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309.収束する案件


その後、早朝から魔獣の警戒の為に動き回ったこととすっかり満腹になった影響で少しだけうたた寝をしてしまったレンドルフに、ユリがこっそり膝枕に挑戦しようとして却って目を覚まさせてしまったり、摘んでまとめていた薬草束をノルドが食べてしまってレンドルフがユリに平謝りをしたりと、時間は短くてもよく笑った休暇になった。


「次に会う時にはタッセルを手直しして来るから、また確認してね」

「分かった。でも、俺は嬉しいけどユリさんは手間じゃない?」

「全然!どんな付与にしようとか考えるの楽しいよ!」


ユリはフリンジを自分で編もうとして、新手の呪物のような物体が出来たことは秘密にしておく。それにどちらかと言うと、編むよりは革を切る方が向いているらしい。


「あの、図々しいんだけど、この革のことで…」

「何?何でも言って。なるべくレンさんが付けやすいようにしたいし。何か使って欲しい素材とか?」

「ええと…素材自体はケルピーなのは俺との相性もいいし、そのまま使って欲しいと思う。その…ただ出来れば、黒く染めてあるものがあれば、と」


今、仮に付けてある革は特に染めなどを施していない鞣したそのままの色だ。ケルピーの革はそこまで鮮やかな色にはならないが、染料を使用するのは可能だ。レンドルフの希望する黒であれば全く問題はない。ただ意識的なのか無意識なのか、希望を口にした際にレンドルフがほんの一瞬ユリの髪を見たのに気付いてしまった。


「う、うん、そうね!多分あると思う!そうよね、レンさんの剣だと黒の方がカッコいいかもね」


今のユリの黒髪は変装の魔道具で変えてあるものなので、黒は自分の色という意識は少々薄い。それに黒はどちらかと言うとアスクレティ大公家の家門の色な為、祖父や身内に渡すものに取り入れる感覚だったのだ。しかしレンドルフの視線で黒を自分の色を意識してくれているのだと理解した。ユリは少しだけの混乱と気恥ずかしさで、早口に言いながら視線を彷徨わせてしまった。


「そうだね。きっといいお守りになるよ」


顔を赤くしながらタッセルを丁寧にしまい込んでいるユリの姿を、レンドルフは目元を更に優しげに緩めて見つめていた。その甘さを含んだ眼差しに、少し離れていたところにいた侍女のエマが再び手で顔を覆っていたのを隣にいた護衛のマリゴが冷ややかな目で眺めていたのだった。



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日が傾き空全体がオレンジ色に染まり出す頃、ピクニックは終了して帰宅する。

ユリとしては本当はもう少しだけ一緒にいたいと思ったのだが、ここのところ休暇が変更になってしまったり急な出動が掛かったりしてレンドルフは大分忙しい。いつものように途中まで送ろうかと申し出てくれるレンドルフについ頷いてしまいそうになるのを堪えて、ユリは馬車もあるし護衛もいるから、と辞退した。


「レンさんは早く戻ってゆっくり休んで。明日もまた任務なんでしょ?」

「うん…じゃあ、そうさせてもらうよ」


あからさまにションボリとした表情のレンドルフに、つい「じゃあ途中まで」と絆されそうになってしまったユリだったが、彼の疲労を考えればそこは見なかったことにした。いくら護衛もいる安全なピクニックとは言えユリの前でレンドルフがうたた寝をするようなことは初めてだったので、余程疲れているのだろうと思ったのだ。

ノルドに跨がって手を振って去って行くレンドルフを見送ってから、ユリも馬車に乗り込んで帰路についた。



「お嬢様、ご機嫌ですね」

「うふふ、そう?そうよね?今日は時間は短かったけど、レンさんの寝顔なんてレアなもの見られちゃったし!」


馬車の中で侍女のエマと二人だけになって他の目が無くなると、ユリはたちまち相好を崩して憚ることなくニマニマし始める。その様子を、エマも何故か楽しげに眺めている。基本的にユリの周囲にいる使用人達は全員ユリに甘い。ユリがあまりにも暴走しない限りは自由にさせているのだ。それが祖父のレンザの一番の望みであり、使用人達はそれを基準に選ばれていると言っても過言ではない。


「やっぱり睫毛が長いのよねえ。あれ、私よりも長くない?でもそれなのに派手になり過ぎず涼しげでいて優しい感じの目元が…」

「あ、お嬢様、外に伝書鳥が来ていません?」


窓をコツコツと軽く叩く音が聞こえたので、エマは空気を読まずにサッとカーテンを捲って外を眺めた。エマに悪気はないのだが、レンドルフの寝顔の感想を遮られてユリはちょっと不服げに口を尖らせた。


