33.心中するなら魔獣でも女がいいらしい
「レン、あれを見ろ!」
不意に緊迫した様子で腰を上げたステノスに、レンドルフは身構えて彼の指す方に顔を向けた。
「…!再生、してる…!?」
倒れて身動きをしていなかったアーマーボアが、突然再び痙攣したようにもがき始め、ステノスが切り落した筈の後ろ足が急速に再生していた。斬られた場所から骨が再生し、あっと言う間に肉が盛り上がる。そして他の毛とは明らかに色の違う淡いベージュ色の毛が、生き物のようにその足を覆った。あの色がこの個体の本来の毛色なのだろう。
まるで取って付けたように、切り落された足が再生してしまった。
「おいおい…こいつぁどういうことだ…」
ステノスは抜いたままの自分の剣を構えたまま、さすがに呆然とした様子でムクリと起き上がるアーマーボアを見つめていた。
まるでただの昼寝から覚めただけ、とでも言うかのように、ゆっくりとアーマーボアがその巨体を起こした。まだ再生したばかりで慣れていない新しい足は少しばかりよろめいていて、その度に上の巨体がユラユラと揺れていた。
「再生魔法か…?まさか…」
「極稀ですが、聖属性を持った魔獣の存在は知っています」
「マジかよ…」
「実家の資料で見ただけなんで、俺も実物を見るのは初めてですけどね」
レンドルフの実家であるクロヴァス家には、有用な資料として変異種や珍しい魔獣の討伐記録が代々残されている。残しているのは当主の一族ではなく家令を務めている一族なところがクロヴァス家らしいのだが。
その中で、本来なら魔獣避けとして使われる聖水に込められている聖魔法の効果がない魔獣の記録もあった。一代限りの変異種が大半であったが、極稀に水や土に聖魔法が含まれる土地に生えている植物を食べて育った草食魔獣が、群れの単位で聖属性を獲得していた記録があった。聖属性は回復や再生などの魔法を使えるので、通常は弱い群れでも苦戦させられたと記されていた。
単なる変異種なのかもしれないが、ボア系は雑食なので、この森の聖魔法を含んだ湧き水を飲み続けたかその周辺の草を食べ続けていたか、或いは聖属性を獲得した魔獣を補食した可能性もある。
しかし、それならばこの森でも以前から聖属性の魔獣を見かけてもいい筈だが、レンドルフはそんな話は全く聞いたことはなかった。そのような特殊な例があれば、必ずどこかで耳にしていただろう。
その件に関しては調査が必要なのかもしれないが、今はそれどころではない。
「さっきの精霊獣は使えねえのか?」
「大き過ぎます。自分より小さいサイズならいくらでも呑み込むんですが、大きいとそのまま帰ります」
「堅実だな」
「崖から落とすのは難しいですかね」
「どっちかが道連れに心中するつもりなら行けるかもしれねえが」
喋りながらもアーマーボアの隙を窺ったが、ステノスは負傷していてレンドルフの剣はまだ向こうの体に刺さったままだ。どうしても有効な手立てが見つからないまま見守るしかなかった。下手に中途半端な攻撃を仕掛けようものなら、あっという間に不利になる状況しか見えない。
「ま、その時は俺が引き受けるからよ」
「ステノスさん」
「俺は野郎と心中なんて御免でね。命掛けるんなら女相手と決めてるんだ」
「……確かにあれは雌ですけど」
「だろ?」
そう言ってステノスがニヤリと笑うと同時に、すっかり意識が覚醒してしまったのかアーマーボアがこちらに向けてまた前脚をカツカツと地面に叩き付けている。
「レンの剣はまだ折れてねえな。あの辺りは再生しねえのか、それに回す魔力がないのか」
「だといいですね」
先程突き立てたレンドルフの剣は、幸いにも折れもせずに深々と刺さったままだった。黒っぽい毛のせいでよく分からないが、剣より下の方の毛並みの照りが他とは違うので、おそらく出血は続いているのだろう。全く無傷よりマシではあるが、レンドルフの攻撃手段が足りない。身体強化でそれなりに素手でも戦えるが、相手が相手だけに殴りつけても攻撃が通る気はしない。
「来るぞ!」
アーマーボアは、次は無手のレンドルフを標的にしたのか、彼に向かって真っ直ぐに突っ込んで来た。レンドルフは思い切って避けるよりも、正面から高く飛んでアーマーボアの鼻先に飛び乗った。そして相手が驚いて顔を振るよりも素早く顔の上を駆け抜けるようにして、耳の辺りに取り付く。
「アースランス!」
飛び乗る前に足元の土を一握り手の中に入れていた。それを媒介にして、アーマーボアの毛に覆われていない小さな耳の中に向かって細く鋭く練り上げた土の槍を突き立てる。
ギャアァァァーーーー!!
