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29.中間管理職のきもち

お読みいただきありがとうございます。

少しずつ読んでくださる方が増えているようで嬉しい限りです。


ノルドにほぼ走りを任せながら、レンドルフは器用に紙袋の中から片手で朝食にと行き掛けに手渡された物を取り出した。



細長い物体で小麦色にこんがりと焼き色が付いて、持ちやすいように半分ほど油紙で包まれていた。移動しながら片手で簡単に食べられるようにわざわざ作ってくれたようだ。


朝早いのであまり負担にならないようにと思い朝食はいらないと声を掛けたのだが、こうして準備してもらえるとやはりありがたいし、携帯食で空腹を満たすつもりだっただけに嬉しい誤算だった。好き嫌いのないレンドルフでも、味よりも栄養価と保存性を優先している携帯食はそんなに好んで食べたいものではない。


手に持った感じは、表面は少しパリッと固めだが、中に何か入っている感覚は分かった。昨日の食事も美味しかったので、これもきっと間違いはないだろうと確信して、レンドルフは何の躊躇いもなく口に入れる。



小麦を溶いたものを薄く焼いた皮の中に具材を包んだものだった。外側はこんがりと焼き目が付いてパリリと、反対に内側はモッチリとした食感で、クレープに似ているがもっと厚みも歯応えもある。巻かれた具材は粗挽きの挽肉に濃いめの味付けをして炒めたもので、ジューシーな肉汁とタレを皮がうまく吸い込んでいて水分は垂れて来ないのにパサ付いてもいない絶妙な加減だ。細く切ったネギも入っていて、シャキシャキとしたアクセントと少し鼻に抜ける香りも食欲をそそる。

それほど大きなものではないが、噛みごたえがあるので満足感がある。ペロリと一つ目を平らげて、まだエイスの街に着くまでには余裕があったので、二つ目を手にした。

二つ目は具材が違っていて、甘辛い味の付いたチキンを細長く切ったものと、茹で卵が入っていた。こちらには薄切りのさらしたタマネギが入っていて、辛味はなく甘みだけが強かった。この巻いてある生地はタレの多い具材と相性が良いのか、しっとりと旨味を吸った部分だけでもいくらでも食べられそうだった。


さすがに二つ目を食べ終えた時点で街が近くなったので、少々物足りなくはあったがレンドルフは紙袋の口を閉じる。紙袋には一日程度は保つ弱い保冷の付与が掛けられている。今日はそこまで気温は高くならないだろうし、昼食までは十分鮮度は保てる筈だ。まだ何本か残っているので、案内する騎士達と別れた後でも食べようと考える。これだけ美味しいので、ユリ達と分け合って食べればもっと美味しいだろうと思うと、自然と気持ちが弾んだ。



そんなことを考えていると、エイスの街の入口に到着した。ちょうど交代の時間だったのか、既に顔を覚えてもらっている門番が詰所から出て来るところだった。


「おはようございます!今日は早いですね!」

「おはようございます。今は交代の時間ですか?お疲れさまです」


これから勤務になる門番とは初めてだったのだが、帰りがけの門番が気を利かせてくれてそのままレンドルフを通してくれた。

レンドルフは礼を言いつつ、もうちょっと時間が遅かったらいつか見た冒険者がやっていたようにギルドカードを見せて通過することが出来たかもしれないと思い、少しだけ残念に思ったのだった。



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ギルド前は、奇妙な緊張に包まれていた。


レンドルフがノルドを引いてギルド前に到着した時、既にタイキ、ミスキ、クリューは到着していて、そこから少し離れた場所に魔馬を引いた騎士服を着た人物が三人立っていた。全員かなり若く見えるし、騎士服もまだ新しいようだ。おそらく彼らが調査員なのだろうが、討伐には慣れているのだろうか、とレンドルフは少々引っかかった。彼らは姿勢からしてもちゃんと訓練を受けているのは分かるが、何となく実戦経験は浅そうな印象を受けたのだ。どこがどう、と言われると上手く言えないが、これは人よりも討伐経験の多いレンドルフの勘としか言いようがない。



一瞬、レンドルフは遅れたかと思ってギルド前にある時計を確認したが、まだ30分前だった。


「おはよぉ、レンくん早いね」

「おはようございます。バートンさんは?」

「馬車を準備しに行ってるわぁ。もうすぐ来ると思うけど」

「タイキは……ええと、大丈夫か?」

「…だいじょばない…」


いつもと変わらない笑顔でクリューがレンドルフに向かって手を振ったが、その傍らのベンチでぐったりとしたタイキが転がっていた。昨日の疲れが全く取れていないようで、何だか顔色は土気色に近く目の下にはくっきりと隈が出ている。


