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306.すれ違う思いやり


クリスティアが意識を取り戻したのは、三日後のことだった。


「罰が、当たったのですわ」


最初は混乱していた彼女だったが、すぐに自分の置かれた状況を受け入れたかのように静かにそう言ったそうだ。



目が覚めたとき、彼女の金茶色の透き通った瞳は、まるでミルクを溶かし込んだかのように白く濁って完全に視力を失っていた。


魔力暴発は攻撃魔法のない聖属性だった為に外部には出なかったが、彼女の体内を著しく傷付けることは防げなかった。それを修復する為に多くの治癒士や医師達が治癒魔法や回復薬を最大限使用して、どうにか命を繋ぎ止めた。しかしやはり生命維持に必要な臓器などを優先した為に、硬化してしまった眼球の修復が間に合わなかったのだった。当人の意識がなかった為に自覚症状を確認することが出来なかったのもあって、細かく全身を鑑定出来るようになった頃には回復薬では手に負えない状態になっていた。これを治して再び視力を取り戻すには、再生魔法に頼るしかなかった。だが片目だけぼんやりと見えるようになる程度の再生でもおそらく莫大な治療費と時間が掛かるだろう。


クリスティアの父親のホライズ伯爵は、どれだけ費用が掛かっても構わないので娘の両目を元通りにして欲しいと懇願して来た。しかし、彼女は静かに見えなくなった目を伏せて首を横に振った。


「元はと言えば、わたくしの力が足りなかったばかりにお父様に歯痒い思いをさせてしまったことが原因です。これ以上お父様に不正に手を染めて欲しくはありません。わたくしをこのまま勘当して放逐してくださいませ」


生粋の貴族令嬢が、盲目になった上に家を出されるということは実質死刑宣告に等しい。魔力暴発の影響で、彼女の魔核も傷が付いたのか魔法も殆ど使えなくなっていた。もし浄化魔法がまだ使えるのであれば、神殿や修道院に入って祈りと奉仕に捧げる選択肢もあったかもしれない。が、ほぼ役に立たない程度の弱くなった浄化魔法では、今の彼女の状態では誰かの手を借りなければ生活するのは厳しいだろう。彼女もそれが分からない筈がない。それでもそう申し出るということは、もうこの先は生きていることを諦観しているような気配さえあった。


「わたくしが自身の力で何も変えようとしないまま嘆くばかりだったせいで、お父様だけでなく、他の方まで巻き込んでしまいました。ですから…」



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クリスティアの状態が落ち着いていると診断が出てから、王城からと中央神殿から事情聴取の為に審問官と神官長が訪ねて来て、こうなった経緯などの聞き取りが始まった。その場には、無関係とは言えないのでギルドから副ギルド長サムと付き添いとしてレンドルフが同行していた。


相手が未婚の女性ということで、審問官と神官長は女性が担当していた。サムとレンドルフは、いくら彼女の目が見えてなくても病床の令嬢に配慮してカーテン越しに話を聞く形になった。レンドルフ達は彼女に直接問うことは許されてはいなかったが、話を聞いて疑問があれば後で審問官らに質問をすることは出来ることになっている。


病室の中は明るいのに、その場の空気は酷く重かった。



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クリスティアは、元々魔力量は豊富だったが、最も求められる治癒魔法が使えないことに悩んでいた。しかも少しずつ浄化魔法も弱まっていると感じていた。それは成長期によく起こる現象で、殊に女性は体の変化が魔力に出やすい。その為周囲は心配することはないと言い聞かせていたが、聖水の精製が以前の半分近くにまでにしかならなかったことが彼女を焦らせ追い詰めた。


そんな折に、特定の人物が汲んで来た水は聖魔法が抜けにくく、魔力を込めて聖水を作る作業がとても捗るのだという噂を耳にした。そしてクリスティアはその噂に縋る思いで、()()()()()()()()()()()()()()()()と甘言を嘯いて、不正と分かっていながら特別な水を回してもらうように頼み込んだのだった。


最初のうちは魔力が安定して来たのだと周囲も思ってくれたので、本当に安定するまでの間の一時期だけ誤摩化そうと思っていた。しかし、いつまで経っても自身の魔力が安定しないまま評判だけが上がって行った。このままではいつまでも不正行為を辞めることが出来ない、と以前よりも大きな焦りを呼んでしまい、つい同僚で話しやすかったダリウスに漏らしてしまった。

正義感の強いダリウスは、これ以上の不正は止めるべきだ、と説得をして来た。誰かの手で暴かれる前にきちんと証拠を揃えて自ら神殿に申し出ましょうと言われ、クリスティアはそれを受け入れた。そして自分から証拠を集めて来ると請け負ってくれたダリウスは、採水作業に行った先で大怪我を負ったのだった。


