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【過去編】執着の果て

作中にちょいグロな描写があります。性行為を匂わせる展開もありますが直接的な描写はありません。これまでの話に出て来たレベルくらいなのでここまで読んでる方は大丈夫かと思いますが、ご注意ください。


「…奥の、使っていない主寝室から魔力の気配がするな」

「ああ。さすがに分かる」

「遠見の魔道具では何の異常も映っていなかったが…私の失態だ」

「今は確認が先決だ。行こう」


幾つも部屋がある離宮の為、使っている部屋といない部屋があった。最初は狂乱してあちこちを破壊していたアキメイラだったが、落ち着いて来た今はごく一部の決まった場所しか使っていなかった。死角が出来ないように監視用の魔道具を複数設置してスエが自身の目で確認してはいたが、アキメイラには魔力を遮断して異常がないように見せかけるくらい簡単なことだったのだろう。それに関わる人間を最低限にしたかった為に、使用していない場所へは清掃に入ることもなくなっていたことも災いした。実際奥の主寝室には、しばらく誰も足を踏み入れていなかったのだ。



「陛下」


最も強い魔力を感じる部屋の前で、スエが中に向かって話しかける。この部屋は夫妻で滞在する場合に利用してもらう主寝室で、私室の二つと繋がった広い寝室になっている。魔力で外から何かを隠す防壁を張っているせいか、中からコトリとも音はしない。


「クルーノ殿」


スエが扉の前から横にズレると、替わりにクルーノが扉に軽く触れる。その動きに合わせて彼の肩に触れるように二人の息子が背後に立つ。


ほんの一瞬彼らの緑色の髪が揺らぎ、合わせて周囲の空気も揺れてパキリとどこかで音がした。


「…うっ」


扉の一番近くにいたクルーノが思わず声を上げて口と鼻を手で覆った。傍にいたスエは声こそは上げなかったが、クルーノと同じように口元を袖で塞いでしまった。


クルーノ達が穴を開けるだけのつもりだった防壁は、思ったよりも強度はなく呆気無く砕けた。そしてそれと同時に、鼻の曲がるような吐き気を伴う悪臭が周囲を包んだのだった。


「陛下、緊急事態ですので失礼致します」


返答を待たずに扉を開け放ったスエは、真っ先に部屋の中に踏み込んだ。その後ろからクルーノも続く。


薄暗い部屋の中は、閉め切っていたせいかムワリと蒸し暑く、まるで空気が感触を伴って顔や髪に纏わりついて来るような感覚がした。その中で目を凝らしていると、大きなベッドの上で何かが蠢いていた。


「へ、いか…」


目が慣れて来たスエが見たものは、世にも悼ましい光景だった。後々考えると、この時に嘔吐しなかっただけでも上出来だと思える程だ。



ベッドの上では、すっかりかつての美しさを失って異形の者へと化したアキメイラが座り込んでいた。一糸まとわぬ姿であったので、前面だけ人のような皮膚が暗がりの中妙に白く浮かび上がっていた。しかしそれ以外の場所は緑色の鱗に覆われていて、左右別々に蠢くギョロリと飛び出した目に顔の下半分を覆う髭に太い首は明らかに男性のものだ。が、少女のように小ぶりだが膨らんだ胸がひどく作り物めいて、何度見ても気味が悪かった。しかし以前確認した時よりもアキメイラはやけに太って見えた。確かに体を動かす機会はなくなっているが、そこまで豪勢な食事は出していない。いや、手足などは変わらない様子で、ただ腹部だけがせり出している。


「そ、その者は…」

『うふふ…』


座り込むアキメイラの身体の下に、同じように一糸まとわぬ男がベッドに仰向けに横たわっていた。その顔は若そうに見えたが目は落ち窪み、何も見ていないただの虚ろなガラス玉のようだった。力無くベッドからはみ出した腕は枯れ枝のように細くなって、暗がりでもアバラが浮いているのがハッキリと分かった。その男の下腹部の辺りに跨がるようにアキメイラが乗っている。

喉をタカヤに裂かれたせいで誰もが聞き惚れる美しい声はすっかり嗄れてしまっていたが、アキメイラはその声のままで少女ように含み笑いを漏らす。それと同時に、スエはこの強烈な腐敗臭の中に男女の睦み合う際の濃厚な汗と体臭も混じっていることに気付いてしまった。