「タイちゃん、あれから寝たら絶対起きられないって言って、ずっと起きてたのよ」

「無茶するなあ…」

「ホントは今日はゆっくり寝かせてあげたいんだけどね。うちのパーティのリーダーだから、いないとさすがに体裁が悪いのよね…」


クリューはそっと小さな声で言って溜息を吐いた。



もともとの取り決めでは、問題がなければ四日間連続討伐に出て一日休むことになっている。しかし天候や体調次第で予定を臨機応変で変更することになっていた。誰かの体調が悪ければ、その日は休みにするか欠員として残りのメンバーで深度を調整して討伐にするかを相談して決めることにしていたのだ。その安全性の高さが日帰り討伐の良いところでもある。危険が伴う討伐は、体調管理が最も重要になる。たった一人の体調不良でパーティ全滅という事例も、決して珍しいものではないからだ。

本来であれば、この様子では今日は一日タイキを休ませるか、せめて半日遅らせた方が良かっただろう。しかし正式に騎士団からの現場同行依頼を受けてしまった以上、リーダーのタイキがいなければ色々と不都合が発生する。早朝を指定してしまったのはこちらであったし、ギルドや騎士団からの正式な依頼を受けた際は、もしリーダー不在の場合は委任状を作成してギルドに提出、認可を貰っておかないとならないのだが、それだけの時間もなかった。

色々とタイミングの悪さが重なって、無理矢理タイキが出て来ることになってしまったのだった。



「今から向こうに頼んで、せめて午後にしてもらうのは難しいんですか?」

「…ぜってぇヤダ」


レンドルフが小声でクリューに尋ねると、それが聞こえたのかタイキが呻くように答える。しかし、明らかにその声も調子が悪そうだった。討伐中の急な体調不良ならまだしも、分かり切っていて無理を通そうとする態度にはさすがにレンドルフも眉を顰めた。


「その顔色で無茶するな」

「案内だけして、後は大人しくしてるから…あいつに借りを作るのはヤダ」

「あいつって…」


更に問い質そうとしたが、レンドルフの袖を軽く引っ張って見えないようにクリューが自分の唇の前でそっと人差し指を立てた。その困ったような表情を見て、レンドルフは口を噤んだ。


先程からタイキが横になっているベンチの側にも寄らず、離れた場所でミスキはジッと騎士達の方を見ていた。その顔は見ているというよりも睨んでいると言った方が正しかった。付き合いのまだそれほど長くないレンドルフにとっては、初めて見る表情だ。

それに普段からタイキを構って心配しているミスキからは、考えられないような態度だった。レンドルフは、昨日帰りがけにユリにチラリと聞いた騎士団との何らかの確執があるらしいことを思い出していた。しかしミスキのことだから、表面上はもう少し取り繕っているものだと思っていたのだ。危険を冒してまで通したい事情をレンドルフは理解できなかったが、それでも踏み込めないまま悶々としてただその場にいることしか出来なかった。



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「ごめんね!遅れちゃった?」


ギルド前に貸し馬車のマークを付けた小さな馬車が止まって、中から飛び降りるような勢いでユリが出て来た。まだ時間は十分にあるが、全員が集まっていたのでレンドルフと同様に少々慌てたようだ。急いで支度をして来たらしく、いつもは編み込んできっちりとまとめてある彼女の髪はサッと上の方で束ねているだけになっている。彼女の長い黒髪が背中で跳ねるように揺れていた。


