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349.ツーストリウム神殿へ

トータル400話目になりました!


読んでいただいている皆様、評価、ブクマ、いいねなど反応を下さる皆様のおかげでここまで続けられて来ました。ありがとうございます。


これからも好きなものを詰め込んで楽しく書いて行くことを心掛けて続けて行きますので、共にお付き合いいただけましたら幸いです。


秋晴れの心地好い天候に恵まれて、予定より少しだけ早く遠征先の拠点であるツーストリウム神殿に到着した。


「よろしくお願いいたします」

「お待ちしておりました。あまりおもてなし出来ませんが、騎士様は休息が大事と伺っております。どうぞ自宅のようにお寛ぎください」

「お気遣いありがとうございます」


出迎えてくれた神官長は、加齢によって真っ白になった髪の小さな老人だった。王都に隣接しているとは言え、冬場は雪に閉ざされるような高原地帯では大丈夫なのか心配になるくらいだったが、歩く姿は矍鑠(かくしゃく)としている。

代表して隊長のオスカーが挨拶を交わし、後ろで控えているレンドルフ達は深く頭を下げた。


このツーストリウム神殿は、通称「太陽神殿」と呼ばれている。

この国の信仰は太陽神キュロスを主としているが、地方や気候などの特性によって別の神を奉っている場所も多い。例えば大半が海に面している南の辺境領では海神トセツワを信仰している者が多く、レンドルフの故郷である北の辺境領では土地神にまつわるご神体があちこちに置かれていて、そこに挨拶をしたりちょっとしたお供えをすることが生活の中に溶け込んでいる身近な存在だったりする。戒律に厳しい一神教の国も存在しているが、どちらかと言うと世界的に見ればこの国のように戒律の緩い多神教が大半だ。その為神殿には主神キュロス像や壁画の他にも、別の神や眷属を多数奉っている場所が殆どだ。

だがこのツーストリウム神殿は通称の通り、太陽神キュロスの像のみを中心に据えている数少ない場所だった。言い伝えは多数あるが、一番有名なのは昔山崩れで神殿も呑まれる被害が出た際に、神殿のあった場所にポツンと太陽神の像だけが残されていたという伝承だ。それ以来、立て直された神殿にはその神像のみが奉納されている。



「折角ですので、夕刻前に周辺に魔獣避けを設置して参ります」

「お疲れのところ、ありがたいことでございます」


神殿の敷地内にある居住棟の一角を使わせてもらうことになっているので、そこに荷物を置いたら日暮れまで神殿の周囲だけでも魔獣避けの魔道具を設置することにした。王城から早朝に出発して、駐屯部隊で魔道具の受け取りを経由してからこの場所に来ているので、移動距離はそれなりに長かった。普段から鍛えてはいるが、長距離移動に疲労を感じていない訳ではない。が、神殿にいる神官長を始めとする神殿に仕えている者達の顔を見た途端、あまりにも高齢者が多いのでこれは至急周辺だけでも魔道具の設置が急務だと部隊全員が察してしまった。


「それでは私とオルトが東側、レンドルフとショーキは西側の敷地の外側に設置するように手分けしよう。魔獣が出ても襲って来ない限り深追いはしないように。途中でも山裾に日が入ったら切り上げること。いいな」

「「「はい」」」


オスカーの指示のもと、二手に分かれて魔道具の設置を行うことにした。この辺りは人の生活圏内なので大抵の野生動物や魔獣は襲って来ることは少ないし、繁殖シーズンでもない限り凶暴な個体は殆どいない。基本的に一人でも対処可能なものしかいないと思われるが、用心の為に二人一組で作業を行う。討伐ならば気を張って対処出来るかもしれないが、今回の主目的は魔道具の設置だ。そこに気を取られて何かあっては遅いのだ。



「レンドルフ先輩〜。こっちの枝を支えてもらっていいですか?」

「これか?」

「はい!それちょっと足場にして飛ぶんで、力掛けます」

「ああ、気を付けろよ」


木に登って周囲を警戒しながら魔道具を仕掛けるポイントを確認していたショーキに呼ばれて、レンドルフは言われるがままちょうど自分の身長と同じくらいの高さにせり出している枝をヒョイと掴んで固定する。レンドルフが掴んだ枝は隣の木に向かって延びていて、そこを足場に経由すればいちいち降りなくても次のポイントに楽に移動出来そうな位置にあった。しかしショーキの見立てでは少し長めに延びているので、踏み込んでも折れはしないが大きくたわんで飛距離が足りなくなりそうだった。それをレンドルフに支えてもらうことで強度を補ってもらったのだ。

