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331.詫びと説教と礼


空いている時でいいと統括騎士団長レナードからの呼び出しの伝言を受けて、レンドルフは慌てて執務室へと向かった。言葉の通りならば急ぐ必要はないのだが、やはり騎士団トップの一人に呼び出されては迅速な対応をした方が良いだろう。



「そんなに急がないでも良かったんだがな」

「それはさすがに無理です」

「それもそうだな」


書類仕事の最中だったのか、レンドルフが執務室を訪ねた時には銀縁の眼鏡をかけたレナードに出迎えられた。彼の冷たい色味の灰色の目と合わさると非常に怜悧に見える外見なので、一瞬レンドルフは間が悪かったかと思ったのだが、眼鏡を外すといつもの人の悪い掴みどころのない笑顔のレナードだった。本来はこれで安堵してはいけないのだろうが、もうすっかり慣れてしまっていた。


「あの、そこまでお気遣いいただかなくても」

「少しは休憩も取らせてくれ。こうでもしないとずっと机に張り付かされるからな」


レンドルフにソファに座るように勧める傍ら、レナードは慣れた様子で飲み物の準備を始める。今日は少々気温が高いので冷たいものを用意してくれて、その隣にはオレンジの砂糖漬けも添えてくれた。恐縮するレンドルフに、レナードは悪戯っぽい笑みを浮かべてしっかり自分の分も確保してから正面のソファに凭れ掛かるように座り込んだ。どうやら本当に休憩を取りたかったらしい。


「あの…本日は何の…」

「んー…詫びと説教と礼?」

「…あまり嬉しくない組み合わせのようですが」

「ははは、全部繋がってる案件だから、良いとこ取りは出来ないぞ」


レンドルフは困った顔をして砂糖漬けを口に含んでから冷たい紅茶を飲んだ。甘くしていない冷えた紅茶は、オレンジの酸味と砂糖の甘みによく合っていた。


「まずは詫びからだが、ノマリス第四騎士団長の先走りで混乱させた。申し訳なかった」

「…いえ。ただ可能性の一例として話題にされただけですから。それに、将来的には正式に認められる職務になるかもしれませんし」

「そうか。助かる」


レンドルフがそう答えると、レナードの目が優しく緩められる。

先日の盾士への転向の件は、レンドルフの解釈次第では団長の権限で押し付けたと取られかねないものだった。上官の命令を聞かなければならない場合もあるが、先の件ではまだどこからも許可の通っていない話なので、一歩間違えば越権行為と判断されても仕方がなかった。このまま正式に謝罪を受け取ってもこれ以上追求をしなければ問題はないのだが、レンドルフは敢えてただの話題として流すことにした。あくまでも「将来的に有りうるかもしれない」話をしただけだ、と。図らずも恩を売ったような形にはなるが、レンドルフとしてはどちらかと言うとヴィクトリア寄りの近衛騎士の思考がまだ根強く残っていることもあったので、それを不快に思うことも咎める気持ちもなかったのだ。


「しかしそうすると、次の説教がし辛いんだがな」

「なかったことにしていただいて構いませんが」

「お前も言うようになったな」


公私混同するつもりはなくても砕けた口調で告げて来るレナードに、レンドルフも遠慮なく涼しい顔でシレッと言い放つ。学園を卒業してすぐに新人研修を繰り上げていきなり近衛騎士団に異例の配属になったレンドルフの後ろ盾には、騎士団のトップであるレナードと近衛騎士団長ウォルターの存在が有る。人前ではきちんとした態度を取るが、こうして私的な場合は多少軽めの態度でも許されていた。当人達からは抗議されそうだが、レンドルフの中では二人とも尊敬している親戚のおじさん的なポジションなのだ。


「まあ説教と言うよりは、きちんと報告をするようにとの注意だな」

「報告、ですか?」

「その顔は分かってないな…。非公式だろうと、他の団から引き抜きを受けたらきちんと上司、または私に報告をするように、と聞かされている筈だが?」

「引き抜き…」

「ボルドー第三騎士団長から騎士服を下賜されただろう」

「あっ!」


呆れた様子のレナードに言われて、レンドルフはようやくそのことを思い出した。

何をどう気に入られたのか、第三騎士団団長ダンカン・ボルドーに特注の式典用騎士服を渡されて、レンドルフは見なかったことにしてクローゼットの奥にしまい込んで、同時に記憶の奥底にもしまい込んでいたのだ。レンドルフは対人戦闘が苦手であることはそれなりに周知されているし、ダンカンも知っている筈なのでただ揶揄われただけなのだろうと思い込んでいた。

だが、レナードからすれば式典用の騎士服、それもこの騎士団内ではレンドルフ以外に転用も出来ないサイズの特注品を作り上げるのにどれだけの費用が掛かるか知っているので、決して冗談などで作っていい代物ではないことも重々承知だ。


「申し訳ありません。ただ単に報賞のようなものだろうと思って、つい報告を怠りました」

「報賞に制服はないと思うぞ…」


おそらくそんなことだろうとは薄々察していたが、あまりにも呑気なレンドルフにレナードは思わずこめかみに指を当ててしまった。レンドルフは騎士として優秀だし危機察知能力は有るのだが、自分のことになると途端に鈍くなるのが玉に瑕だ。


