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閑話.タイキと騎士


「あの、先程はありがとうございました」


タイキ達と三人の騎士達は多少の魔獣と交戦しながらも、どうにかかすり傷程度で採水地まで辿り着き、そこから街道を少し移動して安全地帯に移動していた。

騎士のうち特に乗馬が上手いという一人が、ステノスが乗って来たスレイプニルで代表して応援を呼びにエイスの街まで先に戻っていた。



安全地帯とは、運送や移動の要になっているような街道に幾つか設けられている場所で、魔獣避けや結界などの魔道具が設置されている。馬車が数台置けるような広さで、休憩やどうしても昼の間に宿場町に辿り着けない際などに利用される。基本的に魔獣避けは常に稼動していて誰でも利用出来るが、夜盗などの人間を防ぎたい場合は有料の結界を使うことが一般的だった。



安全地帯に到着して少し落ち着いた頃、騎士の一人がタイキに近寄って来て綺麗な姿勢で深く頭を下げた。


「…いや、その、大したことは…」

「それでも助けていただいたのは変わりません」

「それは…あんたがクリューを抱えてたからで」


頭を下げたのは、一番大柄でクリューを抱えて移動していた騎士で、イルシュナと名乗った。赤茶色の短髪に濃い黄色の目をしていて、頬にソバカスがあるせいか体格は大きくても随分幼く見える。クリューが抱えられながら世間話で聞き出したところ、研修を終えて正式にエイスの駐屯部隊に配属されて三ヶ月の新人で、まだ成人前の17歳ということだった。貴族ならば通常は学園で卒業と同時に成人を迎えるはずなので、彼は平民なのだろう。

他の騎士達も同期だということで、年齢は多少違うが全員新人とのことだった。


採水地までの移動中、イルシュナがうっかり殺人蜂(キラーホーネット)の巣を踏み抜いてしまい襲われかけたところを、バートンの背におぶわれていたタイキが真っ先に気付いて守ったのだ。まだ本調子ではなかったため半ばバートンの背中からイルシュナの背中に飛び移るような形になって、攻撃を仕掛けられると本能からそのまま自動で発動する鱗で背面を包んで、針の一撃から防御したのだ。


キラーホーネットはまだ巣作りの途中だった為かそこまで数が多くなかったので、その後ミスキや他の二人の騎士達ですぐに殲滅した。


その後、タイキの「竜化」を目の当たりにした騎士達の反応にミスキ達は警戒していたのだが、何故か騎士三人はそれ以降タイキを妙にキラキラした目で見るようになっていた。バートンに再び背負われたタイキの鱗で覆われた背中を、頬を紅潮させながら見守っている騎士という構図に、タイキは違う意味で居心地の悪い気分になりながら運ばれたのだった。

しかも移動中に少しずつ鱗が剥がれ落ちると、彼らはそれを拾い集めていいかと許可を求めて来た。タイキの出す鱗は確かに水晶のようにキラキラして見えるが、剥がれ落ちると脆くなり大した価値はない。昔試しにギルドに持ち込んでみたのだが、さすがに買い取っては貰えなかった。そんな価値のないものを何故回収したいのか気になって訪ねると、「お守りにしたいのです!」と意外な答えが返って来て、タイキは戸惑って思わず目を丸くしていた。

何でもドラゴンの鱗を財布に入れておくと、幸運をもたらしてくれるという言い伝えがあるらしい。それは初めて耳にしたし、タイキの鱗にそこまでの力があるかは全くの疑問だったが、あまりにも力強くお願いされてしまったので、まあいいかと思うことにしたのだった。



「その…まだご気分は優れませんか?」

「…多少はマシになってる」


今までの経験から騎士を警戒しがちなタイキだったが、目の前のイルシュナは本気で心配している気配が伝わって来た。その為、どう対応していいか少々困惑しているようだった。


「もし良かったら、これ、召し上がりませんか?」


イルシュナは、遠慮がちに胸のポケットから薄紙に包まれたキャンディを取り出した。白い包み紙からうっすら緑色の中身が透けて、フワリとミントの香りがする。


「俺もよく魔力の香りで酔うことがあるんで、多少はマシになるんじゃないかと思います」

「魔力の香り?」

「あ、はい。あの馬車、ちょっと匂いますよね。多分昨日保護していただいた斥候の人の残り香だと思うんですけど。俺もあの人とは日によっては同じ建物内にいられないこともあるんで…」


イルシュナの言葉に、ミスキは首を傾げて離れたところに止まっている馬車のところまで行って、幌を持ち上げて中に顔を突っ込んでみた。馬車の中は置いてある荷物や木の匂い、そして革の幌の独特の匂いはするが、これといって変わった感じはしなかった。

振り返ってタイキに顔を向けて、首を横に振った。


「あの、俺、母が人狼族なんで、月齢で嗅覚が変わるんです。満月の前後だとすごく魔力強い人とか、あの斥候の人みたいに変わった魔力とかが臭く感じて気持ち悪くなることがあって。もしかしたら同じ症状かな、って」