ショーキは一応平民の後輩であるので、本来ならば貴族の先輩には普通ならばとてもではないが頼めないが、レンドルフは任務をスムーズに遂行するならそういったことに一切拘らないので気楽にお願い出来る。それに連携の為に訓練で何度もレンドルフに足場を担当してもらって放り上げられているので今更でもある。


ショーキは隣の枝からレンドルフの支える枝に飛び降りて、思い切り踏み込んだ。一瞬視界の端に支えているレンドルフの顔が見えたが、かなり力を掛けた筈なのに平然としてビクともしない。いくら小柄と言っても男性一人分なのでそれなりに荷重が掛かる。しかしレンドルフからすればそれこそリスが枝を渡って行った程度にしか感じていないのだろう。鍛えてもあまり筋肉の付かない体質のショーキは、次の枝に飛び移りながらチラリと少しだけ羨ましいと思ってしまった。


「あちらの方角に目印が見えます!」

「分かった。じゃあこの辺りに一つ設置しよう」


枝の上から木々の間を見渡したショーキが、前方に腕を伸ばして下にいたレンドルフに知らせた。この周辺は針葉樹が多く、またそれほど葉が落ちておらずに見晴らしが良くない。ショーキのように木の上から眺める方が目標を発見しやすいのだ。

神殿が所有する敷地には森が含まれていて、特に壁が設置されている訳ではないので境目には目印になるように木に黄色い布が巻き付けてあるのだ。今回はその目印に従って神殿の敷地の境目辺りに魔獣避けを設置することになっていた。

この魔道具は消耗品で、中に組み込んだ魔石が魔力を使い果たすと自壊して土に還る。その為使用期間も三か月程度だ。人を襲う類の魔獣は討伐する必要はあるが、それ以外の魔獣まで追い払ってしまうと生態系が崩れる恐れがある。それにあまり強力な魔獣避けを常時稼動させるには高価な魔石を常に補充しなければならないことと、群れが住処を移して近隣の領に侵入することにもなる。そういった観点から、冬眠前に人里に降りやすい時期だけこうして魔獣避けを設置するのだ。手間は掛かるが、現在はそれが最善だとされている。


レンドルフが担いでいた背嚢から片手くらいの大きさの黄色い箱を取り出し、木の根元に置いた。安定するように地面に飛び出している木の根の間に挟み込むようにして、更に安定するように隙間に石を噛ませておく。目立つ色にしてあるのは、ここまで人が来た時に魔獣避けを見付けて引き返すように注意を促す為だ。


「この時間で太陽の位置があの辺りだと…ここだな」


ショーキが周囲を警戒しながら木から降りて来る間に、レンドルフは胸ポケットに入れていた時計付きのコンパスで確認しながら地図に印を付けた。


「枝の間から二つ先まで目印確認出来ましたから、僕が先導しますよ」

「助かる。ああやって身軽に木に登れるのは羨ましいな」

「そうですか?」

「木登りは出来ない訳じゃないんだが、耐えられる枝が少なくてなぁ…」


何故か遠い目をしてレンドルフが木を見上げたタイミングで、少々強い風が吹いて一斉に周囲の枝がザワザワと揺れた。ついショーキには木々がレンドルフの木登りに恐れをなしているように思えてしまって、吹き出しそうになるのを堪えて頬の内側を強く噛み締めてしまった。


「でもこうやって担当が分かれてるから僕は先輩と同じ部隊になれたと思いますし。良いことです」

「そうだな。それは良いことだな」

「……なるほど」

「?今、何を…」

「いえ、本当に良かったな、って」


(貴族で優秀な騎士だけど、気を許した相手にはこうも素直なところがモテる理由なんだな)


レンドルフは顔だけならば夜会でダンスの申し込みの長蛇の列が成せそうだが、全身を見ると圧倒的な巨漢なので令嬢達は遠巻きにしている。レンドルフ自身もそれが分かっているので、余程のことがない限り自分から声を掛けることもないのだ。しかし何度かでも言葉を交わせば、貴族の生まれであるが物腰は柔らかく気配りも人一倍で控え目、そして後輩など目下の者への面倒見も良いことはすぐに分かる。

近衛騎士であった時は、職務上関わる者以外とあまり親しく出来ない空気感があったのでレンドルフの外見の存在感だけが一人歩きしていた。しかし今は平民が最も多い第四騎士団で、役職でもなんでもない平騎士だ。それでも態度を変えずに仲間と友好を深めている姿を、通りがかりに目にする者も増えていた。


