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338.豊穣祭の夜会


秋の豊穣を祝い、これからも豊かな神の加護と祝福を祈る夜会が、国王の宣誓により華やかに幕を上げた。


国王の傍には王妃と側妃、王太子ラザフォードと第二王子エドワードが控えている。ラザフォードの隣にいるのは王太子側妃だった。王太子正妃は、第一王女がおたふく風邪に罹患した為に母親も感染していることを用心して欠席している。まだ正式な婚約者の決まっていないエドワードは候補者の一人であり従妹にもあたる伯爵令嬢を連れているが、彼女はまだ未成年なので最初に一曲踊れば退場することになっている。

この王族の中で、王妃、エドワードとパートナーの伯爵令嬢、そして王太子側妃は宰相の血縁である。一時的とは言え王族の並ぶ位置に半分以上自身の血筋が入っているということは、宰相の家門の力がそれだけ強いということが誰の目にも明らかだった。


レナードは早いうちに国王への挨拶を済ませて、壁際に寄って会場全体を眺めるようなフリをして王族のいる一段高い場所を見つめていた。


今日のレナードは統括騎士団長としてではなく、ミスリル家元当主として参加している。黒に近い灰色の盛装に、光にあたると銀色にも見える黒のマントを羽織っている。このマントはここ数年の流行りなので、男性の参加者の大半が纏っているが、レナードとしては騎士服を着ていない時には武器を隠し持てるのでこのまま定着してくれないかと密かに思っていた。他の参加者は念入りに身体検査をするので持ち込めないが、そこは永らく騎士団長を担っているレナードは特例で帯剣を許されているのだ。実のところはただ単にダンスや女性の相手が面倒なので、参加者のフリをした護衛なので、と断るのが楽だという理由が大きい。

レナードだけでなく、近衛騎士も貴族として会場内にいる。彼らは半分警護、もう半分は他の貴族の様子を見たり会話などを交わして諜報活動に勤しんでいる。彼らは夜会参加者としてその場にいるので護身用のものは隠し持つが、基本的に帯剣はしていない。あまりにも騎士が並んでいると威圧感があって楽しめないと誰かしらが言い出して、この警備体制になって大分経つ。


ついレナードは、人混みの中にいても頭一つ突出している大柄な青年の姿を無意識的に探してしまっていた。誰よりも目立つ風貌のレンドルフは、警備の上でも目印にもなったし、彼が盛装で紛れ込んでいても明らかに警備中の騎士だと分かるので、当人はあまり自覚はないが周囲の牽制にもなっていた。もっともそれだけ注目を集めるので、レンドルフが諜報をすることはなかったが。

しかし今回はその彼がいないのだ。その分普段は国王の傍に控えている近衛騎士団長ウォルターが参加者の中に紛れて牽制の任務を負っている。今は国王などの王族の側にいるのはレンドルフの後に就任した副団長だ。彼も実力は十分に備えているので問題はないだろう。


(しかし…)


ある程度気配が探れるように鍛えた者ならば、王族のいる場所の不穏な空気は察しているだろう。しかもその不穏な空気の元が暗殺者などではなく、自国の騎士だというのがレナードの頭を痛めていた。今回の夜会は国内の貴族に向けたものなので他国の賓客がいないのが不幸中の幸いだが、それでもいいという訳ではない。


「…すまんな」

「分かってるならどうにかしろ…と言いたいところだが、ウチの問題でもあるしな。どうしたものか」


つい眉間に皺が寄って不機嫌な顔になっていたらしく、いつの間にか近寄って来ていたウォルターがボソリと呟いた。レナードよりも少しだけ大きいので傍で呟くと耳元で囁かれているようになるので辞めて欲しいと以前にも言った筈なのだが、全く気に留めている様子のないウォルターを軽く睨む。しかし今はそのことよりもその更に先の方が重大事項である。