「おじい様からだわ」


いくら不服でも来ている伝書鳥はすぐに受け取った方がいい。ユリが手を翳すと隙間からスルリと薄紅色の鳥のような形をした紙が馬車の中に入り込んで、手の上で一瞬溶けるように崩れてすぐに封筒に変わる。ユリの手の上には、真っ白な上質な封筒に黒に金を溶かし込んだような特殊な封蝋が見える。この封蝋は祖父のレンザがユリに向けての書簡のみに使用される特殊な物だ。

ユリは指先で軽く封蝋に触れると、まるで生き物のように封筒の口が開いた。これはユリだけがこうして封を開けることが出来るように設定されている。他の人間は触れても開けないし、ナイフやハサミで強引に切り開いても、中から出て来る手紙は偽物の当たり障りもない内容のものが出て来るだけなのだ。


ユリは中から手紙を取り出して早速読み始める。大抵レンザからの手紙は、夕食後くらいにユリが落ち着いているであろうことを見越して送られて来る。それとは違う時間帯にレンザが手紙を送って来たということは、何か緊急で伝えたいことがある場合だ。読み進めるうちに、ユリは知らず知らずに僅かに眉間に皺を寄せていた。それに気付いたエマは、声は掛けないが少しばかり緊張した面持ちになる。


「…今日、おじい様が夜にお忍びで別邸に来るそうよ」

「畏まりました。すぐに連絡をします」

「お願い」


大公家当主のレンザは日々忙しくあちこちを飛び回っている。大公家の所有する領地は広大なため、分家や寄子に管理を任せてはいるが、それでも自身で赴いて確認しなければならないことも山積している。その為、ユリや周囲にはざっくりとした予定を報せてはあるものの変更になるのはしょっちゅうだ。しかしこうして手紙で報せて来て秘密裏に訪ねて来るというのは、何か重大な事案があったということで、ユリにも関わりがあるということだ。

書かれている手紙にはその内容については触れられていないが、ユリは先程までとは打って変わって唇をキリリと引き締めた表情になって、カーテン越しに外の景色に目をやったのだった。



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レンドルフが駐屯部隊の単身寮に戻ると、入口の共有スペースでステノスがソファに半分寝そべるような体勢で座っていた。レンドルフの姿を見つけると、「よっこらせ」と呟きながら反動を付けて立ち上がった。


「レン、ちょいと話してえことがあってな。俺の部屋…あー、お前さんの部屋に行ってもいいか?」

「構いませんよ。何か用意しましょうか」

「あ〜いい、いい。俺が適当なの見繕って持ってくからよ。見られちゃ困るようなモンだけ隠しといてくれ」

「そんなのありませんよ」


レンドルフの部屋は期間限定の出向なので、前部隊長が使用していたという権力に物を言わせた無駄に豪華な部屋を割り当てられている。単身寮なのに広いリビングと寝室があって、レンドルフとしては寝室以外はほぼ使用していない空間になっていた。



先に部屋に戻って着替えてから、何故か置いてある高価な応接セットのテーブルを拭いていると、両手に紙袋を下げたステノスが訪ねて来た。


「休暇なのにすまねえな。休みに上司の顔なんざ見たくもねえだろうが、今度埋め合わせはするから」

「大丈夫ですよ」


一応使うかと思って置いてあった食器棚からグラスとカトラリーは用意したのだが、ステノスはわざわざ使い捨ての物も持参して来ていた。


「あの…任務の話でしょうか?」

「ああ〜まあそんな感じでもあるし、そうでもねえ感じだし」


ステノスはさっさと自分で袋の中から紙に包まれた軽食をテーブルの上に並べた。最初からそのつもりで準備してあったのだろう。適当と言うにはきちんと保温の付与の掛かった紙に、温かいものと冷たいもので分けて包んである。

それから持って来た果実酒の瓶からカップの中に半分程注ぎ、上からジュースを追加して手早くマドラーで混ぜてレンドルフに手渡した。本当はレンドルフがやろうかと手を伸ばしかけたのだが、ステノスは手慣れた様子であっという間にカクテルを作ってしまったので隙がなかった。


おそらくレンドルフ用に甘い物で作ってくれたのだろうが、任務に関わる話ならばあまりよろしくない気がしてレンドルフはカップを手にしたまま戸惑ったように動きを止めてしまった。その様子にステノスは少しだけ眉を下げて困ったように笑う。