「まあ、一応ボルドー団長にも注意喚起はしておいたからな。今後は何かあったら報告するように」

「はい」


実際ダンカンに確認と注意をしたのだが、彼は涼しい顔で「自腹で作ったほんのおふざけですよ」と言われてしまったのでレナードとしてはそれ以上の追求は出来なかった。ダンカンは徹底的な合理主義者だ。対人戦が騎士団の中で最も多いであろう第三騎士団に対人が苦手なレンドルフに引き抜きを持ちかけるのは無謀にも思えるが、彼はそういった冒険はしないタイプである。そこに何かレンドルフの才を見出したのだろうが、今一つそれを理解出来なかったレナードは複雑な心境だった。



「それから…これを」


そう言ってレナードは懐から封筒を取り出してレンドルフの前に置いた。


「期間限定の展覧会の招待券だ。もし行けるなら誰かを誘って行って来るといい」


レナードが中身を確認するように促すと、レンドルフは封筒の中から二枚のチケットを取り出した。そこには「幻想世界旅行展」と書かれている。一緒に印刷されている図柄は、何だか抽象的にフワフワしたものが描かれていて、一体どんな内容なのかは全く想像出来なかった。


「何でも幻影を見せて色々な場所を旅しているような感覚を味わえるらしい。事前予約制だから連絡する手間はあるが、上限が決まっている分過ごしやすいそうだ」

「ありがとうございます」


期間は三か月ほどだが、先日行く予定をしていた遺跡の見物が前倒しになっていたので、本来行くつもりだった日に予定を入れても良さそうだ。レンドルフは最初からユリと行くつもりで、まずはどんなものか下調べをしておこうと頭の中で計画を立てる。


「しかし、こちらは俺が貰ってもいいものですか?団長も行く方がいるのでは」

「ははは、お前に気遣われなくても、妻とは図書館デート三昧だ」

「そ、そうですか。ではありがたく頂戴します」


以前にユリはあまり王都の外には出ないようなことを言っていたので、色々な場所を旅しているような感覚になれるのなら喜んでもらえるかもしれない、とレンドルフはありがたくチケットを封筒にしまい込んだのだった。もう既にその気持ちが外に漏れていたらしく、レンドルフの顔を見つめるレナードの顔は妙に楽しげだった。


「まあ、お前が事を大きくしないでくれた礼、のようなものだ。楽しんで来てくれ」

「はい、そうします」


レンドルフは折角出してもらったオレンジの砂糖漬けを完食すると、深く一礼をしてレナードの執務室を後にしたのだった。



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「『幻想世界旅行展』?ああ、そういやブルーシーズ区だっけか?ちょっと前に出来たヤツだな」


レンドルフは次の遠征任務の打ち合わせを行っている談話室で、休憩時間に仲間に尋ねてみた。どうやら知らなかったのはレンドルフだけだったようで、他の三人からはそれなりの反応が返って来た。


「確か娘が行きたがっていたが、年齢制限があって無理だったな」

「そんなに危険が伴うのですか?」

「いや、そうではなく、幻影に紛れて迷子になりやすいからだそうだ。中が入り組んでいて、自力で待ち合わせ場所まで行けないと困るらしい」

「ああ、そういうことですか」


オープン時に話題になったらしく、オスカーの娘も興味を持ったらしいのだが、残念ながら年齢の制限には一年届かなかったそうだ。期間中行く事は叶わないので少々むくれていたそうだが、近くに一緒にオープンした遊園地に行って満足してもらったとオスカーは苦笑いをしながらもどこか嬉しそうに語った。


「チケットがあっても中に入れる人数の制限があるみたいですから、混み合わなくていいって評判ですよ!でも早めに予約は入れておいた方がいいって聞きました」

「知らなかったのは俺だけか」

「いいですね〜。チケット取るのも大変って聞いてますよ。あ、もしレンドルフ先輩が振られたら、僕を誘ってください!」

「ショーキ、ちゃっかりアピールするな。なんだったら俺でもいいぞ」


ショーキとオルトが次々と名乗りを上げて、レンドルフは笑って誤摩化すしかなかった。もっとも彼らも本気で言っているのではないのは分かっている。しかしそのやり取りだけでも人気のある展覧会だということは理解した。



ブルーシーズ区は王都の中でも僅かしかない海に面している区域だ。もともと遠浅の浜があった場所なので船が入港することは出来ず、かつて王族が浜遊びをする為に造られた離宮があった場所だ。今は離宮は解体されて、様々な催し物が開かれる広場のようになっている。春先は浜で貝掘りを楽しむ王都民で混み合うと聞いていた。


「確かブルーシーズ区直通の乗り合い馬車受付で予約が出来た筈だぞ。今度行ってみるといい」

「オスカー隊長、ありがとうございます」

「あ、もしあったらチラシとか持って来てもらえませんか?僕も期間中に行ってみたいんで」

「ああ、分かった」

「おい、ショーキ、先輩を使うなよ」

「オルトさんの分もあれば貰って来ますよ」

「お、頼むな」

「オルトさん〜後輩を使うのはいいんですか〜」


休憩時間なのものあるが、こうして全員が軽口を言い合える空間は居心地が良かった。結局レンドルフは全員分のチラシを持ち帰ることになったが、それはそれで頼られているようでちょっと嬉しかったのも事実であった。



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