「おはよ〜。大丈夫よぉ。まだ時間に余裕があるから」

「おはようございます。……タイキ、大丈夫なの?」

「だいじょばない…」


ユリも来るなり目に付いたのか、先程のレンドルフと同じようなやり取りをした。

そして次々と鞄の中から幾つもの袋や瓶を取り出し始めた。タイキの寝そべっているベンチの空いている隙間にそれらを並べると、彼の側に座り込んで顔を覗き込んだ。


「今日は酔い止めとか胃のむかつきとか抑える薬草持って来たから、どんな感じか教えて。すぐに調薬できるように色々揃えて来たし」

「……眠ぃ…」

「眠い?何でよ?」


クリューが先程レンドルフに説明したことをユリにも話す。


「何やってんのよ…」


ユリも呆れたようにタイキを顔を見つめる。さすがにバツが悪いのか、タイキは寝そべったまま腕で顔を隠した。


「仕方ないわねえ」


ユリは溜息を一つ吐くと、タイキの首筋に触れたり強引に腕をどかして顔色や目を覗き込んだりして体調を確認する。そして幾つか短い質問をして、そこから判断して手早く幾つかの薬草粉を選び出して、片手サイズの白い陶器製のボウルのようなものの中に次々と入れて行った。大きさの違うスプーンでそれぞれの薬草粉を掬って行く手際に迷いは無く、ユリの頭の中には薬草の効能と必要な量が全て頭に入っているようだ。そこに魔道具で浄化した水を注ぐと、スプーンでグルグルとかき混ぜた。

側でその作業を眺めていたレンドルフは、その手際の良さに感心していた。今までこうして薬師の作業しているところは見たことがなかったが、これでまだユリは薬師見習いなのか、と不思議に思うほどだった。


やがてユリが手にしたボウルには、少しとろみのある灰緑色の液体が半分ほど溜まっていた。あまり美味しそうには見えないが、薬なので仕方ない。


「ほら、酔い止めと胃薬。一緒に目眩を軽くする薬草も配合したから」

「…不味そう」

「そりゃ薬だもの。ホントは少し眠った方がいいんだけど、しばらくはそうもいかないだろうから、気分がスッキリするミントもちょっと足しといた。だから見た目ほどの味じゃないよ。さ、ちゃんと飲んで」

「…うう…」


ズイ、と鼻先にボウルを差し出されて、タイキは顔を顰めて背けるがそれでもユリは容赦しない。更にグイグイとタイキの唇に押し当てて行く。


「飲むから…自分で飲むから…」


タイキはもがくようにしながら上半身だけ起こしてユリの手からボウルを毟り取り、グイッと一気に呷った。少しとろみの付いた液体なので、中身が落ちて来るまでしばらく口を付けたまま上を向いていたが、タイキの丸見えになった喉が二度ほど蠢いてしっかり飲み下したことが分かった。


「うぇ…」


やはり不味かったのか、特殊回復薬を飲んだ時ほどではないにしろ、顔をシワシワにしたタイキがボウルから口を離す。上唇に薬液が付いて少し緑色になっていた。


「ちゃんと全部飲んでね」


そこにすかさずユリがボウルに水を追加してグルグルと揺すり、とろみの為にまだたっぷりと底に残っている薬液を溶かし切る。


「ひでぇよ…ユリ」

「最初よりは薄まってるから飲みやすい!さあ、飲んで!」


容赦ないユリの圧に、タイキは半分涙目になりながらも追加の薬液を飲み干した。彼女の言う通り多少飲みやすくなっていたのだろう。最初の時よりもタイキの顔はシワシワにならなかった。


「はい、じゃあこれ口直し」

「もう食っていい?」

「いいわよ。ただの蜂蜜飴だからね」


ボウルを引き取ると、ユリはタイキの空いた手の上にコロリと紙に包まれた飴を手渡した。許可を受けて早速タイキは包み紙を解く。中からタイキの目の色のような金色の透き通った蜂蜜飴が出て来て、それを口の中に放り込むとようやくタイキの眉間から皺がなくなった。


「ほら、タイちゃん、口の周り緑色になってる」

「ん」


クリューが気付いて、自分のハンカチを出してタイキの口の周りを拭ってやる。タイキは少し顎を上げるようにしてクリューにされるがままになっていた。その様子を眺めて、やはりタイキは体は大きいが見た目よりも幼いのかもしれない、とレンドルフは思った。



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通りの向こうから、バートンが操る魔馬の引く馬車がやって来るのが見えた。今日は天気は悪くないのに、その馬車は昨日とは違い最初から幌が掛けられている。


そしてその後ろから、焦げ茶色の毛並みのスレイプニルに騎乗したステノスが続いていた。今日の彼はきちんと騎士服を着込んでいて、腰には細身の長剣を携えている。少し反りのある変わった形の長剣で、余分な装飾はないが艶やかな黒地の鞘に美しい金色の紋様が描かれていた。柄の部分も赤い幾何学模様のような装飾がされていて、一見するとまるで美術品と見紛うばかりで、実用品ではないようにも見えた。領地によっては領主やその息子などをお飾りの隊長に据えて、豪華絢爛な装備で控えさせて実戦には出さないというところもあるが、以前ユリにステノスは強かったと聞いているので、多分あの剣も実用向きなのだろう。


