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369.約束をする者しない者

お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマ、いいねもありがとうございます!誤字報告も毎回助かっております!


少し前に閲覧数が驚く程増えて、「連休だからかな?」と思っていたらそれ以降も同じように推移しておりまして、気に入って読み続けていただける方が増えたのかも!と嬉しく思っております。

今後もお付き合いいただけましたら幸いです。


レンドルフが食堂で夕食を終えて部屋に戻ると、すっかり暗くなっている窓の向こうに青い鳥が目に入った。ユリだけに渡している青い伝書鳥に、レンドルフは大股で窓に近寄って手を翳すと、どういった原理かは分からないがスルリと鳥が部屋の中に入って来て、手の上で封筒に変わる。


白地に緑の蔦模様の入った上品な封筒からほんのりとハーブの香りが漂い、少しだけ右に流れる癖のあるユリの見慣れた文字が並ぶ。手に触れた感触がいつもより少しだけ厚みがあったのを感じて、レンドルフは何か良い知らせではないかという予感にいそいそと引き出しの中からペーパーナイフを取り出す。



フィルオン公園に行って以来、ユリとは直接会えていない。その後に怪我をしたと知らされたので随分心配したが、ユリからは手紙でも「完治したから心配しないで」と伝えられている。それでも実際に顔を見ないとついソワソワしてしまうのだが、あまりしつこく確認をしたり会いたい気持ちを出し過ぎてしまうのも迷惑かと思い、手紙にはなるべく出さないように便箋の前で熟慮している毎日だった。


「これは…!」


ユリからの手紙には、まだしばらく管理を任されているエイスの外れの薬草園から離れられないが、そこで蜜芋の収穫の手伝いを募集しているので休みの日に良かったら一緒に参加しないかと書かれていた。


蜜芋はその名の通り非常に甘く菓子などにも使われる品種で、比較的暖かな地域で収穫されるので北のクロヴァス領ではお目にかからないものだ。レンドルフは王都に来て何度か食べたことはあるが、畑に植わっているのは見たことがなかった。しかし芋と名が付く以上、土魔法を扱う自分には必ず役に立てる場だと確信した。しかも一緒にと書いてあるので、久しぶりにユリと会えるのは間違いない。

レンドルフはすっかり張り切って、既に決まっている休日から、申請を出せば空けられる日まで全てピックアップして手紙に書き綴ったのだった。



この蜜芋は地中の浅めのところで育つ品種なので、キノコ狩りやぶどう狩りのように王都の人々の間では行楽として子供連れなどにも人気の秋の行事の一つであった。しかしそれを知らないレンドルフは、故郷で毎年手伝いに駆り出された辺境領式の芋の収穫のイメージしかなかった。その為当日は場違いな程の重装備でユリの前に現れて真っ赤になることを、この時のレンドルフはまだ知る由もないのだった。



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「やった…!ついに出来た!」

「おめでとうございます」

「味もほぼ復元できてるし、食感も悪くないですねえ」


小さなカップに入ったスープを味見しながら、ユリは満面の笑顔になっていた。その傍らでは、同じように味見をしているミリーとセイシューも納得したように頷いている。


今味見をしているのは、ユリが開発に勤しんでいた携帯用の乾燥スープだ。これまでは粉末化していたので具材は入れられなかった為、どうにか具を入れられないかと試行錯誤を重ねていたのだ。具の入ったスープごと凍らせてから水分を抜きつつ圧縮、乾燥してキュープ型にするというところまでは実現できたのだが、入れる具材によっては乾燥しきれなかったり味が著しく落ちたりと、上手く行かないことが多く進展が芳しくなかったのだ。

しかし今回、遂にシンプルなタマネギのコンソメスープをキューブにすることに成功したのだった。キューブ型にしたスープに湯を注ぎ復元した後の試食では、多少元よりも柔らかめの食感にはなるが、きちんとタマネギの風味も旨味も味わうことが出来た。


「後はどの程度保存が可能か、他の具材、魔道具の大型化…やることは多いわね」

「これはレポートに纏めて、食品開発部門にお任せになっては?」

「うーん…やっぱりこれ以上はここで作るのは難しいかなあ。出来ればもうちょっと種類を増やしておきたいんだけど」


まだまだすることも多く、更には他にもギルドから請け負っている回復薬などの調薬もあるのでユリの日々は思いの外忙しいのだ。思わず頭を抱えたユリに、セイシューは飲み干したカップに更に自分でお湯を注いで軽くクルクルと回し、底に沈んでいたタマネギごと平らげてからのんびりと提案をする。