「一体、何をなさっておいでです」

『ちょうど良かったわ。コレを、処分して頂戴』


アキメイラは座り込んだまま手を伸ばして身体の下の男の頭を掴んだ。その指の間から、不揃いではあるが白い髪が覗いている。


『ふふ…そろそろ()()に良くないといくら言っても、甘えて求めるので困っていたの。どれだけわたくしのことを愛しているのかしら』


嗄れた声で、ギョロリと半ば飛び出した目を細めて、アキメイラはうっとりとした様子で空いている方の手でザラリと腹を撫でた。


『そこの者達は、言い聞かせればすぐに大人しくなりましたのに。いけないコ』


頭を掴んだ手に力を入れたのか、手の中にあった髪がブチブチと音を立てて千切れた。しかしそれをされている青年は、声を上げるどころか全く反応を示さない。もしかして死んでいるのかと思ったが、よく見ればゆっくりと胸が上下している。


「何てことだ…!」


スエのすぐ後ろでクルーノが震えた声を絞り出した。怒りや悼ましさで感情が爆発寸前のような声色に、スエは素早く一歩アキメイラに近付いて、恭しく頭を下げた。


「陛下、ここは少々空気が悪うございます。我々が掃除を致しますので、陛下はどうぞお休みになられてください」


しばしアキメイラは目を眇めてスエを眺めていたが、やがて青年から手を放してベッドから降りた。


『良かろう』


そしてそのままペタペタと裸足のまま部屋を出て行ったのだった。



アキメイラが退出してもしばらくは誰も動けずにいたが、クルーノの次男がとうとう我慢の限界を超えたのかその場で嘔吐してしまったことで、ようやく彼らは呪縛から解けたように動き始めた。


出来ればその惨状から目を背けたかったが、このままにはしておけないとすぐさまカーテンを開けて窓を開け放った。しかし予想はしていたとは言えはっきり見えてしまった部屋の中に、今度は長男の方が嘔吐していた。彼らはクルーノに自分の物は自分で始末しろ、と怒られていた。スエはそれを気の毒に思ったが、そこは手伝わずに放置した。


強烈な腐臭で予想はしていたが、部屋の中には二体の屍骸が転がっていた。死後大分経っていたのか、両者とも腐敗が進んでいて特に片方は一部骨が見えていた。そして分かりにくくはなっていたが、どちらも白い髪をしていたようだった。

生きていたベッドの上の青年は、衰弱はしていたが命に別状はなさそうだった。だが、既に心は死んでいるのか、いくら話しかけても反応はなかった。


スエ達は誰かにこの処理を任せる訳にもいかず、ひたすら吐き気に耐えながら部屋の後始末を黙々としたのだった。



その後密かにアキメイラの事を知っている侍医に診せたところ、ある程度予測は付いたがアキメイラは懐妊していた。子の父親は分からないが、明らかにあの白い髪をした男達の誰かだろう。


結局、アキメイラを封じていたつもりだったが全く意味を成さず、自由に王都内を行き来していたらしい。もはや幽閉していないのも同然だった。そして目に付いた白い髪の男を攫っては強引に離宮に閉じ込めて相手をさせ、その際に見かけた黒髪の若い女性を殺していたのだ。


どうにかしようと策を弄していたスエ達を嘲笑うように、アキメイラは自分の欲望のままに自由に過ごしていたのだった。



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それからスエはより厳重に結界の魔道具も他国から無理をしてかき集め見張りも強化し、これ以上被害が広がらないように必死に策を立てた。

しかし圧倒的な力の差は如何ともし難く、妊娠中は大人しく離宮に籠っていたのだが、出産して体調が戻るとすぐにアキメイラはいとも容易く離宮を出て再び複数の被害者が出た。アキメイラは両親が獣人であるので人族とは体の作りが違うのか、妊娠期間も産褥期もはるかに短かった。次々と子を産み落としそれが二桁を越えた頃に、仕方なく国としては金銭を積み上げて王都から離れた地や国外から連れて来た白い髪の男を与えるしかなくなっていた。

その役割はレイキ辺境伯家が担った。王都から最も離れた領地で、別の国とも隣接しているので、戦乱の影響から未だに貧しい者や身寄りのない者が多数いたのもあった。


決して逆らわず他言もしないようにと言い含めて、見目の良い白い髪の若者を生贄として差し出した。そうでなければ、事情も分からず怪物に攫われた者は泣き叫び抵抗する為に彼らがアキメイラに殺されるのは確実だった。スエにとっては苦渋の選択だったが、少しでも生存の可能性を上げるにはただひたすら耐えて言うことを聞くようにしてもらうしかなかったのだ。

