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341.牽制のお茶

なろうの仕様が変わった影響で、入力していたキーワードがまるっと消えてしまいました。修正しましたがうろ覚えだったので変わっているところもあるかと思います。

方向性は変わっていませんので、今後ともよろしくお願いします。


待ち合わせの時間よりも少し早めに到着したレンドルフは、店の外でユリを待っていた。店のすぐ前ではレンドルフのような大柄な騎士が大剣を腰に下げた状態で待っているとただの営業妨害だと思って、通りを挟んだ街灯の下にあったベンチに座っていた。周辺にはあまり店もないので、通って来た市場よりもはるかに人通りが少なく見通しも良い。ユリが使っている馬車が来ればすぐに分かるし、向こうからもレンドルフは見付けやすいだろう。


正面に見える店は小さな看板が掲げてあるだけで、パッと見には一体何の店かも分からない。知らなければ店と気付かれないかもしれない。この店は、パフーリュ産の小麦を使用したパスタやピザ、サンドイッチなどを提供している店で、中でもパンケーキが密かに人気だと聞いていた。パフーリュ産の小麦はあまり量が穫れないので、王都で定期的に卸しているのはこの店だけらしい。


レンドルフがこの店を知ったのは、先日の礼としてクロヴァス家タウンハウスの執事長からオランジュの滞在先を調べてもらってワインを贈ったところ、オランジュから丁寧な礼状と共にこの店の紹介状が同封されていたからだった。その礼状には「この紹介状を見せれば特別室にご案内するように申し伝えておりますので、先日のお連れ様と我が領自慢の小麦をお楽しみください」と書き添えられていた。

先日の期間限定で各領の名産品を出すレストランで、パフーリュ産の小麦でパンは作っていないのかと給仕に尋ねたのがオランジュの耳に入ったのだろう。



少しした頃、見覚えのある特に紋章のない馬車が停まった。これはいつもユリが赤い髪の妖艶美女に変装する際に使っているものだ。レンドルフはすぐに立ち上がって馬車の方に向かう。


馭者はいつも護衛を務めているマリゴで、レンドルフが近寄って行くとすぐにペコリと頭を下げる。彼は常時行き掛けに人でも斬って来たような目付きの悪さが特徴であるが、最近ではそれでもレンドルフを見かけると僅かに目元を緩めてくれるのが分かるようになって来た。


「お待たせ致しました」

「いつもありがとうございます」


レンドルフとマリゴが挨拶を交わしていると、馬車の扉が開いて中から侍女のサティが降りて来る。ユリの傍に護衛兼侍女として付いているのはスラリとした長身で知的な雰囲気のエマが多いが、次いで多いのはこのサティだ。彼女は小柄で黒髪の外見で、何かあった際にユリの身代わりを務めるのだろうとすぐに予想がつく容姿をしていた。


そのサティの後ろから、変装の魔道具で赤い髪と金の瞳に変えているユリが顔を出す。レンドルフはすっかり習慣化しているエスコートの為に馬車に近寄ったが、間近でユリの顔を見ていつもと大分雰囲気が違うことに気付いた。


「何だか、いつものユリさんみたいだ」

「うん、そうかも。今日は割とカジュアルな店だから、ドレスっぽくない方がいいかと思って」


謎の妖艶美女の扮装をする為、この髪色の時は露出こそないが体のラインが強調されるようなタイトなデザインのドレスを纏い、メイクもアイラインで目の回りをしっかり描き足すので意志の強そうな顔立ちになっている。元が大きな目で猫のようなアーモンドアイなので童顔ではないのだが、メイクのイメージとしてはレンドルフよりも少し年上くらいに見えるように意識していた。けれど今日は黒い色だがふんわりとしたシフォンのブラウスにベージュの足首までのフレアスカートと柔らかな印象の服に、メイクもしっかりしているが色味は淡いもので可愛らしさが前面に出ている。


「この髪色でも可愛い感じになるんだ」

「かわっ…あ、ありがと」


サラリと感想を述べるレンドルフに、ユリは少しだけ顔を赤くして目を伏せるように礼を返し、差し伸べられた大きな手にそっと自分の手を重ねた。


今日の店は比較的気負わず食事を楽しむ家庭的な雰囲気の店だ。いくら特別室に案内すると言われても、あまりかしこまったドレス姿で訪れるような店構えではない。その為ユリは普段の姿でもおかしくないような地味な服にして、それに合わせたメイクをしていたのだった。



