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【過去編】残された者の苦悩


スイの子アキメイラは、生まれた時から逃亡者のような旅暮らしだった。あまり人族と関わらないようにして争いごとを避ける毎日で、その中でも幼な子は彼らの癒しだった。


虎獣人ハクと妻サクラの間にはまだ子がいなかったことから、アキメイラを我が子のように世話をした。父方の伯父にあたるスエ、母方の叔父クルーノも、異父弟や姉の忘れ形見としてアキメイラを可愛がった。アキメイラは蛇獣人の父と霊亀一族の母との間に生まれたが、金色の髪に茶色の目をした人族とあまり変わらない容姿をしていた。能力的には父の魔力と特性を継いだようだが、外見は美しかった母に似たようだ。成長すればまた獣人にはよくあるように外見にも変化があるかもしれないが、今のところ人族の間で暮らすには適した姿をしていたのだ。


やがて、大陸から小舟でも数時間で行き来出来るというそれなりに大きな島嶼に、彼らは迎え入れられた。そこは一つの王家が治めている島で、裕福ではないが争いのない平和な場所であった。彼らはここを安住の地にしたいと、獣人の高い能力をあからさまにし過ぎて大陸の強国に目を付けられないように制限しながら、島の住民と手を取って王国を栄えさせて行こうと誓った。

ハクは島に棲息している魔獣を狩って人々を守り、サクラは異界の知恵を授けて日々の暮らしを豊かにした。スエは力のない分交渉ごとに長けていたので王の補佐を務め、防御の能力を誇る霊亀一族の末裔のクルーノは大陸から攻めて来る軍勢を退けて一歩も上陸させなかった。

こうして島は一つの国として、周囲からも一目置かれるようになり、平和な時が流れて行った。


しかしその平和も長く続かなかった。


成長したアキメイラは、大変美しくなった。この島の貴族や資産を持った商家だけでなく、わざわざ大陸からも貴族がその姿を見る為に訪れた。そして次々と求婚をしたのだ。

アキメイラの周辺は、どうすべきか頭を抱えた。無駄な争いを招くとして、当人が獣人であり相当に強い力を有していることは伏せていた。アキメイラの美しさに惹かれて来た者が、更に強大な力を有していると知ればどう利用されるか分からない。赤子の頃から大切に育てて来たアキメイラを争いの火種にしたくはなかった。


いっそ獣人国に戻ろうかという話も出たが、アキメイラの母と叔父クルーノは罪人として追放された霊亀一族だ。アキメイラも受け入れては貰えないだろう。


そして更に大きな問題として、アキメイラはずっと父親替わりだったハクに、一男性として熱烈な恋情を抱くようになっていた。誰よりも早くそれを察知していた妻のサクラはあくまでも親として距離を保ってアキメイラに接するようにハクに注意していたが、ハクはただ可愛い娘が懐いてくれているのだと思い込んでいた為、世間一般の娘よりも接触が多くていつまでも布団に入って来るのも疑問に思っていなかった。アキメイラもその立場を十分認識していて、それを利用しながらハクに秋波を送り続けていた。

しかし番以外に目を向けないハクに業を煮やしたのか、アキメイラはハクの寝所にいつの間にか手に入れた媚薬を持って突撃した。幸い異界で医療や薬剤関連を学んでいたサクラが対処して事無きを得たが、それが切っ掛けでアキメイラがサクラに対して行っていた暴言なども発覚して、ハクはアキメイラをあからさまに遠ざけるようになった。


そのうちにアキメイラを獣人だとどのように知ったのかは不明だが、獣人でも構わないと小国の王太子が熱心に求婚して来た。まだアキメイラはハクに未練はあるようだったが、一向に靡かないハクに諦めたのか、やがて王太子に絆されて大陸へと嫁ぐ為に渡って行った。その際には親戚としてスエとクルーノも貴族籍を与えられて姪を守る形で島を後にした。


「わたくしが、良い国を作ってみせますわ」


そう言い切って嫁いで行ったアキメイラをハクは安堵して見送ったが、その時に隣にいたサクラはどこか浮かない顔をしていた。



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それから一年も経たないうちに、大陸のある小国から各地に向けて宣戦布告がなされた。それを行ったのは、アキメイラが嫁いだ国だった。その宣言はハク達の暮らす島の王国にも届き、武装した大船団が島を取り囲んだ。防衛を担当していたクルーノはアキメイラと共に大陸に移っていたので、出来ることはハクが攻勢を仕掛けて徹底抗戦を主張するか、降伏して属国になるかの二択だった。

