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閑話.従僕デヴィッド

短めです。


彼が屋敷内の戸締まりを確認して、廊下のランプの明かりも最小限に落としてからまだ明かりが点いているキッチンへ戻って来ると、彼以外の使用人五人が集まってお茶を飲んでいた。



「俺の分、残ってる?」


テーブルの中央には、小ぶりではあるが色々な形をしたパンが乗った皿が置かれていた。


「まだ手を付けてないですよ〜。デヴィッドさん、待ちくたびれちゃいましたぁ」

「サンキュー、シンシア」



彼、従僕のデヴィッドが尋ねると、彼らの中でも童顔のせいか一番若く見えるメイドのシンシアが返事をして来た。ふわふわした明るい茶髪で淡い黄色の目をしていて、丸顔垂れ目で少々舌っ足らずな喋り方をするのでまだ未成年に見える。とは言え実のところシンシアは、デヴィッドより一つ年上だったりする。初めて聞いた時にデヴィッドは驚いたが、女性陣は特に不思議に思わなかったようだ。デヴィッドからすると、どこで判断しているのさっぱり分からない。デヴィッドは背は高いが、男性使用人の中では一番年下だ。

全員の中で年齢が一番若いのはシンシアの隣で済ました顔でお茶を飲んでいるカチュアで、六人の使用人の中で唯一の未成年だった。クセのない真っ直ぐなブルーグレーの髪と濃い灰色の切れ長の目をしていて、大人びた顔立ちのなかなかの美少女だった。



デヴィッドは棚から自分のカップを出して来ると、勝手に置いてあるポットからお茶を注いだ。空いていた椅子にデヴィッドが腰を下ろすと、待ちかねたと言わんばかりにシンシアがパンに手を伸ばした。


「レン様はもうお休みに?」

「寝室の明かりは消えてたからそうじゃない?」


主人も就寝して、ほぼ仕事を終えた時間になってもキャシーの姿勢は崩れることはない。休憩時間でも同じなので、彼女自身が常にそうしている質なのだろう。


「あたし、男のご主人に直接お仕えするのって初めてだから、緊張してたんだけど、そんなに怖くなさそうで良かった〜」

「今朝のキャシーさんには焦ったけどな」

「ホント、ホント〜。怒り出したらどうしようかと思っちゃった〜」

「レン様は正当な意見に怒るような方ではありませんよ」


シンシアとデヴィッドは、今朝のキャシーの指摘に付いて話題にした。食堂でレンドルフの朝食のサーブなどを担当する為にその場に居たのだが、キャシーのいきなり遠慮のない物言いにデヴィッドは血の気が引いた。シンシアなどはそのまま倒れるのかと思うほど真っ青になって、実際少々足元がふらついていた。


「何だ、キャシーさんはご主人と知り合いだったのか」

「いいえ、貴方達と同じ、先日が初対面よ」


シェフを担当しているレオニードが、カップの茶を飲み干して二杯目を注ぐ為に立ち上がりながら言った。ちょうどキャシーのカップも空になっているのを見て、何も言わずにレオニードは彼女に手を差し出した。彼女も躊躇いなくレオニードにカップを渡す。


「あ、僕もお願いします、レオさん」


もう一人の男性使用人のニルスも遠慮なくカップを差し出した。ニルスは庭師で、癖の強い金の巻き毛で鮮やかな緑の目をした可愛らしい顔立ちをしている。人なつこい性格らしくすぐに全員と仲良くなっていた。本人曰く「人間大好き、女の子はもっと好き」らしく、距離感が近いのだが全く嫌な印象を与えない甘え上手だった。レオニードから遠かったので、ちょうど中間地点にいたカチュアが手を伸ばして経由する。その際に、彼女もちゃっかり自分のカップも差し出していた。


レオニードは増えた空のカップを一瞥しただけで、無言でそれらに茶を注いでくれていた。


レオニードは淡い茶髪を短く刈り込んでいて、そこまで長身ではないががっしりした筋肉質だ。常に眉間に皺を寄せて目付きも悪く言葉遣いもぶっきらぼう、更に目の色も冷たいアイスブルーなので、初めて顔を合わせた時にデヴィッドは「絶対に逆らっては行けない」と内心縮み上がっていた。だが実際はただ無愛想なだけの気配りの人だった。それに規格外に大柄なレンドルフを見た後だと、レオニードが華奢にすら思えて来る。



