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361.毒味と変異種

ここからしばらくユリがメインのターンになりますので、レンドルフはちょっとだけお休みです。


馬車の周囲にはやはり何か助力出来ることはないのかと人々が集まっていたので、すぐに情報が伝わるように既に馬車の近くに看板が立てられていたらしい。


「お嬢様!果樹園内でキノコを食べた者が複数、体調不良を訴えているそうです!」

「食中毒かしら…それともキノコ?でも毒性のないものしか栽培されていないし…どちらにしろ、私が手伝えることはありそうね。すぐに出るわ!貴女達は邪魔にならないように離れて付いて来て」


キノコ狩りの時期は、果樹園内に採ったキノコをその場で網焼きが出来るように簡易の竃が設置してあり、キノコの他にも肉や野菜なども一緒に楽しめるように販売している。人の口に入る物なので細心の注意は払われている筈だが、何らかの不幸な偶然などが重なったりして完璧に防げる訳ではない。それに生食厳禁の食材の焼き加減の甘かった場合などで腹痛が起きることもある。


ユリはトランクを掴むと馬車から飛び降りるように外に出て、小走りに果樹園の方向へと走って行った。



果樹園の受付で薬師見習いであることを告げたユリは、既に準備されていた許可証を貰って現場へと駆け付ける。こういった場合は入場料金は取らないようになっている為だ。見晴らしの良い広場の中央では大きなテントが設置されていて、その上には青い旗が掲げられている。その青い旗のある場所がこの案件の情報が集まって来る本部で、この場の指示系統を行っている責任者がいるという目印だ。テントの下には、ローブ姿のスラリとした背の高い30代くらいの青い髪の女性が立っていた。ローブを纏うということは魔法士なのだろうが、キビキビとした立ち居振る舞いは騎士のようにも見えた。目立つ青いローブにオベリス王国の紋章の刺繍が施されているので王城付き魔法士なのは間違いないが、その刺繍糸が金色なのは王家の色を纏うことを許されている程の高い地位の証だ。しかしそれに臆することなくユリはすぐに駆け寄って、懐からギルドカードを出して彼女に見えるように翳した。


「あの、ユリと申します。薬師見習いです。微力ながらお力添え出来るかと判断しまして参じました」

「ありがとうございます。王城魔法士治癒部隊所属のフロル・ゲイラです。ご助力感謝いたします。早速ですがあちらの青の腕章の者に一時登録をお願いいたします」

「はい」


フロルと名乗った彼女は、ギルドカードに指を添えて薬師見習いであることに嘘偽りないことを示しながらユリが名乗ったので、見習いとは言えこういった事態にはそれなりの経験があるとすぐに判断したようだった。


ギルドカードには簡易なものではあるが嘘発見の付与が施されている。カードに触れながら宣言して、そこに嘘があるとカードが赤く光るようになっている。ユリが名乗った際に光らなかったので、これでユリが間違いなく薬師見習いであると確認してもらったのだ。ギルドカードが無い場合は身分の確認に時間が掛かるので、その間はいくら役に立つ能力を持っていても自己申告である以上本当に簡単な手伝いしか出来ないことが多いのだ。それにギルドカードさえあれば、指示された腕章の人物が持っている魔道具に読み取らせるだけでその人物がどの程度のことが出来るかその場で判断が出来るのだ。個人的な情報は秘匿されるように設定してあるのでユリが大公女だということは分からないが、使用可能な魔法やギルドで応急処置講習を受けているか、薬の処方などはどのレベルで認可されているか、犯罪歴がないかなどの必要事項のみが抜き出せる。


「毒キノコの見分けは付きますでしょうか」

「大抵のものは」

「防毒、解毒の装身具はお付けですか?」

「はい」


魔道具で情報を読み取った担当者が、それだけでは分からない部分の確認をする。この魔道具で一時的に先程の責任者フロルの部下に登録されるのだ。これは助力を申し出た一般人が万一判断を誤って何か起こしたとしても、個人に全ての責任が向かないようにする為だ。


「現在食材の鑑定が出来る者が別現場におり、すぐに手配が出来ずにいるのです。ユリさんにはこの体調不良の原因がキノコかそれ以外かの確認をお願いしたいのですが、可能でしょうか」

「はい、問題ありません」

「それでは、こちらの印の場所に向かってください」


担当者はざっくりとした配置図をその場で書いて、ユリが向かう場所に丸を付けた。そして特殊なインクで印刷された金属の小さなタグを渡して、首から下げるように指示をされる。これは関係者を見分けるためのもので、簡単に偽造は出来ないし許可された者以外が奪おうとすると、タグが鎖状に伸びて所持者を捕縛するのだ。