「ま、レンの性格じゃ話を聞くまで落ち着かねえか」

「すみません」

「謝んなって。そりゃお前さんの美徳だ」


ステノスはそう言って、懐から盗聴防止の魔道具を取り出して起動させた。それを見て、レンドルフは一度受け取ったカップをテーブルの上に置いた。一口も飲んでいないので申し訳ない気持ちにもなったが、それ以上にこの他に誰もいない部屋でもこの魔道具を使用することはかなり重要な内容であると思ったのだ。


「まず、レンの出向の終了が決まった」


予想していなかった内容を告げられて、レンドルフは一瞬ではあるが息を呑んでしまった。しかしすぐに気を落ち着けて、ステノスの次の言葉を待つように姿勢を正した。その様子を見て、ステノスは分かりにくいがその目を僅かに細めた。


「上からはすぐでもいいと言われたが、こっちにも手続きやらがあるってことで、今月一杯は居てもらうけどな」

「……承知しました」

「おお、やっぱり優秀な騎士は違うな。上からの(めい)は無条件に飲み込むか」

「信頼できる上司の言うことならば」

「…よせやい」


珍しくステノスが不機嫌そうな表情になって目を逸らした。レンドルフは言葉選びを間違ってしまったかと思ったが、ほんの少しだけ彼の耳がいつもよりも赤くなっているのが分かって、ただ単に照れているのだと察した。何だか非常に珍しいものを見たと思って、レンドルフはついまじまじとステノスの耳を眺めてしまった。



レンドルフは、以前にエイスの森で発見された開発国以外での使用を禁じられている禁輸の魔道具を発見したことが切っ掛けでこの駐屯部隊への出向になっていた。その魔道具を密輸した者に繋がる手掛かりを見付ける、または誘き出すことが課せられていた任務だった。今のところ数名の襲撃者を捕らえることは出来たが、何も知らされていない末端の末端だった為に成果には至っていない。

その状況で出向の終了が告げられたと言うことは、レンドルフの与り知らないところで首謀者が捕らえられたか、この任務を続けることに()()()()()()が発生したか辺りだろうかとレンドルフは予測する。どちらにしろ、既に上層部で決定されたことなので、レンドルフは異論を挟める立場にはない。


全く思うところがない訳ではないが、王城騎士団のトップを押さえている二人の団長とは既知の間柄であるレンドルフは、あまりにも理不尽な命令は通すことはないと知っているし、この目の前の臨時の上司であるステノスも飄々としているが決して人としての一線は越えない類の人間だと信じている。そのステノスがこうしてレンドルフに話すと言うことは、もうレンドルフの気持ちを越えたところで確定しているのだ。


「まあ、何となくは察せるかと思うが、どうやら俺らでは手が出せないモンが関わってたらしい」

「…そうですか」

「だからこの件はここで終いだ。おそらくこれ以上あの魔道具が使われることもないだろう。後処理はもっと上の奴らが密かにどうにかする…筈だが、な」


ステノスはいつもと変わらぬヘラリと内心を読み取らせない笑い顔でそう言ったが、その声の底に僅かに苦々しいものが含まれているようだった。ステノスの言い方で、レンドルフも密輸していた首謀者、或いはそれを使いたい目的があった人物は、一介の騎士や駐屯部隊の部隊長では太刀打ち出来ない身分の者だと理解した。ただそれでも上層部で何らかの取り引きがあって、この件は収束したことにされるのだろう。首謀者があまりにも影響力が強い者であれば、混乱を避ける為に秘密裏に情報を操作し表面上は穏便に済ませる。そういうやり方があることはレンドルフもよく知っている。先頃のユリの誘拐を表沙汰にしないように、レンドルフが身代わりになった件もそうだ。簡単に納得出来る訳ではないが、そうすることで助かる者もいるのだ。


「お前さんには慣れないところまで引っ張り出したのに、スッキリしない終わり方をさせちまったな」

「こういう職だと全部解決する任務ばかりではないのは知っていますから」

「そう言ってもらえると助かるぜ。ま、レンには一つばかり手柄を持って帰ってもらえそうだがな」

「手柄ですか?しかし俺は何も…」

「伯爵令嬢の心中未遂を止めた、って件だ」

「え?心中?いや、あれは」


伯爵令嬢と聞いて思い当たるのはクリスティア・ホライズ伯爵令嬢だ。しかしレンドルフは、あれは体に合わない魔力回復薬を飲んでしまった為に起こった「事故」だと聞いている。それに止めようとしたが結局阻止することは出来なかった。


否定を口にしようとするレンドルフに向かって、ステノスは「まあ最後まで聞け」と宥めるように片手を上げて制したのだった。



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