どこまでダメージを与えられたかは不明だったが、かなり奥の方でバキリと折れた感触がレンドルフの手に伝わる。そしてアーマーボアが悲鳴のような雄叫びを上げたと同時に、振り落とされる前にその体を蹴ってなるべく遠い場所へ着地する。
片耳が効かなくなったことで、アーマーボアはぐるぐると狂ったように回転する。しかし聖属性の回復魔法を使えるのであれば、それは長い効果ではない。先程足を復活させた再生魔法は、人間であれば相当な魔力を有していても一度使用すれば魔力が枯渇して動けなくなるくらい魔力消費が激しい魔法だ。そもそも魔獣の魔力量など計ったことがないので分からないが、ああして激しく動けるだけの余力を残しているのであれば、回復させる可能性も考えておいた方がいいだろう。
レンドルフがアーマーボアの体から離れたのを確認して、ステノスが足首に隠し持っていた小刀のようなものを数本、その顔の周辺に投げ付けた。その程度ではダメージは与えられないが、その小刀の先に何か白い紙のようなものが刺さっている。その小刀がアーマーボアの毛に触れた瞬間、次々と爆発した。規模は小さいが、その音の鋭さからかなりな強力であることが分かった。レンドルフにはよく分からなかったが、あの紙のようなものが爆発する仕掛けになっている何らかの魔道具なのだろう。その攻撃によりアーマーボアの顔の半面からもうもうと煙が上がり、少し遅れて爆発で折れたらしい半分黒くなった牙が足元にボトリと落ちた。
先程の再生魔法の様子から、あの個体の聖魔法の発動はそこまで早くないようだとレンドルフは判断する。
回復や再生をされる前にどうにか仕留めなければ、とレンドルフはシャツにまだ残っている魔石のボタンを、装備の胸当ての下から手を差し込んで強引に三つ千切って砕いた。急激な魔力の補充に、胃の辺りから何かがせり上がって来る気配がしたが、腹筋に力を入れて強引に押し止める。
「アースランス!」
レンドルフは自分が作れる中で最も硬度の高い土の槍を出現させた。たった一本に力を集中させた身の丈よりもはるかに高い槍を、根元にガン、と蹴りを入れてへし折り、脇に抱える。
普通の人間では身体強化魔法を掛けても持ち上げることは困難であろう重量だが、レンドルフは持ち前の腕力でそれを可能にした。しかしそのレンドルフでも、ズシリとした質量にグッと奥歯を食いしばって腰を落としていないと抱えていられない程だ。
「うおおぉぉぉっ!!」
どんなに固い防御を誇るアーマーボアも、先程のステノスの攻撃にはさすがにダメージを負ったようで前脚をガクリと折った。その瞬間を見逃すことなく、レンドルフは槍を抱えたまま全力で走り出す。彼の踏み出す一歩は重く、地面を蹴った跡が点々と深く抉れて続く。
黒っぽい毛並みに、レンドルフの突き立てた剣の銀色の金具が見え隠れして、そこが毛の鎧の隙間だと示している。そこに目がけてレンドルフは体当たりする勢いで槍の先端を押し込んだ。
「ぐっ…!」
