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329.謎の壁画

3/3 王都の催し物→大きな祭 に変更しました。内容に変更はありません。


レンドルフは勝手にユリの婚約者を名乗っている子供がどこにいるのか気になったが、そう上手い具合に遭遇出来る訳ではなかった。

神官見習いが騎士団の演習場に来ることは稀で、実力や家柄などによっても変わって来る。そもそもまだ見習いであるのでそこまでの重傷者と向き合う機会がないので、ひとまず慣れる為にそこまできつい演習を行わない第一騎士団に回されることが大半なのだ。少なくとも第一騎士団は王城内を見回る為に貴族でないとならないので、態度もそこまで荒っぽくはない。貴族出身の多い神官見習いには丁度良い練習相手とも言える。平民で礼儀作法などに不安がある場合は騎士の中にも平民が混じっている第二騎士団に行くこともあるが、荒事が多い為に演習もかなり実戦に近いことをしている第三、第四にはほぼ来ることはない。


その神官見習いも第一騎士団に出向いて来ていたので、ショーキはまず貴族だろうと伝えたのだ。第四騎士団に所属しているショーキがその噂を聞きつけたのは、元々彼が人懐っこくて小柄なので多少なりとも下に見ている騎士達が大したことないと高を括ってポロリと色々と零したりするおかげだった。ショーキは自分に火の粉が降り掛からなければ侮られようが気にも留めないし、むしろそのおかげでちょっとした立ち回りなどが上手く行ったりするので小さな体を便利に思っているくらいだ。

そしてその素質を認められて、今は噂を拾っては第四騎士団副団長ルードルフに報告して、ちょっとした小遣い稼ぎを行っている。無茶をしたり強引なことをしないで可能な範囲で手広く噂を集めて来るショーキは、随分とルードルフに認められていた。

その中で神官見習いの婚約者の噂を聞きつけたのだった。


「黒髪に緑の目をした10歳くらいの少年、って話でしたけど」

「黒髪に緑の…」

「僕は直接見てないですからね〜。でもあの薬局にも来てないと思いますし、本人も知らないって言うんなら何かの間違いかもしれませんよ」

「そう、かもな」


黒髪に緑の瞳はユリと同じだ。家同士の婚約ならば縁戚である可能性も高い。ただの噂か間違いであれば偶然の一致だろうが、何となくレンドルフは胸騒ぎのようなザワザワしたような感覚になった。


「あ、そうだ、レンドルフ先輩、今度彼女さんに会ったら謝っといてください」

「?何をだ?」

「ほら〜香水の件で正体明かしちゃったのを黙ってて、って言われてたんですけど、喋っちゃいましたし」

「…まあ、喋ったのは俺だし。他に話していないだろ?」

「しませんよ!」


ショーキはレンドルフに聞こえないように口の中だけで「そんなおっかないこと」と呟いたのだった。



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夕刻よりも少しだけ早い時間。日が短くなって来たせいか僅かに空にオレンジ色が混じりかけている頃に、レンドルフは王城の門の近くでユリが来るのを待っていた。今日は早朝から急な日帰り遠征の任務が入っていたのだが、予定よりも早く終わったので午後から休みにしてもいいと許可が出たのだ。

遠征と言っても魔獣討伐ではなく、王都の外れの街道を運搬中の土砂が塞いでしまったので急遽レンドルフが出動することになったのだ。その場は土属性のレンドルフの独壇場で、土砂を街道から脇に寄せて固めたものを次々と馬車に積み込んでみせたので、途中近所に住んでいる子供達が大道芸とでも思ったのか集まって来ていたので少しだけ困ってしまった。しかしそれ以外はほぼレンドルフだけで作業を終わらせて、予定よりも早く撤収して来たのだった。


