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35.ステノスの昔話


応援部隊が到着するのを待つ間、レンドルフは放り投げた自分の荷物を思い出して探しに行った。投げた先も見る余裕がなかったので、もしかしたら崖下に落ちてしまったかと覚悟していたが、幸いなことにギリギリではあったが荷物は無事に転がっていた。


「ステノスさん、ユリさん、何か食べられそうですか?」

「おおそりゃありがてぇな。俺の荷物は落ちちまったからな。相場の倍額で買い取るぜ」

「いいですよ。昼食に皆で食べようと思ってたものですから」


本当はステノス達と別れてから「赤い疾風」とユリとで分けようと思っていたのだが、そこは敢えて黙っておく。

レンドルフは朝出掛けに持たされた紙袋を取り出した。しばらく取り出し口が下になっていたので半分潰れていたが、味に変わりはない筈だ。


「ユリさんは?」

「貰っていいの?レンさん足りなくならない?」

「保存食もあるから大丈夫。それに日帰り討伐で満腹になろうとは思ってないよ」


レンドルフの食べる量を知っているユリは、たいして大きくない紙袋に躊躇っていたようだが、彼女も空腹だったのかコクリと頷く。



さすがにアーマーボアの屍骸の近くで食事をするのは避けようと、少し移動する。

短い下草が広がる場所なので少々日差しが強いが、木陰を探すと森の中に入ってしまうので仕方がない。森の中に入ると今度は虫やら他の魔獣やらが寄って来ないとも限らない。


レンドルフは土魔法で少しだけ固めた地面を盛り上げて、座れるように平らな岩のような物を作った。これならば地面に直接座るよりは、足を負傷しているステノスの負担にはならないだろう。


「気を遣わせて悪いな」

「このくらいなら魔力もそう使いませんから」


さり気なくユリが座る岩は少し低めにして、屍骸が目に入らないように背を向ける位置に作っておく。そして座りやすいよう座面になる場所を丁寧に魔力を流して、きれいな平面にもしておいた。そのせいで少しだけ魔力を多く使ったので、ステノスと自分が座る岩は少々斜めになってしまったが、そこはご愛嬌だ。


腕に付けていた浄化の魔道具が先程の戦闘で壊れてしまっていた為、ユリの持っていたものを借りて手を清めてから袋の口を開ける。開けた瞬間にフワリと色々な食材の香りが鼻をくすぐった。それだけで急に空腹を感じて、レンドルフは腹が鳴りそうになって慌てて腹筋に力を込めた。


「ユリちゃんから取んなよ。俺は最後でいいからな。あいつを倒した功労者順だ」


先にステノスに袋を向けようとしたのを察したのか、サッとステノスがユリに手を向ける。


「え?それなら私が一番最後じゃないですか。もう来た時には二人で致命傷与えてた訳だし」

「いやいや、俺よりもレンの方が活躍してたし、そのレンがユリちゃんには形無しだったろ?だからユリちゃんが最強」

「…何か複雑なんですが」


そう言いながらも、レンドルフに袋を向けられてユリは素直に手を差し入れる。ここで譲り合いをしていても仕方がないと割り切ったらしい。次にステノスに向けようとしたが、やはりユリと同じようにレンドルフに手を向けて譲ったので、レンドルフもそれに甘えることにする。


「ありがとうね、レンさん。いただきます」

「じゃ、遠慮なくいただくぜ」


それぞれが手にしたものは、形が潰れていたり皮が少々破れていたりはしたが、そこまでひどい見た目にはなっていなかった。



「あ、これもしかして中身が全部違うとか?」

「どうだろう。聞く時間がなかったからな。ユリさんのは何だった?」

「塩漬け肉とオムレツだった。この巻いてある皮がモチモチしてて美味しいね。レンさんは?」

「ソーセージだった。タマネギとケチャップとマスタードでシンプルなやつ。ステノスさんは何でした?」


ユリが一口かぶりついてから聞いて来た。朝に食べた時は表面がパリッとしていたが、さすがに時間が経つと両面ともしっとりしていた。だがそれはそれでモチモチした食べごたえが増していて美味しかった。


