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353.遠征で温泉


掘り当ててしまった温泉のことをすっかり任されてしまったレンドルフは、隊長のオスカーにも「きちんと上には確認を取った」と根回しまでされて、遠征任務の大半を土木作業で費やしてしまった。これでいいのかと首を傾げそうになったが、第四騎士団は王都以外の地方支援を行うことがそもそもの存在意義であるので何ら間違っていないのだ。ただどうしても魔獣討伐が主になるだけで、災害時の救援物資の運搬や街道の復旧なども国に依頼があれば派遣される。

幸いにも魔獣避けの設置に向かったオスカー達はほぼ魔獣との遭遇はなく順調すぎる程に設置を進めていたので、レンドルフも安心して神官長の指示のもと露天風呂作りに邁進していた。時折レンドルフは休憩時間に近くの森に出向いて、ウサギ系魔獣やキノコや木の実などを収穫しに行って食事の品を増やしていたので、むしろ良い具合に遠征任務が回っていた。



「わあぁ〜思ったよりも立派ですね!」

「レンドルフ、お前建築方面でも食って行けるんじゃないのか?」

「風呂くらいしか作れませんよ」


遠征最終日の夜、神官長の勧めもあって完成した風呂に一番に入る栄誉を部隊全員にもらったので、夕食後に四人で出来たばかりの露天風呂にやって来たのだ。レンドルフが作ったのは湯船だけで、脱衣所は仮に作った土壁で囲んだだけだが、今のところ周辺にいるのは男性だけなので問題はない。これから冬場になると外で着替えるのは危険なので、近くの里から大工を呼んできちんとした小屋を建ててもらうそうだ。


源泉から湧き出す湯の温度は少々高めで、生活に使う為の貯水槽は近くに作っても問題はないが、風呂に使用するには向かないということで、露天風呂は少々離れた場所に作られていた。ちょうど神殿から東側の緩やかな下り坂になっている中腹辺りで、そのまま坂は湖まで続いているので排水路を作って自然に湯が流れ込むように設置しておいた。それだけ距離があれば湖に流れ込む際に影響が出ない程度まで温度も下がっている。調べてもらったところ、湯の成分は湖の水と同じものだったのでそのまま流れ込んでも特に問題はないと確認済みだ。今後何らかの影響が見られたら排水路の途中に浄化の魔石を入れてもらえばいいので、念の為使うかどうか分からないが魔石を入れられる場所も取り付けておいた。



ザブリと湯に体を沈めると、全員しばし無言で染み渡る湯を堪能していた。


「あ、こっちは温めですね」


神官長の要望で形を少々横に長くしていて、源泉から流れ込む場所は温度が高め、排水される方は温度が低めになるようになっている。ショーキはあまり熱いのが得意ではないのか、湯船の中をうろついて一番排水口に近い場所に落ち着いた。レンドルフもショーキの近くにいたが、一番年嵩のオスカーはこれも神官長の要望であった細く流れ落ちる湯の真下で、肩に流れを打たせて心地良さそうにしていた。オルトは湯船の中の仕掛けを楽しむようにあちこち触れて回っている。


「俺とレンドルフにはちょっと浅めだな」

「使用するのは神官殿ですから。あまり深くすると危険かと」

「それもそうだな。じゃあこの底の部分がザラザラしてるのは滑り止めか」

「はい。ちょっと手触りは悪くなりますけど」


湯船に入るまで三段ほどの浅い段差の他に緩やかなスロープも作っておいたので、足の悪い神官にもそこまで大変ではないように作り上げた。これはレンドルフが故郷で負傷した仲間の為に作ったことのある形状だったので、ここでも生かす形になった。他にも神官長の注文で、側面に丸い突起を幾つも作った。これは自身で背中や腰などに押し当てて使うそうだ。


「う〜ん、僕には良さは分からないですね」

「それはショーキが若いからだろう」


試しに色々と押し当ててみたショーキは首を傾げたが、オスカーとオルトには好評だった。ちなみにレンドルフは位置が悪いのかショーキと同じくいまいち良さは分からなかった。


