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327.盾士への勧誘


レンドルフは予定通りにエイスの駐屯部隊の寮を引き払い、ステノスを始めあちこちに挨拶をして出向任務を終了した。


別れ際、副官のヨシメが号泣して抱きつかれそうになったが、周囲の隊員が全力で止めたのでレンドルフの騎士服に染みを付けられずに済んだ。替わりに数名がヨシメの涙と鼻水の洗礼を受けてしまったので、その礼として王城に戻ったら駐屯部隊宛てに何か皆で摘めるようなものを送ろうとレンドルフは決意していた。


他にも見送りに来てくれた隊員達が別れを惜しんでくれたので、レンドルフも名残惜しい気持ちで駐屯部隊を後にしたのだった。



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王城に戻ってまず団長室に挨拶にいくと、大変珍しいことに第四騎士団団長ヴィクトリア・ノマリスが在室していた。彼女は女性初の騎士団長で、元近衛騎士だ。レンドルフの入団と入れ替るように団長に就任したので元同僚と言うわけではないし、騎士として顔を合わせるのはそれこそ片手にも満たない。同じ第四騎士団にレンドルフが異動して来ても殆ど顔を合わせていなかったのは、数少ない女性騎士として優秀なヴィクトリアが特例として未だに王妃の護衛をする近衛騎士のような任に就いているからだった。


「レンドルフ・クロヴァス、ただいま出向先より戻りました」

「そうか。ご苦労だった」

「クロヴァス卿、駐屯部隊では数多くの功績を残したと報告が届いている。駐屯部隊とギルドの関係もより強固になったことで、今後の部隊の任務にもより良い結果に繋がるだろう。感謝する」


団長室で正面の執務机に座っているヴィクトリアは言葉少なに頷いたが、その隣に立っている副団長ルードルフが柔らかな笑顔で続けた。おそらく駐屯部隊からの報告に目を通して把握していたのはルードルフの方で、ヴィクトリアはたまたま時間があったのでこの場にいる、ということだろう。常に王妃の側に侍るような状況なので、彼女が団のことについて殆ど知らないというのは暗黙の了解のようなものだ。団長に就任してから四年も経過しているのにお飾りの団長と揶揄されて、団員の大半が彼女のことをあまり歓迎していない空気がある。だがレンドルフとしては、近衛騎士団所属の女性騎士は極端に少なく女性王族の護衛に苦慮していたのは知っているので、どちらかというと大変だな、という同情心の方が勝っていた。


「今後とも騎士として、国のお役に立てるよう務めて参ります」

「ああ、これからもよろしく頼む。今日は戻ったばかりで色々とすることもあるだろうが、なるべく体を休めるように。荷物の片付けなどは手が必要ならばいつでも寮の管理人に声を掛けてくれ。優先して手伝うように話は通してある」

「お気遣いありがとうございます」


ルードルフは穏やかな声でそう告げる。彼の籍はこの国にあるが、祖父母両親が異国人なのでこの国では珍しいほど濃い顔立ちをしている。その為強面に見られることもあるが、中身は優しく気配りを忘れない頼れる人物なので、彼を慕う団員は非常に多い。それが十分に発揮されている手配に、レンドルフは改めて頭を下げた。



「レンドルフ・クロヴァス」


レンドルフが挨拶を終えて団長室を後にしようと片足を後ろに引いたタイミングで、ずっと黙っていたヴィクトリアが声を出した。レンドルフは即座に再び足を揃えて姿勢を正す。


「はい」

「貴殿は、盾士について興味はないだろうか」

「団長、そのお話は場を改めて…」


真っ直ぐなヴィクトリアの視線を向けられて、レンドルフは唐突とも言える内容にすぐに返答出来ずに固まってしまった。その様子を見てルードルフが柔らかく助け舟を出すが、ヴィクトリアの視線はレンドルフに固定されて動かない。射抜くような彼女の金茶の瞳は、強い光を宿しているようだった。


「私は、この騎士団に盾士を採用したいと思っている」

「団長」


無視されたような形になったルードルフは、それでもヴィクトリアの言葉を止めようと試みる。


「第四に限らず、今の騎士団は防御の面を軽視し過ぎていると考えている。だからこそその先駆けとして、出来れば貴殿には盾士の技術を身に付け、実戦に出て貰いたいのだ」

「盾士、ですか」


以前にレンドルフは、冒険者でタンク役をしているバートンから体格を生かして盾技を試してみないかと手ほどきを受けたことがある。何度か教わって短い期間であったが多少の盾の扱いとコツは学ぶことは出来た。しかしそれはレンドルフの元々持っている体格の良さと力の強さでどうにか出来た程度であり、使いこなせているとは言い難かった。ルールの決められた御前試合ならともかく、実戦で通用するとは全く思えなかった。


それに昔はいたらしいが今の騎士団には盾士は存在していない。もし盾士を含めた実戦を行うならば、全体の動きや作戦などに大きな変更が生じるだろう。レンドルフ自身も防御力を上げることは生存率を上げることにも繋がるので手段として悪くないとは思うが、ただ今から新たに盾技を学んで使い物になるまでにどのくらい掛かるか想像もつかなかった。