「……健康お野菜巻きでした」


ステノスは無の表情でモグモグしながら呟いた。


「…俺の半分食べます?」

「いや、最近腹が気になってたから、この方がいいんだ…」

「そ、そうですか…」


その後、袋の中には三本残っていたのでそれも分け合ったところ、ステノスが再び野菜巻きを引き当ててしまい、レンドルフはどうしても野菜を食べたいと主張して自身のハムチーズ巻きを半分切って、交換を申し出たのだった。



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「あー旨かったぜ。ご馳走さん」

「レンさん、ご馳走さまでした。すごく美味しかった!今度うちでも真似してみるね」

「どういたしまして。伝えておきます」


それぞれ二本ずつ完食して、満腹とまでいかなくてもそれなりに空腹は解消された。天気も良い上に寒くもなく暑くもない丁度良い気候の午後で、離れたところに小山のようなアーマーボアの屍骸さえなければまるでピクニックにでも来ているような長閑さだった。



「この旨いもんの礼に、おじさんが面白い話でもしてやろうか」


ステノスが少々肉付きの良い腹を満足そうに軽くポンポンと叩きながら、そう切り出す。


「面白い話、ですか?」

「そうだな…俺が若い頃もっとスリムな美青年でモテてモテて困ってた頃の話でもいいが、ちょいとレディの同席の場じゃ憚られるな。そいつはレンとサシで飲みながらの時に取っておくか」


ヘラリと冗談のような笑顔で言われて、レンドルフは少し戸惑った。こういった場合、大抵何か重い話をするものだ、と反射的に身構える。そしてそれはレンドルフの現在の上司に当たるレナード・ミスリル統括騎士団長の得意技だったな、などと今更ながら思い当たった。


「俺はなぁ、レンくらいの時は傭兵であっちこっちの国に行ってた」

「傭兵…」

「最近は内紛とか、国境付近の小競り合いとかがめっきり減ったんで、大半のヤツは冒険者になっちまったがな」



冒険者ギルドを始めとする大抵のギルドと名の付く組織は、基本的にどの国からも干渉されない代わりに、世界中どの場所でも平等な運営を掲げている。いわば領土を持たない独立国のようなものだ。とは言え、国の中にあるのだから、その国に合わせて上手くやって行く程度の寛容さもある。しかし、犯罪などを助長するようなことや、国や権力者との癒着はギルドの理念を根底から台無しにする行為として、どのギルドもその点は厳しい規則が設けられていた。


冒険者になるには、必ず冒険者ギルドで登録をしなければ活動することは出来ない。そしてギルドが扱う依頼は、犯罪や人道に悖るものではないか精査されている。その安全で健全な運営をする為に、ギルドに支払う報酬は当然存在する。


傭兵は、そういったギルドには登録していない者達で、主に戦闘要員として雇われる。冒険者のような護衛などの仕事もない訳ではないが、戦闘がメインなだけに報酬は高い。依頼主と直接やり取りをする為に高額な仕事も多いが、その分人には言えない内容のものも多かった。冒険者よりももっと純粋に自分の力だけで一攫千金を叶えることの出来る職業ではあった。



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「あるとき俺は、とある国で領主の護衛をしてた。国境を守る辺境伯…の隣のヤツだ。国境付近の緊張が続いてる時でな、そのどさくさに紛れて高い税をかき集めては自分の為に溜め込むような性格だったから、あんまり金払いは良くなかった」


注文ばかり多くて報酬を出し渋る領主にうんざりして来た頃、とある傭兵グループが領主の命と溜め込んだ財宝を狙っていると情報が入った。あちこちで恨みを買っていたため、そのグループに依頼した人間は絞り切れなかった。


「そのグループを殲滅させろ、って命令でな」


夜陰に乗じて乗り込んで来た傭兵グループは、予想以上に人数が多かった。しかも傭兵というよりもその統制の見事さは軍隊並で、本来領主に仕えている筈の自領の騎士団でさえ見劣りがした。