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前もって知らせてあったので、入口でパフーリュ家の紋章の入った封筒を見せただけですぐに別の通路から案内されて奥の特別室に通された。中はそこまで広くはないが、落ち着いた飴色の調度品や黄色みを帯びた照明で寛げる空間になるように配慮されていた。テーブルの上に置かれたキャンドルの黄色い光が鮮やかなユリの赤い髪を黒に近い落ち着いた色味に見せて、レンドルフはその姿が見慣れたような新鮮なような不思議な感覚になった。


最初にスパークリングの白ワインと共に、キノコのフラン、茹でた青豆のポーチドエッグ添え、色の濃い葉野菜に砕いたナッツとナッツオイルを和えたサラダが前菜で提供される。葉野菜はよくサラダに混じって入っているが、こうして単体で出されるの初めてだった。レンドルフは早速上に掛かっているナッツと混ぜて口に運ぶ。レタスほど水分が多くはないが、シャキシャキとした歯応えとナッツの香ばしさがよく合っていて、微かに苦味を感じるがナッツオイルの甘みが却って引き立つようだ。シンプルなものだが、その分鮮度の良さを存分に味わえる。


「これ、ケールね。オイルとの相性が良いのね」

「ケールってあの栄養剤の?」

「そう。すり潰して飲み物にするのが一番栄養を摂るのに効率が良いんだけど…」

「あれ、子供が逃げるヤツだよね」


ケールは比較的どの領地でも栽培出来る野菜で、一般家庭の庭でも育てることが可能だ。栄養価が高いので特に子供のいる家ではよく見られる。そして生で食べることも出来て、最も効率良く摂取出来るのが飲み物に混ぜることなのだが、元々苦味のある野菜なのですり潰すとその苦味が増す。それでも体に良いから!と嫌がる口に無理に流し込まれた子供の頃の思い出を持つ者は相当数いるのだ。薬局などで多少飲みやすい栄養剤として販売しているが、それでも大人が我慢出来る程度の味なので子供には圧倒的に不人気だ。


「サラダだとこんなに食べやすいんだ」

「そうね。ただ体の為って考えたらこの三倍は食べないと」

「…それは難しいね」


次に出て来たメインは、ユリは白身魚のムニエルにオニオンクリームソースと温野菜を添えたもの、レンドルフは豚フィレ肉のグリルにエビとホタテの蒸し焼きがセットになったものを注文した。どちらにもパフーリュ産小麦を使用したパンがついている。そして分け合うつもりでチーズピザを一枚追加していた。


「わぁ!パンじゃないみたいな感触!」

「見た目も白いし、ユリさんの好きなカボチャ団子みたいな感触じゃないかな」

「あ!似てるかも」


一番の目当てだったパフーリュ産小麦のパンは赤子の手のような小さくて丸い形をしていて、それぞれのメイン料理の脇に三つ添えられていた。何とも見た目は可愛らしい。あまり焼き目を付けていないのか、表面が僅かに黄色くなっているだけの白いパンだ。手に取るとほんのりと温かく、フカフカというよりもモッチリとした手応えがした。以前ミキタの店で出してもらったユリの大好物、鶏のクリーム煮の中に入っていたカボチャ団子とよく似ていた。

手で二つに割ってみるとやはりパンとは随分違った感触で、千切るのに少々力が必要だった。千切った断面を見ると、通常のパンよりもキメが細かく見た目よりも重量感がある。一瞬焼けているのかと思うくらいに真っ白な中身だったが、口に入れるとモチモチとした食感で、しっかり火が通っている。レンドルフは添えられていたパンの小ささに足りなさそうだと思ったのだが、予想以上にしっかりとした歯応えで腹持ちも良さそうだった。歯応えと言っても固い訳ではなく、程良い弾力と小麦の香ばしさと甘みが口の中に広がる。