レナードは眼鏡越しに王妃の後ろに控えている妻に視線をやって、やれやれと言いたげに溜息を吐いた。


レンドルフの後任になった副団長は、責任感が強く少々生真面目が過ぎるせいか、既に別の団の所属になっているヴィクトリアが近衛騎士のように王城の奥にまで立ち入ることを不服に思っていた。しかし王妃が直接指名して来るので真っ向から追い出す訳にもいかず、それでも気になるのか必要以上に距離を詰めて不満を纏うので近衛騎士団の空気が悪くなっている。ウォルターがどうにかバランスを取るように尽力しているが、根本的な解決に至るには難しい状況だった。


「あいつも真面目だったが、突き抜けた真面目さだったな」

「そう言ってやるな。ヤツだって十分真面目だ」

「…分かってるさ」


つい溜息混じりに呟くウォルターに、レナードは目立つ薄紅色の髪がその場所にいないことを残念に思う。その人物はもう戻らないことは分かっているが、つい思いを馳せずにはいられない。


近衛騎士副団長を前任していたレンドルフも真面目な騎士であったが、今の後任と方向性が違っていた。

近衛騎士として護衛対象を守るという任務の為に、レンドルフはどんな手段でも使う人間だった。その為王妃がヴィクトリアを専任護衛のように傍に置いても、他に任せられる女性騎士がいないのだから、と割り切っていた。

それと対照的に、今の副団長は規律に則った行動をしていることを重視していた。その規律に従っていれば、危険に近付くこともないし何かあっても周囲が完璧に対処出来る。だからこそ例外を認めることは、それだけ危険度が高まるという考え方が強かった。

どちらも間違ってはいないし、それぞれの強みがある。ウォルターもそれを理解しているので、今の副団長にも強く言えないところもあった。


その諍いの大元である王妃がヴィクトリアの処遇をどうにかして欲しいと思うのだが、王妃自身はヴィクトリアを近衛騎士団に戻すか王城騎士を辞めさせて自身の専属護衛騎士にしたいと何度も主張していた。だがそれについては国王を始めとする国政の重鎮達が首を縦に振らないのだ。性別に関わらず長子相続を国策として推し薦めて、ようやく国全体にも浸透して来た。著しく人口が減ったこの国では、男女問わず才のある者に活躍してもらわねば国が回らない。だからこそ初の女性騎士団長という存在は、まだ当分その地位に居てもらわなくては困るのだ。


そんな思惑がある為、ウォルターもレナードもどうすることも出来ず手詰まりになっていたのだった。


「さすがにアレはないからな。あまり態度に出すなと俺の方で後で厳重注意しておく」

「私も気を付けるよう言っておくが…我が妻は繊細だからな」

「惚気かよ」

「まあそんなところだ」


ふと何かが目に付いたのか、ウォルターはレナードへの挨拶もそこそこに人波の中に突っ込んで行った。レナードの目には何があったか見えなかったが、ウォルターが行けば大抵の問題は解決するだろう。たとえ力技だったとしても。

その背中を見送りがなら、レナードは近くにいた給仕からワインを受け取った。新酒なのか軽やかな口当たりだったが、程良い苦味は悪くなかった。


(後であいつの様子でも見に行くか)


各騎士団から誰がどこの警護に当たっているかは把握している。レナードは、初めて夜会の会場の外を守っているであろうレンドルフの顔を思い浮かべて、どこかの令嬢に絡まれていないか物見遊山感覚で確認しに行こうと密かに思っていたのだった。



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レンドルフは薄暗い外の回廊で、目立たないようにしながらも僅かに姿が見える位置に立って周囲に気を配っていた。暗がりにいてもレンドルフの淡い色合いの髪は浮かび上がって見えるので、潜むのには向いていないが牽制には役立つと同じ場所に配備された騎士達にありがたがられていた。顔立ちは優しげだが目に入ればギョッとされる巨躯なので、どこか疾しいところがある者は何となくレンドルフを見るだけで挙動不審になる。他の騎士達は潜んでその動向を見守っていればいいので、例年よりも警戒が楽だと言われていた。


