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355.守る者、守られる者


レンザから提示されたキノコ狩り行きの条件は、昼食は別邸で作ったものを持参して他のものには手を付けないこと、昼食後一時間で切り上げること、そして全ての薬効を無効化する万能の解毒の装身具を必ず起動させて装着しておくことと告げられた。


「今はあの装身具は一つしか使えないからね。外出時は必ずユリが着けていなさい。万一、レンドルフ君に何かあっても、絶対に外さないように」


いつになく厳しいレンザの物言いに、ユリはすぐに返答が出来なかった。

全て無効化する装身具は、通常の回復薬ですら対象になるので絶対に商品化は出来ない。大公家の魔道具開発部門が総力を上げて作った試作品で、二つ作るのがやっとであった。そしてそれはユリが誘拐された時にレンドルフに装着してもらっていたが、強力な毒の分解を何度も行ったせいなのか動作が安定せずに修理中の為、今は手元に一つしかない状態なのだ。だからユリが使用していた場合、レンドルフが通常身に付けている解毒の装身具でも対処出来ない毒を盛られてしまえば数が足りなくなる。


「あの…あの主犯が脱走したことを彼に話は…」

「しない方がいいね。まだ第三騎士団のみしか知らぬ情報であるし、どこから得た情報かと勘ぐられるのも良くないだろう。彼が情報を得るのなら、親交のあるビーシス伯爵夫妻か、ミダース男爵家からでないと色々不都合もある。騎士団の方ではレンドルフ君が捕縛に携わったことは分かっているようだが、一応身分を伏せてパーティーに参加していたことを考慮して、素知らぬフリをしてくれているようだしね。それに下手に突ついて一緒にいた女性は誰だ、と興味を持たれるのも嫌だろう?」

「そう…ですけど…」


騎士も薬師も、場合によっては仕事の内容は家族にも漏らしてはならない守秘義務のある職業だ。それは薬師見習いも適用されるので、ユリが詳しいことを言わなくてもレンドルフも深く追求することはなく納得してくれるのは分かっている。しかし、情報を伝えるのが遅れたことによってレンドルフが危険に晒されるのではないと言う懸念もあった。


「我が家ですら再び違法薬物が出回りだしていることや、犯罪者が身代わりを立てて脱走していることに気付いたのはごく最近だ。こういった言い方は何だが、我々が後手に回っているうちに復讐しようと思えば簡単に実行出来ただろう。だがそれを選択せずに今までそんな気配もなかったことから、何か違う目的がある、と判断している」

「確かに、そうですね」


話の通り初夏辺りから彼女が自由に動けていたとしたら、まだ警戒していないテンマに近付くのはそう難しいことではなかっただろう。テンマはかつてはAランクの腕利き冒険者であったが、度重なる怪我で今は一般的な日常生活を送ることもギリギリといった状況だ。更に付け加えれば、彼の妻は身重の体だ。簡単ではないかもしれないが、近付こうと思えば不可能という訳ではないのはユリでも想像が付く。

元々脱走した女は、テンマが息子として引き取った甥に嫉妬して違法薬物を使用したというとんでもない犯罪を犯して破局したという経緯があった。その数年後にテンマが婚約するという噂を聞きつけて、やはり惜しくなったのか自分から離れることを許せない性分なのか、再度執着を募らせて襲って来たのだ。捕縛後まだ彼に執着を持って脱走したというのであれば、まだその感情はどうにか理解出来なくもない。しかし彼女の目的が一体何か分からないのも不気味なところだ。


「推測の域は出ないが、単独で脱走するだけならまだしも、身代わりを仕立てるのは誰かの協力が不可欠だ。しかも下位とは言え貴族令嬢だ。背後にはそれなりの人間がいるだろうね」


ユリは思わずゾワリと嫌な感覚が背中を伝うような気がして、無意識的に自分の腕を抱え込むような恰好になっていた。その様子を見て、レンザは自ら立ち上がってユリの隣に腰を降ろす。そしてキツく自分の腕を握り締めているユリの手をポンポンと宥めるように軽く叩いた。


「念の為に我が家の護衛も密かに付けさせるから、ユリは装身具を絶対外してはならないよ。レンドルフ君のことが心配かもしれないが、彼はあの体格だけでも高い耐毒性があるからね。ユリはきちんと自分が弱いということは自覚しているね?」

「はい。外しません。約束します」

「それでいい」


ミュジカ科の違法薬物は、種類によってはほんの少し体内に入るだけでユリには命の危険すらあるのだ。知らないうちに薬を盛られることを避ける為に、ユリはその薬草の香りを徹底して記憶させられた。匂いの記憶は悼ましい記憶と直結していた為に、それは辛い作業であったが生きる為には必要なことだった。歯を食いしばって乗り越えた今では、ほんの僅かな量でも嗅ぎ分けられるようになった。