ステノスの姿が見えた瞬間、ようやくベンチの上に起き上がったタイキが舌打ちをするのをレンドルフは聞いた。チラリとそちらに視線を送ると、眦を吊り上げた表情のタイキと、その隣で困ったような少しだけ怒っているような顔をしたクリューがいた。更にユリの方を見ると、彼女は眉を下げた顔で戸惑うレンドルフを申し訳無さげに見ていた。


「待たせたな。まあでも時間前だから構わねぇだろ」


ステノスの登場で「赤い疾風」のメンバーの空気は固く刺々しいものになっているのだが、それを全く意に介さないようないつもの軽い口調だった。ステノスならそれに気付いていない筈がないのに、その態度が余計に彼らを煽っているような気がして、レンドルフの方が内心ヒヤリとした。


「ちょいと時間は早いが全員揃ったんなら出発してもいいだろ?お互いちゃっちゃと済ませてぇしな。よろしく頼むぜ『赤い疾風』殿?」

「……ああ」


スレイプニルから降りないままステノスが近くまで寄って来て、タイキを見下ろすような状態でそう告げた。それを見上げるタイキは、レンドルフが聞いたことのないくらい低く冷たい声で短く相槌を打った。


レンドルフは、飄々として掴めないところもあるがステノスには悪い印象はなかった。むしろいい加減で緩い態度でありながら、人の心の機微を掴むことに長けた頼りになる人間だろうと感じていたのだ。これほどまでに「赤い疾風」の彼らがあからさまに敵意を向けるような確執があるとは想像もつかなかった。


レンドルフが何だか腑に落ちない気持ち悪さでステノスを見上げると、その視線に気付いたのかステノスは僅かに苦笑したようだった。


「出発するぞ。ワシらが前を行くからの」

「案内、よろしく頼む」


バートンに促されて、レンドルフ以外の全員が馬車に乗り込む。誰も無言で目も合わせようともしなかったが、ユリだけが馬車の後ろでノルドの手綱を引いていたレンドルフに乗り込む際に心配そうな表情を向けていた。



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昨日は荷馬車のような形だったので、道中レンドルフは彼らと色々と話をしながら目的地を目指していた。しかし今日は幌が掛けられていて、レンドルフからは乗っているメンバーの様子を伺うことは出来ない。体調の悪いタイキを少しでも休ませる為にそうしているのかもしれないが、先程の様子だとステノスとは顔を合わせたくないからという理由も含まれているような気がしていた。


「済まねえな。何か居辛くしちまったな」

「…いえ」


レンドルフの脇にステノスがスレイプニルを並べて来て、小さな声で言った。この程度の声ならば、馬車の中で身体強化を使っていない限り聞こえていないだろう。調査員を案内しなければならないが、それが終わればタイキの体調次第でそのまま討伐を続行することになる。その為、まだ魔獣が出現しそうにない場所で魔力の無駄遣いは得策ではないので、この会話は聞いていることはない筈だ。


「その感じだと、詳しいことはまだ聞いてねえな」

「そうですね…」


レンドルフからすれば、配属は違えど地位としてはステノスの方が上である。騎士として接するならもっと丁寧な態度を取るべきなのは分かっていた。しかしこの場にいるレンドルフは一介の冒険者であるし、それはステノスも承知している。それ故にどういった態度を取っていいか決めあぐねていた。


「ま、気にはなるだろうが、今ここでする話じゃねえしな。その内な」

「はい」


ステノスはヘラリと笑って、少し速度を落としてレンドルフから離れると後ろに続いている三人の調査員の騎士達と合流する。そこでレンドルフは少しだけホッとしている自分に気付いた。

どちらも付き合いは短いとは言え、ステノスも「赤い疾風」もレンドルフは悪く思えない。何も分からないまま間に挟まれてしまい、随分と困惑していたらしい。



ふとレンドルフは、かつての上司であった近衛騎士団長のウォルターが「騎士団の役付きなんて国と部下に挟まれたただの中間管理職だ」と副団長に任命されたばかりの頃に言っていたことを思い出した。副団長を務めていた時は何もかも無我夢中であまり感じていなかったが、解任されて騎士ではなく冒険者としての立場にいる今になって、ウォルターの言葉を少しだけ理解したような気がした。



評価、ブクマ、いいねありがとうございます。誤字報告もいつも助かっております。


引き続き、気に入ったり、続きが気になると思われたら、評価、ブクマ、いいねなどいただけましたら幸いでごさいます。

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