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310.様々な後始末


ステノスは自分用に持参して来た芋が原料という酒を薄めずにトプリとカップの半分程注いで、すぐに注いだ半分の量を飲み下した。色だけ見れば無色透明なのでまるで水を飲んでいるかのように見えてしまうが、漂って来る少々癖のある香りはかなり酒精が強そうだった。


「採水地以外で汲んで持ち帰った水で不正に聖水の量を増やしていた件は、一応禁止されてはいるが被害者が出るような案件ではなかったとして、神殿側が今後目を光らせて再犯防止策を取ることを条件に公表はされないことになった。神官見習いが魔獣に襲われた件は、既に不幸な事故として処理済みだしな」


採水地より上流の場所で汲んで来た水を密かに高位貴族出身の神官などに売っていたことはさすがに看過出来ることではないのだが、それに関わった者達を罰してしまうと聖水の製造に少なからず影響が出てしまう。聖属性の魔力を持ち、それを水に込められる者はそこまで多くない。魔獣避けの為に必須な聖水を作ることの出来る者達を失うわけにはいかないと神殿側から強い要望を出されて、関わった者達には今後は見張りが付けられることで全面的に神殿に任せられることになった。もしこれ以降似たようなことが発覚すれば、全ての責任は神殿が負うことと王城側と契約を結んだそうだ。そして神殿に所属していないが関わった冒険者などは、今後神殿が関係する依頼は一切受けられなくなった。基本的に神殿の依頼はそこまで高額ではないが、支払いはきちんと行われるし怪しい内容のものがないのでそれなりに人は集まる。一部の冒険者を断っても神殿側には大きな問題はなかったが、逆に冒険者側には安定して確実な依頼が受けられなくなるのはそれなりに痛手になるので、罰としての効果はあるようだ。


「一見神官達には何のお咎めもないように見えるが、今後は自分の実力を誤摩化すことが出来なくなるから、それなりに居心地は悪いだろうよ」

「そうでしょうね」

「まあ、結果的には聖水の製造量が増えれば俺達も助かるし、神殿も儲けが出るしで悪いことがなかったからな。ただ、長い目で見れば悪影響があったかもしれねえ、って程度のもんだ」

「ですが、そうなるとあのホライズ伯爵令嬢は…」

「んー、何でも、一年近く眠り続けているストライト男爵令息と恋仲だった、ってことにするそうだ」


クリスティアは第二王子の婚約者候補ではあったが、あくまでも候補なのでそこまでの強制力はない。それに第二王子エドワードはまだ当分婚約者を決めるつもりはなかったこともあって、今のところ令嬢が希望を出せば候補者から降りることはそこまで難しいことではないのだ。色々と家や派閥の絡みもあるだろうが、他の候補者は探せば簡単に見つかるだろう。


本当は父親が自分の為に不正に関わっていたことを悩んでいたクリスティアだったが、表向きは彼女がダリウスを見初めて婚約者候補から降りて新たな縁談を進めようとしていた矢先に彼が事故で昏睡状態に陥り、もう諦めて他の縁談を結んでいた方が良いのではないかと話が出て来たことで思い詰めた彼女が心中を計画してしまった、という方向で話がまとまった。

王家の方では、他に想い人がいた令嬢を婚約者候補として縛り付けた結果、追い詰めて自殺未遂までされたと噂が立つ可能性も鑑みて、公表はしていなかったが既に内々で候補の辞退は決まっていて新たな候補者を選出中だったタイミングで起こってしまった、という話を流すことになっている。

ホライズ伯爵は娘の監督不行届きの責任を取る形で、既に成人していた嫡男に跡を譲って王都から遠い海辺にある別荘に隠居することが確定していた。そこには目が不自由になってしまったクリスティアも共に行くことになっていて、その後は主治医の許可が下りればダリウスも婚約者扱いで引き取る予定になっている。表向きは恋仲だったとしているのはダリウスの意識がないので勝手に周囲が筋書きを用意したものだが、このままずっと治療費を支払い続けることが厳しいストライト男爵にしてみれば巻き込まれたとは言えありがたい申し出だったようだ。


「それではあのご令嬢が一人で醜聞を被ることになりませんか?」

「それだけのことをしでかしたんだしな。それに、全くの嘘って訳じゃねえらしい」


クリスティアは父親に不正をさせるくらいなら婚約者候補を降りたかったし、その悩みを打ち明けることが出来たくらいに信頼していたダリウスにほのかな思いを寄せていたことも事実だった。もしそこに嘘があるとすれば、彼女はダリウスを助けようとしていたし、自分も死ぬつもりはなかったということだ。


「ただなあ…その持ち出した回復薬ってえのが、どうにもマズいもんでな。それをお嬢様に渡したヤツを追うところで上からストップが掛かっちまった。どうもその根っこにいるヤツが、レンに調査してもらってた禁輸の魔道具も関わってるみたいでな。ちょいとばかし食い下がってみたんだが、俺には力不足だった。悪かったな」