少し照れたように話すイルシュナからは、純粋な好意しか感じられなかった。タイキは不思議そうな顔をして、何度か大きな目を瞬かせながらその顔を見つめる。その大きな金色の目の虹彩は、ほんの少しだけ大きくなっていた。


「あ、す、すいません!俺とは全然種族違いますよね!伝説のドラゴンの血統の方と一緒にしたらいけなかったですよね…」

「伝説の…?」


イルシュナから思いもよらない言葉が出て来て、タイキは首を傾げた。その様子に、今度はイルシュナの方が不思議そうな顔になった。


「あの、本日は伝説のドラゴンの血を引いたすごい冒険者と同行するって聞いてまして、実はお会い出来るのを楽しみにしてたんです!」

「…すごい冒険者…伝説の…」


キラキラとした目でタイキを見つめて来るイルシュナに、タイキの口元が微かに震える。手放しに褒められて、思わず口角が上がってしまいそうなのを押さえているようだ。


「今日は、全然足手まといだったし…そんなにスゴクねぇし…」

「異種族の混血にはよくあることだって!俺、オオシドナ街の出だから、そういうヤツはいっぱいいたし、俺も新月期には人以下の嗅覚になるんだぜ…って、失礼しました」


思わず砕けた口調になってしまい、イルシュナは慌てて頭を下げた。


「…いいよ、別に。オレと年も大差ねえし、そっちの方がオレも楽だ」

「はい!じゃねえ、おう!じゃ、これ食う?」

「ああ、食ってみる」


その様子に、少し遠巻きにしていたもう一人の騎士がソロソロと近寄って来た。どうやら彼も、イルシュナと同じ理由でタイキのことが気になっていたらしい。そちらからも敵意を感じられなかったのか、年も近いこともあってあっという間にタイキとの会話に馴染んだ。



それを馬車の近くで座り込んでいたクリューが頬杖をついて、少しばかり悔しげな、しかし半分以上は嬉しそうな複雑な表情になって眺めていた。普通なら離れていて楽しげな様子程度しか伝わらないのだが、彼女は耳に少し身体強化を掛けてその会話を聞いていた。


「……アイツの教育が行き届いているコト。何かムカつくわ…」

「なるほどな。オオシドナ街出身ならタイキにも偏見は少ない訳じゃな」

「…でも、あたしは五年前のことを許した訳じゃあないのよ」

「そりゃワシも同じじゃ。じゃが、それを知らんヤツを敵視するのもよくなかろうて」


クリューは、バートンと言葉を交わしながらも馬車に凭れ掛かるように腕を組んだミスキは、眉間に皺を寄せて不機嫌そうな顔をしていた。おそらくミスキもタイキ達の会話を聞いているのだろう。


「ま、タイちゃんは案外大丈夫そうだし、これ以上魔力の無駄遣いは止めましょ。ね?ミスキ?」


クリューはそう言って、掛けている身体強化魔法を解いた。



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「なあなあ、オオシドナ街ってどんなヤツが多いんだ?」

「犬獣人と狼獣人が多いな。でも最近獅子獣人の一族が住むようになってから猫系の獣人も増えて来てる」

「オレ、獅子獣人って会ったことない。たてがみとかカッコいいんだろ?」

「う〜ん、カッコいいんだけど、王都の夏は暑いからあんまり伸ばしてるヤツはいないな」

「ええ〜そうなのか」

「うん。それよりもさっきのタイキの鱗の方が絶対カッコいいって!」



オオシドナ街は王都に属する前の領地の一つだった頃、領主が代々獣人だったこともあり現在も獣人の居住率が高い場所だ。その為、獣人に限らず異種族も多く、自然と異種族の混血も多く集まっていた。


オベリス王国はかつて獣人を差別し排斥しようとする上位貴族が多くいたため、その影響で改善された現在でも国内の獣人や異種族の居住率が世界的に見ても極めて少ない。もともと夏は高温多湿な気候であるので、人間族よりも被毛の多い獣人が住み難いのもあった。

今は法律などで差別は厳しく取り締まられているが、長らく人間向けの文化が発達しているが故に環境が整っていないところも多く、獣人や異種族は仲間の多い土地に集まる傾向だった。


異種族の混血は、両親の体質を受け継いだとしてもどういった形で発現するか不明な点が多い。人狼族は月の満ち欠けにより能力が左右されることが多いものの基本的に人間よりはるかに嗅覚が鋭いのだが、混血であるが故にイルシュナのように人よりも鼻が利かない期間が出てしまうようなこともある。

彼からすれば、タイキの体調不良も異種族の混血所以のものだろうと理解してるようだった。



タイキはイルシュナから貰ったミントのキャンディを口にして、随分気分がスッキリしたらしい。顔色も良くなって、表情にも笑顔が戻っていた。そして珍しく同世代との交流のせいなのか、幾分肩の力が抜けているようにも見える。



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「ミスキ、あんまり膨れっ面しないの。可愛くないんだから」

