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332.ブルーシーズ区へ


ユリに手紙で「幻想世界旅行展」の招待券が手に入ったことと、次の休みに一緒に行かないかと確認したところ、すぐに快諾の返事が来た。


レンドルフは早速翌日の勤務が終了した後にブルーシーズ区行きの乗り合い馬車受付まで行って、すぐにその日の予約を申し込んだ。その際に色々と注意事項が書かれたパンフレットを人数分貰ったので、一部はユリの手紙に同封して、もう一部は部屋でじっくりと読む事にした。


(替えの服がいるのか…有料の貸し出しもあるが、俺は持参だな)


一般的な貸し出しに規格外のレンドルフ用のサイズがあるとは思えないので、そこは必須だろう。大抵常に着替えなどを持ち歩く癖がついているので、大して面倒ではない。しかし何故着替えがいるのかは謎であった。


(なるほど、水を使用した箇所があるのか)


見ると、パンフレットに印刷されたイラストには、海辺で磯遊びでもしているかのような絵が記載されている。その絵だと女性のふくらはぎのやや下程度の水位のようだが、小柄なユリだと程度が分からない。もし服の裾が水に漬かるようなら自分が抱き上げればいいか、とレンドルフはごく自然に考えていた。


他にもハンモックのような場所で寝そべって星の幻影を眺めたり、その場にいながら鳥の視点のような感覚を味わえたりする体験が出来るらしい。施設は全て屋内なので、天候や気温に左右されないというのもありがたい。それに中にはカフェも併設されていて、軽食程度なら外に出なくても済ませられるようだ。紹介の為に一部のメニューも載っていたが、施設に合わせて「キュリアス公丸ごとソフトクリーム」「星空サンド」「花束クレープ」などいまいちよく分からない名前なので、これは現地に行って確認しなくてはならなさそうだった。それでもユリは面白がって注文しそうだと思うと、レンドルフは一人、パンフレットを眺めながら頬が緩んでしまっていたのだった。



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「ねえ、『砂浜揚げパン』ってどんなのだと思う?」


ユリは大公家本邸で、レンドルフの予想通りパンフレットに記載されているカフェメニューをキラキラした目で眺めていた。湯浴みを終えたユリの髪や肌を丁寧に手入れしながら、まだ年若いメイド達はどう返答していいか少々困っているようだった。


月の半分を本邸で過ごすようになったユリは、レンザの計らいで別邸でユリに付いていたメイドを数人をこちらに異動させていた。別邸ではユリがある程度自分で出来るように世話を担当する使用人を最低限にして護衛の出来る者を多く配置しているが、本邸の方は広く来客も多いのでベテランの使用人が中心に仕えている。その為、少し未熟な部分はあってもユリと年齢が近い使用人も必要だろうと配慮されたのだ。それに彼女達も先輩達に鍛えられて学ぶところも多いのだ。別邸の方で長くユリの専属メイドとして仕えているミリーも本当はこちらに来たがったのだが、これまでユリと一緒のところを多くの人間が見ているので、下手に異動させてユリのいる場所を知られるのはよろしくないと別邸から動くことを許可されなかった。



「みんなはブルーシーズ区の『幻想世界旅行展』は知ってたの?」

「私は話だけは」

「私もです」

「私はチケットを取ろうとしたらもう売り切れていました」

「そっかあ」


レンドルフからの手紙によると、彼も自分以外の騎士仲間は皆知っていたと書かれていた。全く知らなかった者同士が、貰ったとは言え偶然にも行くことになってしまったのは不思議な縁だ。それでも送られて来たパンフレットを眺めていると、嫌が応にも期待が高まって来る。


「みんなに何かお土産買って来るね」

「「「ありがとうございます」」」


手入れが終わってツヤツヤになったユリの白い髪が仕上がると、ユリは早めに就寝する事にした。パンフレットにざっくりと描かれた内部の様子だと、それなりに見る場所は多そうだ。結構体力を使うかもしれないので、睡眠はたっぷり取るに越したことはない。それに、折角整えてもらった肌は明日の為にキープしておきたいのだ。


