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367.譲らぬ者の後始末


「何故オレが!確かに間違ったかもしれないが、オレは家族を守る為に!」

「その間違いが大きな罪だと何故理解しない」


両手両足だけでなく、首にも特殊な拘束具を付けられた男が、先程から飽くことなくずっと吠え続けていた。それに対応している審問官は、うんざりとした態度を欠片も隠す気はなさそうだった。それもその筈で、この男は勝手な主張をもう数日も繰り返していた。男が主張すればする程、反省の気配が無しと判断されて罪状が重くなる一方なのだが、男はそれすら気付こうとしていない。


この男は果樹園で起こった食中毒事件で患者の治療に対応していた協力者の薬師見習いに危害を加えて、そのまま捕縛、警邏隊に連行されていた。男は獣人だったが不摂生な生活が長かったのかあまり力はなかったが、用心の為に獣人用の強力なものを使用しているのでかなり体に負荷が掛かっている筈だ。が、口だけはよく回るらしく、叫ぶ度に鋭い牙を剥き出しにして威嚇して来るので、担当している審問官の心証は地の底にまで落ちていた。



男の言い分では、別れた家族が心配で遠くから見守っていたのだが、その家族の危機マーキングを付けられた者が目の前にいた為に家族を助けようと本能的に攻撃を仕掛けた、と言うことだった。

危機マーキングというのは一部の嗅覚が発達した獣人の持つ能力で、自身の身に危機が訪れると仲間にしか感知できない特殊なフェロモンを放出し、それを嗅ぎ取った仲間は救出の為に動くというものらしい。


その場にいた関係者からの話を纏めたところ、どうやら食中毒患者の中に獣人の子供がおり、治療の為に強引に吐かせた行為を手伝った薬師見習いが危機マーキングを付けられてしまったようだった。子供ということで自身の危機と治療行為の区別が付かなかったこともあるかもしれないが、しかしそれを感知して駆け付けた獣人も確認も無しにいきなり攻撃を仕掛けることはない。そのフェロモンが全く関係のない人間にも付着することはよくあることらしい。その為、男のしたことはただの蛮行に過ぎなかったのだ。


だが、男はただ「家族を守ろうとした」と主張を繰り返して、自身に罪があることを認めようとしていなかった。


男の怒鳴り声を無視して、うんざりとした様子で審問官は手元の調書を捲った。もうこれ以上聞いたところで男から有用な証言は出そうにない。

どうも襲った薬師見習いは貴族かそれに縁のある女性だったらしく、どこの家門かは分からないが罪状が決まり次第引き取りを希望している領地があると書かれていた。


犯罪者を労働力として領地に引き取って、国から補助金を受け取る貴族はそれなりに存在している。領地の治安が悪くなる危険性もあるが、それ以上に荒れて人手のない領地を運営して行く為に労働力と補助金を必要とする領主は一定数いるのだ。それでもあまりにも凶悪犯であると手に負えない場合もあるので、大抵は罪状が決定した犯罪者を選んで引き取ることが一般的だ。しかしこの男の場合は、罪状が決まる前から引き取りを申し出ている領主がいるのだ。

それは怪我をさせられた薬師見習いの関係者で、問答無用で引き取って「処理」することが目的なのではないかと思われて、審問官は少々背筋に冷たいものが走るのを感じた。



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中央神殿で検査の為に入院したナラティは、落ち着いた環境で話を聞き出したところ、ノリガル男爵令息に半ば恫喝されるような状況であったことが判明した。

彼は母親のイクシアのいない隙を狙ってナラティにずっと「イクシアの不幸の元凶」「お前さえいなければイクシアは幸せになれる」「礼儀も知らない子がいるせいでイクシアも恥ずかしい思いをしている」などと言い続けていたそうだ。母親の苦労を見て来たせいかナラティは年齢よりもずっと敏い子供で、自分が黙ってさえいればイクシアは安定した場所にいられると考えていたらしい。


そして食中毒で倒れた日、ワインを取りに行くことを命じられてイクシアが離れた隙に、ノリガル男爵令息はナラティに「好き嫌いを克服させてやる」と言ってイクシアが準備したナラティ用の食事を取り上げ、自分達と同じタマネギやニンニクを使用した食べ物を無理に食べさせたことも分かった。そして吐き出そうとしたナラティに向かって、躾がなっていないとイクシアを悪く言った。幼いながらも自分のせいで母親を悪く言われてしまうと理解したナラティは、どんなに気分が悪くなろうとも絶対に吐いてはいけないとすっかり刷り込まれてしまったのだった。


