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348.小さな約束とささやかな予感

ありがたいことに、自作品の中でポイントが一番高い作品になりました。読んでいる方からすればまだ完結していなく、この先どうなって行くのか分からない状態でも面白いと思っていただけた数字なのかなと思うと嬉しい&励みになります。


まだ物語は続いて行きます。これからもよろしくお願いします。


レンドルフの前の皿の上の飴掛けは、あと数個で全てなくなりそうだった。レンドルフにしてはゆっくりと食べていたので、食べ終えたらそこでこの休憩時間を終わらせるつもりなのだろう。折角の早番で早めに体を休める時間をこうして使ってくれたことをユリは申し訳ないと思いつつ、心の隅でもう少しだけと望んでしまう声もする。


「レンさん、もうすぐ遠征でしょ?傷薬とかは大丈夫?またいつもの渡そうか」

「まだあるけど遠征から戻ったら大分減ると思うし、その時に貰えたらありがたいな」

「分かった。準備しておくね」


ユリが定期的にレンドルフに渡している比翼貝に入った傷薬は、ユリがギルドに納品する際に規格外として弾かれたものだ。そういったものは販売することは禁じられているが、自分や身内などが使用する分には問題ない。ユリは弾かれた中でもレンドルフに渡すものは特に厳選して、規格よりもほんの少しだけ効果が高いものだけを渡していた。あまり効果の高すぎるものだと、普通のものを使用した際に違い過ぎて感覚がおかしくなる危険性があるからだ。


「でも本当に無理してないよね?いつでもちゃんと買い取るよ」

「前よりは減ったけど、ゼロにはならないの。だから廃棄するよりはレンさんが使ってくれた方が嬉しい」

「それなら遠慮なく貰うよ。その代わり何か別のものでお礼をするから」

「そういうのもいいのに…」

「俺がしたいからするだけだよ。もし何か欲しいものがあったらユリさんも遠慮なく言って?」


ユリは自分で渡したいから渡しているだけなので、何かお返しと言われても困ってしまうのだが、逆に自分がレンドルフの立場なら何か礼をしたいと考えるだろう。何か丁度いいものはないだろうか、としばし考え込んで、ふとあることを思い付く。


「レンさん、遠征から帰ったら休暇取れるのよね?」

「うん。戻った翌日から二日間」

「もし良かったら、二日目に前に行った果樹園に行かない?確かこの前からキノコ狩りも始まったって」

「それはいいな。果樹園で管理してるなら安全そうだし」


秋になると山には様々な種類の実りがもたらされる。キノコもその一つだが、それは野生動物や魔獣も呼び寄せるのだ。多少の危険も伴う為、この季節には薬草採取と同じように特定のキノコを穫って来るように冒険者ギルドに依頼なども増える。

果樹園のように管理された場所であれば、安全にキノコ狩りが楽しめるし、うっかり毒キノコを持ち帰ってしまうこともない。ただ人の手で管理出来るキノコは限られているので店頭でも買い求められるようなものだけなのだが、それでも冒険者ではない一般人や子供なども自分の手で収穫する楽しみがあるので人気のある行事だった。


「じゃあレンさんが戻って来た翌々日に行こうね。あ!でも疲れてたりしたら無理しなくていいからね!絶対無理しないでね!」

「分かった。肝に命じるよ」

「遠征でも、怪我には気を付けてね。レンさんなら大丈夫だと思うけど、無事に帰って来てね」

「うん、約束する。それに、これもしっかり付けたしね」


脇に置いていた自身の大剣を、レンドルフはヒョイと片手で軽く持ち上げてみせた。その柄の部分には、これまでなかった小さな金属の輪が取り付けられていて、その先にユリが贈った二本目のタッセルが揺れていた。


「付けてくれた魔石の相性が良いみたいで、強化の魔力が前よりも流れやすくなったみたいなんだ。だからきっといつもより討伐が楽な筈だよ。あ、勿論油断はしないよ!」

「そう…良かった…役に立てたなら、嬉しい」


(きっと、この先貴方に何があっても、それはもっと役に立てる筈)


いくら準備をして臨むと言っても、討伐には危険が伴う。冒険者として一緒に出掛けていた時とは違い、ユリは今はただ無事を祈って待つだけだ。せめてその場にいられないのなら、これからもレンドルフの役に立つものを贈りたいとユリは改めて強く思ったのだった。



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ウォルターは一部の者しか利用出来ない秘密の通路を通って、第一王女アナカナを誰の目にもつかないようにこっそりと部屋に運び込んだ。