(それにしても…待ち合わせだろうか)


レンドルフの視界の端に、三人の令嬢がチラチラと見え隠れしている。休憩ならば庭園に行った方が座る場所もあるのだが、回廊の柱の影からこちらを伺っている様子だ。レンドルフは何度も振り返って背後を確認したが、特に誰かがいる気配はない。夜会の為に入念に準備したであろう華やかな色合いのドレスが三人分、柱の影から出たり入ったりしているので段々と目がチカチカして来た。どこか目的の場所があって分からないのなら聞いてくれればいいのだが、やはり自分では話しかけ辛い見た目なので遠慮しているのかもしれない。

レンドルフが放置していいものか迷っていると、令嬢達の近くを通過してレンドルフに真っ直ぐ向かって来る女性がいた。その顔は、先日「感謝」を申し出て来た女性であった。


「まあ、こんなところでお会い出来るなんて」

「先日はありがとうございました」


間違いなくレンドルフ目指して来たようにしか思えなかったが、ただ単に見知った顔なので声を掛けて来たのだと思うことにする。

今日は落ち着いた色合いの深緑色のドレスで、細かい金色の刺繍が全体にあしらわれている。首まで詰まったデザインで露出はないが、体に添った柔らかな生地で女性らしいラインを強調していた。身に付けている宝飾品も宝石は小ぶりではあるが繊細な細工がそれを彩り、当人の美しさを引き立てる。


「こちらこそあの時は名乗りもせずに失礼しましたわ、クロヴァス卿」


彼女はさも当然のようにレンドルフの名をサラリと口にする。社交を武器にしている貴族は、国内外の有力な貴族は子女に至るまで記憶しているという。レンドルフの場合は社交は殆どしていなかったのと、職務で関わる相手は事前に知らされるのでそこまで覚える必要がなかった為に目の前の女性の名が全く分からない。その瞳の色からパフーリュ家の血筋だというのは予想がついたが、年齢からすればどこかに嫁いでいる可能性が高い。もしかしたらパフーリュ家から王族に嫁いだ令嬢かもしれない。その家名なら知っているが、迂闊に違う名で呼べばかなりな不敬になる。

彼女は冷や汗をかいているレンドルフを見透かしたように艶やかに微笑んで、スカートの裾を軽く摘むようにしてカーテシーをする。


「オランジュ・パフーリュと申しますわ」


彼女はそう言って、家門の血筋の証とも言われる鮮やかなオレンジ色の目を蠱惑的に細めた。


「レンドルフ・クロヴァスです。またお会い出来るとは思っておりませんでした。先日のお礼は後日改めてお送り致します」

「まあ、お気遣いなさらないで。きちんとお連れのお嬢様からいただいておりますもの」


オランジュはクスクスと笑いながら手にしていた扇子で口元を隠し、流れるようにレンドルフの傍に近寄った。女性にしては長身な部類の彼女は、レンドルフの肩口辺りに軽く顔を寄せるようにして顔を上げる。


「…それともあのお嬢様からのハンカチと交換致しましょうか?」

「い、いえ、…それは彼女がパフーリュ様のハンカチの代わりにお渡ししたものですから」

「ふふ…代わり、ね」


オランジュに囁かれるように告げられてほんの一瞬だけレンドルフは動揺したが、すぐに本分を思い出して落ち着いたトーンで答えを返した。彼女はそれも面白いと言いたげに口角を上げて一歩引いた。


「ねえ、クロヴァス卿、不躾な質問ですけれど貴方、お身内にその美しい髪色の方はいらっしゃるかしら?」

「髪、ですか。私が把握している限りではこの色を持つ存命の縁戚の者はおりません」

「そう。…ですって。そこのご令嬢方」


レンドルフの言葉を受けて、オランジュが振り返って先程から柱の影にいた令嬢達に声を掛けた。彼女達は驚いて飛び上がったような行動を見せたが、すぐさま取り繕って軽く礼を返すと、そそくさとその場から立ち去って行った。一体何がしたかったのか分からず、レンドルフは目を瞬かせた。