通常の防毒の装身具では効果のないミュジカ科の薬は、もし混ぜられても自分ならば気付くことが出来る。ユリはこの積み上げた経験と記憶があれば、無効化の装身具を外さなくても助けられるのだと改めて心に刻んだ。


「不自由な思いをさせてしまうが、必ず元凶を突き止め、ユリが恙無く過ごせるように戻してあげよう。だから、少しだけ我慢しておくれ」

「ありがとうございます、おじい様」


覚悟を決めたのか、ようやく笑顔を見せたユリに、レンザは柔らかく目元を緩めて彼女の白い髪を撫でたのだった。



その日はレンドルフも休みだったので、ユリは昼のうちにレンドルフにキノコ狩りは半日で戻らなければならなくなったと詫びの手紙を送った。そしてその代わりに昼食はユリの方で準備すると書き添えた。レンドルフからの返事はすぐに届き、無理をして予定を空けたのではないかという心配と、それならば日を改めてもいいし、別の場所でもいいと色々な提案を書いて来てくれた。

深く理由は聞かないままにすぐ他のことを提案してくれるところがレンドルフらしく、ユリとしてもそれがありがたく、嬉しく思えた。


「あ、そうだ!温室!キノコ狩りから一緒にここに来ればディナーも一緒に…」


以前に二度、予約制のレストランという態で、大公家が管理している温室にレンドルフを招待したことがある。実際はレストランでもなんでもないのだが、レンドルフは変わった形態の店だと思っているのだ。そこならば完全に大公家の庇護下に入るので、安全に過ごすことも出来る筈だ。

だが、ユリはレンドルフが休みの翌日は早朝番の勤務だったと思い出して、フルフルと頭を振って考えを追い出す。レンドルフは体力はあるし慣れているかもしれないが、遠征任務を終えての休みなので負担を掛けたくはない。それにスレイプニルでエイスの街と王城を行き来するのは通常よりもはるかに速いが、ディナーを共にしてからでは今の季節では帰り道は真っ暗になってしまう。危険な目に遭わせるのも絶対に避けたかった。


ユリはすぐにレンドルフに向けて返事をしたためる。詳細は書けないが、今後の予定が大幅に変更になってしまったことと、次に行ける目処が立たないのでやはり半日でも一緒に出掛けたい旨を書き綴った。そのくらいでレンドルフが気を悪くすることは絶対にないと分かっているが、少しだけ祈るような気持ちでユリは瑠璃色の伝書鳥に自分の手紙を持たせて飛ばす。


それからしばらくレンドルフの手が離せなかったのか、日暮れ近くに薄紅色の伝書鳥がユリの元に届いた。少々短い手紙ではあったが、予定変更への快諾と、ユリを気遣う言葉が綴られていた。簡単な内容ならばギルドカードにメッセージを送り合うことも出来るのだが、こうして本人の書いた文字が手元にあるというのはやはり違う。


(早く終息するといいんだけど…)


脱走した女は、違法のミュジカ科の薬草を複数栽培していた。取り調べの際に自白剤を使用して栽培場所は全て差し押さえられているが、もし共犯者がいて女に他言無用の誓約魔法を施していたのならば、まだ判明していない栽培場所がある可能性は高い。芋蔓式に捕らえられた女の手下や、取り引きしていた闇ギルドの幹部などの証言から彼女が首領だったとは言われているが、それも本当かどうかも怪しくなって来た。むしろ背後に貴族などの厄介な権力とそれなりの資産を有した者がいると考えた方がいいだろう。


まだ時間が掛かりそうな予感に、ユリは小さく溜息を吐いたのだった。



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ユリから送られて来た手紙を読んで、レンドルフは落胆した溜息を吐いた。


そこには、予定していたキノコ狩りが半日しかいられなくなってしまったことと、そのお詫びに昼食をユリが準備することが書かれていた。ユリの持って来てくれる昼食は嬉しいが、それよりも一緒に過ごせる時間が少なくなってしまったことの方がレンドルフには残念に感じた。


手紙からは正確に感情は読み取れる訳ではないが、既に三桁を越える手紙のやり取りをしていて何となくユリの感情は分かるような気がしている。もらった手紙からは、残念そうな気配が滲み出ているように思えた。会う時間が短くなったことをユリも同じように残念に思ってくれることにほんのりと喜びを感じつつ、レンドルフも大分ガッカリしていた。しかし事情があるのなら仕方がない。いや、事情がなくても変更されて不満に思うような狭量さがユリに伝わるような真似はしたくない。