「もし手に負えないと判断した場合は、一度こちらにご報告ください。決して独断で無茶はなさいませんよう」

「承知しました」


地図を貰って振り返ると、視界の端のあちこちに見知った顔が見え隠れしていた。皆大公家からユリの護衛として派遣された者達だ。彼らも応急処置や下位の治癒魔法、浄化などの生活魔法で手伝いを申し出て、さり気なくユリの近くにいるようにしていた。エマとサティも生活魔法が使えるし、侍女の仕事ならば何でもこなせるのでどの場所でも役に立つ。


(それにしても、いすぎじゃない?ウチの影達)


見える範囲では予想の倍はいるし、見えない場所にも潜ませているならひょっとして本日の果樹園の来客数の半数近くが大公家の影かもしれない、とユリは過保護が過ぎる身内に半分呆れたような思いを馳せずにはいられなかったのだった。



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ユリが向かった先は、幾つも煉瓦が積み上げられて簡易竃が設置された場所だった。その近くでは体調を崩した人々が地面に敷かれた薄手のマットの上に寝かされている。重篤な症状の者は別に運ばれているのか、見回した印象ではそこまで具合の悪そうな人は見えなかったので多少安堵した。


(腹の辺りを押さえていたり、横向きに転がっている人が多い。やはり食物関連かな…)


皆で収穫したキノコを焼いて楽しんでいたのか、今は火は消されているが周囲にはまだ香ばしい香りが漂っていた。網の上には残された食材が網に焦げ付いて置き去りにされているのも見える。


「薬師見習いの者です。食材の確認に来ました」

「ああ、助かります!分かる範囲で集めておきましたので」


近くにいたここのエリアの担当者らしき青い腕章を付けている者にタグを見せながら声を掛けると、少し離れたところにある大きな台のところへ案内された。そこにはまだ火を通していない食材が皿に乗せられて並んでいる。肉や野菜などは、規定量を皿に乗せて一皿ずつ購入出来るようになっていたらしい。


ユリはこのまま放置されると傷んで原因が分からなくなるので、先に肉を検分する。いつでも採取などが出来るように持ち歩いている薄手の手袋を嵌めて、肉の端を摘んだり匂いを確認したりしたが、おかしなところは見つからなかった。


(肉ではなさそう…野菜もごく一般的なものだし、目立っておかしな点は見つからない。それでも食中毒は起こることもあるけど、これは鑑定持ちに任せないと分からないな…でもやっぱり怪しいのはキノコ、よね)


キノコも収穫したものだけでは足りなくなった場合、肉や野菜と同じように一皿から追加出来るようで、数種類のキノコが盛り合わせのように並んでいた。


「…これ!?」


ふとユリは、そのキノコの盛り合わせの中に違和感を覚えて一つを摘まみ上げた。それは食べやすいように切り分けられているサンバマッシュルームだった。ユリはそれを目の前に翳して矯めつ眇めつ見回した。特におかしな点は見受けられないように思えたが、それでも僅かに残る違和感を拭えないでいた。こういった場合は、徹底してあらゆることを試してみた方がいいと薬師の師匠セイシューから繰り返し教わっている。


ユリは幾つもの皿の上に乗っているサンバマッシュルームを取り分けて、違和感があるものとないものを感覚的ではあったがざっくりと選り分ける。すると、個別には分からなかったがひとまとめにすると違いが見てとれるようになった。他の人間では分からないかもしれないが、薬師を目指す者には明らかな違いと判別出来る差だ。


「あの…これ、少しだけ食べてみていいですか?」

「え?あ、あの、大丈夫ですか!?キノコの生食はお勧め出来ませんよ」

「少し口に含むだけです。それに、解毒の装身具は身に着けてます」

「は、はあ…ですが、ほんの少しですよ?異常を感じたらあちら側に混ざってもらいますからね?」


案内してくれた担当者がまだ近くにいたのでユリが尋ねてみると、目を見開いて驚かれてしまった。しかしユリが譲りそうになかったので、仕方なく許可してくれた。


ユリは少しだけ端を摘んで、違和感のなかった方を先に口の中にいれて舌の上に乗せる。舌に変化は感じなかったが、腰に直に巻き付けている万能の解毒の装身具がほんのりと熱を帯びる。ユリ自身は今まで体験したことはなかったのだが、レンドルフが言うには解毒していると熱を感じるそうだ。この反応は、毒というよりも生のまま食べたことの影響だろう。一度口に入れた分を紙に吐き出して口を漱いでから、次は違和感のあった方を同じように口に含んだ。


(…やっぱり)


舌に乗せた瞬間、本当に微かではあるが酸味のような味がして、口内に唾液が湧き出した。そしてこちらもまだほんのりの範疇ではあるが、先程よりも確実に装身具が温かい。間違いなく後者の方の成分が強い反応をしているのが分かった。