しかしその船団から「抵抗せずに軍門に下り話し合いに応じるならば、島民の安全と高い地位を約束する」という旨の書簡を携えた伝令が来た。その差出人は、かつてこの島で王の補佐官を務めていたスエの名が記されていた。

ちょうどその頃、サクラがハクの子を身籠っていたこともあり無用な争いは避けたいと、ハクと国王は話し合い、その提案を受け入れることにしたのだった。



その国の王との謁見には島の国王が出向こうとしたが、その話し合いの場にはハクとサクラが来るようにと名指しで指名があった。ハクはあまり気が進まないようだったが、仕方なくサクラと共に出向いた先でアキメイラに再会したのだった。


「ハクお父さま!お会いしとうございました!」


設えられた玉座から飛び降りるようにアキメイラがハクに駆け寄り、そのまま抱きつこうとしたのをハクは眉を顰めてやんわりと避けた。この国は王が交替してから宣戦布告を発令したと聞いていたので、王太子に嫁いだアキメイラは王妃になっている筈だ。その一国の王妃が軽々しくしていい行動ではない。


「あの…国王陛下は…」


隣にいたサクラをいない者のようにハクにばかり話しかけているアキメイラに、サクラはそっと言葉を挟んだ。ほんの一瞬ではあったが、アキメイラはギロリと憎しみを込めた目でサクラを見やり、すぐにニッコリと美しく整った得体の知れない笑みを浮かべた。


「嫌ですわ、もうそこまでお目が悪くなりましたの?人族は老いが早いというのは本当でしたのね。ほら、国王陛下なら、そこにいらっしゃいますわ」


クスリと明らかな嘲りの笑いを漏らして、アキメイラは玉座に座っている女性に目をやった。そこには感情を見せない貴族女性のお手本のような表情の美しい女性が座っていた。せり出した腹部は、ハクと共に来たサクラと同じくらいの月齢の妊婦であると物語っている。


「国王…陛下…?」

「ええ。そしてわたくしが陛下の王配になりましたのよ」

「王配…」


ハクの前でにこやかに笑うアキメイラは、美しい女性にしか見えなかった。しかしハクの獣人特有の鋭い鼻は、彼女の香りが変化していることに気が付く。


「性転換能力か…」

「ええ。でも今はハクお父さまにお会いするのですもの。一番美しい乙女でいなくてはなりませんわ。ああ、安心なさって。女の身はお父さま以外に触れさせる気はありませんのよ」


獣人の中には、男女どちらの生殖能力を有している者も一定数存在している。幼い頃は未分化で性別は不明だが、成長してどちらかの性になる者もいれば、意図的に性別を変化させることが可能な者もいる。アキメイラは幼い頃は確実に女性だったが、この大陸に渡ったことが切っ掛けで成長して自在に変化させる能力に覚醒したそうだ。


「あの元王太子も、前国王も、高い獣人の能力を持つ子を得ようとわたくしを厭らしい目で見てばかり。ならば血を引く者ならばどんな形でも構わないでしょう?ですからわたくしが王女様に子種を与えて差し上げましたのよ」

「アキメイラ…何てことを…!」

「何故です?獣人の子の力で周囲を隷属させて大国を築きたい、という王家の望みをわたくしは叶えて差し上げたのですよ?だからわたくしの純潔はハクお父さまに捧げたいという望みを聞いていただいただけ」

「う…」


あまりにも身勝手なアキメイラの言い分に、思わずハクから威圧するような魔力が溢れる。しかし異界渡りであってもただの人族であるサクラには堪えたらしい。真っ青な顔をして足元がふらつく。ハクはすぐに魔力を押さえて、サクラを抱きかかえる。ほんの一瞬ではあるが、アキメイラの目が狂わしく異様な光を湛えた。