「パンじゃないみたいに見えたけど、しっかりとパンね」

「小さいのに食べごたえもあるな。中に入っているのは…胡麻、かな」

「私が食べたのはチーズが入ってるよ。三種類あるのかしら」

「初めて食べるタイプのパンだよ。保存食用の固いものとは全然違う歯応えだ」

「これは簡単に作れないのは分かる気がするわ」


パフーリュ領の特産品のコースを食べた店でパンのことを聞いた際に「レシピが特殊なので、期間限定の店でお客様にお出しすることは難しいのです」と答えが返って来たのだ。レンドルフはパンを作ったことはないが、これが特殊な製法のものくらいは想像が付く。

ピザも食べてみたところ、やはり同じ小麦らしく驚く程薄くしてあるのにしっかりとした歯応えのあるピザ生地が使われていた。具材の乗った側はチーズが染み込んでしっとりしていて、底や縁はパリリとしている。チーズの濃い風味にも負けていないピザ生地で、今まで食べたことのあるピザとは別物のように感じられた。


「美味しい!チーズも何種類か使ってるみたいだけど、すごく新鮮」

「そうだね。ここまで薄い生地は初めて食べたよ」

「他のも食べたいけど…ちょっと無理そう」

「また来ればいいよ。ユリさんの好きそうなトマトのピザもメニューにあったし」

「そうね。今度は何種類かピザを頼んで…でもこのパンもムニエルも美味しかったし、レンさんが食べてたのも美味しそうだし…悩むわ」

「胃袋が足りないね」

「ホント、そう!」


ユリと食事に出掛けて、良い店を見付ける度にまた来ようと言っているのだが、その店が増える一方だった。そんなぼんやりとした約束でも、レンドルフはそれが積み重なって行くことが嬉しいと感じていた。


最後のデザートには、評判のパンケーキが登場した。


「うわぁ…すごく綺麗な焼き色…」


出て来たのは、ふっくらと厚みのある艶やかで一点のムラもなくキツネ色に焼けたパンケーキだった。ユリは小さいサイズのものを一枚、レンドルフは通常サイズを二枚重ねにした。色々食べてもやはりパンケーキは食べたいという女性客は多いらしく、特注の小型スキレットで焼いて半分程のサイズでも通常と変わらない見た目で提供しているそうだ。

ユリはシンプルにバターと蜂蜜のみにして、レンドルフは厚みのあるパンケーキ二枚重ねよりも高さのあるホイップクリームとリンゴのコンポートをたっぷりと乗せていた。


ナイフを入れると表面はサクリとした手応えがあったが、中はふんわりとしていた。パンのようにモッチリとしているかと思ったが、こちらは口に入れるとふっくらとしていながらホロリとほどけるような軽やかな口当たりだった。


「前にエイスのカフェで食べたパンケーキとは正反対だ」

「ああ、あの飲めるパンケーキね」

「パンケーキは奥が深いな…」


たっぷりとクリームを乗せた一切れを口に入れて感慨深げに頷いているレンドルフだが、その口の端には白いクリームが付いていた。ユリは自分の指先で唇を示してレンドルフに教えると、彼は慌ててナプキンで口元を押さえる。甘い物を食べている時のレンドルフはいつもより少し子供っぽく見え、それがとても可愛らしく思えてユリは目を細めて柔らかく微笑んだ。それに気が付いてレンドルフは恥ずかしそうに視線を彷徨わせてしまうのすらユリにとってはただ可愛らしいだけで、心の中で足をばたつかせていた。



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「珍しい茶葉が入っておりますので、ご歓談のお伴に如何でしょうか」


デザートを終えて、その後に少し時間が欲しいと予め告げてあったので空になった皿を下げに来た給仕がそう提案をして来た。聞くと最近試しに仕入れたもので、食後にサービスで出しているそうだ。もし口に合わなければすぐに交換すると言うことだったので、レンドルフもユリもそれを頼むことにした。


少し間を置いて、それぞれの前にカップが置かれる。その脇に、小さな皿も並べられた。


「美しい色ですね」

「こちらは茶葉を詰み取って無発酵ですぐに蒸したものです。茶葉そのままの色と香りをお楽しみください」

「これはミズホ国のものかしら?」

「キョウザン地区で穫れた茶葉でございます」

「…そう」


白く飾り気のないカップに、鮮やかな黄緑色の茶が注がれていた。春先の新緑を思わせるような色合いで、清々しい葉の香りがフワリと広がる。脇に置かれた小皿には可愛らしいピンク色の花の形を模した砂糖菓子が乗っていて、この茶に良く合うものとして産地では供されていると言うことだった。