レンドルフは全く自覚はないが、側にいるショーキはじわじわと王城で働く女性の間でレンドルフの人気が上昇しているのを肌で感じている。ただ実際にアプローチを掛けて来ないのは、レンドルフが複数の女性と平行して付き合っているという噂があるからだ。ショーキは魔力でそれが全て同じ女性の変装だと見抜いているが、どうせ入り込む隙もないほどなので、それはそれで良い虫除けだと思っている。



「あと三カ所は設置しておきたいな」

「そうですね。そうすればこの辺りは結構カバー出来ますね」


地図の上に指を滑らせて、レンドルフが設置していない辺りを示す。必ずしも今日やる必要はないが、ここで戻ってまた再び来るくらいなら纏めて済ませてしまった方が楽なのだ。


「少し急いだ方が良さそうだな」

「二個は余裕ですが、三個となると結構ギリギリそうですもんね。行きましょう」


ショーキも太陽の位置をチラリと確認して、レンドルフを先導する為に前に立った。


「!?」


不意に頭の脇を魔力の固まりがすり抜けて行った感覚がして、ショーキは息を呑んで硬直した。一瞬で自分の髪が逆立ったのがハッキリと分かった。


「あ、すまない」

「レレレレレンドルフ先輩…?」

「あっちにホーンラビットがいたから、こっちに来る前につい」

「い、いいんです、いいんですけど…」


ショーキも感知能力は高いので、何かが来ているのはすぐに気付いた。が、それを声に出して知らせようとした瞬間レンドルフが攻撃魔法で仕留めていたのだ。勿論レンドルフが自分に攻撃して来るとは一切思っていないが、それでもすぐ傍を魔力の固まりが高速で通り過ぎて行ったものだから、体が反射的に危機を感じてしまったのだ。


「本当にすまない…今、回収して来るから、木を背にして動かないでいてくれ」

「お、お願いシマス」


ショーキはレンドルフに言われた通りに巨木に背を付けるようにして、攻撃を仕掛けた方向に向かって走り去って行く姿を見送った。逆立った髪の毛を片手で撫で付けながら、もう片方の手を腕ごと幹にしがみつくように回した。心は理解していても、膝の細かい震えがまだ止まらない。それはあまりにもみっともないので、ショーキとしては、レンドルフが戻って来るまでにはどうにか治まって欲しいと必死に足に力を入れていた。


「大丈夫か?」


体の芯の方にまだ微かに震えが残ってはいたが、腹に力を入れればどうにか止められる程度まで治まった頃、片手に何か色々抱えたレンドルフが行った時と同じくらいの勢いで戻って来た。その腕の中には、どう見ても仕留めたと言っていたホーンラビットとは違うものも抱えられている。


「は、はい。その…先輩、それは」

「行き掛けに届く範囲に岩尾鶏(ロックカクテル)とフェザーラビットがいたからついでに」

「ついでの方が多くないですか!?」

「あと、サンバマッシュルームも」

「…そう言えば先輩も北の辺境(クロヴァス)領の出身でしたね」


北の辺境は広大な領地の半分以上が豊かな森で占められているが、その分魔獣も多く気候も厳しい土地だ。その為、北の辺境領出身の人間は森で食べ物を発見する能力が全般的に高いと言われている。すっかり王都に馴染んでいるように見えて、レンドルフにもしっかりその伝統が受け継がれているようだ。


「急いで魔獣避けを設置しよう。戻ったら捌くから、素材は神殿で使ってもらおうか」

「そ、ソウデスネー」

「ショーキは肉よりもキノコの方がいいと思ったんだが、大丈夫だったか?」

「はい、好物です…」


大きなレンドルフの片手からはみ出しそうなサイズのグレーのキノコの株を差し出されて、ショーキは引きつりつつも思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。このサンバマッシュルームは今の季節にしか穫れないもので、熱を通すと真っ白になって味も香りも非常に良いキノコで、シンプルにバターと塩で炒めるだけでメインになるくらいだ。しかし熱を通さないと全く香りのしない地味な見た目なので、見付けるのは目が慣れていないとなかなか難しいのだ。


「僕、絶対何があってもレンドルフ先輩に着いて行きますから」

「?あ、ああ、分かった」


レンドルフと共にいればどんな状況でも飢えるのだけは避けられる、と確信したショーキは、両手を固く握り締めて力強く宣言したのだった。



サンバマッシュルームは、舞茸のイメージで(笑)

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