アキメイラが孕むか飽きるかすれば解放されるので、そう長くない期間ひたすら耐えて欲しいと懇々と言い聞かせたがそれでも生き残れるのは半数だったし、更に生き残った殆どが心を壊してしばらく後に亡くなってしまった。そんな彼らには親族などに法外の金銭を渡して黙らせるか、身寄りのない者は出来る限り丁重に弔うことしか出来なかった。

しかし今はアキメイラが王都に出るのを止められる者がおらず、出て行けば白い髪の青年を攫い、行き掛けの駄賃とばかりに黒髪の女性を手当たり次第襲うので、せめて被害をこれ以上広げない為には仕方がないと言い聞かせていた。



産まれる子供達は全てが金色の髪をして美しかった頃のアキメイラによく似ていたので、密かにどこかへ養子に出す訳にもいかず、国王を支える王妃を溺愛していると噂を流すしかなかった。さすがに人数がおかしいと思う者もいたが、そこは公には出来ない愛妾などを囲っているのだろうと深読みをして敢えて触れずにいてくれた。

幸いアキメイラは産んでしまえば興味を失うようで、それなりに苦労はしたが子供達はきちんと教育が行き届いた王族として国内外に縁付いて行った。その美しさのおかげで縁談には困らなかったので、辛うじてスエが過労死せずに済んだようなものだった。



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アキメイラの子が20人を越えた頃、ずっと領地に引きこもって姿を現さなかったタカヤが、ある日先触れもなくフラリとスエの執務室に顔を出した。もうこの先生きている限り会うこともないと思っていたスエは、あまり変わらない姿のタカヤの顔を見て、思わず自分にお迎えが来たのかと思った程だった。


「よう、お前、老けたな」

「タ…カヤ。本人、だよな」

「ああ。ここも随分変わったな。街も立派になって、あの軟弱王太子もいい王になったみたいだな」


タカヤはドカリと勝手に執務室のソファに座って、偉そうに背もたれに体を預けて足を組んだ。しかしスエはまだ我に返っていないのか、口をパクパクさせながら呆然としている。


「まだアンタが宰相閣下で良かった。俺に領地と地位を寄越せ」

「は?」

「耳遠くなったか?あの時褒章はいらねえと言ったが、やっぱり貰うことにした。だから東のデカイ港のある領地と、この国で一番高い地位を貰いに来た」

「ま、待て待て待て。話が読めん」

「あの俺らが滅ぼしかけて逃げた国、今はミズホノ国って名になったの知ってるか?」

「え…あ、ああ。一応話だけは。遠過ぎてこの大陸とは国交はないが」

「俺はそこと交易がしたい。だから領地と邪魔されねえ地位が欲しい」


かつて四名の獣人達が神と崇められていた島国では、長く戦乱が続いていた。しかし数年前、全てではないが一番大きな島の覇権を制した者が現れ、国名をミズホノ国と改めたと伝わって来ていた。


「ミズホノ国ってのは、サクラによると生まれ育った異界の国の異称らしい。あの時俺がサクラを連れ帰る時に強引に開けた異界への道がまだ繋がってる可能性が高い。おそらくあの島国の新たな王か、近いところに異界渡りのヤツがいる」

「それで交易を?サクラ夫人が故郷の者と親交を深めたいと望んだのですか?」


タカヤを始めとする力のある獣人達が複数でどうにか海を渡って、もう戻れない程遠く離れた島国だ。そこと国交を開くことどころか船で行き来するだけでも難しいことだが、番を溺愛するタカヤならばどんなに無茶でも何としても望みを叶えようとするのは当然だろう。


「出来れば、異界渡りをこちらに招きたい。それが無理なら、せめて異界の言語を知る術を得たい」

「異界の言語を?それは一体…」


スエの問いにはすぐに応えず、タカヤは長い溜息を吐いた後に辛そうに目を伏せてポツリと呟いた。


「もう、サクラは永くない。だから、あいつの知識をこの世に残したい」


番を失った獣人は悲しみのあまり狂死する。遂に突き付けられてしまった現実に、スエはヒュッと息を呑んでいたのだった。



オベリス王国に真っ白な髪の者が少ないのは、白い髪は神隠しに遭う、神への贄になる、という噂が地方で広まっていた為、白い髪の者が生まれると染めさせたり、結婚する時も子に遺伝しないように少しでも濃い髪色の相手をめあわせることが伝統のように定着して行った為です。

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