「別にそんな顔してないよ」

「タイちゃんが誰かと仲良くするのが、そんなに心配?」

「……分かってて言うなよ」


タイキとイルシュナ達が楽しげに話している姿を見つめているミスキを、少しからかうようにクリューが近付いて頬を突ついた。


「俺は疲れたから休む!何かあったら起こしてくれ」

「はぁーい、分かったわ〜」


少しだけ顔を赤くして、ミスキは幌を捲って馬車の中にさっさと引っ込んでしまった。その背中を、クリューは楽しげに手を振って見送ったのだった。



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「…なあなあ、タイキ」


少し離れた馬車の側でのミスキとクリューのやりとりをイルシュナはチラリと眺めて、声を潜めてタイキに顔を寄せた。


「何?」

「あの魔法士様、あの弓士と夫婦とか恋人同士?」

「ぶっ」


思いもかけない衝撃的な発言に、タイキが思わず吹き出していた。何せクリューは見た目は若いが、タイキ達の母親のミキタよりも年上だ。何ならミスキもタイキも彼女におしめを替えられたことさえある。


「ないないない!全っ然ない!」

「え!じゃあさ、付き合ってる人とか、そういうのは?」

「ええと…オレが知ってる限り、いない」

「マジか!……あのさ、あの魔法士様、年下とかどう思うかな」


イルシュナは更に声を潜めて耳打ちをして来た。そのソバカスが散った頬がほんのりと赤く染まっている。いくらタイキと言えどその様子に察するものがあったので、クリューの実年齢を告げるという残酷なことが出来ずに口ごもってしまった。


「イル、またかよ。お前ちょっと魔力の強い人がいるとすーぐそれだ」

「ソージュ、そんなことないって。確かにあの魔法士様の魔力はすっげぇいい匂いがするけどさ…」


もう一人の騎士、ソージュは呆れたような声でイルシュナの肩を掴んだ。彼は年齢はイルシュナより上で成人済みだが、騎士としては同期だということだった。アーマーラビットとの戦いで水魔法を放っていたのは彼だった。水色の髪に青い瞳で、背もそれほど高くなく体格もどちらかと言うとほっそりしている。顔立ちも中性的で、騎士というよりは魔法士と言われた方が納得しそうだった。


「ほら見ろ。イルは魔力の匂いばっか気にする」

「でもさ、顔だって可愛いだろ!それに細くて折れそうでさ…守ってやりたいって言うか」

「やーらしー。だから運ぶって申し出たのか」

「ち…違うって!タイキは信じてくれるだろ?」

「あ、ああ…まあ、あんたが運ぶのが一番向いてただろうし」



客観的に見れば、確かにクリューはイルシュナの言うように女性にしてはやや長身だが細身で可愛らしい部類に入る。しかし昔からよく知るタイキからしてみれば、彼女は年齢を重ねた分きっちりと老獪で一筋縄ではいかない性格をしている。しかしタイキはそこに水を差す気にはなれなかった。まずあり得ないことだとは思うが、万一にもクリューがイルシュナに興味を持たないとも限らないし、イルシュナも実年齢を知っても大丈夫かもしれない。


ここは余計なことは言わずに、本気なら当人が玉砕して来ればいい、と優しいのか優しくないのか分からないことをタイキは考えていたのだった。


「僕はあの黒髪の薬師の()の方が好みだなあ。小さくて可愛かったし」

「まあ確かに小さくて可愛かったけどさ…あの魔力は…」


ソージュがつられてそんなことを言い出すと、イルシュナは妙に渋い顔をした。しかしすぐにハッとしたようにタイキに顔を向けて、気まずそうにペコリと頭を下げる。該当するのはユリだが、まるで陰口のようなことになってしまうことに気が付いたのだろう。


「ごめん。タイキの仲間なのに」

「いや、別に気にしてねぇよ。それよりも、あの魔力が何だって?」


タイキが続きを促すと、イルシュナは大分言い渋っていたが視線を泳がせながらようやく口を開いた。


「ええと…ホント、申し訳ないけど……怖かった」

「怖い?臭いじゃなくて?」

「違うって!そういうんじゃない!匂いとかじゃなくて…」


イルシュナの言葉に、すかさずソージュが反応する。彼のかなりデリカシーのない発言に、イルシュナはブンブンと首を横に振って全力で否定する。


「た、多分魔力が合わないってことなんだと思うけど…あの、アーマーボアより正直怖かった…」

「そうなんだ…」

「あ!そ、そのタイキ、悪口とかじゃなくて、その、俺の感覚的な問題だから…初めて会うタイプだったから、上手く言えなくて。その…ゴメン」

「いいよ。ちょっとすげぇなって思っただけだから」


先程まで楽しげに話していたタイキの声のトーンが少し低くなったことで、イルシュナは気分を害してしまったのかと慌て出す。


「あいつもちょっと特殊な魔力持ちなんだ。でも普通の人間には分からない程度だから、よく分かったな、って思ってさ」

「へえ、イル、すごいな」

「でも女性に使う言葉じゃなかったよ。ホントに失礼過ぎた。もう二度と言わないから…内緒にしててくれるかな」

「いいぜ」


タイキがニッと屈託ない笑顔を見せたことで、イルシュナは安心したように笑ったのだった。



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