給仕が下がってからレンドルフがカップに口を付けようとした時、ユリは少々考え込むような様子でカップを眺めているのに気付いた。


「ユリさん、苦手なら紅茶か別の物を用意してもらおうか」

「え?あ、ううん、違うの。キョウザン地区なら…その、アスクレティ領のものだな、って」

「そうなんだ。知らなかった」

「何年も前に褒章で下賜された王領なんだけど、領地とは離れてたから自治区にして、そこで穫れる農産物はアスクレティ家に卸してる感じ…」

「じゃあ茶葉の販売はアスクレティ家が行ってるってこと?」

「うん、そう…」

「じゃあユリさんは飲んだことがあるんだ」

「たまにね」


どことなく浮かない表情のユリを心配しつつ、レンドルフはあまり立ち入ったことならば聞かない方がいいかと思って静かにカップに口を付けた。


「へえ、苦味もあるけど甘みもしっかりしてるね。何て言うんだろう、新鮮な味?っていうのかな」

「気に入った?」

「うん。口の中に甘みが広がるけど後口がスッキリしてるのがいいな。発酵させると紅茶なんだよね。全然別物としか思えないな」

「…良かった」

「ユリさん?」


ユリの顔は微笑んでいるのだが、何故かレンドルフにはそれが笑っているように見えなかった。困っているような、泣きそうな、そんな表情に見えたのだ。会話がしやすいようにとはす向かいになるように座っていたので、レンドルフは手を伸ばしてほんの少しだけユリの指先に触れた。いつもひんやりしている彼女の手が、更に冷たいように感じられた。レンドルフは嫌ならば簡単に引き抜けるくらいにそっと柔らかくユリの手に自分の手を重ねた。ユリはほんの少しだけ指を動かしたがそれ以上は手を引くことはなく、温かいレンドルフの手の熱に冷えた指先を委ねていた。


「ちょっと、ビックリしちゃって。決まったところにしか卸してないお茶だから。それに、何だか私の生まれが知られてたみたいで」

「俺は何も話してないよ。偶然…だと思うけど、ユリさんが嫌なら俺から抗議の手紙を」

「ううん!大丈夫、大丈夫だから!本当に、ビックリしただけ」

「本当に?」

「本当。…それに、このお茶、好きなの」

「それなら…」


まだ完全に納得したような顔ではないが、レンドルフは素直に頷いた。ユリはクスリと笑って、そっとレンドルフの手の下から自分の手を引き抜いてカップを手にする。


「…美味しい。きちんと淹れ方を知っているのね」


一口飲んで、苦味も甘みも丁寧に引き出された味わいに、ユリはほうっと息を吐いた。その肩の力が抜けた様子に、レンドルフも少しだけ安心して小皿の砂糖菓子を摘んだ。



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(多分、私のことを知ってるっていう牽制…かしらね)


先日レンドルフに粉を掛けていた女性が、パフーリュ伯爵家当主の姉オランジュだとレンドルフから聞いていた。ユリ自身も本邸の家令から大体の経歴は教えてもらっていたので、オランジュの人となりは大まかに把握している。その才を見込まれて歳の離れた公爵家へ後妻で嫁ぎ、公爵の死後の遺産や領地の問題を全て綺麗に片付けてから王家に返上したという実績を持つ才女であり、かつては社交界の花として頂点を担う一人であったことも知っている。10年近く社交界からは離れていたが、その情報網や交友関係は十二分に生きているらしい。


どういった経緯かは分からないが、オランジュは先日僅かに顔を合わせただけで大公女だと予測を立てたのかもしれない、とユリは少し薄ら寒いものを感じながらレンドルフの前なので必死に押し隠した。

だからこその今回出して来た茶葉なのだろうが、確信があるのかないのかも不明であるし、もしユリが大公女だと分かったとしてその先の目的も全く予想がつかない。あれだけの情報でアスクレティ大公家との繋がりを察知した程の相手ならば、下手に突ついて大公家の不興を買うことは絶対にしないよう立ち回ると思うが、油断ならない相手だということはユリの中にしっかりと刻まれた。



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