「ええ〜全然知らないのに、キャシーさんよくああいうこと言えますね〜」

「あれは正当な指摘です。それに、少し見ればレン様は理不尽なことで咎めるような横柄な貴族ではないことくらいすぐに分かるでしょう」

「あたしはダメ。怖い」

「カチュアはあんまり接点ないからだよ〜。だって朝のことがあっても、こうやってお土産買って来てくれるんだよ〜」


ふるふると首を振るカチュアに、二つ目のパンを頬張りながら能天気な様子でシンシアが言う。デヴィッドは、食堂で今にも倒れそうな様子だったシンシアを思い出して「彼女は食べ物に弱いのか」とさり気なく心に刻んでおいた。

デヴィッドもシンシアの食べっぷりに釣られてパンを手に取る。中身は分からないが、表面がこんがりと焼けて固く、その中はフワフワと柔らかそうだった。パクリとかぶりつくと、フワリとバターの香りがして次に濃厚なキャラメルの甘さが口の中に広がった。


「あ、これ旨い。どこの店?」

「ええと…エイスの街っぽい」


テーブルの端に畳んであった紙袋を再度開いてニルスが確認してくれたが、どうやら印刷が掠れていてよく読めなかったようだった。


「デヴィッド、ご主人に聞いておいてよ」

「ええ〜俺が?やだよ」

「じゃシンシアちゃん」

「あたし!?無理無理無理」

「だって一番接点あるのって二人じゃん」


ニルスが良い笑顔でサラリと難題を吹っかけて来た。デヴィッドに即座に拒否されると、今度はシンシアに振ったが、シンシアも首をすごい勢いで横に振っていた。



使用人としては、ほぼ責任者状態のキャシーの他には従僕とハウスメイドを担当しているのでデヴィッドとシンシアがレンドルフの側にいる機会が多い。とは言えまだ二日目である。そこまで気楽に土産のパン屋を聞けるような距離感ではない。シェフのレオニードは顔を合わせるのはほぼ食堂だけであるし、庭師のニルスは朝の鍛錬で挨拶を交わしたらしいのだが、キッチンメイドが主担当のカチュアに至っては、初日にレンドルフと顔を合わせたきりではないだろうか。


二人に断られたニルスは、少々期待を込めた目でチラリとキャシーを見る。しかし敢えて気付かなかったかのように、いつもの整った顔のまま彼女は手にしたパンを一口齧った。キャシーが選んだのは丸い形をしたパイ生地を使った物で、見た目は小さなアップルパイのようだった。彼女の形の良い唇がモクモクと動いて、それからほんの少しだけ口角が上がったように見えた。


「…様子を見て伺っておきますね」


ゆっくりと咀嚼し呑み込んだ後、キャシーは軽く手て口を押さえるようにしてそう言った。彼女の隠していない白い頬が、少しだけいつもよりも紅潮しているように見える。その言葉に、ニルスは小さく喜びを表すように拳を握りしめていた。そして茶を注いで席に戻って来たレオニードも、眉間に皺を寄せながら口角を上げるという器用な表情をしていた。


デヴィッドも顔を緩ませながら、まだ手に残っている残りのパンを口に放り込み、濃厚な甘いキャラメルクリームを堪能しながら次のパンに手を伸ばしたのだった。


そして心の中で、やはり旨いものは正義だ、と思っていた。



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「…後は俺が片付けておく」


皿の上のパンがなくなると、明日は早いということで使用人達の情報交換と言う名のお茶会は解散となった。レオニードが空になったカップを回収して、洗い場にまとめてくれた。


「レオさん、ありがとーございまーす。お疲れさまでしたー」


真っ先にニルスがレオニードに礼を言ってキッチンを出て行った。口調は軽いが、全く嫌な印象にならないのは見習いたいところだとデヴィッドは感心していた。


「レオさん、何かするんですか?」

「…朝食の下拵えをしておく」

「あれ?明日はご主人は朝食なしですよね?」


カップを洗う前に何故かレオニードが鍋に湯を沸かし始めたので、一番最後にキッチンを出ようとしていたデヴィッドは出入口の前で振り返った。


「移動中に食えるように、摘めるものを用意するんだ」

「へえ〜。やっぱりいらないって言われててもそういう風に気を利かさなきゃならないんですか?」

「…主人の性格によるな」

「えぇ〜難しい!難しすぎる!」



デヴィッドは地方の中堅の商家の生まれで、平民向けの学校を卒業した後実家で働いていたのだが、運送中の事故で父と兄が大怪我を負ってしまった。幸い一命を取り留めたが商会長であった父と跡取の兄が同時に動けなくなったことと、事故によって破損した商品の弁償費用がかさんでしまったことで、商会は潰れはしなかったものの人手に渡ることになってしまったのだ。