本来は男性騎士が単独で女性王族の私室に入り込むことは咎められることではあるが、ウォルターは団長でありながら色々と慣例を無視しまくっているので今更だ。そもそも王女が護衛も付けずに城下に出掛けて買い食いをしているのを見逃しているのだから、一つくらい罪状が増えたところで刎ねられる首は一つきりだ、と開き直っている。


「シオン、パンジー」

「はぁい」

「こちらに」


部屋に入って声を掛けると、少し間延びしたおっとりした声と低めで平坦な声が返って来て、物陰から二人の侍女が顔を出す。どちらも極めて小柄な体型で、侍女服がまるで子供のごっこ遊びでもしているかのような印象を受ける。が、彼女達はウォルターが厳選した「影」と呼ばれる諜報員兼アナカナの専属護衛である。シオンは柔らかな紫色の髪に同じ色合いの瞳で、垂れた目に少し広めで丸い額が優しげな印象を与えるが、実は元騎士で短剣を扱わせると並みの騎士では歯が立たない程の腕前だ。パンジーの方は金髪というよりも麦わら色の髪に茶色の瞳、一重で切れ長の目に瓜実顔と地味な顔立ちだがその分化粧などで別人レベルに印象を変えることが出来る変装の達人だ。パンジー曰く、この顔も丹念に化粧をして化けているので、素顔で会えばウォルターも気付かないだろうということだ。


「あらまあ、姫様すっかり安心なさって」

「ひとまずお着替えは後にいたしましょう」


シオンとパンジーがアナカナの入っている鞄を覗き込むと、彼女は膝を抱えて丸くなってクウクウと小さな寝息を立てていた。その胸元には、薬局から貰って来た紙袋が抱えられている。シオンが鞄の中からアナカナを抱き上げると、さっさと奥の寝室に運び込む。


「団長様。お留守の間に昼食が運ばれて来ましたが、お言い付け通りに処理してあります」

「ご苦労だった。明日の朝食までは引き続き警戒を頼む」

「畏まりました」


パンジーがアナカナが不在の間に起こったことを時系列に記したメモをウォルターに手渡す。ウォルターはざっくりと目を通して、大方の予想通りだったのでそのままパンジーに返した。


「団長様ぁ。姫様の持ち帰られた袋はいかがしますか?」

「あれは殿下が召し上がったものの残りらしい。問題はないだろう」


アナカナをベッドに寝かせたらしいシオンか戻って来てパンジーの隣に並ぶ。この二人は同じくらい小さいので、ウォルターの前に並ぶとほぼ真上を向くような恰好になる。


この両名が選出されたのは、今はまだ無理があるがアナカナがもう少し成長すれば影武者を務められるようにする為だった。それにすぐにどこかへ隠れてしまうアナカナを見付けやすいというのもあった。


「それでは後は任せた」

「「はい」」


ウォルターとて近衛騎士団長を務めているので決して暇な訳ではない。が、現在アナカナのことを任せられる人手が足りないので、自分で対処するしかなかったのだ。仕方がなかったとは言え、やはりレンドルフの抜けた穴は大きかった。


(あの薬局で月に数日でもいいので預かってもらえんだろうか…いや、あそこは大公家の管轄。さすがに王家の姫を見てもらうには無理があるか…)


以前ならば、脱走したアナカナを迎えに行くのはウォルターとレンドルフで手分けしていた。どちらも都合が付かない場合は、レンドルフの前に副団長を務めていた元騎士にこっそり頼んでいた。彼は既に騎士団を引退して、通称「第五騎士団」と呼ばれている後方支援担当の部署で、週に数回雑用をする為にやって来る非常勤になっている。今もウォルターがどうしても離れられない時は頼んでいるが、あまり頻繁に依頼するのも警備上よろしくない。


(人手…どこかに落ちていないものだろうか…)


そんな有り得ない願望を心の中で唱えながら、ウォルターは自身の執務室で山積みになっているであろう書類を想像して遠い目になっていた。



---------------------------------------------------------------------------------



「ヒスイさん、今日はありがとうございました。全然お役に立てなくて…」

「そんなことないって。ユリちゃんが在庫を最初から出しておいてくれたから助かったし」


レンドルフが帰って行き、使っていたカップを片付けて戻ると、薬局の方の在庫確認はヒスイが全て終えていた。改めてユリはヒスイに頭を下げる。

普段なら在庫が少なくなった時には、人が途切れたのを見計らってユリが奥から出していたのだが、今日は全く人が途切れなかったのだ。一応いつもより人が多く来るかもしれないと知らせがあったので裏から頻繁に運ばなくても済むようにカウンターの下に在庫を隠して置いたが、昼頃にはそれもなくなってヒスイが一人で品出しと接客を行っていたのだ。ユリも少しでもヒスイの負担を減らそうと、倉庫の方で箱詰めなどをやってはいたが、どう考えても今日はヒスイに負担が掛かり過ぎていた。