肩の付け根に槍の折った断面を押し付けて、体ごと力をかけた。その先端は、突き刺さったままだった剣の近くに狙い違わず差し込まれ、元の傷を押し広げるようにズブリと皮膚を裂いた。一瞬手元でピシリとひび割れる感触があったが、再度槍に魔力を流して強度を上げる。レンドルフは一気に自身の中の魔力が削られるのを感じたが、両手離さないままちょうど巻き込む形で口元に来ていた上着のボタンを噛みちぎって、そのまま奥歯でガリリと砕いた。その欠片が少しばかり口内に刺さったが、気にせず口の届く範囲にあったもう一つのボタンを同じように口に入れて噛み砕く。その魔石のおかげで魔力が補充される。
その魔力でまた重ねて身体強化魔法を掛け、グッと足に力を込める。先程から通常以上の魔法を重ねているので、自分の体が保たなくなる可能性もあった。しかしここでどうにかしなければ、それこそアーマーボアと心中する以外に手立てがなくなる。
「もうちょっとだけ堪えろ!」
その声に僅かに視線だけを上げると、アーマーボアの鼻先をステノスが駆け抜けて行くのが見えた。その手には、今まで手にしていた長剣ではなく、真っ黒な刃の短剣が握られている。
不意に押し込んでいた手応えが変わり、傷口から勢いよく血が噴き出した。その血を浴びて手が滑りそうになるが、レンドルフは強引に指をめり込ませてどうにか堪える。
ステノスはアーマーボアの上を走りながら、手にした短剣で自分の手の平を斬りつけた。その傷から血が溢れたが、何故か一滴も垂れなかった。その血は、まるで吸い込まれるように短剣の黒い刃に収束して行く。
そのままステノスは、アーマーボアの目の間、つまり脳天に向かってその黒い短剣を突き立てた。固い毛とその下には頑丈な頭蓋が存在している筈なのだが、まるでそんなものは存在しないかのようにズブリ、と根元まで一気に沈み込んだ。
グギャアアァァーーーーー!!
これまでとは違う、苦悶の悲鳴を上げてアーマーボアの体が激しく跳ねた。
上に乗っていたステノスが遠くに投げ飛ばされ、レンドルフは突き刺していた槍が傷口から抜けて、そのまま地面に叩き付けられた。
「ぐあっ…!」
レンドルフは極限にまで硬度と質量を上げていた土の槍と共に投げ出されて、支えていた肩から右腕ごと地面と間に挟まれる。その部分から叩き付けられたので、頭を打たずに済んだのは不幸中の幸いではあったが、装備に掛けられている防御魔法でも防ぎ切れずに完全に肩の骨が折れて関節もズレてしまった。更におそらく鎖骨も折れているだろう。その激痛に、レンドルフは一瞬だけ目の前が真っ暗になった。
しかしその痛みを堪えて片腕だけで這うように体を起こすと、その巨体をのたうたせてアーマーボアがもがいていた。レンドルフの突き刺していた槍が抜けたことから、吹き出すように大量の血が足元にバシャバシャと音を立てて流れ出している。
通常の個体ならばあれだけの致命傷を負えば、あとは死を待つばかりなのだが、あのアーマーボアに対しては油断は出来ない。
レンドルフはまだ動かせる左手で腰のポーチを探り、回復薬を取り出そうとした。何とか落ち着いて対処しようとしているのだが、目の眩むような痛みに手が震える。無事な筈の手しか動かしていないつもりでも、僅かに身じろぎしただけで脳天から刺すような痛みが走った。
不意に、暴れ回っているアーマーボアの声が止んだ。
今度こそ止めを刺せたのかと思って目をやると、暴れるの止めて立ったままの姿勢でジワジワと出血量が少なくなっているのが見てとれた。
(あれでも回復するのか…?)