「それなら開発部門に任せつつ、お嬢様はお嬢様で独自に開発してはいかがですか?」

「そうね…もし良いものが出来ればその都度レポートを渡せばいいものね」


うんうん、と頷くユリに、カップを回収して手早く洗い物を済ませたミリーが少々呆れたように二人に視線を送る。


「もう既に粉末スープでも随分種類を作っておりますけれど」

「だって、色々な種類があった方が飽きが来なくていいじゃない」

「まあ、そういうことにしておきます」

「そういうことって…ホントのことじゃない…」


元々、ユリが粉末スープや粉の紅茶などを作っていたのは、アスクレティ大公家の始祖の宿願でもある「どこにいても等しく正しい医療を」という命題と、ミズホ国から伝わった「予防医学」の実現の両方の観点から開発に取り組んだのが切っ掛けだ。粉末にしておけば、湿度にさえ気を付ければ腐ることもなくどんな場所でも運ぶことが容易くなるので、災害時や流通の発達していない地域などに迅速に栄養のある食糧を届けることが出来るのだ。勿論回復薬や医療品も重要ではあるが、低栄養から発生する病などを抑えることはまさしく予防医学の一環だ。

実際、甘い紅茶とコンソメスープは地方の孤児院などに国の援助の一つとして送られ始めている。まだ単価が高額なので生産費用の半分を大公家が補填し国が買い上げて配布する形ではあるが、求められる声が増えれば各地に工場を建てて大型の魔道具で大量生産できるようになり、そうなれば一気に手の出しやすいところまで価格を落とせるだろう。


そうやってユリは少しずつ栄養面を考えつつ種類を増やしていたのだが、ここ最近では随分とその開発ペースが早い。それも魚貝のものや、腹持ちの良いジャガイモのポタージュなど、()()を想定したようなメニューが増えている。


「まあまあ。お嬢様が好き勝手やって、その中から良さそうなものの選び出してもらって予算や販売方法なんかは周りの得意な人に任せるのが一番いいんですよ。丸投げが一番です」

「セイシュー様が仰ると説得力があり過ぎるんです!これ以上お嬢様の睡眠時間を削らないでくださいませ」


呑気にユリを煽っているセイシューも、かつて予算のことは考えずに好きなだけ研究に勤しんで多数の功績を上げていた人物だ。しかしいくら素晴らしい結果も、入手困難な素材を湯水のように使う薬では必要な人の手にすら届かない。それを元にして同じような効果を発揮する代替品を探して価格を抑え、一般的な販売ルートに乗せるまでをやっていたのがレンザだった。

その孫であるユリが、どちらかというとセイシューに近い気質であることを見越してレンザが薬師の教師として彼をユリに付けたのかは定かではない。


「ほら、寝られるときはちゃんと寝るから」

「そういう問題ではありません!来週の芋掘りにお肌が荒れていても知りませんよ」

「う…わ、分かった…ちゃんとシマス」


来週はレンドルフの休みに合わせて蜜芋掘りに行くことになっている。それこそひと月以上ぶりに顔を合わせるので、肌の調子は整えておきたいユリは素直に頷いた。レンドルフはそこまで気にする質ではないし、もし荒れていたとしても体調を心配して来るくらいだろう。そこはユリの自己満足ではあるのだが、自分の中で拘りたい乙女心だ。それにレンドルフは大した手入れはしてないようなのに常に肌が綺麗なのだ。当人は「色が白いので故郷の女性には羨ましがられていた」と言っていたが、それだけではなくシルクのようにきめ細かい艶やかな肌質も羨望の的だったのだろう。


(この前は温泉に入っただけであんなにツヤツヤになってたものね…うん、負けられない)


何の勝負かは分からないが、ユリは無駄に気合いを入れて規則正しい生活を心掛けると固く誓ったのだった。



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「全く…小癪なことをする子供だね」

「如何いたしましょう」

「放っておけ。別に嘘を言っている訳でもないから、抗議したところで『身に覚えがない」で終わる」


レンザは中心街の本邸の執務室で、大公家の影である「根」を取り纏めている男からの報告を聞いていた。その表情はほぼ筋肉が仕事をしていない無に近いが、醸し出す気配は不穏なものが漏れ出ている。


彼がもたらした報告は、「ハリー」と名乗る黒髪の少年神官がエイスの街にあるミキタの食堂に訪ねて来て、「ユリ嬢という女性がよく来ていると聞いたのですが」と言ったそうだ。ミキタが理由を尋ねると、以前怪我をしたところを治療したが経過が気になったということだったらしい。

一応エイスの街に来たのも、その理由で正式に薬師ギルドを通して回復薬の納品を行っている街を聞き出したと堂々と告げていたそうだ。薬師ギルドは神官相手でも個人情報は細かく教えないが、所属している区域のギルド程度ならば大抵の薬師や見習いは情報開示されている。それを使ってギルドの裏手にある食堂でよく見かけると聞き込んだということだった。


しかしそれは表向きで、彼が白の聖人ハリで加護「真実の目」を有しているならば簡単にユリの正体は分かっているし、基本的にエイスの街を拠点としているので立ち寄りそうな場所くらいその気になれば掴めるだろう。


「ハリ・シオシャが『ハリー』か。あまり隠す気のないようだね」


ポツリと呟いたレンザの言葉に、それを聞いた報告者の男は「ユリシーズお嬢様といい勝負では」と思ったがさすがに口に出す程命知らずではない。


「こちらからは特に何もしなくても良いが、何かあったらすぐに知らせるように」

「畏まりました」


スルリと闇の中に溶け込むように男が消えて行くと、レンザは何事もなかったように机の上に並べてある書類に目を落としたのだった。



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