「にしても、レンドルフ。こんなに色白だったんだな」

「幼い頃は乳母によく勿体無いと言われました」

「騎士だもんなあ。手とか顔とかでも白いと思ってたけど、それでも焼けてたんだな」


浅い湯船なのでレンドルフは胸の上辺りから完全に水面より上に出てしまっている。比較的日焼けしない質ではあるが、首と普段日に晒されない胸の辺りと比べるとハッキリと色が違っていのを確認して、オルトは改めて感心したように言った。騎士団の寮では部屋にシャワーは付いているが、共用の大浴場も設置されている。同じ寮に住んでいるショーキとはよく一緒になるが、既婚者で自宅から通っているオスカーとオルトとはこうして風呂に入るのは初めてだった。


「その肩は魔獣の噛み痕か?」

「ええ、ケルピーにやられました」

「ケルピー!?どんだけデカいのだったんだよ」


体温が上がっているせいか、上気しているレンドルフの肌に古傷が赤く浮かび上がっている。その中でも肩口にくっきりと付いている歯形は目を引いたのか、オスカーが尋ねて来る。レンドルフの答えに、オルトが目を丸くしていたので、この傷を初めて見た時のショーキとほぼ同じ反応だったので少々面白くなって笑ってしまった。


「まだ体が出来上がる前だったので、成長と共に広がっただけですよ」


まだ学生だった頃に長期休暇を利用して帰省した際、当然のように駆り出された魔獣討伐で水棲の馬系魔獣ケルピーに肩をガブリとやられて水中に引きずり込まれた。同行していた騎士と共にどうにか首を落として生還したのだが、ガッチリと肩に食らい付いたまま絶命されてしまったのでその場では外せず、数日肩に噛み付かれたまま帰還した時の傷跡だ。一応手持ちの回復薬を使用したので傷の腐敗は防げたものの、食い込んだ牙を取り出す為に再度傷を開いたのでこうして傷跡が残ってしまった。普段ならそこまで目立つ訳ではないが、体が温まると少々目立つ。

今ならば噛み付かれても水に引きずり込まれることはまずないし、そもそもその頃から倍以上の厚みになった体はケルピーの顎では届かないサイズになっている。


「オスカー隊長やオルトさんもあちこち傷があるじゃないですか。何か歴戦の騎士って感じカッコいいですよね」

「「「傷はない方がいいから」」」


一番新人のショーキは、子供の頃にスープを引っくり返して肘の辺りに小さな火傷の痕があるくらいで、あとは日々の任務で付いたすぐに治る切り傷や擦り傷くらいだ。寮の大浴場で一緒になる先輩達の歴戦の証を目の端で見ては、同じくらいの新人達と「先輩のあの傷はカッコいい」などとこっそり憧れたりしていた。しかし先輩の三人から異口同音にキッパリと否定されて目を瞬かせた。


「俺も昔は傷だらけの戦士ってカッコいいと思ってたけどな、今になると傷の少ない方が絶対カッコいいと思うようになった」

「オルトの言う通りだ。それに歳を重ねると、古傷が思いの外響いて来るぞ」


オスカーは深く頷いて、自分の右腕の上腕をグルリと一周するように付いている傷跡を軽く叩いてみせた。


「私が新人の頃、夜盗を捕らえようとしてバッサリやられてな。幸い皮一枚繋がっていたので再生魔法を頼らずに済んだよ」

「ひぇ…」


重傷であっても欠損していなければ、上級の回復薬と治癒魔法でどうにかなる。それもかなり高額にはなるが、再生魔法になるとはるかに費用が跳ね上がるのだ。しかも腕一本となれば、伯爵位を有している貴族でも厳しい金額だと言われている。


「若い頃は完治していたと思っていたが、30近くなった頃から動きに違和感が出てな。それを補う為に左手も使い始めたのだよ」

「それはそれですごいですね」


オスカーは力はそこまで強くないが、二刀使いの技巧派で有名だ。レンドルフも訓練で手合わせをしたことがあるが、非常に戦い辛い相手で力押しで辛勝か引き分けに持って行くのが精一杯だった。それが30代から身に付けたとは初耳だったので素直に驚いてしまった。