このまま身動きが取れないままでいると、先に向こうが動けるようになってしまう。レンドルフは痛みを堪えて強引に回復薬の瓶を引っ張り出した。どうせ飲めばすぐに痛みは引くのだ。そう自分に言い聞かせて、どうにか蓋を開けようと口にくわえかける。
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「レンさん!!」
その瞬間、レンドルフは思わず自分の目を疑った。まさか実は自分は死にかける程の重傷を負っていて、死の直前に願望が見せた幻なのではないか…などという思いが頭をよぎった。
しかし驚きのあまり思わず手からコロリと転げ落ちた回復薬の瓶を咄嗟に拾おうと手を伸ばしかけ、右半身に激痛が走る。
「ユリさん!?何で…!」
森の中から、ノルドに跨がったユリが飛び出して来たのだ。大きな体躯の黒に近い青毛のノルドの艶やかな背が、太陽の光を浴びて宝玉のように煌めく。その背には、子供としか思えない程に小さな体のユリが乗っている。編み込んでいなかった束ねただけの長い黒髪が真後ろにたなびく程の速度で一気に突っ込んで来る。
ゴアアァァァーーー!!
「氷針」
新たな存在に気付いて、アーマーボアが叫ぶ。しかしユリは一切怯むことなく、その開かれた口の中に氷魔法を撃ち込んだ。ユリの放った氷の針は、口の中に吸い込まれるように消えて行って全く効果がないように思えたが、一拍遅れて「ギャッ」と短い悲鳴がアーマーボアから上がった。
次の瞬間には、アーマーボアの体を内部から突き破るように無数の尖った氷が飛び出していた。
「え…?」
レンドルフは痛みも忘れて、目の前の光景に思わず口を半開きにして固まってしまった。刺だらけの状態になったアーマーボアの脇を、ノルドに乗ったユリが駆け抜け、慣れた手綱捌きでレンドルフの座り込んでいる方へと回り込んで近付いて来る。
「レンさん!」
殆ど飛び降りるような勢いでノルドの背から降りると、ユリは真っ直ぐにレンドルフに駆け寄って来た。日差しを受けて彼女の金の虹彩が発光するように輝いていて、先日彼女に贈り、今は彼女の胸元で揺れる金の魔石を内包した魔鉱石にやはりそっくりだった、とこんな時なのにレンドルフはぼんやりとそんな感想を抱いていた。
「ユリさん、ここは危な…」
すぐにレンドルフは我に返って、ユリの背の方向にいるアーマーボアから引き離そうと左手で彼女の手を掴んだが、アーマーボアはグラリと崩れ落ちるように声もなく倒れた。その衝撃で、体から突き出ている無数の氷の刺が次々と砕け散った。
「……死んだ?」
「うん、死んでるわ」
氷が消失した傷口から血が流れ出し、ジワジワと地面を黒く染めている。今度はその出血量が収まることはなさそうだった。レンドルフはしばらくそのまま倒れたアーマーボアをしばらく見つめていたが、ピクリとも動かなかった。特に腹の辺りを注視していたが、全く上下しているように見えない。
「…良かった…って、ユリさん!?何でこんなところに!」
「それは後回し!まずは治療!!」
「あ、はい」
キッと眉を吊り上げたユリにピシャリと言われ、レンドルフは反射的に素直に頷いていた。色々と聞きたいことはあるが、今は傷の回復を優先すべきなのはよく分かっている。この場所は開けていて一見長閑な広場と勘違いしてしまいそうになるが、森の深度で言えば7から最深部8に近い場所だ。アーマーボアは倒したが、いつ他の魔獣が来るか分からない。怪我の治療は最優先事項だ。
「まず回復薬飲んで。それからズレた関節を戻してからもう一度回復薬ね。あ、今日は今までにどの種類どのくらい飲んでる?」
「さっき中級を一本だけ」
「じゃあ中級追加しても大丈夫ね」