ステノスは、一応任務である以上は最低限領主の命さえ守っていればいいだろうと、自室に金銀財宝ありったけ運び込んで篭城中の愚痴の止まらない雇用主の傍らで護衛をしていた。一応隠し通路から家宝の幾つか持たせて逃がしたら適当な宝飾品でも報酬代わりに貰って行こうかと目星を付け始めた頃、騎士団の包囲をあっさりと突破されて、傭兵グループのリーダーと数名が部屋に飛び込んで来た。


「その時のリーダーがまあ気っ風のいい良い女だったんだ。俺はあいつがドアを蹴破った時点で雇い主のことは忘れたね」

「傭兵グループのリーダーが女性だったんですか」


レンドルフの世代は、物心ついた頃から国同士の戦争や内紛などの規模は小さくなり、話し合いの場で血を流すことなく議論で争い合うことが主流に移行している。それと同時に、戦場を主な稼ぎ場所としていた傭兵も次第に数を減らし、冒険者として名乗るようになっているのが現在の状況だ。

その為レンドルフは傭兵という職業にあまり馴染みがなく、ぼんやりと荒事や危険な仕事もこなす冒険者のようなものという認識程度だった。それだけに女性がリーダーを務めるというのはとても珍しい気がしていた。


「そ。レンもよく知ってる若かりし日のミキタだよ」

「えっ!?」

「今は今で目尻の皺が堪んねえけどな。あん時のミキタは腕の筋肉がグッと盛り上がった良い女だったなあ」


うっとりとした顔で思いを馳せているようなステノスに、レンドルフは思わず隣にいるユリに顔を向けた。そのレンドルフの戸惑いをしっかり察したのか、ユリはレンドルフが何か言う前に真顔でコクリと頷いてみせた。


「俺は我を忘れて、その場で跪いて結婚を申し込んだね。領主のお宝がそこかしこに転がってたから、その中で一番でかい石の付いた宝飾品を適当に掴んでさ」

「え?え?」

「その時の返事が『ざけんな』って言葉とそれより速い右ストレートでよ。ありゃあ最高の返しだったな…」

「……ホントですか…」


頭が追いついていないのか、レンドルフが呆然としているのを見て、ユリはひたすら「分かる」と言わんばかりにコクコクと肯首し続けていた。


「ユリさん、知ってたの?」

「うん、ミス兄から聞いた」

「あ、ミスキは俺の息子だから」

「はい!?」


次々にサラリと知らされる衝撃的な情報に、レンドルフは本気で頭が痛くなってしまって思わず目頭を指でギュッと押さえたのだった。


しかしよく思い出してみると、ミスキの表面上は軽い口調を保ちながらどこか目の奥で冷静な俯瞰で見ているような眼差しは、確かにステノスと似ているように思えた。ステノスもミスキも、どことなくレナードと似たようなタイプだと感じていたのに、それが却って二人が似ているということに気付かなかったようだ。



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結果的に、ステノスはそのまま強引にミキタ率いる傭兵グループに加入し、ステノス曰く「全力で口説い」てミキタの夫の座に納まったのだった。


その傭兵グループの中にはバートンとクリューもいて、リーダーのミキタの補佐的な役割をしていた。特にクリューは常にミキタと共にいて、ステノスが近寄ると虫ケラ以下のような対応で追っ払って来るので、それをかいくぐって近付くのが逆に燃え上がった、とステノスは楽しげに言った。


「あの…大変聞きにくいんですが…」

「おう、遠慮せず聞いてくれ」

「その、今はミキタさんとは…」

「別れちまった。と言うか、俺、一回死んでるしな」

「……」


もはや理解を超えてレンドルフは無言になってしまった。その様子にステノスは全く気を悪くした素振りはないので、むしろレンドルフの反応を楽しむ為にわざとやっている節すらあった。



「俺の国じゃ傭兵みてぇな不安定な職を『浮き草稼業』ってんだがな。ま、息子も産まれて大きくなって来たし、その頃にはミキタも傭兵は辞めて、他の仲間も引退して商売を始めたり冒険者になったりしてた。だから俺も傭兵は引退するか、って話になった」