「傷跡は残らなくても、怪我はしないに越したことはないぞ」

「気、気を付けます…」


ショーキは実感のこもったアドバイスを聞いて、ひたすらコクコクと頷いていた。



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夜になって外が冷えて来たせいか、いつもよりも長く浸かっていてものぼせた感じがしない。そのせいか皆は星空を眺めながら取りとめのない雑談に興じていた。無事に任務も終わったので、気持ちも軽くなっているからだろう。


「そう言えばレンドルフ。庭先に咲いてた花、手紙と一緒に贈っただろ?相手から何か反応があったか?」

「あ、あのそれは」

「何だよ今更。照れるなって」


神殿に庭先に咲いていた花をレンドルフがぼんやりと眺めていたので、それを見たオルトが手紙に同封して送ったらどうだと教えたのだった。花によっては送るのは禁じられている種類もあるのであまり詳しくないレンドルフは考えもしなかったのだが、オルトが手紙に同封するには向いている花だと言われたので素直にユリに送ったのだった。


「庭先の…って、あの紫の?」

「おう。贈るにはいい花だろ」

「確かにそうだな。私も家族に贈れば良かったかな」

「俺は(ベル)に贈りましたよ」

「みんないいですね〜」


どうやらレンドルフ以外は全員正しく花言葉を知っていたらしい。そして全員がレンドルフの答えを待っているようで、じっと見られてしまってレンドルフは顔が熱くなるのを感じた。


「え、ええと…『可愛い花をありがとう』と…」

「……それだけですか!?」


多少他の装飾語も書かれていたが、ユリから貰った手紙は概ねそんな感じであった。

レンドルフは三男とは言え貴族令息であるし、女性への贈り物としてよく使われる花言葉くらいは知っていると考えていたのだ。もしレンドルフが知らなくても、相手の女性はさすがに知っていると彼らは思い込んでいた。それにショーキは、キュロス薬局で働いている薬師見習いのユリがレンドルフの手紙の相手だということを知っている。見習いとはいっても植物の専門家とも言える彼女が、まさか有名な花言葉一つ知らないとは夢にも思わなかった。


「まあ、そうそう人に言えないこともあるだろう。野暮なことをしてしまったな」

「それもそうですね。ま、喜んでもらえたんなら良かったな、レンドルフ」

「はい、ありがとうございます」


彼らはきっと恋人同士の甘いやり取りでも書かれていたのだろうと違う方向に解釈していたのだが、実際はあれ以上言える程の内容ではなかったのだ。しかしそんな齟齬にはレンドルフは気付かずに「確かに個人の手紙の内容はあまり話すものではなかったな」と納得していたのだった。



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その後、「太陽温泉」と名付けられた露天風呂に浸かった神官達が次々と健康になって行き、王都でも若返りの湯として随分評判になっていた。そのため近隣住民や観光客が絶えずやって来るようになり、温泉自体は無料で開放していたが結果的に地域が潤うようになった為に、神殿への寄付も増えたということだった。

その礼として、月に一度第四騎士団に神殿から新鮮なミルクが直送されることになった。さすがに騎士全員に行き渡る程の量ではないので、それはそのまま食堂に寄贈されて、シェフ姉妹が存分に腕を振るうのに役立ててもらうことにした。


こうして月に一度、食堂では特製シチューの日が出来て、それは騎士団の中で大好評になったのだった。



お読みいただきありがとうございます!


キッチリ年齢設定していませんが、レンドルフは20代前半、オスカー40代、オルト30代後半、ショーキ20歳前後くらいで考えてます。

オスカーは最初は第三騎士団に配属でしたが、子供が生まれてから少しでもお金に苦労はさせたくないと貴族位があればほぼ確実に役職に就ける第四騎士団に異動しました。他の団でも貴族位は出世に優位ではあるけれど競争率が激しいため、(当時は)実力的に微妙だったオスカーは第四騎士団を選びました。

今は他の団から引き抜きの話も来ますが、第四騎士団の水が合ったのかお断りしています。


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