ユリはすぐにそちらも吐き出すと、すぐに口を漱いだ。その水も吐き出してしまうと、装身具は再び体温と同じ温度になった。


「このサンバマッシュルーム、変異種です」



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すぐに連絡が行ったのか、フロルがローブが真横にたなびくような勢いの全力で走って来た。さすがに身体強化を使っていたのか、息切れはしていない。しかしあまりの勢いに、ユリと一緒にいたここの担当者は揃って少々引き気味になってしまった。


「変異種のキノコが見つかったと聞いたが」

「はい、こちらです。こうして並べてみると、変異種の方が紫がかっているのがお分かりでしょうか」

「ううむ…言われてみれば…そんな気もするようなしないような…」

「見慣れれば分かるのですが、それでも小さく切り分けられた状態では判別は難しいでしょう」


ユリが分けたサンバマッシュルームを皆で見比べてみたが、言われてみれば辛うじて、といった程度で、確かに単独で見れば違いを判別出来るかどうかは分からなかった。


「それで、変異種に毒性があると?」

「毒、と言いますか…強い酵素があるのです」


もともとサンバマッシュルームには食材を柔らかくする性質があり、消化に時間が掛かる塊肉などと共に食べると胃の負担を軽減するのは食の知識のある者なら基礎的な情報で、比較的広く知られている。しかし変異種はその性質が通常のものよりも強い効果を持ち、特に加熱が不十分だと胃を活性化し却って胃壁を痛めるに至るのだ。


「炒め物や煮込みならば問題はありませんが、このような網焼きだった場合焼きムラが出てしまったのではないでしょうか」

「なるほど…では対処法は回復薬よりも胃薬の方が良いということか」

「そうですね…ですがまだ原因がこれだけとは限りませんし、医療系の鑑定が可能な方がいるのでしたら、胃が通常より活発に働いているかを確認してから処方した方が安全かと思います」

「分かった。ご助力感謝する」


フロルがユリに向かって深く頭を下げた。先程は比較的丁寧な口調だったが、どうやらどちらかと言うと武人寄りのような口調の方が素のようだった。


「それから、一度キノコの鑑定が可能な方にキノコ狩りのエリアを確認してもらうことをお勧めします。一株あれば、近くに胞子が飛んで同じ変異種が固まって生えることが多いのです。もしかしたら来年以降に影響が出るかもしれません」

「重ね重ねありがたい。これはレポートに纏めて、果樹園の責任者に提出しよう」


変異種は突発的に発生するものなのでいつどこで見つかるかは予測出来ないが、次代になるとその周辺で出やすくなるのだ。それはキノコだけでなく植物や魔獣なども同じだった。一度変異したものは、次代もそのまま変異した性質が受け継がれることが多いらしい。


「では、食材の確認を引き続きお願いする。もし他に見つからなければ、一度本部のテントに戻って来てもらえるだろうか。出来るならば回復薬投与量の見極めを一部任せたい」

「はい、承ります」

「こき使って申し訳ないな」

「いいえ。こういった時の為の知識です」

「そうか」


キリリとした中性的な顔立ちのフロルだが、ユリの言葉に僅かに微笑んだ表情は思いの外可愛らしい印象になる。その表情だけ見ていたならば、20代と思えるかもしれない。フロルは本部に戻ろうと踵を返した途端、今度は別の場所で要請が入ったのかピアス型の通信の魔道具で何やら受け答えをしてから、来た時と同じように猛然と走って本部ではない方向へと走り去ってあっという間に見えなくなった。



引き続きユリはキノコを中心に確認をし、時折口に入れては担当者にその度にハラハラした目で見られていたが、最後の方になると慣れてしまったのか反応することもなく淡々と自身の作業を行っていた。


(レンさんとは来られなくて良かったのかしらね)


今日は絶対に大公家で用意したもの以外を口にしないようにと言われていたので、キノコ狩りをしていたとしてもこうしてここで網焼きにして食べることはしなかった筈だ。しかし収穫したキノコなどはレンドルフにお土産に持ち帰ってもらったかもしれない。レンドルフならばそれくらいで体調が悪くなるようなことはないかもしれないが、それでも彼に危険が及ばなくてユリは安堵していた。が、少し離れたところで体調不良でマットの上で横になっている人が何人もいるので、個人的なことで喜んでいてはいけないと、ユリは軽く頭を振ってまだ確認していない皿を持ち上げたのだった。


お読みいただきありがとうございます!


評価、ブクマ、いいねもありがとうございます!ものすごくよわよわもろもろメンタルなので、書き続ける為に感想等は閉じておりますが、反応は嬉しく受け取って励みにしてます。

そして誤字報告もいつもありがたく助かっております。色々と支えられてこうして続けることが出来ているのだとしみじみ思います…

今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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