その時期に、後を継ぐ者がいなかった古い酒場の老夫婦に店を譲ってもらい、もう少し子供の手が離れたら昼間はミキタが食堂、夜はステノスが酒場の主人で店を始めようと計画していた。そんな折、ステノスの古い知り合いが、どうしても彼の腕を貸して欲しいと手紙で知らせて来た。ステノスにとっては恩師とも言える相手だったので、最後の恩返しと決めて傭兵として出掛けて行った。


そして、そのままステノスは行方不明になったのだった。


「訪ねた先が、ちょうど王族暗殺とスタンピードが同時に起こった場所だった。俺はそれに巻き込まれて死にかけた。いや、殆ど死んでたな」



ステノスが行方不明になってから一年後、僅かなステノスの持ち物と、血の付いた服の切れ端が幸運にもミキタの元に届いた。ステノスは故郷のミズホ国の物を一部、必ず身に付けていた。それが決め手になったらしい。彼が巻き込まれた戦乱と混乱はここ百年遡っても類を見ない程酷かったらしく、僅かでも家族の元に遺品が戻ることすら稀だったのだ。


一年待ったミキタは、それで思い切ったようにステノスの死亡届を出して、彼の墓には遺品を収めた。

そして振り切るように働いて自力で開店資金を作り、その頃に知り合った二人目の夫と再婚した。夫は実力のある冒険者だったので、外で魔獣を狩って稼いではいたが、ミキタは店を昼も夜も一人で切り盛りし子供と生活を守る為に身を粉にして働いたそうだ。ただ、幸いにも傭兵から冒険者になっていたかつての仲間達がミキタを手伝い、時には客として訪れて金を落として行った。その中には冒険者に転向したクリューやバートンもいたらしい。特にクリューは一時期一緒に暮らして子供の面倒を見ていたそうだ。


「俺は、生きてるか死んでるか分からねえ状態で、その頃の記憶も今でも曖昧だ。だから自分がまだ生きてるなんて、連絡も出来る状態じゃなかった」


人の手を借りて、ギリギリ人間として暮らせる状態になるまでに約二年、それからあらゆる伝手と手段を使って、人並みに戻るまでに五年以上の歳月を要した。


「その後でもミキタさんに連絡はしなかったんですか?」

「ひでぇ話だが、当時の俺は自分のことで手一杯でミキタのことを思い出す暇もなくてな。やっとその余裕ができて直接会いに行こうって訪ねたらよ、新しい旦那と二人目のガキがいた」



ステノスは死んだことになっているので、ミキタが再婚するのに何の問題もなかった。しばらくは様子見で陰から見守ったが、次の夫は稼ぎも悪くなかったし、血の繋がりの無いミスキも本当に父親のようによく懐いていた。片や自分は…、とステノスは己を顧みて、そのまま何も告げずに立ち去ることにした。自分が戻っては却って混乱の元になる。ただ、やはりそのまま忘れることは出来なかったので、時折人伝に情報は得ていた。


そうして時は流れ、ミキタのところではタイキを引き取り三人目の息子になり、その直後に二人目の夫が亡くなったと噂に聞いた。しかしステノスはそれでも戻るつもりはなく、ミキタには分からないように時折さり気なく援助をしながら距離を取って生きて行こうと決めていた。

幸いにもその頃にはミキタの店はそれなりに稼ぐことが出来ていたし、長男次男もそこまで手がかからない年齢になっていた。末っ子のタイキは長男が率先して面倒をみて、昔の傭兵仲間も色々とサポートしていた。もうその中にステノスが入る必要はなかった。



「だがなぁ、五年前、そうとも言っていられねぇ事件が起こっちまった」


そう呟いたステノスの顔は、珍しく笑みが消えて、目の前にいるレンドルフ達よりももっと遠い場所を見つめているような目になっていた。




これ以降はしばらく、五年前の過去編エピソードが続きます。

「赤い疾風」のメンバーと、ミキタ、ステノスが中心になります。ユリも後半に少し出ます。


レンドルフはちょっと出番お休みです。

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