320.闇ギルドの暗躍と新たな出会い
「んー…どうにも臭うんだよなあ」
「申し訳ありません!」
「おめーじゃねぇよ。あのジョンソンとかいうガキだ」
「では浄化を…」
「そうじゃねえ。何て言うかこう…」
ステノスが一通りジョンソンの証言を聞き出し、隣室で書記官代理として発言を記録していた副官ヨシメは首を傾げて彼の言葉を待った。
「境遇が似てて、相手が恵まれてるように思えたから嫉妬する…ましてや惚れた女も取られたと思った、から憎く思う…のは分からんでもないが、どうにもそこから殺意に行き着くのが唐突すぎる気がするんだよな」
「そうでしょうか。ただ単に短気だったのでは」
「人のことは、ましてやイマドキの若い者の考えることはおっさんには理解できねえか。って、うっせぇわ」
「そこまでは言ってませんよ」
ジョンソンはマギーを言葉巧みに採水地へ誘導はしたが、結局全く関係のない調査員に捕まってギルドに身柄を拘束されてしまったのを聞いてひどく苛立った。マギーに伯爵令嬢と接触するように勧めたり、廃棄寸前の聖水を利用する方法を教えたのはジョンソンだが、おそらく単純なマギーはジョンソンの悪意に気付いていない筈だ。それでも一番使える手駒が動けなくなったのは痛手だった。
次の手を考えているうちに、まさか令嬢がダリウスと心中を図ったとの情報が入った。そしてそれが元で王子妃の候補から降り、責任を取って隠居する元伯爵とともに領地に引き上げるということだった。その際、相手のダリウスと婚約を結んだという信じ難い話にまでなっていたことに、ジョンソンは自分の心がどす黒く染まって行くのを感じていた。
それからジョンソンの頭の中は、どうしたらダリウスをこの世から消せるのかばかり考えていた。何度かかつての同期の見舞いと称して病室を訪ねたが、面会は禁じられていた。隙を突こうにも警備が固くて近寄ることも出来ず、これならばマギーを唆すなどという回りくどい策を取らずに、警備が手薄なうちに生命維持の魔道具に細工をしておくべきだったとそればかりを後悔していた。
そんな焦りばかりの毎日を送っていた時に、かつて魔獣寄せの香を手配してくれた伝手から持ちかけられたのだ。
「ダリウス・ストライト男爵令息と、入れ替わる人間を捜しているのです」
その相手の話によると、伯爵令嬢は王子妃になることを望んでおらずその候補から外れる為に狂言で心中未遂を起こしたので、意識のないダリウスと想い合っていたという話は好都合だったという。しかし予想以上に話が大きくなってしまったので、本当にダリウスを婚約者に据えることになってしまった。しかし領地に引き上げるとは言え名門の貴族の令嬢の婚約者が、意識のない相手というのはあまりよろしくはない。それに医師の見立てではダリウスの意識が戻ることは絶望的だということだった。
その為ダリウスの替え玉を用意して、領地で環境が変わったおかげか奇跡が起こって意識が戻ったということにしたい、という依頼があるというのだ。王都からかなり遠い領地ならば彼を知る者は殆どいないし、多少違和感があっても長らくの意識不明の後遺症だと言ってしまえばいくらでも誤摩化せる。その上で数年後にそれなりに慰謝料を払って婚約解消をさせるつもりだ、という話だった。意識がない状態での婚約解消では、まるで伯爵側が見捨てたように思われる為に、互いの意思を確認して別れたという体裁を整えたいらしい。誰に、とは明確にはしなかったが、どう考えても令嬢の実家からの依頼だろうとジョンソンは確信した。やはり養子に入ったとは言え、元は卑しい身分の孤児を婚約者にするには無理があったのだと、ジョンソンは内心ほくそ笑んだ。
だが、数年後に婚約解消というのはあまりジョンソンには面白くなかった。しかし持ちかけて来た相手はそれを承知の上で、「数年感の猶予があるのです。向こうが手放せないくらいの実力を示せばよろしいのです」とジョンソンを煽るようなことを言って来た。
ジョンソンはそれが腹立たしくて、世の中全てを見返してやろうと即座に引き受けたのだった。
「一応治癒院の方に検査を申請しておきますよ。そもそも色々と違法にいじってますからね」
「ああ、頼んだ」
