。


この食べっぷりに、これまでのことを思い浮かべたレンドルフは「これは定期的に蜜芋を入手しないといけなくなるのでは…?」と困った予感がしたが、それがその通りになるのはそれからすぐのことだった。



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「これは食べやすいね。具もどれも美味しい」

「良かった!この蒸し鶏のは私が作ったの」

「じゃあ大事に後で食べよう」


大きなバスケットに入った昼食のサンドイッチは、具材を挟んでから少し押し付けるようにこんがりと両面に焼き色をつけたもので、パンの端が密着しているので手に持っても具材が溢れて来ない。レンドルフにはちょうど片手で摘めるくらいのサイズなので、外で食べるには非常に適していた。切り口が見えないので何が挟まっているか分からないのだが、そこは包み紙の色を変えて種類が一目で分かるようになっている。ユリが作ったと言う蒸し鶏が入っているものは可愛らしいピンク色の紙に包まれていて、一度レンドルフが手に取ったのだがユリからそう聞いてそっと自分の取り皿に丁寧に飾った。


「まだあるから沢山食べていいよ?」

「うん。でももうちょっと大事にしたい」

「……そ、そう?その、ありがと」


その蒸し鶏のサンドイッチをニコニコと眺めながら、レンドルフは別の種類をパクリと頬張った。バスケットに保温の付与が掛けてあるので熱々とまではいかないが中に入ったチーズが温かくトロリと蕩けて、一緒に挟まっている炙った薫製肉によく絡んでいる。塩気の少ないチーズを使用しているのか、薫製肉の塩気がまろやかになって、焼いてサクサクしたパンと一緒に食べると食感の差でペロリと胃に収まってしまう。


「これはいくらでも食べられるよ。ユリさんの用意してくれる食事はいつも美味しいな」

「そう言ってもらえると、用意しがいがあるわ」


豪快に二口程度で一切れを食べてしまうレンドルフを、ユリはこっそりと見つめては少しだけ頬を染めていた。やはり育ちのせいか、レンドルフは大食漢でモリモリと食べるが決して見苦しい食べ方をしない。見ていて気持ちがいい程なので、しばらく大切そうに飾っていた蒸し鶏のサンドイッチにやっと手を付けて、吸い込まれるように消えて行く様子を見ていると、ユリは安心と嬉しさで胸の奥が満たされるような気持ちになるのだった。


手の大きなレンドルフには片手サイズであるが、小さなユリは片手で持てなくもないが両手でしっかりと押さえながら齧っている。その姿は何とも可愛らしく、リスなどの小動物を想像させる。女性の食べる姿なのであまりジロジロ見ないようにしつつ、レンドルフはその姿を時折見てはこれ以上ない程に甘く目元を緩めていた。


そうやって近くにいながらお互いをチラチラと見ている様子を眺めていた周囲の護衛達は、蒸かし上がった蜜芋を誰があの場に持って行くかと互いに目で牽制しあっていたのだが、幸いなことに二人には気付かれていなかった。



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