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351.似たもの同士の花言葉

4/16 今後の展開に齟齬が発生するので、一部内容を変更しました。


「311.舞い込んだ縁談」

ハリの父親の設定を少し変更しています。

変更前・ホシノ子爵家の次男

変更後・ホシノ子爵家の次男がキィ男爵家へ養子に出された後、駆け落ち後は廃嫡されて平民に。


よろしくお願いします。


昼の薬局の営業を終えてから、ユリはエイスの別邸に戻っていた。本当はまだ王城の騒動は収束していないのでやって来る人間は多くヒスイの負担は大きいのだが、レンザが中心街の本邸にいられない時は警備の関係上ユリはエイスの別邸に戻るのは最初から決められている。

いつもユリがいない時に補助の為に来てくれている事務員の数を増やして対応してくれることになり、ユリはヒスイに申し訳ないと謝りながらギリギリまで作業をしていた。

ヒスイや臨時で手伝ってくれる事務員は、きちんと特別手当てを貰うことになっているので大丈夫だと屈託なく笑っていたのが幸いだった。



その日の夜に遠征中のレンドルフから伝書鳥が別邸に届き、ユリは安堵したように開封する前に一度封筒を胸に抱きしめて息を吐いた。今回の遠征はそこまで遠い場所ではなく、討伐よりは現地の騎士団の応援のようなものとまでは聞いていたのでそう危険はなさそうだったが、それでも心配をしてしまうのはどうしようもない。

あまり心配し過ぎてもレンドルフの腕を疑っているように思われたり、重いを通り越して執着のように取られないかとも考えてしまって、なるべく表に出さないように心掛けていた。それでも誰も見ていない場所ではついレンドルフの知らせに一喜一憂してしまう。


封を開くと、いつもより少しだけ便箋の枚数が多い。基本的に任務の詳しい内容は書けないし、レンドルフはユリが不安にならないようになるべく明るい話題ばかりを選んでくれる。それで枚数が多いということは、それだけ落ち着いた状況であるという証左でもあって、ユリは一字一字が丁寧に綴られた見慣れた文字の並ぶ便箋を指で軽くなぞった。レンドルフ文字は流麗とは言えないが、読みやすいように気を配っていることの分かる人柄の滲み出たものだ。それを思いながら指を滑らせると、錯覚なのは分かっているが少しだけ指先が温かいような気がした。


そこには、遠征先で拠点にしている場所で食事を用意してくれるのは非常にありがたいが、量が少ないのでユリの渡している粉末のスープが大変助かっていると綴られていた。


「神殿にでも泊まっているのかしらね」


遠征は魔獣討伐だと野営で自分達で全て用意するが、護衛任務ならば街で宿を取るか、その土地の有力者などの離れを借りることもあるそうだ。そしてそういった場所がない小さな集落や少し人里から離れた場所などでは、神殿を頼ることもあるという。以前レンドルフに空きがあれば学校や孤児院の一角を寝泊まりだけ使わせてもらうこともあると聞いたが、誰かが食事を用意してくれて量も少ないとなると神殿ではないかと予想したのだ。


他にも、ついでに仕留めたホーンラビットの肉はユリがブレンドした特製ハーブ塩を擦り込んでおいたので明日が楽しみであることや、宿泊している庭先に咲いていた花が可愛らしかったので紙に挟んで送るといったことも書かれていた。慌てて封筒の中を覗き込むと、白い紙が折り畳まれて残っていて、そっと引き出すと小さな青みがかった紫色の可愛らしい花が入っていた。摘んで直ぐだったのか軽く押し花のように平たくはなっているが、花自体はまだ瑞々しい色が残っている。


「これ…根が薬になる花…」


それは根の部分が咳止めなどに使われることもあって、ユリには割と見慣れた花だった。花自体は可愛らしいので大きな花屋などで扱っていることもあるが、小さく地味な為にブーケのメインに使われることは少ない。それに鉢植えなどは根を使用するので観賞用として出回っておらず、比較的気温の低い乾燥した地域に自生するのでレンドルフにはあまり馴染みがなかったのだろう。それでもこうして送ってくれたことが嬉しくて、ユリは押し花にしようか保存の付与が掛かった瓶に入れようかとしばし悩む。


手紙には、花に詳しい仲間の騎士から送っても問題がないと保証してもらった、と書かれていた。


(まあ花は毒ではないけど…それなら根っこごと送るようにアドバイスしてもよさそうよね?)