入れ替わることを了承したジョンソンは、どうやら闇ギルドにいいカモにされてしまったようだ。魔道具などで一時的に誤摩化すのではなく、違法な魔法と投薬で完全に全身をダリウスに近い姿に作り替えられてしまった。まだ成長途中の人間を作り替えてしまうのだ。今はともかく近い将来に必ず不具合が出て来るだろう。しかしとにかく入れ替わることだけしか考えてなかったのか、専門用語を並べた契約書に惑わされたのか、ジョンソンは軽率にも自らサインを記入していた。これでは彼の身に何かあったとしても、施術者を罪に問えることが出来ないし、慰謝料を請求することも出来なくなっている。
そして彼の戸籍はどうせ入れ替わるのだから、と闇ギルドに流れ、今分かっている限りでは異国に出国して永住権を取ったところまでは追えたが、その後のことは調べ切れなかった。もう他国の人間になってしまった以上、この国で跡を辿ることは難しい。その為、実家の子爵家からも気が付いた時には既に除籍されていて、もう戻ることは出来なくなっていた。
実際のところは、ホライズ伯爵家ではそんな依頼はなく本当にダリウスを婚約者として引き取るつもりだったので、ジョンソンは騙されていたのだった。ただ闇ギルドは伯爵家の豊かな資産に目を付けて、ジョンソンを入れ替わらせて丸め込み、伯爵家から可能な限り金を引き出そうとしていたそうだ。あまり長く欲をかくと足がつく為に短期でほどほどの成果を期待していたそうで、整形が長く保たなくても彼らには何の問題もなく、ジョンソンは最初から捨て駒だったのだ。
本物のダリウスは、王都から離れた土地で治癒院か保護施設の前に身元の分かるものを持たせずに捨てて来るとジョンソンには伝えていたらしい。しかし彼らは最初から生かす気はなく、ダリウスに密かにテイマーの魔力を充填させた魔石を持たせて、骨一片も残さず食い尽くすように指令を出していた。
「話の筋はそれなりに通っているが、どうにも記憶と感情にムラがあるのも気になるな。どっかで薬を盛られてる可能性もある。あの殺されそうになった男爵令息に魔石を持たせたこともあるし、治癒院に協力者がいるセンが濃厚だな。ったく、あいつらは何やってるんだか」
ステノスは軽く舌打ちをして顔を顰めた。
治癒院にもステノスと同じく大公家に連なる者が要職に就いている。勿論「医療の」アスクレティ大公家として関わりが深い為に配置されているのもあるが、エイスの街の中で何か問題があった際に即座に対応できるように情報を集める意味もあるのだ。そんな中に裏切り者、闇ギルドの者が紛れているというのは、当主レンザからキツい罰則を言い渡されても仕方がない程の失態だ。
「まあまあ。闇ギルドはいくら潰しても湧いて来ますから」
「全く、『世に盗人の種は尽きまじ』だな」
「ああ、それはミズホ国の言い回しですね」
「まあな。それと、レンに特別手当て出すように会計課に回しといてくれ。想定以上に危険だったらしい」
「通りますかね?ギルド主動だし、極秘案件でしょう」
あくまでもレンドルフは休暇中に出掛けた先で何者かに襲撃されている令息を助け出して、近くの医療関連の研究施設に一時的に避難したということになっている。そこでは令息の体に異常がないか調べる為にエイスの治癒院の副院長セイナを呼び寄せて、数日掛けてそこで様子を見てもらうという態なのだ。
「休暇中の人助けだ。騎士としては褒めてやらねえとな」
ステノスはそう言って、いつものように感情を見せない顔でヘラリと笑ったのだった。
----------------------------------------------------------------------------------
レンドルフが指定された場所は、高い壁に囲まれてはいるが思っていた以上にこじんまりとした簡素な建物だった。医療関連の研究施設ということで、庭に薬草園があるようだ。よく見かける薬草から、ユリに教えてもらった特殊な植物などがあちこちに見られた。おそらくレンドルフが知らないだけで、ここに植えられているのはほぼ薬草なのだろうと予測が付いた。
「いやどうもどうも。無事のお着きを」
「令息は傷一つありません。よろしくお願いします」
レンドルフがノルドの背からダリウスを下ろしていると、建物の中から白衣姿の初老の男性が姿を現した。その後ろから数名の同じ白衣の男性が続いて出て来て、彼らはレンドルフから丁重にダリウスを受け取った。
「こちらの不手際で大変だったとか。少々休憩なさって行かれませんか?」
「いえ、私は…」