ユリがベッドに入るとメイド達が明かりを落として退出する。ほんのりと薄明かりの部屋の中、ついいつも別邸で机のある位置に癖で視線を送ってしまう。別邸の机の上には、今までレンドルフから贈られた品を並べていて、ベッドに横になった状態ですぐに目に入るように配置してあるのだ。さすがに持ち歩くのはどうかと思うので、移動する時は手紙を入れてある箱と、一番最初に貰った乳白色の魔鉱石が付いているペンダントを持って来るくらいだ。もし他に必要なものがあれば、その都度使用人に頼んでいる。


クビから外したペンダントは、すぐに手が届くように枕元に置いている。それにそっと触れると、まだ自分の体温が残っていてほのかに温かいような気がした。自分のものであるのに何だか贈り主の温もりのようにも思えて、ユリは指先でそっと触れたまま目を閉じたのだった。



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翌朝、大公家の屋敷を出る際、ユリは外部から見えないように囲まれた裏手の使用人の出入口から馬車に乗り込んだ。目眩ましの為に、正面玄関からはいかにも貴族女性が好んで乗りそうな優美な装飾の馬車もほぼ同時に出発している。別邸であればここまで気を遣う必要はないのだが、本邸はそれなりに常時監視されている。



大公家の後継は未だに決まっていない。直系の孫娘は加護なしの死に戻りで、病弱で別邸から出られないと噂されている。しかも本来は王命で縁談が結ばれる筈なのだが、成人を過ぎても王家にそんな動きがないことから、孫娘は後継を務めるどころか子を成せないのではないかと勘ぐるものも増え始めた。そのおかげと言うべきか、ユリへの縁談の打診が徐々に減り始めている。だがその分、現当主のレンザへの後妻の話が増えつつあった。さすがに子を成すことは難しいかもしれないが、上手く取り入れば後継者の選定を誰よりも早く知ることが出来るし、もっと懐に入り込めればその指名に関われる可能性もあると狙っている。そうすれば本家当主の妻の権限で、実家を引き立てるように立ち回ることも出来るのではないかと期待を抱いているのだ。当然のようにレンザに再婚の意思は一切ないし、縁談を持ち込む者の背後に付いている諸々の欲などすぐに見抜いて、全て容赦なく蹴散らしていた。



途中二度、馬車を乗り換えてようやくユリは外に出た。乗り換える際もロープのようなものを被って移動していたし、最後に乗った馬車はそのまま無人を装った乗り合い馬車が車庫に引き上げるようにしてから外に出るという徹底振りだった。ここまでしなくても、とユリは思うのだが、先日の誘拐事件から外出時の警護はより一層固くなった。これにあまり不服を申し立てると今後の外出に支障が出そうだったので、そこはユリも受け入れた。それにレンザの愛情も理解しているので、当分はありがたく周囲を固めてもらった方がいいと考えていた。


車庫の隅の壁に掛けてある鏡でサッとウィッグを整えると、ユリは大きめの鞄をたすき掛けにしてグルリと今日の自分の服装を確認する。本日のユリは、顎の辺りで切り揃えた金髪のウィッグに青い目の冒険者風だ。本来の白い髪は隠してしまうが目の色はユリの素の色の為、今回は変装の魔道具は使用していない。胸は平坦になるように押さえつつも苦しくないように設計された下着で固めているので、小柄なユリはこの姿の時は未成年で性別不明に見えるのだ。腕や腰に装着している特殊魔力を押さえる魔道具と身を守る為の装身具はいつも通りなので、もし水に濡れても透けないように薄手ではあるが水濡れに強い蛙系魔獣の素材と張り合わせた合革のジャケットを羽織っている。蛙が苦手でなければ、薄手で軽く多少の通気性はあるのに防水効果は非常に高い、という優れものの素材なのだ。足元は膝丈のキュロットと厚手のタイツだが、向こうではもう少し丈の短いものに着替える予定だ。