「今の私にはお答え出来ることではありません。もし必要な役目として命じられましたら喜んでお受けいたします」

「それでは」

「団長!…レンドルフ、君の意思は分かった。まだこちらとしても一つの草案に過ぎないものだ。すまなかった。もう戻っていいぞ」

「…失礼致します」


尚も言い募ろうとするヴィクトリアに、さすがに強めの口調でルードルフが遮った。レンドルフの感覚だと、ヴィクトリアの様子では彼女が強く推し薦めているようだがまだ根回しも済んでいないごく個人的な意見のように思えた。騎士はそれぞれの得意な武器やポジションなどを活かせるようにある程度の希望は聞いてもらえるが、少なくとも今は騎士団に盾士が存在しないため希望者もいないのが現状だ。そもそも騎士見習いとしての研修も、盾士はいない前提で鍛錬や連携が行われている。

もしレンドルフが受けると言っても環境が整っていなければ却下されるのは目に見えている。それにそれをヴィクトリアが勧めたとしても、その他に連鎖する影響まで考慮されていなさそうなので、ただ単に反発を買うだけのような気がしていた。


レンドルフが頭を下げて団長室を出て扉を閉める寸前、珍しいほどの刺のあるルードルフの「勝手なことはお控えください」と声が聞こえたが、そのままレンドルフは扉を閉めたのでそれ以上の事は一切聞こえなくなった。


(やはりあれは団長の独断か…)


おそらくルードルフもレンドルフに聞かせるつもりはなかったのだろうが、つい言わずにはいられなかったようだ。周囲に誰もいないことを確認してからレンドルフは軽く溜息を吐いて、寮に向かって廊下を歩いて行った。


第四騎士団に来るまでは近衛騎士団以外を知らなかったレンドルフもヴィクトリアの言うように防御の重要性は知っているが、ここが防御よりも攻撃力が相手を上回ることや先制を取ることを重視した戦い方だと色々な騎士達と手合わせをして理解していた。理由として、魔獣討伐が中心の第四騎士団では護衛対象もいないので、一手でも多く攻撃を仕掛けて削って行った方が早く終わるし負傷者も少ないのだ。その分、攻撃が当たれば重傷になりやすいという危険もあるが、どちらかしか選べないとなった結果、攻撃優先を選択した者が多かったのだろう。


(気持ちは分からないでもないが…)


レンドルフとて半年に満たないほどの短い期間であったが、副団長という地位に就いていたのだ。勿論任務を最優先にするのは分かっているが、それでも部下達が無事に戻って来ることを胃の痛くなるような気持ちで待つことも経験している。ヴィクトリアが同じかどうかは分からないが、そうであれば近衛騎士団よりも殉職者の多い第四騎士団ではもっと厳しい思いをしているのかもしれないと想像していた。

自分を粗末にするつもりはないが、本当に最終手段として自分の命を投げ出してでも護衛対象を守ると叩き込まれていたのに、同じように教えられている部下の事は生きて戻って来て欲しいと思う相反する気持ちに戸惑ったこともあった。もっともそれを漏らしたところ近衛騎士団長のウォルターに「その内分かる」と言われたのだが、分かる前に任を解かれてしまったのでもはや永遠に分からない気がした。



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「あ!レンドルフ先輩!お帰りなさーい」

「ショーキ、久しぶりだな。元気そうで良かった」


レンドルフが色々と考えながら寮に戻ると、共有エリアである入口のところでショーキがブンブンと手を振っていた。ユリの誘拐騒動で一旦王城に戻っていた際に顔を合わせて以来だったので、随分と久しぶりな気がした。同じ隊のショーキは、攻撃の要であるレンドルフが出向で抜けていたのであまり遠い遠征には出ず、城内で新人教育の任に当たっていたと聞いていた。夏を挟んだせいか、ショーキは随分日に焼けて引き締まった印象になっていた。


「先輩もお元気そう…だと思うんですけど、顔色悪い訳じゃないですよね…?」

「あー…あんまり日に焼けてないせいじゃないかな。俺は生まれつき日に焼けてもすぐに戻る体質みたいだからな」

「それ、女性に恨まれる奴じゃないですか」

「せめて羨まれた…だと思いたいんだが」


騎士ではあまりにも肌の色が白いのは却って恥だと思うのだが、抜けるような白さのレンドルフの肌は希少価値だと周囲の女性に羨ましがられた記憶しかない。こればかりは体質なのでレンドルフがどうにか出来るものではないのだ。