「いいえ、お気遣いありがとうございます」

「で、だ。レンはその令嬢の心中を阻止した、ってことでそいつを手土産代わりにしてもらうことで話が付いた」

「ですが俺は…」


あの時レンドルフが病室に入った時には、既にクリスティアはダリウスに回復薬を飲ませていた。幸いダリウスは魔力を失っていたので魔力暴発をせずに済んだ。しかしそれが知れてしまうとクリスティアが持ち込んだものが毒薬ではなく回復薬だったと分かってしまう。その為、彼に毒を飲ませようとしたのをレンドルフが阻止し、既に「毒薬」を飲んでいたクリスティアを即座に保護して治癒士を呼んだことにしたとステノスが説明した。


「褒賞を受けるような大手柄じゃねえが、貴族二人の人命救助をしたってことで、多少は考慮されるだろうよ」

「しかし」

「人命救助しようとしたのは間違いじゃねえだろ。それに、これくらいは素直に受けといてくれ。()()()()()()安心の為にも、な」

「…はい」


ステノスは後半は急に声を落として低く呟くように言った。レンドルフもそれでその意味を察して、微かに背中にゾワリとしたものを感じた。もし自分が何も受け取らずに引き下がれば、相手にしてみればこれほど得体の知れないことはないと思うかもしれない。もしかしたら後から何らかの見返りを要求して来ると思われれば、それはそれで厄介を呼び込むことになる、とステノスは暗に告げているのだ。


レンドルフは多少は申し訳ないような気になったが、それでも完全に嘘で固めたものではないところが救いだと思った。おそらくその辺りはステノスが上手い落としどころを付けてくれたのだろう。


「その辺を納得してくれたなら、後で誓約魔法を結んでもらうことになる。構わねえな?」

「はい。よろしくお願いします」


出身は平民らしいが、今はレンドルフの上司に当たるのでステノスは命令として強引に誓約魔法を結ばせることも出来た。しかしステノスはレンドルフの気持ちを汲んで、こうして話す場を設けてくれたのだ。レンドルフはしみじみと自分は周囲に恵まれている、と思わずにはいられなかった。


「こちら、いただきます」

「おう、飲め飲め。こっちもチョイと冷めちまったが、美味いぞ」

「いただきます」


レンドルフは一旦テーブルの上に置いてあったカップを手にすると、注がれていた甘いカクテルを一気にグイ、と飲み干した。果実酒とジュースを混ぜた甘くて酒精のあまり強くないカクテルだったが、何故だか喉の奥に苦味が絡み付いて来るような気がした。



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いつもの夕食には少し遅い時間に到着するとレンザから連絡があったので、ユリはそのまま夕食の時間を遅らせてレンザを待っていた。ユリが月の半分は王城に務めるようになって、その時は中心街の本邸で過ごしているので以前よりも顔を合わせる機会が増えたが、こうして別邸で顔を合わせるのは久しぶりだった。それにここ最近はレンザは領地の方にしばらく滞在していたので、直接顔を合わせること自体がひと月振りくらいになる。


本来はまだ領地での執務に携わっている筈だったレンザが急遽こちらに来るということは、あまり良い報告でなさそうではあったが、それでも別邸の使用人達は張り切って晩餐の準備とユリの磨き上げに熱心だった。


「髪のボリュームが足りないので、大振りの髪留めにしてみました」

「ありがとう」


ユリの本来の透き通る真っ白な髪に、男性の拳大くらいありそうなサイズの花を挿して形を整えたミリーは、ユリの後ろで鏡を翳しながら得意気に言った。繊細に波打っている花弁が幾重にも連なっている華やかな形状のもので、これは本物の花に特殊な樹脂でコーティングしてある。繊細なものなので数回使えば壊れてしまうものではあるが、生花と変わらない色合いが美しいので貴族の間では昔から人気がある装飾品の一つだ。今回ユリの髪を飾っているのは、淡いピンク色とクリーム色をした二つの花だ。髪が短いのでまとめると地味になってしまうので、それを補うように大きなサイズのものを選択していた。

その柔らかな色味に合わせて、メイクも強調した色は乗せずにブラウン系のグラデーションで素で意志の強そうな目元のユリの雰囲気を和らげている。唇もピンクベージュをベースにして自然な仕上がりの色味だが、艶に力を入れたので十分な華やかさはある。

ドレスは装飾は少ないが珍しくスカートがフワリと広がったデザインで、色は淡いグレーではあるが光沢のある上質な生地がたっぷりと使われている。光が当たるとその艶が様々な表情を変えるので、上品さを損なわずに目を惹く美しさが際立っている。別邸で身内だけの晩餐なので夜会のように高い靴もきついコルセットも使っていないが。それでも使用人達の気合いが一目で分かるようにユリは飾り立てられていた。