初老の男性は、一瞬髪が白いせいでそう思ったのだが、近くで顔を合わせるともっと若いように思えた。そしてレンドルフはすぐにその白い髪は「死に戻り」の色だということに気付いた。短く刈り込んであるので分かりにくいが、その特殊な白い髪は間違いないだろう。
「お連れの方は、少し休憩したいようですよ」
「え…っな!ノルド、お前…!?」
「ああ、いいですいいです。あの辺りは今は使用してない区域ですから」
彼に言われてレンドルフが振り返ると、壁の内側に見慣れたカーエの木が数本生えていて、その甘い葉に目が無いノルドが勝手にモシャモシャと食べ始めていたのだ。慌てたレンドルフに、彼は鷹揚にニコニコと笑ってやんわりと制して来た。
「あの…申し訳ありません」
「構いませんよ。畑の方の草は毒草もあるから、入るのはいいけど食べてはいけないよ」
彼はノルドに向かって人と同じように話しかけると、ノルドは分かっているのか偶然なのか「ブル…」と咀嚼しながらいいタイミングで鼻を鳴らしていた。彼はここで薬草の研究をしている元薬師のセイシューと名乗り、レンドルフを建物の中へと誘導した。レンドルフはノルドが当分動きそうもないので、少々恥ずかしさに頭を抱えそうになりながらセイシューの誘いに応じたのだった。
中に入ると、思ったよりも何もなかった。部屋を分けるような壁もなく、中央にソファとローテーブル、奥には小さなキッチンと椅子とテーブルが置かれていて、一番奥には使われていない暖炉が見える。研究施設というよりは普通の一軒家のようだ。勧められたソファに腰を降ろしてレンドルフは建物の中を見回したが、壁際には乾燥させた薬草らしき束が複数吊り下げてあるくらいで、個人で薬草を栽培して売っている地方の薬局程度にしか見えなかった。本当にこんなところで、不可能と言われている魔核の移植が行われるのだろうか、とレンドルフは少々疑問に思ってしまった。
「移植は地下の設備で行うことになっています。まあここは、カムフラージュのようなものです」
「あ…すみません、不躾なことをしました」
「いいのですよ。僕だってこんなところに連れて来られたら、思わず探しますよ」
セイシューは全く気を悪くした様子もなく、慣れた様子で木製のカップに飲み物を注いでレンドルフの前に置いた。
「甘い物がお好きだと聞きましたので」
「ありがとうございます」
フワリと湯気とともにカップの中の飲み物の甘い香りが鼻先に広がる。見たところ紅茶のようだが、茶葉の香りと果物のような甘さと僅かな酸味が混じり合って、レンドルフの記憶の中では飲んだ覚えがないものの魅力的な香りに誘われてすぐに口を付けた。一口飲むと、よく熟したリンゴを温めたような爽やかな香りに、少し遅れて甘さと酸味のバランスの良い瑞々しい味が広がった。ゆっくりと喉の奥を通過して行くと、しっかりとした甘さの割に後味がスッキリとして口の中には少しだけスッとしたような清涼感だけが残る。
「これは…とても美味しいです。リンゴを使っているのですか?」
「いいえ、実は全く使っていないのです。香りの良い薬草を数種類と、発酵の軽い茶葉、そしてカーエの葉を使用しています」
「全くですか!?それでこれはすごいですね…ああ、この少しスッとした感じは言われてみればカーエの葉ですね」
いつもエイスの街に行く時は預け所にノルドを頼むことが多い。そこの馬場に生えているカーエの葉を貰って以来、甘い物が好きなノルドはすっかり好物になっていたのだ。そしてレンドルフも一度生の葉を味見したことがある。甘みは強いが口の中に残らないスッと消えて行くようなすっきりした味に覚えがあった。
納得したようにレンドルフは続けてカップに口を付けると、その様子を見てセイシューは楽しげに笑っていた。
「カーエの葉の味をよくご存知でしたね」
「以前味見で葉を齧ったことがありまして」
「ははは、ご立派な騎士様も、そんな遊び心があるのですね」
「ご立派という程では…それに本日はただの新人冒険者ですから」
「くくっ…お嬢様から聞いてましたが、お優しい方だ」
「お嬢様?」
「ユリお嬢様です。僕は、彼女の薬学の先生のようなことをしています」
セイシューの言葉に、レンドルフは思わずぽかんと口を半開きにしてしまった。セイシューはその表情を見て、更に肩を震わせて笑ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
評価、ブクマ、いいねなど増えて嬉しい限りです。
次回から更新日が火・木・土・日に戻ります。よろしくお願いします。