そこで引き続き働いても良いと言われたが、いっそ心機一転別の場所を求めて、デヴィッドは斡旋所で男爵家の屋敷での使用人募集に申込んだのだ。使用人の経験はなかったが商会では下位貴族とは接する機会もあったので、何とかなると考えてのことだった。



ところがその後面接を行った際に、研修がてら王都の貴族の別荘で働いてみないか、と勧められたのだ。子爵家なのと見習い研修ということなので給料はそう高いものではなかったが、住み込みで自分の部屋を与えられるし憧れの王都に行けるということに惹かれてすぐに頷いた。こうしてデヴィッドはパナケア子爵の別荘で従僕として働くことになったのだった。

王都と言っても保養地の別荘だったので都会という感じではなくて少々ガッカリしたが、中心街まで馬車で日帰りできると知ってすぐに気を取り直した。次の休みには早速中心街に行く予定を立てていた。



「俺にも未だによく分からん。ただ、今朝の朝食は失敗したからな。ちょっとでも挽回しておきたいんだ」

「全部きれいに召し上がってましたけど」

「だからだ。多めにしたつもりだったが、まだ足りなかった」

「そういうものなんですか」

「…ただの俺の拘りだ」


レオニードはポツリと小さな声で呟くと、鍋の湯が沸騰したところでサッと塩を入れて玉子をコロリと沈めた。


あまり自分のことは語らないし、使用人経験者はキャシーだけと聞いてはいたが、もしかしたらレオニードもかつてどこかの屋敷に仕えていたのかしれない、とデヴィッドは思った。今はまだ聞けるような距離感ではないが、そのうち聞けるだろうかと考える。本当に使用人経験が全くないデヴィッドにしてみると、今後の為には少しでも色々な人の話を聞いておきたかった。


「…何かお手伝いすることあります?」

「これは俺の領分だ。あんたは明日寝坊しないようにすることだな」

「了解です」


鍋に顔を向けて振り返らないままレオニードは答えたが、デヴィッドにはその背中が何だか格好良く見えた。


「じゃ、お先に。お疲れさまでした」

「ああ、お疲れ」



デヴィッドは自室に引き返しながら、明日は目覚ましを二つ掛けておかないとな、と考えながら、クワリ、と大きな欠伸をしたのだった。



使用人ズ紹介

・キャシー:子爵家の三女で元大公家使用人。夫の都合で退職。子供の成人を機に職を探していたところレンザが声を掛けた。実は未亡人。甘いものが好き。

・シンシア:農家の大家族の長女。しっかり者の弟妹に家を継がせて自分は働きに出た。ぽややんとした食いしん坊。お芋大好き。

・カチュア:隣国の貧乏男爵家の次女。縁談の為にこの国に来たが、騙されて路頭に迷う寸前にパナケア子爵に拾われた。男嫌いだが、何故かレオには懐いている。

・デヴィッド:商家の次男。家が傾いたので独立の為に家を出る。読書好き。少々目が悪いが、眼鏡は苦手なので普段は掛けない。が、掛けていた方が実はモテるのに気付いていない。

・ニルス:元吟遊詩人見習い。旅先で次々と女の子といい仲になるので師匠に追い出される。器用で何でも出来るので、たまたま募集していた庭師枠に入る。

・レオニード:無口無愛想だが中身は気配りの人。小心な自分が嫌で筋トレを始めたらハマる。腕はいいが人間関係が上手く行かずにレストランを転々としていた。



これまでの作品にもちょいちょい反映しておりますが、当方筋金入りの舞台オタクです。なので、登場人物達の一部は、舞台作品に出ていたキャラクターや役者さんをイメージして書いています。この使用人ズは特に。

分かる方が読んでちょっとニヤリとしてくれたらいいなあ、などと思いつつ書いてたりします。

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