「旦那様がご到着なさいました」

「出迎えに行くわ」


ユリは立ち上がって自室から階段を下りてエントランスまで向かう。見た目よりもはるかに軽い生地なので足を動かす度に足首の辺りにフワフワとした感覚がして少々くすぐったい。それに重さのない分、勢いで捲れ上がらないように注意して歩かなければならない。自然にいつもと違ってお淑やかな立ち居振る舞いになっていたので、ユリがエントランスに到着した頃には既にレンザが執事に上着と帽子を渡していた。


「お帰りなさいませ、おじい様」

「ただいま、ユリ。ああ、少し見ないだけでどんどん美しくなるね」


ユリの姿を見るとたちまち相好を崩したレンザが近付いて来て、そっとユリの手を取って甲に唇を寄せる。本当に触れる訳ではない貴族式の挨拶だが、その流れるようなレンザの仕草はいつ見ても溜息が出る程洗練されている。


「夕食を遅くしてしまって悪かったね」

「いいえ。お昼は沢山食べましたから」

「彼に釣られて、かな」

「…多分、そうだと思います」


レンドルフのことをサラリと言われて、ユリは一瞬だけ言葉に詰まる。レンドルフと会ったのは今日の午後だ。レンザにユリの動向が報告されるのは知ってはいたが、まさかこんなに早いとは思っていなかったのだ。高位貴族の令嬢はどこの家でも安全の為に周囲を固めていることが多い。特にユリの場合は生まれも育ちも特殊であるし、王族を除けばこの国で最も高貴な身分の令嬢という自覚はあるので慣れているつもりだったが、こうもすぐにレンザに伝わってしまっているのを知らされると少々気恥ずかしいものがあった。この調子では、うたた寝をしていたレンドルフの寝顔をもっと側で見たいとこっそり膝枕に誘導しようとしていたことも筒抜けだろう。


「すぐに着替えて来るので、少し待っていてくれるかい?」

「はい。お待ちしております」


レンザはそれ以上は追求せず、触れるか触れないかの距離でユリのこめかみに掛かっている白い髪を軽く流すと、そのままこの別邸の自室へと向かって行った。



ユリが応接室のソファで待っていると、余程急いで来たのかすぐにレンザが現れた。彼にしては珍しく濃い灰色のスーツを着ていた。ただの家族の晩餐ではあるが、ユリの淡いグレーのドレスに合わせて服を準備したのだろう。


「お待たせしました、我が姫君。貴女をエスコートする栄誉を私めに与えていただけますか?」

「よろしくてよ」


少し笑いを含んだ声でレンザが手を差し出して来ると、ユリもそれに乗ってツンとした様子でその手の上に自分の手を重ねた。そのままユリの手を宝物でも扱うような丁重さでレンザの腕に置いた。平均的な身長で細身のレンザは、小柄なユリをエスコートするのに無理な体勢にはならない。それが普通であるのに、ユリはつい規格外のレンドルフを思い浮かべてしまった。


レンザのエスコートで席に着くと、給仕が細いグラスに食前酒を注ぐ。炭酸の細かい泡がガラス越しにキラキラと光を反射していて、ほんのり黄色い液体なのも合わせて光を帯びているかのようだ。グラスを近付けると、爽やかなレモンの香りが鼻腔をくすぐる。軽く唇に触れさせるようにして流し込むと、香りよりも酸味と苦味が強く感じて、チリリと唇の端に炭酸の泡と微かな酒精が熱を置いて行くようだった。あまり甘い物を好まないユリの為に準備してくれたのだろう。それに合わせてなのか、前菜に出されたサラダのドレッシングは同じようにレモンの香りが強かった。葉野菜の中にアスクレティ領で取れる干した海藻を戻したものが入っていて、コリコリとした独特の歯応えによく合っていた。

それから擦り下ろした芋をブイヨンで溶いて作ったポタージュのようなスープに、メインは軽く蒸し焼きにした白身魚と蒸し野菜が提供される。魚の皮は赤い色をしていて、真っ白な皿と色の濃い野菜に良く映えた。


昼間に肉をメインにしていたので、ユリからすれば軽めの魚料理はありがたかったが、レンザは物足りなくないのか少し心配になる。もともとレンザは沢山食べる方ではないが、少し痩せたようにも見えた。そんなユリの視線に気付いたのかデザートの赤ワインのソルベの最後の一口を口に入れたレンザは、ゆっくりと微笑みを浮かべた。


「場所を変えて話をしようか。実は執務室にとっておきのツマミを隠してあるからね」


レンザは軽く片目をつぶって冗談めかして言って来たので、ユリは思わずクスリと笑って頷いたのだった。



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