「…妻の気分が優れない。これで失礼する」


これ以上アキメイラと対峙させるのは危険と判断して、ハクは苦々しい表情を隠さずに謁見の間を退出したのだった。



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「何故あんなことになった!」


ひとまず宿泊の為に用意された離宮まで引き返し、丹念に罠が仕掛けられていないか確認した後にサクラを強引に寝室で横にならせた。

やっと少しだけ落ち着いたのかサクラが眠り始めた頃、スエの訪問が告げられた。


護衛を後ろに引き連れて訪ねて来たスエの姿を見るなり、ハクは問答無用で襟首を掴んで締め上げた。その蛮行に護衛達は色めき立ったが、スエは何もしないように片手を挙げて彼らを制した。そしてそのまま退出を促す。彼らは不満げだったが、王配アキメイラの伯父でありこの国の宰相に就いていたスエの命令には渋々応じた。


「すまない、私も気付いた時にはもう止められなかった」

「島を出るときより悪化してるじゃねえか」


一度はハクを諦めて王太子の妃として嫁いだアキメイラだったが、蓋を開けてみればただの愛人以下の扱いで、力の強い獣人の血を引いた子を配下に欲していただけだった。しかも王太子だけではなく国王を含めた王族男性複数がアキメイラの寝室に自由に出入り出来るようになっていたらしく、それを知ったアキメイラがやって来る王族を怒りに任せて次々と屠っていったそうだ。この凶行にスエやクルーノが気付けなかったのは、この国の女性王族や妃、愛妾などは後宮と呼ばれる宮に暮らし、そこで産まれた子供達も成人するまではそこから出て来ることがないという制度のせいだった。その場所に男性で入れるのは国王か、王に許された王族だけとの定めに、親戚でも傍には近づけなかった為だ。


通常の獣人ならば簡単に無力化出来る魔道具で固めていたそうだが、彼らが知っているのは人族の血が混じって能力が弱くなった獣人だけだったことが悲劇の元だった。人族とは隔絶された獣人国で血と力を強化していた中で、最強の一人と呼ばれた蛇獣人スイを父に持ち、母も獣人国では歴史のある一族の血筋の生粋の貴族令嬢だ。その子供であるアキメイラが、人族の知る獣人とは桁外れに違うことに気付けなかったのだろう。

その後アキメイラは性転換能力に覚醒し、ただ一人の王女を残して他の妃達や仕える侍女、成人前の幼い王子や王女も全て指一本触れずに首を落としてしまったそうだ。


そんなこととは知らずに、王家の目的を分かっていた側近の者達は、数日は国王や王太子らの姿が見えなくても卑しい獣人女を徹底的に躾けているのだろうとほくそ笑んでいたのだ。


しかし数日後、その後宮から王女のみを引き連れて男の姿のアキメイラが出て来た時に、初めて後宮が血の海になっていたことに気付いたのだった。



ただ一人残った正統な王女を女王にするのは問題ないにしろ、アキメイラの処遇については揉めに揉めた。いくら力を持っているとは言っても、王殺しの大罪人だ。しかしその力は周辺国を従わせるには必要なものであり、アキメイラがいればその親戚でもあるスエとクルーノも力を貸してくれるのだ。

既に祭り上げる王族は女王一人で、しかもアキメイラの子を身籠っていた。長らく国を支えて来た貴族達は、アキメイラの力を利用しつつも権力は持たせない王配に据えて、その行動をスエとクルーノに抑えるように命じたのだった。

その見返りとしてスエは政治面で抑えが利くように宰相に、クルーノは軍事面を把握出来るように国内で最も大きな騎士団を擁する辺境伯に任命された。これは獣人という異分子をおだてて仮の国政を任せ、ろくな対応が出来ずに混乱しているうちに密かに友好国の力を借りて攻め込み、再び権力を人族に取り戻そうと目論んでいた為だ。アキメイラ達に責任を取らせ、いかに自分達の財産や立場を守るかという保身に走った結果だった。


しかしその配慮も虚しく、アキメイラは完全に傀儡状態になった女王に周辺国に宣戦布告を発布させてしまった。これでは友好国と密かに攻め落とす計画は頓挫した。

すぐさまその布告を受けて反撃して来た国もあったが、スエ達が事実を確認している間にアキメイラが単独で撃破し、一夜にして三つの小国を壊滅させ、あっという間に支配下に置いた。彼ら二人ではより獣人の血の濃いアキメイラを御しきれるか分からず、かつて暮らしていた島の王国に様々な便宜を図るので争いなく軍門に下る形でこちらについて欲しいと要請を出したのだった。その国と言うよりは、そこで暮らしているハクの力を借りたいと言うのが本音だった。