そこで確かユリは王都にいる期間で、今日は休日だったと思い出して、都合が良ければ会えないかと手紙を飛ばしたのだった。すぐにユリから返信が来て、夕方よりも早い時間からなら大丈夫と書かれていたので、予定を少し繰り上げて最近見つかった遺跡を見に行くことにしたのだ。ユリと本来予定していた日は王都で開催される大きな祭が近くなっているので、ついでに遺跡を見に来る者も多く混雑しそうだと思っていたのだ。さすがに夜は見学出来ないのであるが、今の時間ならば最終受付に間に合う。


「レンさん!」


聞き慣れた声が聞こえる直前に、レンドルフは既にユリの姿を見つけていた。研究施設にいるユリとは全く別人を装っているので、来る方向は王城とは正反対の道からやって来ていた。それなりに人は多いが、背の高いレンドルフからすれがユリを見付けるのは容易い。今日は青い髪色のウィッグを付けて、縁が太めの眼鏡をかけた変装をしている。

そのユリの隣で腕を組むように連れ立っている男性の存在を確認して一瞬警戒してしまったが、よく見ると似たように髪を青くしているフェイだった。以前もユリの兄を装って護衛に付いていたので、今回もそうなのだろう。


「急に呼び出してごめん」

「ううん。予定してた日は混みそうだし、丁度良かったわ」


今日はレンドルフもユリも、ラフな服で来ていた。これから行く予定の遺跡は、きちんとした見学用に整えられている訳ではなく、調査用に発掘した時のままの状態に、立入り区域を分けるロープを張ってあるだけと聞いていた。その為足元が悪く土が剥き出しになっているので、汚れても構わない動きやすい服装で行った方が良いと前もって情報を仕入れていたのだ。


「送っていただいてありがとう、フェイ()()()

「い、いや…レン殿、後はよろしく」

「はい、必ずお守りします」


レンドルフの近くまで来ると、ユリはすぐにフェイから腕を離してレンドルフの手を当然のように握り締める。その迷いのなさが、本当に兄に対する妹のようでフェイも思わず苦笑していた。

ふとレンドルフがフェイに目をやると、今日はそこまで暑くない筈なのだが彼は額にうっすらと汗をかいていた。フェイは暗器使いなので、分からないように体中に武器を仕込んでいるのだろうと思われた。もしかしたらそのせいで見た目よりも厚着になっているのかもしれない。レンドルフは大変なお役目だな、と感心していた。実のところは、ほんの一瞬ではあるがレンドルフに殺気を向けられて冷や汗をかいていたのではあるが、無自覚の当人は一切気付いていなかった。


「それじゃあ行こうか…ユリさん」

「う…うん」


レンドルフはユリの手を取って、名を呼ぶ時だけ少し体を屈めて小さな声で囁いた。王城内の施設にいる時に、ユリは自分の名を名乗っている。それほど知っている人間は多くないが、一時期はレンドルフとの仲が噂されていたので、王城の近くで違う容姿の女性を「ユリ」と呼んでいるのを聞かれれば引っかかる者もいるかもしれない。そう考えてレンドルフは名を呼ぶのを小声にしておいたのだが、ユリにしてみれば結構な破壊力だった。



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王城の門から二つほど辻を曲がったところから既にハンビック区になり、白く壮麗な王城の外壁とは違い焦げ茶色の煉瓦が積み重なった重厚な建物が建ち並ぶ。奥の王城に近いところは一般人は入ることの出来ない区域で、中央政治に関わる重鎮や、上級役人が政務を取り仕切っている場所だ。それよりも外側の市街地に隣接している場所は、市民も利用出来る役所窓口や、中央神殿、国立図書館などが並んでいる。


そして各ギルドの窓口もこの周辺に設けられていた。エイスの街にあるようなギルドは全てのギルドの総合受付のような役割で一つの建物内で全てを受け付けているが、中心街では各ギルドがそれぞれの建物を所有している。一見エイスの街の方が便利に思えるが、中心街の各ギルドの方がより専門的な職員が配置されているので、依頼の件数も多く内容も格段に合ったものを見付けやすいという利点がある。それに買い取りなども専門家の目を通すので地方よりも細やかな評価を貰える為、状態が良ければ地方よりも価格が一割程度高くなることもある。腕に自身のある冒険者などは、多少手間でもここまで来て買い取ってもらった方が実入りが良いのだ。