そう告げてユリは上着のポケットから中級の回復薬の封を切ってレンドルフに差し出した。強い回復薬を短時間で飲み過ぎるのも逆に体力を削ってしまうのであまり勧められないが、中級を二本程度ならそれほど影響もないし、レンドルフの体力ならば問題はない。
あまり美味しくなさそうな表情で回復薬を飲み干すレンドルフを確認しながら、ユリは持っていた浄化の魔道具で頭から魔獣の血を浴びた状態のレンドルフをきれいにする。一目見ただけでは魔獣の返り血なのか自身の怪我なのか判別が付かず、ユリは一瞬肝が冷えたが、その大半が魔獣のものだったので安堵していた。
それからユリは、肩の様子を診ると言ってさっさとレンドルフの装備を外してシャツを脱がしに掛かった。あまりにも手際よく当然のようにユリが脱がせようとシャツに手をかけるので、レンドルフは完全に脱がされる前にやっと我に返って真っ赤な顔でその掴んでいるところを奪い返した。
「だ、大丈夫だから!これくらい自分でどうにか出来るから!」
「駄目だって!ちゃんと怪我の状態診せてってば!」
ユリは怪我人に対してなのであまり強引なことは出来ないし、抵抗するレンドルフも相手がユリということもあってなるべくやんわりと左手で彼女の手を躱している。それだけに地味にこの攻防戦が長引いていた。既にシャツは魔石のボタンを魔力補充でかなりの数を砕いてしまっているので、レンドルフの状態は胸どころか腹筋までほぼ丸見えなのだが、ユリに脱がされるというのは心情的に絶対拒否なようだ。
「…お前ら、俺をすっかり忘れてイチャついてるだろ」
「ス、ステノスさん!?」
そんな二人のやり取りを、いつから見ていたのか少し離れたところでステノスが座り込んでいた。半分冷やかし、半分苦笑しているような表情だった。それを見て、レンドルフとユリは揃って顔を赤くした。
「しばらく放っといてやろうと思ったんだが、さすがに傷が痛むんでな」
「ごめんなさい!」
「いいっていいって。俺はちょいと傷薬もらったらあっちの陰にいるからよ。邪魔して悪かったな」
「違いますって!治療です!」
「ユリさんはステノスさんの傷を診て。俺は自分で何とかするから」
ステノスはアーマーボアから振り落とされた時に負傷したのか、顔に大きな擦り傷が付いていた。一旦手当をした太腿からも再び傷が開いたらしく、巻き付けた包帯が半分程赤く染まっている。
ユリが到着した時はレンドルフの方が重傷ではあったが、回復薬で大半が治っている。今の状態はステノスの方が満身創痍だ。
「分かった。レンさんは…」
「もし上手く出来なかったら手を借りるから。心配してくれてありがとう」
「おかしなところがあったら我慢しないで知らせてね」
「うん」
ユリがステノスの治療をしに小走りに立ち去ったので、レンドルフは軽く自分の肩に触れて状態を確認した。折れた部分は回復薬で治るが、外れた関節は自動的に治る訳ではない。こればかりは人力でどうにかしなければならない。幸いなことに完全な脱臼ではなく少しだけズレていただけであった。この程度なら騎士団の訓練でもそれなりに起こることであったので、レンドルフはフーッと息を吐きながらゆっくりと痛めた右側の肘を反対の手で持って捻るように回した。一瞬痛みはあったが、すぐに楽になって腕が回るようになる。
念の為、先程飲もうとして落としてしまった回復薬を拾って、袖で軽く拭いてから封を切った。通常の回復薬ではあるが、この程度なら十分だろう。
「ノルド」
いつの間にかノルドがレンドルフの背後に来て、自分の顔をレンドルフにすりつけるようにして来た。よく手入れされた毛並みは、短い部分は少々チクチクしていたがそこ以外はビロードのような感触だ。滅多にこんなことをして来ることはないのだが、やはりレンドルフの危機に心配を掛けたようだ。
「ありがとうな」
レンドルフはそう言って、すっかり元に戻った右手でノルドの顔の脇を撫でてやったのだった。