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【過去編】罪人の系譜


アスクレティ大公家が興ってすぐにミズホノ国との交易の申請をする為に最初の船を送ってから三年が経過し、その間に二度ミズホノ国からの交易船が到着した。三年の間にアスクレティ領からは八回船団を送り、無事に到着したのは三回だった。ミズホノ国も数回に渡り海を越えようとしたようだが、やはり距離が交易を阻んでいた。


しかし一度目にあちらから「伝書鳥」と名付けられた手紙を送る魔道具が交易品の中に入っており、書簡のやり取りだけは月に三回程度の頻度で可能になった。そこで異界の言葉で書かれたサクラの手記の写しを送り、翻訳したものがアスクレティ家に届けられるようになった。伝書鳥でやり取りが出来るのは書簡のみだった為に、ミズホノ国に送った異界の知識はまず先に先方が知ることになるが、それを悪用しないのであれば先んじてその知識を利用しても構わないという契約を結んだ。書簡しか送れないので金銭も交易品のやり取りも不可能だった為、その契約で翻訳料としたのだ。


サクラの手記は、それこそ国の為に役立つ異界の知識からごく私的な日常のことを綴ったものまであったが、異界の医療や薬学、薬草学などが多数残されていて、ミズホノ国の医療は大きく発展した。それに少し遅れて、アスクレティ領も広大な薬草園や薬草学を学ぶ為の場を開設して、やはり国の医療に貢献するようになって行った。

実際の交易に至るにはまだ課題は多いが、サクラの手記のおかげで互いに友好的な関係を築くことは出来たのだ。これからもっと造船、船舶技術を向上して行くか、どこかに中継点を作れないかなど、活発な意見の交換も進んでいる。遠くない将来、直接人や品物が行き来出来るようになるだろうと希望を持てる明るい状況だった。


しかしサクラは、その発展を見ることは叶わなかった。

タカヤがアスクレティ大公家を興してから僅か三ヶ月程で、彼女は帰国した娘や孫に見守られながら神の国へと旅立って行った。最期の数日は、実に穏やかに過ごしていたと言われている。


そしてタカヤは、既に覚悟はしていたのか取り乱すこともなく、ただ亡き妻の望みを叶える為にひたすら邁進しているという話は、王都にまで届いていた。

それを聞いたスエは、番を失った獣人の末路とは違う結果になったのかと思いつつも、心のどこかで絶対に有り得ないと思っている自分もいた。もうこれは獣人の本能としか言いようがないのだが、それが外れてくれることを日々祈りながら、スエは宰相としての毎日に忙殺されて行った。



そんな一見何事もない三年が続いた日、またいつかのように突然タカヤがスエの元を訪れたのだった。



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「タカヤ…久しいな」

「ああ。お前、また老けたな。まあ…俺も人のことは言えんが」


大公位を叙爵する際の三年前の式典以来タカヤとは顔を合わせていなかったが、その時は昔と変わらない若々しい容貌をしていたが、今は見る影もなく窶れて一気に数十年も時が進んだように見えた。番を失うとはこういうことなのか、とスエは苦い気持ちでタカヤを出迎えた。


「今回は私にどんな無茶をさせるつもりだ?」

「ははは、その覚悟があるなら都合がいい。…もうこれで最期の、俺の我が儘だ」

「最期…」

「アケが、封印の石室を完成させた」

「なっ…石室!?私は前国王を幽閉する為の檻を頼んでいた筈だ」


石室は、番を他者に害されて失った獣人と共に原因となった罪人とその一族を入れて封じる獣人国のしきたりの一つだ。ただ天寿で番を失った獣人は悲しみで狂うが、まだ抑えることが出来る。しかし番を殺された獣人は、怒りのあまり生命が尽きるまで暴走して見境がなくなる。それが終わるまでどれだけの被害出るかは計り知れない。その為、厳重に封印を施した石室に罪人と共に閉じ込めて、そのまま地中に埋めてしまうのだ。そのままそれは墓と化す。生命力の強い獣人はどちらかを殺して生き伸びることもあるだろうが、出て来たとしても害悪にしかならないとして両者死罪として扱われるのだ。そして罪人の一族ごと封じるのは、番を害することの恐ろしさと愚かさを知らしめる見せしめの意味合いもあった。


「番を殺された獣人の末路なんて、石室に決まってるじゃねえか。一応完成まで大人しく待ってやったんだ。とっとと穴を用意しろ」

「アキメイラと封じられるつもりか…」

「他に誰がいる?俺はあいつを引き裂いてやりたくて、その日を待ってた。そろそろ目に付くヤツ全部があいつに見え出して限界に近かった。間に合って良かったよ…」


ここに来ての急なタカヤの老け込みはそれが影響しているのかもしれない。スエには番はいないが、獣人の本能を抑え続けるとこの困難さは感覚的に理解出来る。


「宰相」

「陛下!?先触れもなくどうなさったのですか」

「よう。お前もすっかり貫禄が出て来たな」


誰も連れずにやって来たハーバルにスエは目を丸くした。王太子時代ならともかく、国王が軽々しくとっていい行動ではない。しかしタカヤは全く驚いた様子はなく、まるで自分の部屋かのようにハーバルを招き入れた。ハーバルも三年振りに唐突に訪ねて来たタカヤに当然のような振る舞いをしていたので、彼らの間では訪問を把握していたようだ。