その話を聞かされたイクシアは気の毒な程顔色を失っていたが、すぐに子への虐待としてノリガル男爵令息を訴える為に行動を開始した。一見儚げで庇護欲をそそる外見のイクシアだが、その行動は周囲が驚く程に早く周到だった。ありとあらゆる補助や国の制度を利用してすぐに弁護士を付け、更に徹底的に潰す気だったのか他の悪行も全て表に出して、男爵家ごと爵位返上まで一気に追い込むことに成功したのだった。


彼女に付いた弁護士は、その思い切りの良さと粘り強さに感心して、全てが落ち着いた後に自身の秘書としてスカウトして雇い入れることになるのだが、それはもう少し先のことである。



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ユリは怪我の療養と、未だに手掛かりの掴めない脱走した緑魔法の使い手の女のせいで、ひと月近く別邸の敷地内から出ることを許されていなかった。勿論別邸にある薬草園の手入れや、回復薬の精製などを行っていたのでそれなりにすることはあるのだが、それでも外に出られないことはユリの気持ちを鬱々とさせていた。


(レンさんに会いたいなあ…)


ユリは回復薬に必要な薬草の生育を良くする為に脇芽を摘み取りながら、無意識に大きく溜息を吐いた。それを耳にしたのか、一緒に近くで作業を手伝っていたミリーが眉を下げてユリにチラリと視線を送った。ユリもミリーや周囲はどうすることも出来ないのは分かっているので、無意識だったとは言え当てつけるような態度を取ってしまったことを反省してミリーに微笑んでみせた。


レンドルフとはキノコ狩りに行く予定だった日から会えていない。レンドルフの遠征などでもっと長い期間顔を見られないこともあったが、その時は帰還する日は大体決まっている。任務の状況や遠征先の天候によって数日の誤差は出るが、帰還すれば会えるという状況と、今のいつまでこのままなのか分からないというのは気持ちに雲泥の差があるのだ。


「ミリー、そろそろ休憩にしましょうか」

「はい。それではお茶の準備をいたしますね」

「お願いね」


ちょうど一つの畝の端まで来たところで、ユリは顔を上げてミリーに声を掛けた。もう陽射しは随分柔らかくなっているが、それでも帽子は年中手放せない。顔を上げると、レンドルフから贈られたハットクリップの白い石が揺れるのが視界に入る。その揺れを止めるようにユリは片手で帽子を繋ぎ止めている組紐に指を絡めた。もう生活の中の深くまでレンドルフの存在があちこちにあるので、ユリは些細なことで気持ちが揺れ動く自分を叱咤する。

薬師になるには状況や感情に左右されず、冷静な判断力と繊細な魔力制御が必須だ。魔力と感情は密接な関係があるので、一定の魔力の出力を得るには常に凪いだ心を持ち続けることが肝要なのだ。人生経験を多く積んだベテランになれば、感情と魔力制御は別物になると言われているが、ユリはそこが最も苦手としている。前回の薬師の資格試験も、前日に誘拐されるという滅多にない状況に巻き込まれた為に魔力が荒れて不合格になっていた。薬師試験は受験者にどんな事情があろうとも一切考慮されることはない。場合によっては災害地で自身が被災していたとしても、その中で可能な限り調薬や投薬の見極めをする必要があるからだ。どんな状況でも的確に薬師の仕事をすることが求められる。


「もっと…しっかりしないとね」


ユリはこれまで生きて来た時間の大半を、外界から切り離されたような特殊な状況で過ごしていた。こうして人らしく生活するようになってまだ10年にも満たない。祖父レンザをはじめ、周囲が真綿で包むように守って甘やかされてやっと人のフリが出来るようになって数年、そしてレンドルフと()()してようやく再び感情が動き出したようなものだ。

レンドルフといると色々と感情が制御できないくらいに振り回されることもあるが、それはユリからすると決して嫌ではない。ただまだ慣れていないので奇妙な違和感が残るだけだ。



「お嬢様、あちらの四阿に準備が出来ました」

「ありがとう、すぐ行くわ」


ミリーに声を掛けられて、ユリは抱えていた籠を足元に置いた。少し休憩を挟んでから続きを開始するので、このまま出しっぱなしにしておいても問題はない。


四阿の屋根の下に入って帽子を外すと、ユリの本来の白い髪が零れ落ちる。色素が抜けている死に戻りの色の髪は太陽光に弱い。一度短くなってしまったユリの髪は、きちんと結い上げることも出来るのだが、今日は緩いハーフアップにしている。すっかり汗ばむことのなくなった季節になったが、帽子を取るとやはり解放感がある。