「結構並んでるね」

「そうだね。だけど流れは早そうだよ」


遺跡が発見されたという建て替え予定だった役所跡地まで行くと、工事現場用の足場や立入り禁止のロープなどで囲まれていて、その側には手書きで「遺跡見学入口」と看板が立てられていた。いかにも急ごしらえであるが、そもそも遺跡が出て来なければただ取り壊して新たな建物を建築するだけだったのだから仕方がない。

レンドルフ達が到着した時には、受付という名の木箱の隣に椅子を置いただけの入口には10人ほどが列を作っていた。もう受付した見学者が中にいるだろうから、実際はもっと多い筈だ。一人銅貨五枚を支払って中に入ると、夕方のせいだけではなく、地下から発掘されたらしいので随分と足下が暗かった。


「思ったよりも暗いな。気を付けて」

「レンさんこそ下だけじゃなく頭に気を付けてね」

「分かっ…痛っ!」

「大丈夫!?」

「ああ、ちょっとぶつけただけだから、平気」


言っている傍からやらかして、薄暗がりの中でもレンドルフの顔が羞恥でハッキリと赤くなっていた。ユリは申し訳ないと思いつつ、何とも可愛らしくてついクスクスと笑ってしまった。


レンドルフは必要以上に頭を下げながらも、ユリと繋いだ手はしっかりと離すことはなく前の人に続くように下に続く通路を降りて行った。通路の一番下まで到達すると、不思議なほど広い空間が広がっていた。



そこは石室のような空間で、工事をする為に一部の壁を破壊してしまい、そこで初めて遺跡の存在が判明したらしい。石室の外側と内側には壁画が描かれ、中には棺のような石の箱と多数の宝飾品が収められていた。その為当初は王族の誰かが事情があって正規の歴代王墓に埋葬出来ず、歴史書などにも記載せずに密かにここに弔った墓ではないかと思われた。が、石棺の中にはそれらしき遺体や副葬品もなく、その内部に魔力回路の痕跡があったことから何らかの役割を持った古代遺跡である可能性が高いと判断された。現在は研究者が総力を上げて王都の防御の魔法陣に影響がないかを調査している。


現在一般に公開しているのは、魔力回路とは関係のない外側の壁画部分だった。長らく土に埋まっていたせいか比較的保存状態が良く、一部は色彩も判別出来るそうだ。


「…すごいな。こんなにはっきり」

「色は変わっているかもしれないけど、何を描いているかは分かるね」


列はゆっくりと進んで、ようやくレンドルフ達の目にも入る位置まできた。立ち止まることは出来ないが、ロープで上手く列を九十九折(つづらおり)にしているので、壁画を眺めていられる時間が思いの外長く取れる。それに壁画がレンドルフの目の高さよりも上の方にあるので後方でも見やすいのだ。小柄なユリも見上げる形にはなるが、壁画を見るには十分な視界が確保出来ていた。


「…でも、随分変わってるわね」

「うん…学者達が騒ぎそうだな」


横長の壁画には、数人の人物らしきものが描かれていた。子供の絵本などでオベリス王国民ならば殆どの者が知っている建国王の姿と条件は似ているのだが、これまでの伝承とは随分とかけ離れていた。レンドルフは美術史や考古学などには全く詳しくないが、もしこれが建国王を描いたものであれば新説として話題になりそうだったと思ったのだ。