レンドルフは残念に思いつつも、それが伝わらないように気を付けて返信をしたためた。



自分の髪色に似たユリ宛ての伝書鳥を見送って、レンドルフは部屋の片付けを再開した。


近衛騎士団の寮から第四騎士団の寮に引っ越して来てから二つの季節が過ぎ、すっかりこの部屋の天井にも慣れた。以前の部屋の方が広かったが、大して私物は多くなかったので引っ越しは簡単だった。しかし今は前よりもずっと私物が増えている。特にクローゼットの内容量は倍以上になっていて、一部はクロヴァス家のタウンハウスに預けてあるくらいだ。前ならば騎士団から支給される鍛錬時の服と騎士服、式典用の礼服のみと言っても過言ではなかった。だが今では半分以上が私服で埋まっている。

何枚かはユリの見立てや揃いで仕立てた服であるが、他にも自身で買い求めたものもある。センスに自信がなかったのでタウンハウスの執事長経由で馴染みの商会にほぼ丸投げにしたが、それでもユリと出掛ける時に多少見栄を張りたかったのもあって質の良いものを頼んでいた。そのせいで以前に比べて服飾費が跳ね上がってはいるが、タウンハウスの使用人達に聞くとサイズ的に割高にはなっているがようやく人並みだと言われてしまった。


今は、さすがにもう着ないであろう夏物を箱に詰めていた。これから冬物が追加されるので、同じ数でも嵩張るものになって来る。箱詰めにした衣類はタウンハウスで預かってもらうことになっていた。これまでレンドルフは季節に関係なく普段着は寒ければ重ね着で済ませていたので、きちんとした冬支度は故郷でしていた以来だ。王都に来て何年も経つのに、いかに自分が騎士であること以外は無頓着に過ごしていたか改めて自覚した。


大方箱に詰め込んで一息入れようと顔を上げると、窓の外に青い鳥を模した伝書鳥が停まっていた。いつから来ていたのか分からないが、慌ててレンドルフは手を翳してユリからの手紙を受け取る。この青い伝書鳥を渡しているのはユリしかいないので、宛名など見なくてもすぐに分かる。


中を確認すると、やはりキノコ狩りは半日でも予定通りに行きたいことと、今後は予定が大幅に変更になりそうなので分かり次第連絡するという内容だった。


「王城内の異物混入の件かな…」


ユリの手紙には何も書いてはいなかったが、レンドルフは遠征に出る直前に王城内で起こった騒動のことを思い出した。王城の医務室や薬局で保管していた薬に異物が混入していたことが発覚して、実害はほぼなかったがかなりの量の回復薬などが総入れ替えになったと聞いていた。レンドルフが遠征に出た時はまだ終息していなかったが、戻って来た時には必要分の入れ替えが終わっていたので王城内はすっかり落ち着いていたのだった。だが、それでも各騎士団が非常用に確保している回復薬や傷薬は当分の間一割程減らすようにと周知されていた。


王城内での発表によると、敷地内に設置されている転移の魔法陣に使用する魔石の配置にミスがあった為に起こった事故、とのことだった。その配置した者が誰だったのか、指示を出した者、魔石を確認した者などの名は明かされないまま、魔導士団長が管理者として責任を取る形で二週間の謹慎と三ヶ月の減給を申し渡されたことでこれ以上の責任追及はないものとの通達が掲示された。これは事象そのものは大きかったがそこに悪意は存在していなかったことと、早期に判明したおかげで被害者がいなかったことから厳しい罰にはならなかったそうだ。


レンドルフには直接の影響はなかったので遠いことのように感じてしまうが、入れ替える回復薬は相当数に上ったので王城周辺の薬局にはそれなりに影響が出ていると耳にした。異物混入の被害の及ばなかったユリの勤めるキュロス薬局も、それに伴って影響が波及しているのかもしれないとレンドルフは思いを馳せた。


それならば仕方がないと、レンドルフは「当日を楽しみにしている」とユリに宛てて本日二度目の伝書鳥を飛ばしたのだった。



レンドルフはユリと知り合う前は、フォーマルスーツとジャージの両極しか持っていないようなタイプでした(笑)


ここ最近、閲覧数や反応がびっくりするくらい増えていて、日々思わずスクショしてしまう勢いで喜んでおります。ありがとうございます。

ただひたすらに書きたいものを淡々と書いているだけですが、それでも誰かに楽しんでいただけているのならこれほど嬉しいことはありません。これからもお付き合いいただけたら幸いです。

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