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337.アピールの相手


レンドルフは夜会当日の警備の場所を交代出来ないかと副団長ルードルフに尋ねてみたが、もう一週間前に迫っているので変更はなかなか難しいということで場所の配置はそのままになった。レンドルフも望み薄だとは予測していたので、それ以上は異を唱えることはなく引き下がった。ただ、理由としては街中で貴族女性に「感謝」を捧げたいと申し出られたので顔を合わせない方が良いのではないかと判断した為、と正直に告げた。ルードルフは直前にそんな無茶を言い出した理由を納得してくれて、気に留めておくと言ってくれた。あの様子であれば先日の女性が絡んで来る可能性は低いと思うが、用心に越したことはない。


レンドルフが配置されているのは、夜会の会場から庭園に繋がっている回廊だ。大勢の庭師が手入れした王城の庭園は常に美しく手入れされている。それを楽しめるように庭園にも明かりが灯され、ベンチやガゼボなども設置されて休憩することも可能だ。夜会に出席するのは貴族であることが条件であるので、その庭園の内部を見回る警備の人間も貴族出身で固められているのだ。平民の警備では何かあった時に対処し切れないこともあるし、貴族独特の言い回しなどを察するには身分差はあっても貴族の教育を受けていた方が丸く収めやすい。


それに加えて誰もが通過する回廊で人目に付くような警備の騎士は、参加者に秋波を送られるようなタイプではなく、送られたとしても靡かない性格の者で固められている。王城側としては、粉を掛けられたのを無碍に断ったり軽くあしらって誤解を招くようなことも避けたいので、基本的にはそれなりに年の行った既婚者か女性からは声を掛けられにくい風貌の者をなるべく選出していた。

近年では多少マシになったものの、地方ではまだ人手が少ない。それは貴族でも例外ではなく、辛うじて後継はいても伴侶が見つからないことが多いのだ。そこで王城の夜会は絶好の出会いの場となるのだが、参加者は大抵パートナーがいる。そこで嫡男以外の確率の高い騎士を婿候補に、と目を向ける令嬢は存外多いのだ。

騎士達の間ではそれに選ばれるということは、言い換えれば王城から「モテない風貌をしている」とお墨付きを貰ったも同然なので凹む者も多い。だが、レンドルフは今回は近衛騎士団から異動して初めての警備になるので、その辺りの機微は把握していなかった。把握していたとしても、レンドルフはそもそも令嬢からは遠巻きにされているので、ごく素直に納得していただろうが。



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「その指輪はしておいた方がいいな」

「良いのでしょうか」

「それくらいで差し障りがある腕ではないだろう。むしろ妙な虫が寄って来る方が支障になる」

「虫…は、はい、そうします。でも寄って来る方がいるとは思えませんが」

「いや、油断はするな。毎回予想を越える傑物が必ずいる」


夜会の前日に、自分の受け持ち区画に妙なものがないか、死角となりそうな場所はないかを確認する為に、部隊長オスカーと共にレンドルフは庭園と回廊を見回っていた。

オスカーは既婚者で子爵家当主なのでレンドルフと近い場所を担当している。彼は優秀な騎士だが、体型はごく平均的で顔立ちも優しくいかにも良い父親という雰囲気が滲み出ているので、何故か婚姻前からずっと夜会の時は似たような場所に配置されていたらしい。


そのオスカーから、レンドルフが鍛錬時以外で身に付けている指輪のことを言われる。騎士でも身を守る為の付与が施された装身具を着ける者は多いので、剣を扱う際に影響がなければ特に制限はない。レンドルフの場合はイヤーカフとチョーカーくらいで、後は任務によってバングルが加わる程度であまり目立つものはない。唯一目を引くのは最近作った大きめの石が付いている指輪くらいだ。騎士に不釣り合いな宝飾品は恋人から贈られたものだと思われることも多いので、品定めをしている女性の目からは真っ先に撥ねられる。

そうやって分かりやすくアピールしておけば、ある程度事前にトラブルを避けられる自衛のようなものだと真剣な顔で言われた。そのベテランのありがたい忠告に、レンドルフは素直に頷く。できればその毎回現れると言う「傑物」に出会わないことを祈るばかりだ。