「僕、今日は午後は待機休暇なんで、引っ越しのお手伝いしますよ!何でも申し付けてください」

「ありがとう。でも俺の私物はあまりないから一人でも十分だ」

「どっちかって言うと、先輩と色々話したいんですよ。ほら、僕は上の階に行けないですし」

「ああ、上からの眺めを見たいのか。じゃあ申請に行こうか」

「…そうじゃないんですけどね」


ショーキの最後の呟きは、既に申請を出しに管理人のいる事務所へ向かっているレンドルフには聞こえなかった。



この騎士団の寮は入口は繋がっているが中は所属の団ごとに棟が分かれている。そしてその棟内では、上階が貴族出身、下階が平民出身の者が割り振られることが不文律になっている。貴族出身と言っても大半が嫡男以外で、将来的には平民とあまり変わらない身分になるのでそこまでではないのだが、やはり一部では平民と同じ階で生活するのを嫌がる者もいるのだ。そういった者とのトラブルを避ける為に階で分けて、きちんと両者から申請を出すことで部屋の行き来が可能になる。ショーキは平民出身なのでレンドルフの部屋に行くには必要な手続きなのだ。


「上階は部屋が広めだと思うんですけど、レンドルフ先輩の部屋、狭く感じますね」

「…ベッドと椅子は特注だからな」

「僕なら五人くらい寝られそうですね」

「そこまでじゃないだろう」


レンドルフが出向から戻る日に合わせて寮母が掃除と空気の入れ替えをしておいてくれたらしく、本当にすることは殆どなかった。レンドルフ用に特注の巨大ベッドは、駐屯部隊の寮から朝一で特急便で送り出して、既に昼頃に王城に到着して搬入も済んでいた。

大して荷物はないと思っていたのだが、それでも二人掛かりでクローゼットに服をしまったり、日用品を棚に並べたりするのも二時間程度掛かった。一人だったらもっと時間が掛かっていただろう。



「助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして。お役に立てて良かったです」

「今、お茶を淹れるよ。少し変わったお茶を貰ったんだが、大丈夫か?」


すっかり以前の通りに戻ったので、レンドルフは備え付けの魔道具で湯を沸かし始めた。


先日セイシューに貰った茶葉の入った容れ物を渡して、配合が書かれたラベルをショーキに見せる。ショーキはリス系獣人なので、一応食べられないものがないか確認しておく必要がある。基本的に獣人もほぼ人族と同じものを食べられるが、時折禁忌食物もあるのだ。


「ありがとうございます。問題ないですよ。何かリンゴみたいな香りしますね。でもリンゴ使ってないみたいだし…」

「薬草の組み合わせでそうなるみたいだよ。俺も最初飲ませてもらった時に驚いた」


密閉容器らしく、入っていると身体強化でも使っていない限りレンドルフには殆ど分からないのだが、ショーキは通常でも鼻が利くらしい。容器の蓋が閉まったままでも鼻をヒクつかせてしっかりリンゴのような香りを嗅ぎ取ったようだった。


「明日改めて挨拶に行くけど、みんな変わりはないかな」

「まあ、オスカー隊長もオルトさんも変わってませんよ。ただやっぱり新人ばかり相手にしてたので、そろそろ王都の外で暴れたいみたいです。ま、僕もですけど」

「それは申し訳なかった」


本当は同じ隊で駐屯部隊へ出向予定だったのだが、協力者であるナナシとの魔力の相性が悪く、結果的にレンドルフだけが行くことになったのだ。

それからショーキから色々と日常的な報告などを聞いて、他愛無い会話でも気が付けばすっかり空がオレンジ色になっていた。


「…あの、ですね。明日になれば耳に入ると思うんですけど」


今日の夕食は食堂の利用は申込んでいないので、どこかに食べに出なくてはならない。もしショーキの予定がなければ片付けを手伝ってくれた礼にどこかでご馳走しようかと考えていると、ショーキが少しだけ声を潜めるようにして遠慮がちに口を開いた。


「何かあったのか?」

「その、たまに中央神殿から神官見習いが、治癒魔法の精度を上げる為に騎士団に来ることがあるじゃないですか」

「ああ。その神官見習いが?」

「ええと…まだ子供なんですけど、結構腕の良い神官見習いで…」


騎士は任務だけでなく鍛錬や演習などで怪我をすることが多い。基本的に回復薬で治療しているが、時折治癒魔法の使える神官見習いなどが訪れて、練習と称して傷を治してくれることがあるのだ。魔力量は生まれ持った総量からあまり大きく変化しないが、制御と使い方次第でかなり精度が変わる。その為中央神殿から許可を受けて、王城の騎士団にやって来ることがたまにあるのだ。


「その…あのキュロス薬局の…黒髪の方の受付嬢の婚約者だって言ってるんです…」


思わぬショーキの言葉に、レンドルフは手にしていたカップからピシリと不穏な音を響かせてしまい、ショーキは思わずそのフワフワした髪を逆立ててしまったのだった。



お読みいただきありがとうございます!

ここ最近読んでいただける人数が増えているようで嬉しい限りです。

評価、ブクマ、いいねもありがとうございます!!ものすごく励みになっております。


明日は更新日ではありませんが、バレンタインということで少し甘め(予定)の番外編をお届けします。よろしくお願いします。

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