「よし!大丈夫!」


ユリは確認を終えると、車庫の近くの乗り合い馬車の停留所まで小走りに向かったのだった。



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「レンさん!お待たせ!」

「やあ、ユリさん…ええと、『ユズ』さんて呼んだ方がいいのかな」

「今日は王城からは遠いし、大丈夫だと思うけど。じゃあもし知り合いっぽい人がいたら、ってことで」

「うん、分かった。じゃあ行こうか」

「すごく楽しみ!レンさん、誘ってくれてありがとう!」

「いやあ、俺も貰ったものだから」


停留所でレンドルフと待ち合わせて、すぐに来た大型の乗り合い馬車に乗り込む。いつもはそれぞれの手段で来て目的地の近くで待ち合わせることが多いが、これから行くブルーシーズ区は地形的に必ず通過する橋があって、そこがいつも渋滞しているのでこうした乗り合い馬車を使った方が早いのだ。橋は個人の馬車などが利用する道路と、乗り合い馬車や運送業者などが使える道路で分けられている。その為乗り合い馬車の方が断然早く到着するので、今回は珍しく乗り合い馬車を使うことにしたのだ。



乗り込むと思ったよりも空いていて、レンドルフとユリは一番後方の少し広くなっている座席を確保出来た。混んでいなければ通路に足を出せるのでレンドルフとしてもありがたい。


「ユリさんはなにか気になったものはあった?」

「そうねえ、どれも気になるけど…やっぱり水の中を裸足で歩き回れるとこかな!」

「そっか。確かにそういう機会は少ないかもね」

「うん。ほら、前に春魚を食べた漁港くらいなら行ってるけど、浜のあるところとかで遊んだりしたことなくって」

「じゃあ楽しみだね」

「レンさんは浜遊びとかしたことあるの?」


既に興奮気味のユリに覗き込まれるように見上げられて、レンドルフは少し考え込んで困ったような顔をした。


「そう言われると、俺も浜辺はひたすら走らされた覚えしかないな…」

「それは遊びじゃないね…」


レンドルフの故郷のクロヴァス領もあまり海に面するところの少ない領地だ。その少しあるところも、人が暮らしている場所からかなり離れているのでむしろ魔獣の生息地と言った方が良いだろう。故郷を出て学園に入ってからは騎士科の同級生達や、長期休暇に王都で面倒を見てくれていた両親の友人家族に連れて行かれたが、そこではほぼ毎日砂浜で走り込みだった記憶しかない。それはそれで良い思い出の一つではあるのだが、遊びかと言われると定かではない。


「じゃあ今日は一緒に初めての浜遊びだね!」

「そうなるね。楽しみだ」


いつもレンドルフと出掛ける時はユリは楽しそうにしているが、今日は特別にはしゃいでいる様子だった。すぐ隣に座っているユリの距離が普段よりも近く、馬車の外の景色で何か見付ける度にレンドルフの袖を引いてニコニコと知らせて来る仕草はやけに幼く見えた。今日の変装に合わせているのかもしれないが、そんなユリの様子にレンドルフもいつもよりもウキウキした態度が押さえられていなかった。


以前に王都以外の遠いところに行ってみたいと零していたユリの顔が、レンドルフには少しだけ寂しそうに見えたのだ。記憶のないくらい幼い頃は領地にいたそうだが、病弱だった為に優秀な薬師であった祖父のレンザを頼って王都に来たと聞いている。それもあって、幼い頃にどこかへ遊びに出掛けることは出来なかったのだろうし、遠出も禁じられていたかもしれない。今はすっかり健康になったと言っているが、そこに至るまでの苦労は生まれてこの方ずっと健康体だったレンドルフには想像も付かない。

今回の展覧会は本物ではないが、少しでもユリの望みを叶えられたかもしれないと思って、レンドルフも自然と心が弾むのだった。



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ユリも全く気付いていなかったが、この乗り合い馬車に乗っていた乗客も馭者も、全てアスクレティ大公家の子飼いの諜報員達だった。通常の乗り合い馬車を偽装しているので途中で一般の客も乗っては来ていたが、さり気なく後方の二人の席には近付けないように人員を配置していた。


そんな状況に全く気付かず、レンドルフとユリはニコニコしながらパンフレットを覗き込んだり外の景色を眺めたりしながら馬車に揺られている。その微笑ましい様子を眺めながら、普段は割と殺伐とした任務に配置されることの多い諜報員達が、今後もこの二人の警護に配属されるように心から願っていたのだった。



お読みいただきありがとうございます!


到着までに至りませんでしたが、次回はちゃんと着いてます(笑)今のほのぼのデートパートの後に、王家とアスクレティ大公家の確執の元になった建国王の過去編が入る予定です。あまり尺を取らずにあっさりちょいエグくらいで収めたいところ。

今後もお付き合いいただければ幸いです。

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