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「レンドルフ先輩、これから夕食ですか?」

「ああ、ショーキは夜番か」

「はい。今日と明日は会場の外周担当です」


レンドルフは夜会の開かれる前の午後から終わるまでの明け方近くまでの警護なので、今日は早めに寮に戻ってから食堂に向かっていた。その途中で騎士服に身を包んでこれから夜番に出掛けるショーキと顔を合わせたのだ。夜の闇に乗じて何かを仕掛けたり潜ませたりされないとも限らないので、こうして王城に人が多くなる時期の夜番は索敵魔法などが使える者がメインで配置される。

ショーキはそこまで正確な索敵が出来るわけではないが、リス系獣人特有の危険を察知する勘の良さもあって、夜番に回されることが多いのだ。ただ平民出身であるので、主な配置場所は夜会会場から離れた場所になる。


「今日の食堂のメニューは恒例のヤツですよ」

「それは楽しみだ」

「僕は明後日が楽しみです。ほら、良いフルーツとか出て来ますし」

「それは俺も楽しみだよ」


食堂の「恒例」というのは、大規模な夜会で使われる料理や食材の見栄えの悪い切れ端などが職員用の食堂などに回されることである。そして一体どんな裏技を使っているのかは不明だが、騎士団員寮に併設されている食堂にはそれが大量に回って来るのだ。切れ端と言えども、元は王侯貴族らが口にする最高級のものだ。普段よりも格段に豪勢なメニューが出て来るのが分かっているので、それを狙って食堂の利用者も多い。

前日では仕込みが必要な食材で余ったもの、当日は実際に饗される料理の端や少々焦げた部分などが食堂にも出て来る。そして翌日は結局使用しなかった食材が各方面に一斉に放出される。運が良いと、保冷庫にしまわれたまま出番のなかったフルーツやデザートなども登場する。夜会の準備や当日の警備などで激務になる部署では、これを楽しみに頑張っていた。



レンドルフはショーキと別れていつもより早い時間に食堂に向かう。いつもは開いていない時間なのだが、夜会の前後は騎士達の勤務体系も変わるので、特別にほぼ一日中開けていてくれる。さすがに深夜は誰もいなくなるが、食券を事前申し込みしておけば持ち帰り用を準備しておいてもらえるのだ。


「あらあら、いらっしゃい〜」

「まあまあ、今日は早いのね〜」


騎士団員用の食堂に顔を出すと、通称「シェフ姉妹」と呼ばれている二人がおっとりとした口調でレンドルフを出迎えてくれた。この二人は見た目は上品な良いところのご婦人といった印象なのだが、最も混み合うランチ時になると目にも留まらぬ素早さと力強さで大量の料理を捌いている。巨大な寸胴鍋を軽々と投げ渡すような勢いで厨房を飛び回り、時折態度が悪かったり食べ物で遊んだりする者には容赦なく先端の尖ったレードルが刺さる。その一撃は騎士団長をも涙目にさせるという噂である。


「今日はキカブとキバナの特製パスタよ〜」

「あと、お肉サラダも付いてるわ〜」

「大盛りでお願いします」

「はぁ〜い。キバナも大丈夫ね〜?」

「大丈夫です」

「好き嫌いないってステキだわ〜」


二人は歌うようにニコニコしながら、手元はトングでごっそりとパスタを掴み取っている。


「「お待たせ〜」」

「ありがとうございます」

「そこのおやつは好きに持って行ってね〜」

「全部でもいいわよ〜」


食堂はセルフシステムなので、食券を渡してカウンターから料理を受け取って自分でトレイに乗せて席まで運ぶようになっている。カウンターは熱気やら何やらが席に行かないように間口が狭く、レンドルフなどは腰を屈めて覗き込むような恰好になる。その為、姉妹からすると「沢山食べる」「礼儀正しい」に加えて「顔が良い」というプラス要素を全て揃えているレンドルフが大のお気に入りらしい。カウンター越しに見る景色は、姉妹からするとほぼ顔しか情報がないのだ。