負傷したダリウスは現場から一番近いエイスの街の治癒院に入院して、そのまま一年近く眠り続けている。幸いにもこの治癒院には長期の入院や療養の患者を受け入れる体制も整っていたので、中央神殿には戻らずにいた。しかしクリスティアにしてみれば、彼の様子を見に行くことが難しい場所であった。しかも半年も過ぎれば次第にダリウスの情報は入らなくなって来る。

そこでクリスティアは自分とよく似た背格好の神官見習いに採水業務への参加を希望させて、密かに金貨を握らせて交替しその帰りに親戚の見舞いと申請を出してダリウスの様子を見に行っていた。それは一人では出来なかったので、護衛のエイリに()()して準備を整えてもらっていた。


しかし全く目覚めないダリウスに、クリスティアは深い絶望を感じるようになった。自分が自由になる予算を可能な限りダリウスの治療費などに充ててもらったが、それでも彼が意識を取り戻す気配はない。仕方なくクリスティアは更にエイリに()()()良く効くという噂の回復薬を手配させた。

確かにそれは効き目の高い回復薬であったが、合わない人間には毒にも等しいとは知らなかった為に今回の騒動を起こしてしまったので、全ては自分のせいである、とクリスティアは締めくくった。



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「まあ、分かりやすく庇っているだけですし、嘘でもそこまで罪に上乗せされることはありませんよ」


事情聴取を終えて、別室に移ったレンドルフ達に審問官の女性は資料を渡して来た。


「もう既にホライズ伯爵と護衛エイリ・ルモンドの聴取も終えています。こちらは当人に確認を取って自白剤を使用していますから、ご令嬢の証言との齟齬も把握しております」


審問官立ち合いの元で行われる事件性のある聴取は、当人が希望をすれば後遺症の殆どない安全に配慮された自白剤を使用することが許されている。嘘を言わないと自ら望むことで協力的且つ反省の姿勢があると示すもので、それを選択すれば実際の罪が軽くなることが多いのだ。重犯罪であればどうしようもないが、軽犯罪の場合は短期間の自宅謹慎や罰金などで済むこともある。


「今回のことは、まだ回復していないことを踏まえたら彼女への自白剤は使用許可は出なかったでしょう。それに既に必要以上の罰を受けているようなものですし、抒情酌量の余地があると判断されますので、嘘の証言はなかったものとして扱われると思いますよ」


渡された資料には、金銭を支払って聖魔法の濃い水を回すようにしていたのはホライズ伯爵であって、娘のクリスティアは本当に一年程前まで気付いていなかったと記載されていた。彼は、娘が王子妃になれればそれは名誉なことだが、同派閥から他にも婚約者候補の令嬢がいたのでそこまでの執着はなく、ただ単に娘が魔力の不安定さに思い悩んでいたのを見兼ねて手を回したことが本音のようだった。

クリスティアの証言は、まるで自分が王子妃になれることを仄めかして不正を働いていたような言い方だったが、それは彼女なりに父親と家を庇っているのは明らかだった。


そして護衛のエイリについても、クリスティアが命じたのではなく自ら望んで強引に関わったと証言が取れていた。採水業務の身代わりを用意するのも、帰りにエイスの街の治癒院に寄る申請のことも、全て教えたのは彼女だった。長らくクリスティアの侍女兼護衛をしていたエイリは、主人よりも神殿の内情には詳しいし、市井のこともよく知っていた。彼女の協力なくしては、クリスティアはエイスの街に向かうことも出来なかっただろう。

そして何より効果の高い回復薬の噂を聞いて、密かに神官から入手したのもエイリだった。魔力回復薬は一般的に薬局やギルドなどで購入出来るものだが、希釈されたものがあることはあまり知られていない。だからエイリも知らずに、もしかしたら意識を取り戻す可能性のある「効き目の高い回復薬」としか認識していなかったのだった。

エイリは主人を止めずに却って犯罪行為を助長するような行為をしたと取られ、それなりに厳しい罪状が下されるだろうが、それでも軽犯罪者の域で留まるだろうとされていた。


エイリも決して悪気があったのではなく、ただ主人の望みを叶える為に奔走しただけだった。そしてクリスティアは、自分が命令を下して従わざるを得なかったと言って彼女のことも庇おうとしていた。



「随分と大事になりましたが、ホライズ伯爵達がしたことは互いに互いを思いやってすれ違っただけ、のようです。しかしここまで事が大きくなったので、伯爵はおそらくご子息に跡を譲って領地に隠居することになるでしょうね」