「申し訳ありません。ファブリス侯爵夫人のお茶会で、『天海旅団』という即興歌劇を披露する者達も招かれましたの。そこで『花の騎士の婚姻』という物語を演じておりました騎士役が、クロヴァス卿の髪色によく似た可愛らしい方で」


ファブリス侯爵家は、先代国王の王弟が婿入りした先の家門だった。夜会に出る為に王都に出て来た地方の有力貴族の夫人や令嬢などを集めて親交を深め情報を得ておくのは、女性達の政務のようなものだ。


オランジュが言うには、そこで趣向の一つとして各地を回っている有名な「天海旅団」という劇団を呼んで、新作を披露してもらったのだとのことだった。貴族女性の集まりということで、見目の良い吟遊詩人や演奏者、役者を揃えていたらしく、その中で「花の騎士」役を務めた少年のような可愛らしくも美しい役者が若い令嬢の間で人気だったようだ。

ただ主催者の侯爵夫人の手前あからさまに擦り寄るわけにも行かず、お茶会終了後にその役者との伝手を探そうとしている一部の令嬢達がいた。しかし若い令嬢が役者に入れあげているのはあまり外聞がよろしくないのも事実なので、なかなか伝手に辿り着けないらしい。そんな折りにその役者と似た髪色のレンドルフを見かけて、もしかして縁戚ではないかと確認がしたかったようだった。


「あの方達が広めてくれるでしょうから、もう遠くから見られることはないと思いますわ」

「ありがとうございます」


レンドルフが胸に手を当てて騎士の礼を取ると、オランジュは優雅に微笑みを返してあっさりとレンドルフから離れて庭園へと歩いて行った。少し揶揄われたが、変に絡まれることもなくてホッとしていた。



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オランジュは一人美しく手入れされた庭園を歩きながら、思わずこみ上げて来る笑みを隠すように扇子を広げた。


(「花の騎士」がご自身だと気が付くのは、いつのことかしらね)


レンドルフ達と出会った日は、オランジュの乗っていた馬車には「天海旅団」の団長がいた。彼とは古い知り合いで生まれもパフーリュ領だったので、懐かしい故郷の料理を楽しむ為に一緒に出掛けていたのだ。二人きりで会っているところをあまり世間に知られたくはなかったので、彼には出て来ないように言い残してオランジュだけが馬車から降りたのだった。


そしてレンドルフ達の一連のやり取りを見守っていた団長は何やら創作が閃いたらしく、その後食事そっちのけでプロットを書き散らしていた。それが侯爵家のお茶会で披露された新作「花の騎士の婚姻」だった。つまり「花の騎士」とは頭に花を乗せたレンドルフがモデルだったのだ。


内容は、花の精霊に愛された麗しの騎士が、白と赤の魔女二人に見初められて財や権力などを差し出され魔法で心を縛られかけていたが、ただの少女の真実の愛の前に束縛の魔法は解けて騎士は感涙する…という物語だった。


あの状況をよくそんなに脚色出来るものだとオランジュは感心したが、彼に言わせると殆ど事実らしい。創作に人生を捧げた人間の思考回路はオランジュは理解出来なかったが、実際観てみればそれなりに感動的な内容になっていた。自分が魔女にされていたのはなかなか面白かったし、魔女役を演じていたのは美形だが女性に扮した男性が担当していたのも滅多にない体験だった。彼の目には自分がああ映っているのかと思うと興味深いものがあった。


あの時、オランジュにあからさまな敵意を向けて来ていた小柄な令嬢の顔を思い出して「あのお嬢さんも魔女にされてたと知ったらどんな顔をするかしら」と想像すると、彼女は更に笑みを深くしたのだった。



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