お気に入りと言ってもせいぜい大盛りの大盛り、をしてくれるくらいなので、周囲からすると適正量を盛りつけているようにしか思われていない。



今日の夕食のメニューは一見するとクリームパスタのように見えたが、食べてみるとあっさりしたコンソメ風味だった。このコンソメも夜会に出されるような食材を使用しているので、いつも以上に旨味が濃い気がした。キカブと呼ばれる黄色みの強い蕪を擦り下ろしてコンソメで煮込んでパスタに絡めてあるので、見た目はクリーム風に見えたのだ。一緒に入っているベーコンの塩気に、蕪の甘みが際立っている。そこにキバナという黄色い花の咲く葉野菜がサッと茹でられて乗っていて、黄と緑とピンクの具材の色合いが非常に美しかった。キバナは微かに苦味のある野菜なので好みが分かれる為、頼めば抜いてくれる。レンドルフはその苦味も好んでいるので、甘い蕪のソースにたっぷり絡めて楽しんだ。甘い蕪とベーコンとコンソメの旨味と塩気に、キバナの苦味が良いアクセントになっている。

肉サラダは、食材の形を整える為に出た塊肉の切り落としの部分なので見栄えは良くないが、牛、豚、鶏全てが山のように贅沢に乗っていた。むしろ肉に隠れて野菜が見えない。柔らかくしっとりした肉の下の野菜の中には砕いたクルミが入っていて、タマネギの擦り下ろしドレッシングとよく合っていた。


まだ時間が早かったのでレンドルフが食べているときは食堂には他に二名くらいしかいなかったが、食べ終わる頃にぞろぞろと騎士達がやって来てすぐにカウンターに行列が出来た。早く席を空けようとレンドルフは最後の一口を急いで飲み込んですぐに席を立った。


自分で洗い場に食器を運ぶと、そのすぐ脇に置かれたテーブルには大きなバットの上に飴細工とチョコレートが山積みになっていた。これは夜会のデザート用の飾りだが、繊細故に割れたり歪んだりして使い物にならなくなったものを提供してくれている。テーブルの隅には紙袋が置かれていて、自由に持って帰れるのだ。これはもう夜会があるときの特別なお楽しみなのだ。

さすがに全部持って帰るような真似はしないがたっぷりとあるのをいいことに、レンドルフはご機嫌にそれなりの量を袋に詰め込んだのだった。



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自室に戻ると、ユリからの伝書鳥が窓辺に留まっていた。


お茶と一緒に楽しもうと思った飴とチョコレートの入った袋を急いで机の上から避けて、先にユリの手紙を受け取る。レンドルフの髪色に似た薄紅色の封筒にチョコレート色の封蝋が可愛らしく、何だか美味しそうな印象だった。


ユリからの手紙は、今日から夜会が終わって人が引くまでの期間中は薬局は開けずに研究施設は完全に閉ざしてしまうことになったと綴られていた。いつも以上に人が多くなるので用心の為だろう。国同士の盟約を交わしてようやく漕ぎ着けた重要な施設なので、国内の貴族や有力者には通達はしてあるが、それを理解せずに強引に侵入しようとする輩がいないとも限らない。そのどさくさに紛れて薬局に押し掛ける可能性もあるし、普段よりも騎士団の内部は手薄になる。レンドルフもユリの安全面を考えたらその方がいいだろうと胸を撫で下ろした。


他には、先日見物に行った遺跡は予定より大幅に公開期間を短縮して、祭が終わると同時に見学通路は封鎖して専門家調査の為に一般公開は終了になるという情報も書かれていた。全くの門外漢のレンドルフでさえ奇妙な壁画だと思ったので、もしかしたら思いの外調査には時間が掛かるのかもしれないと考える。そうなると建て替え予定だった役所の窓口は別の区域に仮で作られるのだろうか。つい歴史的発見かもしれない壁画よりも、役所窓口が遠い場所に仮設されたらちょっと困るな、などと現実的な心配をしていた。


後はいつもの通り日常の何気ない話が綴られていて、すっかりそれが日々の癒しになっているレンドルフの顔が緩む。最後に先日確認してもらったタッセルの調整が終わったのでまた確認して欲しいと締められていて、更に心が躍るような気持ちがした。


(そうだ、最初に貰ったタッセルをどこか目立つところに付けておこうかな)


嬉しくてポーチの内側に大切に取り付けていたが、オスカーのアドバイスにあったように「遠目でも相手がいると分かるようにアピールしておく」のは大事かもしれないと考えていた。



そこでふと、レンドルフは「ユリさんを『相手』と言ってもいいのだろうか…」と根本的なところに気付いてしまい、しばらく真剣に悩んでしまったのだった。おそらくそれを聞けばレンドルフとユリのことを知っているほぼ全員が「え?今更?」と聞き返すだろうが、当事者にはどうにも分からないようであった。



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