これからの季節、風邪を引きやすいので咳止めの効果がある薬草を送るのは有り得なくはない。レンドルフがユリのことをどこまで話しているかは分からないが、薬師見習いだと話していないなら尚更だ。しかし送られて来た花に何か効能があっただろうか、と考えて、ユリは本棚に入っている植物図鑑を引っ張り出した。


しかしやはり根には薬効があるが、花自体については特に記載はされていなかった。ユリはきっと見慣れない花だったので見せたかったのだろうと、レンドルフの気持ちを嬉しく思うのだった。



翌朝、身支度の手伝いの為に部屋を訪れた専属メイドのミリーが瓶に保管した花を見付けて、昨夜レンドルフの手紙に同封されていたとはしゃぐユリに少々怪訝な顔をしていた。


「何か良くなかった?薬効成分のあるのは根っこだけだし、別にこの植物は送るのは禁止されていないでしょう」

「いいえ…お嬢様…通常お花を贈られたら大抵は花言葉とセットで考えるものですよ」

「花言葉…そうなの?植物の特性は大体知ってるんだけど…」


植物と見るとすぐに毒かそうでないか、薬効成分は何かという方向に頭が行ってしまうユリを、ミリーは残念なものを見るかのような目で見つめた。何せユリは薬草の名前や種類、効能は大量に頭の中に入っているのに、一般的な貴族令嬢の頭に入っている花言葉に関してはほぼ皆無だと分かったからだ。


「えっと…じゃあ、この花の花言葉は、ミリーは知ってる…?」

「はい。比較的有名なので」


ミリーは生涯ユリに仕えると心に決めているので特に婚約者もいなかったが、元は子爵令嬢なのでそれなりに幼い頃から淑女教育は受けているし、学園では他の令嬢達と話をしているうちにいつの間にか知り得た知識もある。花言葉の有名なところはその生活の中で覚えたものだ。


「それは…聞いた方がいいのか、な〜」

「私には判断は付きかねますが…」

「そ、それはそうよね。…多分、レンさんなら変な意味のものは送って来ないわよね。ミリー、貴女の知ってる花言葉、教えて」


無駄にキリリと顔を引き締めたユリを見て、ミリーは「もしかしたらレン様も知らないで贈っているのかも」という予感が首をもたげたが、そこは敢えて言わないでおくことにした。


「その花の花言葉は『()()()()()()』です。他にも『()()()()()()()()()()』ですね」


ミリーの言葉を一瞬ユリはポカンとした顔で口を半開きにして聞いていたが、次の瞬間顔を真っ赤にしてオロオロと椅子から立ったり座ったりと謎の動きをし始めた。その様相を一部始終見たミリーは微笑ましいと思いつつも、令嬢の行動としてはどうなのかと遠慮なくユリの肩を掴んで椅子に座り直させた。


「あ、あのミリー…鉱物蔓草の花言葉とかは…あるの、かな…」

「普通にありますよ。『縁を繋ぐ』ですね。花の色にもよって意味が違うこともありますが、これは諸説あるのでどれを採用しているのかはご本人に聞くしか」


本当は「束縛」という意味もあるが、そこは敢えて伏せておく。窓辺に吊り下げられている鉱物蔓草は、元はそれなりに大きな植物なのでこれまで贈り物に使われることはほぼなかった為、そこまで花言葉は有名ではない。ユリに贈る前にレンドルフ自身も購入していたと聞いたので、特に花言葉など気にしていなかったのはすぐに分かる。