用意されていた紅茶は、オレンジの香りが豊かなフレーバーティーで、香りの割に甘みはないがオレンジの微かな苦味を感じられる。その隣にはあっさりとした風味のメレンゲクッキーが添えられている。あまり甘い物を食べられないユリの好みに合わせて、こちらも一般的なものよりもずっと甘さが控え目になっていた。



「お嬢様、ご休憩のところ申し訳ございません」


ぼんやりと揺れる薬草を眺めながら、舌の上でサラリとほどけるクッキーを味わっていると、執事長が銀のトレイに乗せた手紙を運んで来た。そこに乗った封筒を確認すると、王家の封蝋が施されていた。しかし色合いは王族から直接来る手紙ではなく、文官が報告書を送る際に使用しているものだったので、ユリは警戒なくその封筒を手に取った。王族個人から送られて来るようなものには覚えはないし、あったとしても絶対に厄介ごとなのでそういった手紙はユリ宛てでも全てレンザに回される。今回はどちらかというと事務的なお知らせに使われるものだ。


封を開けて中を見ると、やはり文書担当の文官らしい美しい文字が並んでいる。

内容は、先日の食中毒事件で手伝いで参加したこととユリのおかげで原因が判明したことへの礼と、その対価の内訳が記載されていた。参加する際にギルドカードで登録しているので、そちらからギルドに持っているユリの個人口座への入金されることになる。あくまでもギルドが身元を保証しているということなので、王城側にユリの身分が伝わることはない。思ったよりも多い金額に、ユリは自分の力の評価だと思うと少しばかり心が弾んだ。国で王族と並ぶ大貴族の大公女なので別に金銭的に困っている訳ではないが、こうして目に見える数字で評価されるのは嬉しいものだった。


二枚程の報告書の下に明らかに質の違う便箋が紛れていて、捲って確認すると文官の文字とは違う少々癖のある手蹟で改めてユリに対する礼が続いていた。不思議に思って内容よりも先に一番下の署名に目をやると、そこには「フロル・ゲイル」とあの時の治癒魔法士の名が綴られている。あの場で責任者であったフロルがわざわざユリに礼状を書いてくれたようだ。本来ならば彼女がそんなことをする必要はないのだが、怪我を気遣う丁寧な内容にユリは思わず笑みが零れていた。


そして詳細まではさすがに書けなかったのだろうが、イクシア達のその後のことについても触れられていた。

やはりあのノリガル男爵令息がイクシアの目を盗んで故意にナラティにとって禁忌である食べ物を強引に食べさせていたと周囲から証言が取れ、それは虐待に当たると判断されたそうだ。他にも偽神官を仕立て上げて使用人達から不当に治療費を騙し取っていたことや、過去にも令息が使用人に働いていた暴力行為など次々と発覚して、彼個人だけでなく男爵家にも何らかの厳しい処罰が下されるということが書かれていた。

そしてイクシア達は男爵家には戻らず、もっと自分達の血統でもある獣人について学ぶ為に、獣人の多く暮らすオオシドナ街に移り住んだそうだ。どうやら彼女達の血統は嗅覚の鋭い狼系の種族であったらしく、その匂いを辿って訪ねて来た血縁者がすぐに見つかり、当面の間は二人の後見人として面倒を見てくれることになったと記されていた。その種族は一族同士の結束が強く、混血で血が薄くても同胞として扱うコミュニティを形成しているそうなので、彼女達も問題なく受け入れられたとのことだった。

ユリも心の片隅でずっと気になっていたので、どうやら良い方向へ向かったようで安心した。


ユリを襲った獣人の男は、過去にも酔って喧嘩や恐喝などを繰り返していた軽犯罪者だったそうだが、今回のことはそれを踏まえた上で重犯罪者と認定され、王都から離れた領地で10年以上の犯罪奴隷として労働に従事することになるようだ。更に寿命が尽きても終わらない程に長期の王都への立入りを禁じられたそうなので、王都内にいる限り会うこともないので安心して欲しい、とフロルの言葉で纏められていた。


不意を突かれたとは言え、大公家に仕える影を突破してユリに攻撃を入れた相手である。王都から出られないユリからすれば二度と会うことがなくなったことと同義なので、その処遇は非常にありがたいものであった。


(レンさんにはこの前の対価をもらったって手紙に書こう。一緒に喜んでくれたらいいな。そうだ、これでこの前のお見舞いのお礼を贈ろう。何にしようかな)


レンドルフのことだから絶対に喜んでくれるのは間違いないと確信しながら、ユリは読み終えた手紙を丁寧に封筒にしまい込んだのだった。



お読みいただきありがとうございます!


ユリとレンドルフの出会いは「144.【過去編】〜」で書かれています。

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