ハクは各国に宣戦布告をしたのがアキメイラの嫁いだ国の新王だと聞いていた。かつて島に直接アキメイラに求婚をしに訪れた少々頼り無さげだが柔らかく笑うあの王太子が何故、と思わなくもなかったが、国を戦乱に巻き込むことは避けたいとの国王と島民の要望とサクラを危険に晒したくはないというハクとの利害が一致し、島嶼全域がアキメイラのいる国の下に付いた。


そこでようやくハクは全ての現状を知ったのだった。


話を聞いたハクは、いくら色々とあって仲が拗れてしまったにしても、やはり娘のように育てて来たアキメイラを騙して物のように扱った王族達に強い憤りを感じた。アキメイラがしたことは許されることではなかったかもしれないが、そもそも切っ掛けを作ったのはあちらの方が先だ。確かに魔力も能力も高い獣人ではあるが、アキメイラはまだ年若い少女なのだ。それを寄ってたかって道具のように扱って許される筈がない。どれだけ恐ろしく、どれだけ悲しかったかと思うと、ハクはもう亡くなっている王族達に腹立たしさしか感じなかった。



「こんなことならサクラと共に姿をくらますべきだったな。ああ、アケのヤロウが正しかったよ」

「申し訳ない。我らがあの子を守ることが出来なかったばかりに」

「…それを言われると耳が痛ぇ。俺もサクラも、アキメイラを可愛がってた筈だったのに手放しちまった。誰も味方がいなくなったと思って、簡単に騙されたんだろうな」

「番のいる獣人にこんなことを言うのはその場で首を獲られても文句は言えないことは知っている。だが、これ以上我らが人族の世を壊すわけにはいかない。周辺国との仲がこれ以上拗れぬように根回しする間、余計なことをしないようにハクにはどうにかアキメイラの気を引いてもらいたい」


苦渋の表情のまま、スエは深く頭を下げた。ハクも彼の言うことは十分察している。未だにアキメイラはハクに執着している。それを利用してハクにはアキメイラを引き付けてもらい、興味が逸れているうちに宣戦布告を同盟や友好条約にすり替えてどうにか穏便に治めたいのだ。その間にまた傀儡の女王を焚き付けて勝手なことをされないようにしておきたかった。


「若い頃の失態ってぇのは、今更ながら堪えるな」

「我々の場合特に、ですね」

「…スエよりも俺達の方が重いだろ」

「同罪ですよ」



ハクを始めとする四名の若者は、獣人国最強ともてはやされて、外界で子を成すことが国からの使命だと気負って出国した。最初に辿り着いた島国では神の如く崇められて、仲間達と楽しく好き勝手にやっても何でも上手く行っていた。しかし時が経つに連れて少しずつ互いに歪みが生じ、ハクの番の件が決定的な破滅を招いた。

確かに人族は弱く、自分達よりも下の愚かな存在だと思っていたが、個別に付き合うと面白い者も話の合う者もいた。長く彼らと過ごせば、それなりに愛着も沸いた。しかしそれを自分達の勝手な行動で戦乱を招き、多くの人が死に、土地は焦土と化した。そして仲間も失い、後始末もしないまま逃げるように新天地に移動してしまった。

もうはるかに遠く離れてしまったので、今はその島国がどうなっているのかすら分からないままだ。


今思うと、頭を抱えるだけでは済まされない程の苦過ぎる過去だ。


「せめて今は、この大陸の人族への迷惑は最小限にしないとな」

「ええ、そうですね」



ハクは本能が拒否を示しているが敢えてそれには目を背けて、この地と住む人々、そして愛する妻とこれから生まれて来る子の為に、ひたすらアキメイラの気を惹くことを選んだのだった。



お読みいただきありがとうございます!


最近新規で見付けてくれた方が増えたのか、反応も増えて来てありがたい限りです。そして前から読んでいる方も、今もお楽しみいただけているなら嬉しいです。


書きたいものを全部詰め込んで楽しく書くことを優先にしていますので長い話ではありますが、今後もお付き合いいただけましたら幸いです。

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