「でもしばらくは続くかもしれませんよ。どうにか私が手伝えるようにしないと」

「それなら閣下に報告して警備担当の人を回してもらいましょ。裏でユリちゃんが箱に詰めて、店の方に運んでもらうのをやってもらえば専門知識なくても大丈夫だしね」

「そうですね」

「だけど続くって、何か聞いたの?」


一瞬ユリはアナカナとの話を言ってもいいものか迷ったが、アナカナが「異界渡り」のことやあちらの記憶があって預言書らしきものを覚えているということを避けておけばいいかと、取り敢えずヒスイに「王城内で保管している薬に異物が混じっているのが発覚した」とざっくり説明した。


「だからこっちに急遽買いに来たのね。道理で見たことない騎士様が多いと思った」

「大丈夫でした?」

「うん、基本的にみんな紳士的だし。あ、でも初めて来る方でちょっと態度が大きい方が何人かいたかな。多分貴族だと思うから想定範囲内だけど」

「ああ…確かにいつも来る第四騎士団の方は平民が中心の騎士団ですからね」

「でもレン様はいつも物腰が丁寧でお優しいじゃない。やっぱりそこは当人の資質だと思うけど?」

「そ、そうですかね…」


自分のことではなくてもレンドルフが褒められるとユリとしても悪い気はしない。つい頬の筋肉が上がってしまいそうになるのを、意識して押さえるようにしたが、ヒスイにはすぐにバレたらしくニンマリとした笑みを向けられてしまった。


「ところで、王女様とはどうだったの?嫌なこととか言われなかった?」

「それは全然。それにまだあんなに小さな子ですよ?」

「そうだけど…噂では天才だけど変人って聞くし。実際会ってみて全く年相応って感じしなかったから…」

「それはそうでしたね。……ええと、私が大公家の人間、ってことはバレてました」


サラリと重大なことを告げられて、ヒスイの顔色が変わる。一応ヒスイはこの施設の同僚兼護衛のようなものなので、ユリの出自も知らされていた。勿論他言しないように誓約魔法を掛けられている。基本的にこの施設に雇用されている人間は、無駄な問題に巻き込まれないように詳しい出自は外部に知られないようになっている。その中でも最重要機密とも言えるユリの身分を、あっさりと王族が知り得たというのは大問題だった。


「ちょ…!それ、マズいんじゃないの!?」

「後でおじい様にも報告しておきます。それに、多分知ってるのはあの王女殿下だけだと思いますよ」

「それでも、うっかりどこかで口走ったら…って、あの王女様はなさそうな気もするけど」

「他の人に漏らすなら、もうとっくにしてると思います。それにあの方なら大丈夫な気がしますし。何となく、ですけど」

「そ、そう?ユリちゃんが言うなら…」


ユリとしても初対面のアナカナにそこまで信頼感があるかというと、疑わしい部分はある。だが彼女を年相応の幼女と見なくても良いだろうというのはあの短時間で理解した。おそらく成人した高位貴族並みに大人の事情を察しているだろうし、迂闊にユリの身分を漏らせば大公家を敵に回すことくらいは予測している気がした。

それにあの幼い外見にそぐわない言動と思考力の一端を見てしまうと、彼女は何らかの特殊な能力を有していると認めざるを得ない。それが「異界渡り」で前世とやらの記憶があるからなのかは分からないが、その特殊能力のせいで余計な苦労を背負い込んでいるのは垣間見えた。

ユリの記憶は曖昧ではあるが、大公家唯一の直系として命を狙われたことも、元婚約者の家で虐げられていたこともある立場としては、どこかアナカナに同情を寄せてしまう気持ちもあった。


直接何かされた訳ではないがユリは王族に対してはどこか本能的に忌避感を覚えるのだが、アナカナだけは何となくその感覚が薄い。またこっそりお忍びで彼女が来るような予感がしたが、それを考えても特段憂鬱な気持ちにならなかった。


(そう来られても困るけど…もし来たら、またおやつを出してあげようかな)


ユリが出したものを上機嫌で食べているアナカナを思い出して、ほんのりと微笑ましい気持ちになるくらいには受け入れている自分をあらためて自覚したのだった。



お読みいただきありがとうございます!


アナカナが後継候補第一位なのに微妙に立場が悪いのは結構根深い理由がありますが、両親の王太子夫妻から邪険にされている訳ではありません。強いて言うならラザフォードの徹底した博愛主義で、妃達も子供達も平等に扱う為に、各々の後ろ盾がいがみ合っている構図を作り出している感じです。その辺りの話はタイミングを見て「閑話」などでいつか。

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