建国王は出自も名前すら明確ではない。ただ五英雄を引き連れて海を渡りこの大陸にやって来て、小国同士の小競り合いで混沌としていたこの地をあっという間に制圧して、オベリス王国を作り上げた。伝承には「マイラ」或いは「メイラ」と記載されることが多く、文献によっては「メラ」とも伝わる。おそらく表音表現の差異で、それに近い名だったのだろう。そして正妃をこよなく愛していて、諸説はあるが二人の間には子が17人から23人もいたと言われている。さすがにこれは表向きで、側妃や愛妾の間にも子がいたが全て正妃の子として記録に残したのだろうと思われている。

しかし、建国王は女性を近付けず、常に男性の側近ばかりを周囲に置いていたという実際の側近の一人の手記もあり、幾つもの説があるのが現状だった。


ただ学説の中で確定していて、子供の絵本などにも描かれるのは、亀の甲羅のような多角体の紋様の入った鎧と、金色の髪の美しい男性の姿だった。建国王は、魔力が桁外れに強く、特に防御に特化していたと伝えられている。彼の張る魔力の防壁は、多角体の光が視認出来るほど強かったそうだ。その形と固い防御から亀の甲羅に例えられ、現在も王家の象徴である紋章には亀を模したものが使われている。


その壁画の中央に描かれていたのは、背中に亀の甲羅を背負い、黄色が僅かに残っている髪色なので建国王ではないかと思われるのだが、ギョロリと見開いた不気味な目に髭に覆われた顔、そして異様に下腹部が突出した男性像だったのだ。とてもではないが伝承で言われる美しい姿とは言い難かった。しかも極めつけは緑色の顔色だった。ただこれは長年の間に変色しただけかもしれないが、どちらにしろ不気味な姿なのは変わらない。



一瞬、レンドルフはこれを描いた画家の美的感覚で、これが最も美しい造形として描かれたのかとも思ったのだが、その男性の隣には今の感覚で見ても美しい金髪の女性が描かれていた。その女性は腹部がせり出していて、一目で妊婦と分かる。建国王の隣には大抵妊婦姿の正妃が描かれるので、更にこの不気味な男性が建国王である可能性が高くなった。


「あの周囲にいるのも、多分五英雄よね…何で建国王があの姿なのかしらね」


海から出現した蛇のような生物に乗っている青い髪の男女ともつかない人物、赤い鳥の羽のようなものが背に付いているドラゴンを肩に乗せた赤い髪だと分かる逞しい男性、両の手に一匹ずつ黒い蜥蜴を絡めた黒いローブ姿の人物。そして長い黒髪でこちらに背を向けた姿で杖を携えて立っている人物と、そこに寄り添うようにしている白い獣がいて、彼らの足元には黒い蛇が踏まれていた。その黒髪の人物は、一際細身で小柄であったので、おそらく女性だろう。


アスクレティ大公家の始祖が黒髪の女性と白い獣だとユリは察した。始祖は神獣と呼ばれるほどの力を持った獣人で、その番と言われた伴侶はミズホ国の薬師だったと伝えられている。アスクレティ家の紋章は杖に絡む蛇なので、間違いないだろう。王家への忠誠と、王家からの感謝を込めて、五英雄の家門には亀と同じ爬虫類の意匠が使われていると言われているが、アスクレティ家の始祖両名が踏みつけているところをみると、これを描いた人物は王家との確執を知っていたのだと予測が付いた。


(もしかしたら、美麗だと言われていた建国王の本当の姿って…)


こんなに大勢人がいるところで言うのはさすがに憚られたので、ユリはそっと気持ちを飲み込んだのだった。アスクレティ家に残されている文献でも詳細までは書かれていないが、よほどのことを王家にされたことへの恨みは未だに血の中に受け継がれているので、むしろ色々真実は知らない方が平和なのかもしれない。


大半の見物客は、建国王のような鎧を纏っている不気味な男だと思っているようだったが、少々歴史や美術史などを齧った者にはやはり疑問に思うのか、ざわついているようだ。


ユリは何とも複雑な気分のまま、言葉少なにレンドルフに手を引かれるように壁画の前を通過したのだった。



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