ミリーは贈られて来た紫の可愛らしい花をチラリと視界の端で確認して、令嬢の間では最もポピュラーとまで言われている花言葉ですら知らなかったのか、と複雑な気持ちになっていた。学園などでは、先に卒業して領地で離れて暮らしている婚約者から令嬢に贈られて来るカードにこの花をあしらわれていることが多かった。他にもしばらく会えない時に贈る花束などに紛れさせたりするので、令嬢達はそれを押し花に加工して身に付けている者も珍しくなかった。王都にいる平民の間でも、ハンカチに刺繍をしたりして贈り合うなど、遠距離恋愛の恋人同士にはそこそこ有名だ。

ユリは学園には通っていなかったし、社交もしていないので機会がないと言えばなかったのだが、年頃の少女が夢見るようなこともこれまでになかったのかと思うと、ミリーは悲しいような腹立たしいような気持ちがない交ぜになって来る。その感情はユリに対してではなく、彼女を取り巻いていた環境に対してではあるのだが。


「どうしよう…花言葉なんて今まで全然気にしないでいたわ…」

「レン様がご存知だったかは分かりませんし、意味があったとしても普通に受け取っても問題ない範疇と思いますが」

「そ…そうよね。ええと…多分私はお花はレンさんに贈ってないし…問題ないわよね」

「まあ、そうですね」


あれだけ色々と付与を注文したタッセルを渡している辺り問題ないとは言い難いのだが、ミリーはそこは言わないでおく。


(ある意味お似合いなのかもしれないですが…)


そう思ったことも深く胸の裡にしまい込んで、ミリーは決して口にすまいと誓った。これはユリにではなく、彼女を溺愛しているレンザに対してだった。


「私も何かお花を送った方がいいのかしら…」

「レン様でしたら拘りはないと思いますが、騎士様ですので花よりも保存食や傷薬などの実用品の方がお役に立つのでは。それにお嬢様から贈られた品に不満があるご様子でしたら、即座に回収致しますので」

「そこまではしなくていいから!それに、レンさんは多分大抵のものは喜んでくれるから…」

「当然です」


ユリの柔らかな髪を梳きながら、ミリーはフンスと鼻息荒く言い切った。何だかんだ言いつつ、ミリーもユリに大概甘いのであった。



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よく晴れた早朝、少し冷えた空気の礼拝堂でレンドルフ達は一番後ろで神官達を共に朝の祈りを捧げていた。歴史のある石造りの神殿は、あちこちに修繕の跡が見られた。礼拝堂の中で一段高いところに鎮座している石像は、元々白い石だったが経年やら一度どころか数回土砂に埋もれても尚戻って来るという経歴の持ち主なので、随分と茶色くなっていた。そのせいか石自体も摩耗しているので、辛うじて人の形を保っているという程度だが、それでもこの神殿の大切な神像なのは間違いない。

そんな歴史のある神殿に仕えている神官達は揃って高齢で、腰が曲がったり杖をついたりしたりしている者が大半だった。その高齢の神官達の中にいると、レンドルフは普段の倍以上の大きさに見えた。


神官長からは礼拝には付き合わなくても構わないと言われたが、やはり世話になっている以上はそこの習慣に合わせた方が良いと判断したからだった。オスカーからは隊長の自分だけが出れば体裁は保てると強制はされなかったのだが、神殿で寝泊まりしているのに何の事情もなく無視するのは何となく収まりが悪かったので、レンドルフとオルトも参加していた。ショーキだけは体質的な問題があるので仕方がない。その分彼は朝食の準備を手伝うと言っていた。