ハーバルは成人してすぐに国王代理として玉座に就き、正式に国王になってからもますます国を安定させてきた賢王としても名高い。その裏ではアキメイラに振り回されて苦労していたせいか、まだ若いのではあるがここ数年では輝くような金の髪がすっかり白くなっていた。しかしまだかつてのアキメイラ似の美貌はそのままなので、降るように縁談が続いているが、未だに王妃がいないままだ。

周囲は王妃の必要性を説いているのだが、彼はその度に曖昧に微笑むだけで決して頷くことはなかった。


「宰相、これは私のサインを入れてある。後で処理をしておいてくれ」

「は、はあ…これは養子縁組の…?はぁっ!?」

「後々のことは全て宰相に任せる。一応それも書き添えてある」

「いや、お待ちください!何故こんな」

「私もタカヤ殿と共に逝くからだよ」


そう言ってハーバルは、まるでその言葉の意味を知らないかのように美しく微笑んだ。



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ハーバルの渡した養子縁組の書類には、今年三歳になる一番下の王子の名が記されていた。ハーバルにしてみれば親子ほども歳の離れた異父弟にあたる。現在妻も子供もない為、王弟を養子にして次期王太子に据えることは別に珍しいことではない。しかし、まだ年若いハーバルが、となると、それなりに不満の声が上がるだろう。


「宰相を始めとして側近達は皆優秀だからね。今、縁組みが決まっていないのは末弟しかいなかったんだ。そこは自分の優秀さが招いた手間だと思って、上手く導いてやって欲しい」

「し、しかし…」

「そうだねぇ、国民には私は急逝した先王の後を継いで、国の安寧の為の陣に魔力を注ぐ役目を交替した、とでも公表するといいよ。あれも実年齢がよく分からない外見をしているけど、それなりに頓死したと言っても納得される年齢になったろう」


サクラを襲って重傷を負わせ、長らく後遺症に苦しんだ原因はアキメイラがやったことだ。サクラの死の大元がアキメイラにあるなら獣人のしきたりに則れば、石室に入れられるのは間違いない。そしてそれに合わせるならば、一族として現国王ハーバルと、その後にアキメイラが産み落とした23人の王子王女も含まれる。


「一応血族ではあるけれど、末弟以外は王族から出されるのはもう確定しているから、そこは一族から外れるってことで大目に見てもらったよ。それに人族の国では父系の一族を本家筋とするからね。それを採用するなら、あれを父にしているのは私だけだ」


アキメイラの産み落とした子供達は、国内外に政略として婚姻を結ばせている。それなりに魔力が高い者は国内の貴族、獣人の能力をあまり発現していない者は友好国などと縁を繋がせた。どの子供達もアキメイラと前王妃の子としていたが、万一何らかの切っ掛けで出生の秘密が発覚しないとも限らない。それにまだ次代のいないハーバルに対抗して担ぎ出す者がいないとも限らない為、彼らは早々に王族であることを放棄させていたのだ。


「たった二代で王族が途切れるとさすがに国が荒れるし、アスクレティ大公家にも影響は出るだろうから、次期国王として末弟を残すことを譲歩していただいたんだよ」

「あいつの息子一人と、レイキ家の当主と直系の四人で我慢してやるんだ。随分な譲歩だろ」


続けて語るハーバルとタカヤの顔は笑っていたが、その間に流れる空気はひどく冷たかった。氷の魔法を使うタカヤの魔力が漏れ出ているのかもしれない。


「レイキ家だと…クルーノ殿は…」

「アキメイラの叔父で、息子達は従兄弟にあたる。立派な血族だ」

「それを言うなら私だって」

「宰相はあれとは血の繋がりはないだろう?私の嗅覚を侮らないでもらおうか」


ハーバルの冷たい声に、スエはヒュッと息を呑んだ。

スエはアキメイラの父スイの異父兄、つまり伯父としているが、実際は血の繋がりはないのだ。このことは獣人国の一部の者しか知らず、スイですらスエのことを半分血の繋がりのある兄だと思っていたくらいだ。ハーバルの嗅覚は非常に高いと分かっていたが、まさか血統を判別出来るほどの能力とは思っていなかったのだ。