「それは仕方ありませんね。それより…」

「回復薬を渡した神官、に関してですか?」

「はい。その渡した者が本当に神官ならば希釈された回復薬の使用者以外への譲渡は禁止されているのは知っている筈ですし、神官でないのでしたらそれだけで悪質でしょう」


審問官が溜息混じりに呟くと、熱心に読み込んでいた資料から視線を離してサムは探るような目で軽く眼鏡を指で持ち上げた。その質問が来ることが分かっていたように、審問官は少しだけ目を細めて肩を竦めた。


「その者は不明です」

「…!」

「エイリ・ルモンドにも自白剤の使用の上で聴取を行いましたが、どうしてもその神官の名と容姿を思い出せない、と」

「誓約魔法…いや、幻覚魔法などを使った可能性がありますね」

「でしょうね」


幻覚魔法はその名の通り幻覚を相手に見せる闇魔法の一つだが、相手への暗示に近いので、予想しない場所から他の者に見られるときちんと発動せずに正体が発覚することもある。そうならないように幻覚魔法は変装や認識を誤摩化す魔道具などと併用することが多い。


闇魔法は即座に犯罪に繋がる性質の魔法が多い為、発現しなくても属性を持っているだけで国に登録され、危険度の少ない魔法のみの使用など一定の制限を付けられたり監視下に置かれる。人によっては自分には不必要な力だと望んで一切使えないようにしてしまうこともあるくらいだ。もしそんな危険な魔法を制限なく使用出来る者がいるとしたら、余程国から信頼されている高位貴族かその配下の「影」くらいだろう。そしてその範疇から外れた者は、まず間違いなく犯罪者と思って間違いない。


「神殿内部に犯罪者がいる可能性があると…?」


レンドルフが渋い顔をしている審問官に聞くと、彼女は「その可能性もない訳ではありませんが」と前置きをしてから口を開いた。


「エイリ・ルモンドは『神官』と思い込んでいましたが、実際やり取りをしたのは神殿の外だったと証言しています。本物の神官でしたら、むしろ人目に付きにくい神殿内での取り引きを望むのではないか、というのが現状の見解です」

「それならいいのですが…」


神殿は訪ねて来る者は誰でも入ることは出来るが、神官達の私的な居住地域や、祈りの場、聖水などを精製する作業場などは関係者以外は入ることの出来ない閉ざされた空間だ。その中に犯罪者が入り込んでいたとなると大事になる。神殿内部ではそうならないようにあらゆる防犯体制を敷いているとレンドルフも聞いている。


「ただ、ストライト男爵令息がどういった意図で関わったかは当人から事情を聞けませんので、真相は分かりません」


審問官は渡した資料の最後から二ページ目の部分を見るように促して来た。そのページには、神殿でクリスティアやダリウスと近しかった神官関係者の証言が書かれていた。


彼らからはクリスティアとダリウスは挨拶を交わす程度だったと思われていたようだったが、エイリなどクリスティアの護衛の者達は密かに二人が会話を交わしていたのを把握していた。一応分からないように隠れて見張っていたが、互いに一定の距離を詰めることはなく、せいぜい月に四、五回、10分程度の世間話をするくらいであったので、彼女の気分転換として見逃していたのだ。大人しく引っ込み思案な性格であったクリスティアは神殿ではあまり親しい友人はおらず、そんな僅かな交流でもダリウスの事は信頼していたらしい。


しかしダリウスの方は、地頭は良いのだがどうにも野心が隠し切れないタイプであったと証言する者がそれなりの数に上っていた。身の上を調べれば、養子に入った男爵家の夫人が難病を患い、治療には結構な費用がかかることはすぐに判明する。その治療費の為なのかどうやら彼は金に随分執着していて、婿入り出来そうな裕福な女性には好青年の仮面を被って積極的に近付いていたので一部の者には浅ましいと映っていたようだ。


クリスティアの証言の、彼女の力になる為に不正の証拠を押さえると請け負ったというよりも、彼女の実家に恩を売って金銭を要求しようと目論んでいたのではないかと言う者もいた。


「彼が目覚めたのならば聞き取りはしますが…そうでなければご令嬢の証言が有効になるでしょうね」


レンドルフはついダリウスがどういった扱いになるか心配になって審問官に尋ねると、彼女は少しだけ困ったように僅かに眉を下げて薄く笑ったのだった。



レンドルフが聞き役で空気に…申し訳ない。


ダリウスは当人は上手く隠しているつもりでも、傍から見ると中二びょ…色々拗らせているのがダダ漏れになってるちょっと残念な少年なのです。

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