「あのぅ、騎士様」


礼拝も終わり居住棟に引き返そうとすると、杖をついた神官が遠慮がちに声を掛けて来た。


「はい、何か御用でしょうか」

「魔獣避けの任でいらしているのは重々承知ではございますが…お願いしたいことがございまして…」


巨漢のレンドルフと顔に傷があり目付きの悪いオルトはこういった時には後ろに下がってオスカーが対応する。隊長にその役目をさせてしまうのはどうかとも思ったのだが、オスカー自身がこれが一番話が早いので何ということはないと気軽に請け負ってくれていた。ショーキの場合は、この部隊の中にいると未成年に見えてしまうらしく、やはり大人を出せと言われてしまうので結局オスカーが話をすることになるのだ。


「我々が出来ることでしたら何なりとお申し付けください」

「ありがたいことでございます」


神官は深々と頭を下げて殆ど二つ折りになるような状態になった。


話を聞くと、ゴミを埋める為の穴が一杯になってしまったので、力のある者に穴を掘って欲しいというごく簡単な頼みだった。高齢者ばかりのこの神殿では、力のいる作業は大変なのだろう。しかし土魔法のレンドルフがいれば一瞬で終わってしまうものだ。オスカーが後ろのレンドルフに視線を送ると、レンドルフは進み出てすぐに請け負うと快諾する。


「場所を指示していただければ、今すぐにでもお作りしますよ」

「ああ、こんなことをご立派な騎士様にお頼みして申し訳ございません」

「こちらこそ泊まる場や食事を提供していただいておりますから。お易い御用です」

「では我々は先に戻っている。任せたぞ」

「はい、終わりましたらすぐに戻ります」


神官は何度も礼を言いながら、ゆっくりとレンドルフを案内する。杖を付いているので場所だけ聞こうと思ったのだが、過去の穴もあるので直接案内すると申し出られてしまったので、ゆっくりと歩く神官の後にレンドルフが続いた。詳しく知らない者が適当に穴を開けて却って迷惑になってもいけないので、ここは相手のやり方にあわせるべきだろう。

レンドルフはあまりすぐ後ろを歩いて圧力を感じさせないように、大きめに距離を取っておいた。



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案内されたのは神殿の真裏にある空き地だった。周辺は畑や果樹などで使用されているが、ここは建物で一日の大半が日陰になるので特に何も育てていないようだ。


「石が置いてあるところは埋めて間もない場所ですので、そこを避けていただければ」

「分かりました」


神官に説明をされて眺めてみると、石の置かれた場所の周辺は少しだけ凹んでいた。おそらくゴミを埋めた場所に土を掛けたが、地中のゴミが分解されてその分嵩が減ったのだろう。その場所にうっかり穴を掘って埋めたゴミが再び出て来てしまうのを防ぐ為の目印のようだった。


「この辺りでよろしいでしょうか?」

「はい。はい、その辺りで」

「大きさと深さは…」

「さようですなあ…騎士様の大きさくらいですと数年は使えますので、そのくらいでお願いいたします」

「承知しました」


基本的に神殿は質素に生活していて、食事も野菜の皮なども無駄にせずに使うし、服は丁寧に繕い幾度も姿を変え、雑巾にもならないところまで使い込んで最終的に火種になるところまで使い切る。10人近くがこの神殿で暮らしているようだが、全員が高齢であるしそこまでゴミになるようなものが出ないらしい。


「では、こちらに掘りますので、少々離れてください」

「よろしくお願いします」


レンドルフは神官が十分な距離を取るのを待ってから、周囲に石のない地面に向けて手を翳した。


「アースウォール」


いつも魔獣を処理する時の要領で、下に向かって土壁を伸ばす魔法を発動させる。



「…え?」

「おおっ!?」


いつもの通り地面に魔力を通した瞬間、ほんの僅かだが今まで経験したことのない奇妙な感覚が走った。何かおかしいと感じた瞬間、レンドルフの掌に温かな水が掛かったかと思ったら穴の中からレンドルフの背よりも高く一気に水が吹き出して、空に虹を作ったのだった。




レンドルフが送った花と花言葉は紫苑のイメージです。

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