「で、ではレイキ辺境伯家はどうなるのだ…防衛の要で…」

「それはアケに任せるそうだ。アケの子供らは俺らから見れば貧弱だが、人族からすりゃそこそこだろ。それにアケはまだ当分くたばらねえだろうしな」


今はアケは王都で封印のための檻に魔力を注ぎに来ているが、妻子はレイキ辺境伯家で保護している。その為アケは王都にいるクルーノとは親しくしているようだったが、まさか家門まで任せる話になっていたとはスエは夢にも思っていなかった。それよりも、自分もそれなりに宰相として中央政治に関わっていたと思っていたのだが、幾つも重大な案面が自分の頭越しに勝手に決められていたことに混乱していた。

檻を頼んでいたのに密かに石室にしていたアケにも、誰にも言わずに勝手に養子縁組を行っていたハーバルにも、共に国を支えようと苦労を重ねていたクルーノにも、そして自分勝手にやって来ては無理難題を押し付けていたのに肝心なことは頼らないタカヤにも、スエは失望と怒りで頭も気持ちもどうしていいか分からないほどグチャグチャになっていた。


「宰相。一番始めに離宮であれの行いが発覚した時に保護された青年がいただろう」

「は、はい…」

「彼は、クルーノ殿の奥方の歳の離れた弟…義弟だったんだよ」



クルーノの妻は、この国がオベリス王国になる前からの貴族だった。しかし血統以外に誇れるようなもののない貧乏貴族で、長女だった彼女は弟妹の面倒を良く見ていた。中でも歳の離れた弟は、産まれた翌年に母が亡くなったので彼女が母親同然に育てていたのだ。しかし彼女がクルーノとの縁談が決まった際に、子供のいない騎士の家に養子に出されたのだった。彼は養父に鍛えられて、ようやく王城付きの騎士になったばかりだった。若く見目もよく、そして白銀とも言われた美しい髪の持ち主だったことが、悲劇の始まりだった。

すぐにアキメイラに目を付けられ、強引に離宮に監禁された。そこでどんな悼ましい目に遭ったのかは分からないまま、衰弱して心を壊し切っていた彼は、数年後元に戻ることはなく亡くなったのだった。


「宰相やクルーノ殿は気付かなかったが、息子達は何となく気付いたようだよ。そこは血縁故、なのかな」


スエはアキメイラのいた離宮に突入した際に、クルーノが連れていた息子二人が惨状に嘔吐していたのを思い出した。単純に経験が不足して慣れていないのだろうと思い込んでいたが、何らかの形で身内だと気付いたのかもしれないと今更ながら思い当たる。あの時はとにかく死亡した二名の身元を調べることと事態の隠蔽に必死で、生き残った青年は名が分かっただけで養子だったかどうかなどそれ以上深く確認しなかった。


「クルーノ殿は奥方と離縁して、南方の海のある国に送ったそうだよ。あの国は女一人でも生きて行ける制度があるらしいからね。そしてその後は息子達と話し合って、縁談を一切断った。自分達の代で、一族を終わらせる覚悟を決めたと、ね」


クルーノは、姉の子であるアキメイラがタカヤの番を襲ったことを聞いて、いつかこの日が来るのではと考えていた。霊亀一族として獣人国で生まれ育ったクルーノは、もしサクラに何かがあればアキメイラと共に石室に入ることが自分の役目だと自覚していた。

しかし獣人国の外で産まれた三人の息子達にはそのしきたりに従う必要はない。その時はどうにかして逃がそうと思っていたのだが、アキメイラの蛮行を目の当たりにした息子達は自分の中に流れる血を終わらせる必要があると感じたようだった。幾度となく話し合いを重ね、時には取っ組み合いをしてまで彼らは納得の行く答えを出したのだった。



「そんな…」

「お前には後始末を頼むな。幸運にも、お前は獣人の本能があまり強くない。だから獣人の本能だの血だのに煩わされず、俺達の子孫と共に国を支えて行ってくれ」

「……簡単に言ってくれるな!私が、私がどれだけ…っ」


スエは冷静にあろうと必死で自分を抑えていた。確かにハーバルの見抜いた通り、血縁ではないスエは石室に入る資格はない。しかしこれまで長く一緒にいた時間が、流れる血よりも強い結びつきを持っていたと思っていたのは自分だけだったのかと考えると、不意に目の奥が熱くなった。


能力値の高くない父の性質を受け継いだスエは、父の死後追い出されて路頭に迷ってもおかしくなかった。しかし名目上の母はスエを家に置いて、教育の機会を与えてくれた。それはこれから産まれる弟に忠実な手札を準備したかっただけかもしれないが、スエは必要とされていると思うだけで十分だった。そしてスエは弟の頼れる右腕としての地位を獲得した。

選ばれし者として国を後にした弟スイからの連絡を受けた時、どんなに無茶な内容でも叶えてやろうと思った。スエはその時に抱いた気持ちが地位や名誉への欲などではなく、必要とされることの喜びだったと改めて理解した。



「私を、置いて行くのか」


思わず口から本音が転がり出て、スエの目から熱い涙が一筋流れた。



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